狂人と嵐その1
島の夜は、昼とはまるで別の場所みたいだった。
夜の藁島を、僕たちはゆっくり歩いていた。
昼とは全然違う景色だった。
湖の水面は真っ黒で、遠くに小さくウロスの浮島の灯りが見えるだけだ。
「静かすぎるな」
大樹が言う。
確かにそうだった。
波の音と、風が藁を揺らす音しか聞こえない。
「貸切って感じするな」
ウッチーがのんびり言った。
「最高じゃん」
大志はスマホを灯しながら歩いている。
「ここさ昼間見たときより広くね?」
大志が言う。
確かにそうだった。
意外と歩いてみるとレストランや宿泊棟の他にも、いくつか小さい建物があるのが見つけられた。
「倉庫っぽいのもあるな」
こばが言う。
僕たちは藁の道を歩きながら島の奥へ進んでいった。
途中で大樹が立ち止まる。
「おい見ろ」
湖の方を指差した。
遠くの方で雷が光っている。
「すげーきれいな稲妻じゃん」
ウッチーが言う。
「落ちる瞬間写真撮りたい」
大志がスマホを出す。
「早すぎて無理だろ」
大樹が笑う。
「いやいける」
「動画とってスクショしよう」
僕たちはしばらく湖を眺めていた。
大学生活最後の旅行。
最後の宿。
本当にいい場所だった。
「ここ当たりだったな」
こばが言う。
大樹もうなずく。
「南米の締めにぴったりだわ」
そのときだった。
「……あれ?」
先を歩いていた大志が立ち止まった。
スマホの光が、ひとつの建物を照らしている。
「なんかあるぞ」
そこには、小さな建物があった。
ホテルともレストランとも違う。
簡素な木の建物だ。
「倉庫じゃね?」
大樹が言う。
扉は少しだけ開いていた。
風のせいか、ぎい、と音を立てて揺れている。
大志が振り返る。
そして笑った。
「……入ってみる?」
完全に探検気分だ。
大志が振り返る。
こばが少し考えてから言った。
「……まあ、少しだけな」
僕たちは中をのぞいた。
中は暗い。
スマホの光を向ける。
床一面に、藁の山が積まれていた。
「トトラ?」
ウッチーが言う。
昼間ディエゴが見せてくれた、あの藁と同じだ。
「保管してるのかもな」
大樹が言う。
大志は興味津々で近づいた。
そして藁の山を足で軽く蹴った。
その瞬間だった。
コロン
何か白いものが転がった。
「……ん?」
大志がしゃがみ込む。
懐中電灯の光を近づける。
しばらく黙っていた。
そして、ゆっくり言った。
「……これ」
「骨じゃね?」
僕たちは一斉に近づいた。
地面に転がっていたのは、小さな白い骨だった。
指の骨のようにも見える。
「……まさか」
こばが言う。
大志は藁を手でどけ始めた。
「おい、ちょっと待て」
僕が言う。
でも大志は止まらない。
藁を掘り返す。
そのときだった。
懐中電灯の光が、何かを照らした。
丸い形。
白い。
空洞の目。
頭蓋骨だった。
「……」
誰も声を出さなかった。
さらに藁をどける。
そこには、
腕の骨。
肋骨。
人の骨が、いくつも埋まっていた。
一体じゃない。
何体も。
倉庫の中は静まり返っていた。
湖の風の音だけが聞こえる。
大志が小さく言った。
「……これ」
「やばくね?」
倉庫の中は、しばらく誰も動けなかった。
懐中電灯の光が、藁の山と白い骨を照らしている。
「……冗談だろ」
大樹が小さく言った。
声が少し震えていた。
大志はしゃがんだまま、頭蓋骨を見つめている。
「これ……人だよな」
「当たり前だろ」
こばが言う。
でもその声も、いつもの落ち着いた調子とは違っていた。
ウッチーが一歩下がる。
「いやいやいや」
「ちょっと待って」
「なんでこんなのがここにあるの」
誰も答えられなかった。
倉庫の中には、藁の山の下に埋められた骨がいくつも見えている。
一体じゃない。
二体でもない。
光の当たり方によっては、まだ埋まっている骨がありそうだった。
「……戻ろう」
こばが言った。
「一回レストラン棟に戻ろう」
僕たちは黙ってうなずいた。
倉庫を出る。
夜の湖の空気が、さっきより冷たく感じた。
誰も喋らないまま、レストラン棟へ戻る。
そのとき僕は、ふと思い出した。
「……宿泊名簿」
「え?」
こばが振り向く。
「さっき書いたやつ」
僕は言った。
「このホテル、結構人来てるって言ってたよな」
「それがどうした」
「もしさ」
僕は続ける。
「もし、あの骨が――」
そこまで言って、言葉を止めた。
でもみんな気づいたみたいだった。
「持ってきた」
手には、あの宿泊名簿があった。
僕たちは机の周りに集まった。
ページを開く。
名前がいくつも並んでいる。
僕はスマートフォンを取り出した。
「Wi-Fiある?」
スマートフォンの画面に、Wi-Fiマークが表示される。
僕は名簿に書いてある名前を一つ入力した。
検索。
数秒後、画面に記事が表示された。
そこに書かれていたのは――
行方不明者。
僕は黙って次の名前を調べた。
それも。
また次も。
全部。
「……おい」
大樹が言う。
「どうなってんだ」
僕はゆっくり言った。
「この宿泊名簿……」
「全部、失踪者だ」
「……全部」
そのとき僕は、さっきから頭の中で引っかかっていたことを思い出した。
港での電話だ。
最初にネットに載っていた番号へかけてもつながらなかった。
でも予約メールに書いてあった別の番号にはつながった。
僕はスマートフォンを取り出した。
ホテル名を検索する。
その文字を見た瞬間、喉がひゅっと鳴る。
現在休業中
「……待てよ」
僕の声に、みんながこっちを見る。
「このホテル、休業中になってる」
「は?」
大樹が顔をしかめた。
こばがスマートフォンをのぞき込む。
「……ほんとだ」
部屋の空気が、また一段重くなる。
大志がゆっくり言った。
「じゃあさ」
「俺たち、今どこに泊まってんの?」
誰も答えられなかった。
でも、その答えはもう目の前にあった。
本物のホテルは休業中。
なのに、僕たちはここにいる。
予約メールの番号につながった“管理人”が迎えに来た。
「……道理で」
僕は小さくつぶやいた。
「最初の電話がつながらなかったわけだ」
「本物のホテルは、もう止まってたんだ」
ウッチーがかすれた声で言う。
「じゃあ、今いるあの人って……」
その先を言わなくても、みんな分かっていた。
本物の管理人じゃない。
こばがゆっくり息を吐く。
「かなりまずいな」




