妖怪の子と呼ばれたぼくは、姿を消して村を守る
「ようかいの子だ!」
石が飛んできた。
額に当たり、鈍い痛みが走る。
ぼくは声を出さなかった。
石が当たると痛い。
だから、ぼくは石を投げない。
村の子どもたちは、どうして投げるのだろう。
「こっち見るなよ!」
「びょうきがうつるぞ!」
「ばけもの!」
道の向こうで、子どもたちが笑っている。
ぼくは顔を隠して、うつむいた。
ぼくの顔と腕は、生まれつき赤黒く、ただれたようにひきつれている。
村の人たちは、それを怖がる。
ぼくは、自分の姿を醜いと思ったことはない。
ぼくから見れば、村の人たちの白くなめらかな肌の方が、怖く思えた。
でも、怖いと思うだけで、傷つけたいとは思わなかった。
「やめなさいよ!」
鋭い声が飛んだ。
ミナだった。
ミナはぼくの前に立ち、子どもたちをにらみつける。
「あんたたち、三人がかりで石を投げて、恥ずかしくないの?」
「だって、そいつはようかいの子だろ!」
「だから何? 石を投げてもいいの?」
ミナが一歩前に出ると、子どもたちは気まずそうに後ずさった。
「行こうぜ」
「ようかいの味方なんかするなよ」
子どもたちは、そう言って逃げていった。
ミナはぼくを振り返る。
「ユラ、だいじょうぶ?」
「うん」
「だいじょうぶじゃないでしょ。血、出てる」
ぼくは額に触れた。
指先に、少しだけ血がついた。
「へいきだよ」
「いつも、つよがりする」
ミナは怒っていた。
ぼくは怒るという気持ちが、あまり分からない。
でも、ミナがぼくのために声を大きくしてくれていることは嬉しかった。
「ユラ!」
今度はトマが走ってきた。
トマは息を切らしながら、薬草の葉を差し出した。
「これ、きずにいいって母さんが言ってた。使って」
「ありがとう」
ぼくが受け取ろうとすると、トマは少しだけ手を止めた。
ぼくのただれた手を見たのだ。
昔のトマなら、そこで手を引っ込めていた。
でも今のトマは、少し息を飲んだだけで、ちゃんとぼくの手に薬草を乗せてくれた。
「ごめん」
「何が?」
「ちょっと、びっくりした」
「うん」
「……おこらないの?」
「なんで?」
トマは困った顔をした。
「ユラは、変だよ」
「そうかな」
「うん。でも、悪い変じゃない」
ぼくは少し考えてから、うなずいた。
「よかった」
ミナとトマは、ぼくの友達だ。
この村で、ぼくを見ても逃げない二人。
ぼくは、田畑の手伝いをするのが好きだった。
畑は、ぼくを怖がらない。
水をやれば土が湿る。
種をまけば芽が出る。
重い水桶を運べば、畑の人が楽になる。
倒れた荷車を起こせば、道が通れるようになる。
ぼくが働けば、母さんが少し多くご飯を食べられる。
ぼくは、あまり食べなくても平気だった。
力は強く、体も元気だった。
「おい、あっちへ行け」
そう言う人もいる。
けれど、重い荷物を前に困っていれば、ぼくは手を貸す。
ぼくは人より少し力が強い。
大人が一人で持てない水桶も、ぼくなら両手で持てる。
「触るな」
と言われれば、手を離す。
「そこに置け」
と言われれば、そこに置く。
礼を言われないことも多い。
でも、困っているなら手伝えばいい。
畑仕事をしていた母さんは、そういうぼくを見ると少し笑う。
「ユラは、本当に手伝うのが好きね」
「うん」
「どうして?」
「困っているから」
ぼくがそう答えると、母さんはいつも、昔を思い出すような顔をした。
「ぼくの父さんって、どんな人だったの?」
母さんは、少し寂しそうに笑う。
「ユラに似ていたわ。人間が大好きな人だった」
ぼくはそう言われると、いつも嬉しくなる。
どんな父さんだろうと考える。
母さんは、父さんは死んだと言っている。
でもぼくには、なぜか父さんが生きているような気がしていた。
母さんを守って、いつか父さんに会うのがぼくの夢だ。
そして、父さんに褒めてもらう。
そんな日が、ずっと続くと、ぼくは考えていた。
その日の夕暮れ。
ぼくは母さんと二人で食事をしていた。
母さんは、ぼくの額の傷を優しくさすってくれていた。
「痛いの痛いの、飛んでいけ」
母さんは、ぼくの傷がすぐ治ることを知っている。
それでも、ぼくが傷ついていると悲しそうな顔をする。
突然、村の鐘が鳴った。
カン、カン、カン。
続いて、叫び声が聞こえた。
「女、子どもは隠れろ! 家から出るな!」
「男どもは、鍬を持て! 棒を持て! 村長の家に集まれ!」
馬の足音。
悲鳴。
怒鳴り声。
母さんは、ぼくの体を抱きしめた。
「ユラ、隠れなさい!」
ぼくはいつものように言った。
「だいじょうぶだよ。母さんはぼくが守る。村も守る」
母さんの腕から抜けて、ぼくは走り出した。
体の奥をぎゅっと丸める。
指先が薄くなる。
腕が消える。
顔が消える。
ぼくの姿は、夕暮れの空気に溶けていった。
小さな子どもの、ぱた、ぱた、という足音だけが残る。
母さんからは、この力は誰にも言ってはいけないと言われていた。
