表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

妖怪の子と呼ばれたぼくは、姿を消して村を守る

作者: momotarou
掲載日:2026/06/12

「ようかいの子だ!」


 石が飛んできた。


 額に当たり、鈍い痛みが走る。


 ぼくは声を出さなかった。


 石が当たると痛い。


 だから、ぼくは石を投げない。


 村の子どもたちは、どうして投げるのだろう。


「こっち見るなよ!」


「びょうきがうつるぞ!」


「ばけもの!」


 道の向こうで、子どもたちが笑っている。


 ぼくは顔を隠して、うつむいた。


 ぼくの顔と腕は、生まれつき赤黒く、ただれたようにひきつれている。


 村の人たちは、それを怖がる。


 ぼくは、自分の姿を醜いと思ったことはない。


 ぼくから見れば、村の人たちの白くなめらかな肌の方が、怖く思えた。


 でも、怖いと思うだけで、傷つけたいとは思わなかった。


「やめなさいよ!」


 鋭い声が飛んだ。


 ミナだった。


 ミナはぼくの前に立ち、子どもたちをにらみつける。


「あんたたち、三人がかりで石を投げて、恥ずかしくないの?」


「だって、そいつはようかいの子だろ!」


「だから何? 石を投げてもいいの?」


 ミナが一歩前に出ると、子どもたちは気まずそうに後ずさった。


「行こうぜ」


「ようかいの味方なんかするなよ」


 子どもたちは、そう言って逃げていった。


 ミナはぼくを振り返る。


「ユラ、だいじょうぶ?」


「うん」


「だいじょうぶじゃないでしょ。血、出てる」


 ぼくは額に触れた。


 指先に、少しだけ血がついた。


「へいきだよ」


「いつも、つよがりする」


 ミナは怒っていた。


 ぼくは怒るという気持ちが、あまり分からない。


 でも、ミナがぼくのために声を大きくしてくれていることは嬉しかった。


「ユラ!」


 今度はトマが走ってきた。


 トマは息を切らしながら、薬草の葉を差し出した。


「これ、きずにいいって母さんが言ってた。使って」


「ありがとう」


 ぼくが受け取ろうとすると、トマは少しだけ手を止めた。


 ぼくのただれた手を見たのだ。


 昔のトマなら、そこで手を引っ込めていた。


 でも今のトマは、少し息を飲んだだけで、ちゃんとぼくの手に薬草を乗せてくれた。


「ごめん」


「何が?」


「ちょっと、びっくりした」


「うん」


「……おこらないの?」


「なんで?」


 トマは困った顔をした。


「ユラは、変だよ」


「そうかな」


「うん。でも、悪い変じゃない」


 ぼくは少し考えてから、うなずいた。


「よかった」


 ミナとトマは、ぼくの友達だ。


 この村で、ぼくを見ても逃げない二人。


 ぼくは、田畑の手伝いをするのが好きだった。


 畑は、ぼくを怖がらない。


 水をやれば土が湿る。


 種をまけば芽が出る。


 重い水桶を運べば、畑の人が楽になる。


 倒れた荷車を起こせば、道が通れるようになる。


 ぼくが働けば、母さんが少し多くご飯を食べられる。


 ぼくは、あまり食べなくても平気だった。


 力は強く、体も元気だった。


「おい、あっちへ行け」


 そう言う人もいる。


 けれど、重い荷物を前に困っていれば、ぼくは手を貸す。


 ぼくは人より少し力が強い。


 大人が一人で持てない水桶も、ぼくなら両手で持てる。


「触るな」


 と言われれば、手を離す。


「そこに置け」


 と言われれば、そこに置く。


 礼を言われないことも多い。


 でも、困っているなら手伝えばいい。


 畑仕事をしていた母さんは、そういうぼくを見ると少し笑う。


「ユラは、本当に手伝うのが好きね」


「うん」


「どうして?」


「困っているから」


 ぼくがそう答えると、母さんはいつも、昔を思い出すような顔をした。


「ぼくの父さんって、どんな人だったの?」


 母さんは、少し寂しそうに笑う。


「ユラに似ていたわ。人間が大好きな人だった」


 ぼくはそう言われると、いつも嬉しくなる。


 どんな父さんだろうと考える。


 母さんは、父さんは死んだと言っている。


 でもぼくには、なぜか父さんが生きているような気がしていた。


 母さんを守って、いつか父さんに会うのがぼくの夢だ。


 そして、父さんに褒めてもらう。


 そんな日が、ずっと続くと、ぼくは考えていた。


 その日の夕暮れ。


 ぼくは母さんと二人で食事をしていた。


 母さんは、ぼくの額の傷を優しくさすってくれていた。


「痛いの痛いの、飛んでいけ」


 母さんは、ぼくの傷がすぐ治ることを知っている。


 それでも、ぼくが傷ついていると悲しそうな顔をする。


 突然、村の鐘が鳴った。


 カン、カン、カン。


 続いて、叫び声が聞こえた。


「女、子どもは隠れろ! 家から出るな!」


「男どもは、くわを持て! 棒を持て! 村長の家に集まれ!」


 馬の足音。


 悲鳴。


 怒鳴り声。


 母さんは、ぼくの体を抱きしめた。


「ユラ、隠れなさい!」


 ぼくはいつものように言った。


「だいじょうぶだよ。母さんはぼくが守る。村も守る」


 母さんの腕から抜けて、ぼくは走り出した。


 体の奥をぎゅっと丸める。


 指先が薄くなる。


 腕が消える。


 顔が消える。


 ぼくの姿は、夕暮れの空気に溶けていった。


 小さな子どもの、ぱた、ぱた、という足音だけが残る。


