狂人と嵐その2
部屋に戻ってから、僕たちはしばらく何も話せなかった。
大志が机に座り込む。
大樹は部屋の中を行ったり来たりしていた。
ウッチーはベッドに座ったまま、床を見つめている。
こばがようやく口を開いた。
「どうしようか俺たちはこっちの電話番号をもっていないから警察に電話ができない」
全員が顔を上げる。
「共有スペースに受話器置いてあったっけ?」
「電話できるかもしれない」
僕はうなずいた。
「探してみるか」
「行こう」
僕たちは急いで部屋を出た。
外はさっきより風が強くなっている。
湖の水面が、暗い波を立てていた。
遠くで雷の音が聞こえる。
藁の道を急いで進む。
レストラン棟が見えてきた。
「早く」
大志が先に階段を上る。
そして――
扉を押した。
「……あれ?」
開かない。
もう一度押す。
ガタッ。
「……開かない」
「は?」
大樹が言う。
こばがドアノブを回す。
ガチャガチャ
「……鍵かかってる」
「嘘だろ」
僕は窓の中をのぞいた。
さっきまで食事をしていたテーブルが、そのまま残っている。
明かりは消えていた。
「なんで閉めてんだよ」
大樹が苛立った声で言う。
そのときだった。
背後から、静かな声がした。
「もう閉店です」
僕たちは一斉に振り向いた。
そこに――
管理人が立っていた。
いつからそこにいたのか分からない。
湖の暗闇の中に、静かに立っている。
さっきと同じ、無表情だった。
「夜はレストランは閉めています」
管理人が言う。
風が強く吹いた。
藁が揺れる音がする。
誰も、すぐに言葉を出せなかった。
誰もすぐには動けなかった。
風が強く吹き、藁の地面がわずかに揺れる。
管理人はレストラン棟の前に静かに立っていた。
暗い中でも、その顔だけははっきり見える。
相変わらず――
表情がない。
こばが一歩前に出た。
「すみません」
なるべく落ち着いた声で言う。
「Wi-Fiを使いたいんです」
「少しだけ中に入れませんか?」
管理人はしばらく何も言わなかった。
風がまた強く吹く。
湖の水が、暗く波立っていた。
遠くで雷の音が聞こえる。
やがて管理人は静かに口を開いた。
「明日で大丈夫です」
「え?」
大樹が思わず声を出す。
管理人は続けた。
「Wi-Fiは朝、使えます」
こばが言う。
「今ちょっと連絡したいことがあって」
そのときだった。
管理人がゆっくり空を見上げた。
黒い雲が湖の上を覆っている。
「嵐になります」
静かな声だった。
「この湖は」
「夜に天気が変わりやすい」
風がさらに強くなった。
藁がざわざわと揺れる。
そのとき管理人は、僕たちを見て言った。
「今日はゆっくり休んでください」
そして、ほんのわずかだけ口元を動かした。
それが笑顔なのかどうかは分からない。
でもその直後、管理人は言った。
「enjoy」
誰も笑わなかった。
その言葉が、さっきよりずっと――
不気味に聞こえた。




