嵐の前その2
ボートはゆっくりと速度を落とした。
目の前には、大きな浮島が広がっている。
藁でできた家が並び、観光客の姿があちこちに見えた。
「ここで降りるぞ」
ディエゴが言う。
ボートが島に近づくと、藁でできた岸がぎしっと音を立てた。
僕たちは順番に船を降りる。
その瞬間――
足元が少し沈んだ。
「おおっ」
大樹が笑う。
「ふわふわしてる」
確かにそうだった。
地面なのに、わずかに揺れる。
まるで柔らかいマットの上を歩いているみたいだった。
「これ全部トトラ?」
ウッチーがしゃがみこんで触る。
ディエゴがうなずいた。
「そう」
「島の表面は定期的にトトラを重ねてる」
「腐るからな」
「腐るの?」
大志が驚く。
「そう」
ディエゴは笑った。
「だから新しいトトラを上に敷く」
「それをずっと繰り返す」
僕たちは島の中を歩き始めた。
藁でできた道の両側には、小さな店が並んでいる。
子供たちが観光客に声をかけていた。
「おみやげ!」
「フォト!」
「写真撮る?」
観光客の笑い声が聞こえる。
思っていたより、ずっとにぎやかだった。
「完全に観光地だな」
大樹が笑う。
「まあな」
ディエゴが肩をすくめる。
「ここは観光用の島だから」
そのとき、遠くから子供たちの声が聞こえてきた。
僕は振り向く。
小さな建物の前に、十人くらいの子供たちが集まっていた。
「学校?」
こばが言う。
ディエゴはうなずいた。
「そう」
「湖の上の学校」
大志が目を丸くする。
「マジかよ」
子供たちは笑いながらボートに乗り込んでいた。
「どこ行くんだろ」
ウッチーが言う。
ディエゴが答える。
「家に帰るんだ」
「この島だけじゃない」
「周りにもたくさん島がある」
僕たちは湖を見渡した。
確かに、遠くに小さな浮島がいくつも見える。
観光客のいない、静かな島。
そこに小さな家が建っていた。
「本当に生活してるんだな」
僕は思わず言った。
ディエゴは少し誇らしげにうなずいた。
僕たちはしばらく島を歩いた。
藁の家。
藁の船。
藁の塔。
湖の上に作られた村は、思っていたよりずっと生きている場所だった。
ウロス島を一通り歩いたあと、僕たちは再びボートに戻った。
ディエゴがエンジンをかけると、小さな船はゆっくりと島から離れていく。
振り返ると、藁の家々の向こうで観光客たちがまだ写真を撮っていた。
子供たちの声も聞こえる。
思っていたよりずっとにぎやかな場所だった。
「面白かったな」
ウッチーが言う。
「湖の上に普通に村あるとは思わなかった」
「だろ?」
ディエゴが笑う。
ボートは浮島の間を抜けながら進んでいく。
さっきまでのにぎやかな景色が、少しずつ遠ざかっていった。
やがて港が見えてくる。
そこには一艘の小さなボートが停まっていた。
ボートの横に、男が立っている。
「……あれじゃないか?」
こばが言った。
男は僕たちに気づくと、軽く手を上げた。
ディエゴがボートを岸につける。
「迎えが来たみたいだな」
僕たちは順番に船を降りた。
男は四十代くらいに見えた。
日焼けした顔に、静かな目。
「ホテルを予約した人たちだね?」
低い声でそう言った。
「はい」
こばが答える。
「迎えに来てくれてありがとうございます」
男はうなずいた。
「船で一時間くらいだ」
そう言って、後ろのボートを指差す。
「乗ってくれ」
僕たちは荷物を持ってその船に乗り込んだ。
ディエゴは港から手を振る。
「楽しんでこい」
「ありがとう!」
大樹が大きく手を振り返す。
エンジンがかかる。
ボートはゆっくりと湖の上を進み始めた。