姿を消せると知られたら、物がなくなるたびに、ぼくが疑われるからだ。
だから、この力は使わない。
誰にも見せない。
でも今は、村が困っている。
母さんも、ミナも、トマもいる。
だから、ぼくは走った。
大人より速い足取りで、周りの大人を避けながら走った。
誰もぼくには気づいていない。
だいじょうぶだ。
見えていない。
森の方から現れた男たちは、汚れた革鎧を着て、剣や斧を持っていた。
盗賊たちは、村長の家の前に集まっていた。
「歯向かうと、皆殺しだ」
「食料と金目のものを出せば、それで許してやる」
近くの男の人が、鍬を構えながら呟いた。
「嘘だ。女、子どもも連れていかれる」
ぼくは驚いた。
なんで、そんなことをするのだろう。
ぼくには、まったく理解できなかった。
でもこのままだと、母さんと村の子どもたちが危険になることだけは分かった。
この村には、男の人が十数人しかいない。
村長が、必死に盗賊を説得しようとしていた。
「食料がなくなれば、皆が生きていけません」
「なら、食料は半分でいい」
盗賊の親玉が笑った。
「だが、女と子どもは連れていく」
「それなら、お前たちも飢えないだろう」
盗賊たちが、馬の上で笑っている。
ぼくは考えた。
盗賊たちを怖がらせればいい。
妖怪がいる。
そう思うと人が怖がることを、ぼくは知っていた。
けれど、どうやって怖がらせればいいのか分からなかった。
ぼくが迷っている間に、盗賊たちは動き出した。
家の戸が蹴り破られる。
袋に入った麦が奪われる。
逃げようとした男が殴られる。
泣き叫ぶ子どもが、母親の腕から引き離される。
ぼくは、震えていた。
胸の奥が、ざわざわする。
怖い。
「やめて!」
その時、ミナの声が響いた。
広場で、盗賊の一人がトマの腕をつかんでいた。
トマは真っ青な顔で、必死に逃げようとしている。
ミナが石を投げた。
石は盗賊の肩に当たった。
「トマを離して!」
盗賊は、ゆっくりミナを見た。
「この小娘」
男がミナへ近づく。
ミナは逃げない。
でも、足は震えていた。
トマが叫ぶ。
「ミナ、逃げて!」
それでも、ぼくはまだ震えていた。
その時、母さんの声が広場に響いた。
「この村には、悪霊がいます」
盗賊たちの視線が、母さんに集まる。
「すぐに出ていきなさい」
「けっ。そんな脅しに乗るか」
盗賊の一人が、母さんを捕まえようと動いた。
ぼくは、無我夢中で止めようとした。
盗賊の腕をつかんだ。
そして、噛みついた。
「うわあああっ!」
盗賊が悲鳴を上げた。
見えない何かに噛まれた腕には、牙のような歯形がついている。
ぼくの皮膚に触れた盗賊は、さらに目を見開いた。
「な、何だ! 今、ぐにゃっとしたものが!」
母さんが叫んだ。
「あなたは、悪霊に噛まれました」
盗賊たちが、噛まれた腕を見に集まる。
「血が出てるぞ!」
「牙の跡だ!」
「何がいるんだ!」
母さんは、怯えた様子もなく盗賊たちを見据えた。
「その腕は腐ります」
盗賊たちの顔色が変わった。
ぼくは、噛みつけそうな人の足や腕に噛みついた。
強く噛めば、きっと肉が裂ける。
だから、歯形が残るくらいで止めた。
盗賊が腕や足を振り払おうとする。
でも、ぼくの力の方が少し強かった。
「また噛まれた!」
「足だ! 足に何かいる!」
「見えねえ!」
ぼくが噛んでも、腕は腐らない。
母さんは嘘をついていた。
けれど、母さんの声はまっすぐだった。
「すぐにこの村を出れば、噛まれても腐りません」
「この村にいると、もっとひどい目に遭います」
「早く去りなさい」
母さんは勇敢だった。
怯えた様子もなく、盗賊たちをにらみつけていた。
村の人たちも、少しずつ声を上げ始めた。
「出ていけ」
「すぐに出ていけ」
「出ていかないと、お前たちは死ぬぞ」
鍬と棒が、次々と持ち上がる。
ミナとトマも声を合わせた。
「出ていけ!」
「出ていけ!」
子どもたちも、女の人たちも、家の陰から声を上げた。
「出ていけ!」
「出ていけ!」
盗賊たちが震え出した。
母さんは、盗賊の親玉に向かって言った。
「あなたに、天罰を与えます」
ぼくは分かった。
石を投げればいい。
近くに大きな石があった。
ぼくは両手で、それを持ち上げた。
盗賊も、村人も、息をのんだ。
「石が……浮いている」
ぼくは、その石を盗賊たちに当たらない場所へ投げた。
石は地面に落ちた。
ずどん、と大きな音がした。
盗賊の親玉が叫んだ。
「逃げろ!」
盗賊たちは、馬に飛び乗った。
荷物も奪った食料も置いたまま、森の方へ逃げ出していく。
村の人たちも腰を抜かしていた。
母さんは、逃げていく盗賊たちを見送ったあと、村人たちの方を向いた。
「私が言ったことは、すべて嘘です」
「この村には悪霊はいません」
「善良な妖怪がいるだけです」
母さんは笑いながら言っていた。
ぼくは、母さんと村を守れてうれしかった。




