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景山さん、遠ざかる!

作者: 浅川太郎

最後の数行は蛇足なような気もするのですが‥‥

この作品の中では、一部の敬称は省略させていただきます。



景山民夫。

唯一、面と向かって会話を交わしたことのある作家(?)である。


電話を介して、ということなら何人かは、いらっしゃる。

特に吉行淳之介さんとは何回もあった。

その理由は、吉行さんの電話番号が、こちらが酔ってても、忘れることのない、例えば、712-3456みたいなものであったからだ、と言うのは無論、半分以上の嘘である。


景山さんのを書き出すと、ついつい受けそうもない冗談を言ってしまう。

景山さん、笑っていらっしゃるだろうか、しょうがねえな~とtwisted_smileを浮かべてはるか。


さて何から語っていこうと思ったのだが、オールナイト日本からにしようか。

ホリエモンが買収問題を起こし、テレビニュースにとりあげられた時、亀淵さんを見て懐かしかったが、彼がDJをやってた頃からの僕はリスナーであった。

やがてパーソナリティーは、誰も知らなかったタモリに移っていき、少々頭角を表したたけしにバトンタッチをしていった。バトンタッチの瞬間も克明に覚えてる。


僕はそれまで、物言わぬリスナーであったが、たけしのオールナイト日本では、ネタを投稿するリスナーを「ハガキ職人」と称し、とうとう職人になったのである。

何回は読まれたこともある。困ったのは、ペンネームは無視される習わしであったし、また、たけしが立腹した事件があった週などはハガキなど一枚すら読まれなかったことである。もっとも、そんな回は異様な程に面白かったから、それはそれで嬉しいことだったのだが‥‥


そんなことから、高田さんをいちはやく知り、景山さんも同様に知ってた。当時の夏、別の時間帯、ラジオから高田さんの声が聞こえたと思いボリュームをあげると、相方は景山さんだった。

海外旅行でみるバカな日本人、みたいなテーマで快調なトーク、また番組のラストには、二人のトークを本にまとめた『俺達、天才むちゃぶつけ』

を発売するとのことだった。その翌日から夏休みであり、伊丹飛行場に行き、機内で読むに最適とばかり『めちゃぶつけ』を売店や書店で探したのだが、関西発売は何日か遅れるというようなことがあったのだろうか、置いてはなかった。

失意で搭乗待合室に急ぐと、そこに背の高い男が1人で座り、窓の外の飛行機を、なかば疲労気味な顔で眺めていた。

景山さんだった。


「ああ、昨日の番組聞いてましたよ」

「ありがとう」

「で、たった今、『めちゃぶつけ』を探してたんですけど、置いてなくて」

「そう?」

「で、今日はなぜ関西に」

「神戸のポーアイでファッション関係のイベントありまして、構成なんかしてたもんで」

「ああ、お仕事でしたか、で東京にお帰りになる、と」「‥‥」

「あぁ、私みたいな者と話しても問題ありません」

「いや、いいですよ、ちょっとはやく着きすぎちゃって」


高田さんが落語に詳しく、景山さんが、本来なら活字畑の方であることは知っていた。


「いろいろ本を書いてもいらっしゃるんですねぇ?」

「ええ、まあ」僕は当時もすでに《物書き》志望であった。ちょっとした会社に勤務していたが、会社にも、仕事の内容にも失望ばかりする日々であった。

空港で景山さんと偶然に出会い、自己PRをし、ギャグ・ライターの末席にでも入れていただき、めきめきと才覚でのしあがり‥‥


勝手に夢を描き、早速、

文筆業に興味のあることを告げ、特に吉行淳之介さんを敬愛してることを告げ、吉行さんの酒量が減ってきて、


むしろレッド・アイ(ビールをトマトジュースで割ったもの)を飲んでらっしゃることは知ってると告げ、たけしのファンでもあると告げ、ハガキ職人もやってると告げた。


こう書くと、一方的にべらべらとしゃべったような印象かも知れないが、ちゃんと互いに相づちを打つ、など、相当にフレンドリーな会話であったとは思いたい‥‥軽快な(警戒な?)トークを氏と続けながら、頭の中で、ギャグライターになりたいという志、行く末は文学も、などと初対面で、なお、話し言葉で伝えるのも勝算はないと思われた。

互いに自分の搭乗すべき飛行機の手続きには少し余裕はあったのだが、伝えたいことは手紙を書こうと考えた。


「失礼ですが、お名刺なんか、いただけちゃったり、しますか(こんな口調で言った訳はないです、ご安心を)」

氏は、横に置いた鞄を膝にのせ、しばらく中を探していらっしゃったが、「ご免なさい、切らしちゃって、でもこの絵はがき、差し上げますね」と一枚葉書を頂戴した。


氏の新しい随筆、『スティル・ライフ』‥‥タイトルに自信なし。ハンデのあるご子息にふれたエッセイもあったと記憶する‥‥の出版に合わせたたもので、潜水具スーツを身につけた氏が、湖から顔を出し、水中眼鏡を外し、ラッコ(ビーバー?)

と対面してる瞬間、という、微笑ましくも、どこか人を食ったような、不思議に景山さんらしい絵はがきで、職場の住所も記載されていた。



九州に帰り、再度関西でサラリーマンの生活に戻り、真面目に、作家となりたい趣旨の手紙を書いた。


当然ながら、お返事がくることはなかった。


景山さんは遠くなっていった。


氏を、『ひょうきん族』で三浦マネージャーで見かけたり、『たけしのオールナイト日本』に、まるで素人のハガキ職人のように投稿なさってたりもした。


やがて、直木賞を受賞なさることとなる。


景山さんは、また遠くなっていった。


そして最期。

放送業界で生活し、ジャズも愛してらっしゃったに違いない、日本のお笑いを支えていらっしゃった、私生活では当然に難問をかかえ、宗教にも傾いていらっしゃった、多芸な、余りに多芸だった文学者、実際に会うと顔面多汗症とでも言うのだろうか、ハンカチを手放せなかったであろう景山さんは、遠くの世界に行ってしまった。




以来、これ程の才人は現れることは絶対にないであろうと思い続けてきた。


だが現在、ネット上の友人に、決して文学は書かないだろうが、笑いとかダジャレのセンスが群を抜く才人がいる。


彼とダジャレを交わしながら、彼の顔には、ラッコと対面してた景山さんの顔を当てはめている。


夏、ホテルのプールサイド、飛びっきりの美女がビキニで寝そべり読んでる本があり、ふと見ると『トラブル・バスターズ』であった。そんな読まれ方が似合う作家であった。物識りの才人なんて、なかなか両立できないはずのに、日本のテレビ界の惨状は致し方ないとも思います。

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