 母さんからは、この力は誰にも言ってはいけないと言われていた。


 姿を消せると知られたら、物がなくなるたびに、ぼくが疑われるからだ。


 だから、この力は使わない。


 誰にも見せない。


 でも今は、村が困っている。


 母さんも、ミナも、トマもいる。


 だから、ぼくは走った。


 大人より速い足取りで、周りの大人を避けながら走った。


 誰もぼくには気づいていない。


 だいじょうぶだ。


 見えていない。


 森の方から現れた男たちは、汚れた革鎧を着て、剣や斧を持っていた。


 盗賊たちは、村長の家の前に集まっていた。


「歯向かうと、皆殺しだ」


「食料と金目のものを出せば、それで許してやる」


 近くの男の人が、鍬を構えながら呟いた。


「嘘だ。女、子どもも連れていかれる」


 ぼくは驚いた。


 なんで、そんなことをするのだろう。


 ぼくには、まったく理解できなかった。


 でもこのままだと、母さんと村の子どもたちが危険になることだけは分かった。


 この村には、男の人が十数人しかいない。


 村長が、必死に盗賊を説得しようとしていた。


「食料がなくなれば、皆が生きていけません」


「なら、食料は半分でいい」


 盗賊の親玉が笑った。


「だが、女と子どもは連れていく」


「それなら、お前たちも飢えないだろう」


 盗賊たちが、馬の上で笑っている。


 ぼくは考えた。


 盗賊たちを怖がらせればいい。


 妖怪がいる。


 そう思うと人が怖がることを、ぼくは知っていた。


 けれど、どうやって怖がらせればいいのか分からなかった。


 ぼくが迷っている間に、盗賊たちは動き出した。


 家の戸が蹴り破られる。


 袋に入った麦が奪われる。


 逃げようとした男が殴られる。


 泣き叫ぶ子どもが、母親の腕から引き離される。


 ぼくは、震えていた。


 胸の奥が、ざわざわする。


 怖い。


「やめて!」


 その時、ミナの声が響いた。


 広場で、盗賊の一人がトマの腕をつかんでいた。


 トマは真っ青な顔で、必死に逃げようとしている。


 ミナが石を投げた。


 石は盗賊の肩に当たった。


「トマを離して!」


 盗賊は、ゆっくりミナを見た。


「この小娘」


 男がミナへ近づく。


 ミナは逃げない。


 でも、足は震えていた。


 トマが叫ぶ。


「ミナ、逃げて!」


 それでも、ぼくはまだ震えていた。


 その時、母さんの声が広場に響いた。


「この村には、悪霊がいます」


 盗賊たちの視線が、母さんに集まる。


「すぐに出ていきなさい」


「けっ。そんな脅しに乗るか」


 盗賊の一人が、母さんを捕まえようと動いた。


 ぼくは、無我夢中で止めようとした。


 盗賊の腕をつかんだ。


 そして、噛みついた。


「うわあああっ!」


 盗賊が悲鳴を上げた。


 見えない何かに噛まれた腕には、牙のような歯形がついている。


 ぼくの皮膚に触れた盗賊は、さらに目を見開いた。


「な、何だ! 今、ぐにゃっとしたものが!」


 母さんが叫んだ。


「あなたは、悪霊に噛まれました」


 盗賊たちが、噛まれた腕を見に集まる。


「血が出てるぞ!」


「牙の跡だ!」


「何がいるんだ!」


 母さんは、怯えた様子もなく盗賊たちを見据えた。


「その腕は腐ります」


 盗賊たちの顔色が変わった。


 ぼくは、噛みつけそうな人の足や腕に噛みついた。


 強く噛めば、きっと肉が裂ける。


 だから、歯形が残るくらいで止めた。


 盗賊が腕や足を振り払おうとする。


 でも、ぼくの力の方が少し強かった。


「また噛まれた!」


「足だ! 足に何かいる!」


「見えねえ!」


 ぼくが噛んでも、腕は腐らない。


 母さんは嘘をついていた。


 けれど、母さんの声はまっすぐだった。


「すぐにこの村を出れば、噛まれても腐りません」


「この村にいると、もっとひどい目に遭います」


「早く去りなさい」


 母さんは勇敢だった。


 怯えた様子もなく、盗賊たちをにらみつけていた。


 村の人たちも、少しずつ声を上げ始めた。


「出ていけ」


「すぐに出ていけ」


「出ていかないと、お前たちは死ぬぞ」


 鍬と棒が、次々と持ち上がる。


 ミナとトマも声を合わせた。


「出ていけ!」


「出ていけ!」


 子どもたちも、女の人たちも、家の陰から声を上げた。


「出ていけ!」


「出ていけ!」


 盗賊たちが震え出した。


 母さんは、盗賊の親玉に向かって言った。


「あなたに、天罰を与えます」


 ぼくは分かった。


 石を投げればいい。


 近くに大きな石があった。


 ぼくは両手で、それを持ち上げた。


 盗賊も、村人も、息をのんだ。


「石が……浮いている」


 ぼくは、その石を盗賊たちに当たらない場所へ投げた。


 石は地面に落ちた。


 ずどん、と大きな音がした。


 盗賊の親玉が叫んだ。


「逃げろ!」


 盗賊たちは、馬に飛び乗った。


 荷物も奪った食料も置いたまま、森の方へ逃げ出していく。


 村の人たちも腰を抜かしていた。


 母さんは、逃げていく盗賊たちを見送ったあと、村人たちの方を向いた。


「私が言ったことは、すべて嘘です」


「この村には悪霊はいません」


「善良な妖怪がいるだけです」


 母さんは笑いながら言っていた。


 ぼくは、母さんと村を守れてうれしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