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異世界を救えなかった異端の勇者−百年戦争異聞録−  作者: 奏楽雅


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第09話:バスティーユ要塞

堀を吹き抜ける夜風に、バスティーユの黒い影がゆらいだ。

巨大な石の牙が、月をかき切るようにそびえている。


2箇所しか無い跳ね橋は固く引き上げられ、鎖が軋むたびに冷たい音が響いた。


堀を前にして俺とバシリアは立っていた。


「……正面突破は無理そうです。どうしますか、アニェス様」

バシリアの問いに俺は腕を組んで考える。

「そうだな…――ここを渡ろう」

「堀をですか? 泳ぐのですか?逆に見つかりませんか……それに汚水で汚染されています」

俺の言葉にバシリアは嫌そうな顔で堀を覗き込んだ。


「バシリア」

「なんで…きゃ」

俺はバシリアをお姫様抱っこすると堀に向かって跳ぶ。

そのまま重力に逆らうことなく、堀の水面に到達するが、水に沈むことなく水上を滑る。

足先に表面活性と、質量軽減の魔法をミックスさせ、水上をスケートリンクのように駆ける。


「……こんな魔法、聞いたことない……。

異世界スキルってずるくないですか。」


俺はウィンクすると、バシリアを抱えた手で指を鳴らした。


水面に軌跡だけが残り、俺とバシリアの姿を闇夜に紛れさせる。《インビジブル》の魔法で姿を隠したのだ。


「今のうちに。行くよ。」


透明となった俺たちは、ほとんど音も立てずに駆け抜け外壁へと辿り着く。


水面に立ったまま見上げると垂直に立つバスティーユの外壁は13階建てのビルを彷彿させる。

「アニェス様、これからどうするんですか?」

バシリアが俺の首に手をまわした状態で見上げている。顔が近い。

「こうする」

といって、

「――《ヘルファイア》。」

バスティーユの壁は石灰岩や砂岩系の石材が使われている。石灰岩は分解が始まるのが約825℃、完全に融解するのはおよそ1339℃前後。砂岩の主成分は石英で、約1700℃で溶ける。

俺の前に1700℃を遥かに超える3000度の炎が、前方に出現しバスティーユの基礎部をドロドロに溶かし穴を開けてゆく。

ジャンヌ・ド・ブリグに渡された見取り図だと堀の水面部分は基礎部であり、何をしても大丈夫そうだったのだ。

《ヘルファイア》と同時に、穴の空いた場所は《コキュートス》で熱を奪う、ガラス結晶化した地肌が、《ヘルファイア》の炎を反射してイルミネーションのように輝かせる。

「綺麗…」バシリアがうっとりと言葉を漏らす。

俺は抱いていたバシリアを優しく開けた穴に立たせた。

「このまま地下室まで進む」バシリアがうなづきかえしてくれる。

こんな方法で潜入するやつがいるわけ無いので、誰にも見つかること無く地下室手前の通路に出ることができた。

「普通に考えれば厚さ3メートルの壁ですからね」

笑ったバシリアと頷き合うと、《ヘルファイア》発動時に消えた《インビジブル》と《スニーク》を唱える。俺に接触しているものはその効果を共有できるため、バシリアと手をつなぐ…なんかビクっとされた気がする。

地下通路から出ようとすると地上通路に繋がる鉄扉に、通路側から錠前が掛かけられていた。

「どうします?」

俺は焦らず指先で鉄扉の継ぎ目を触ると、

魔力の微かな振動を鉄扉の奥へ走った。


「――《サイレント・シェイプ》。

 鉄でも、少しなら“形を変えられる”。」


鉄扉が、音ひとつなく横に撓んだ。


バシリアは息をのむ。


「ア、アニェス様は、勇者ですよね?潜入諜報の方が得意なんじゃないですか……?」

「んー救出は慣れてるから?」


二人は透明のまま、城内を移動する。目指すはポトン・ド・ザントライユが監禁されている南東角のトレゾール塔5階。


バスティーユの内部は迷路のように入り組み、四方に塔が立ち長辺に二本の塔が立つ計八つの塔を持つ。

松明の炎で壁が揺れ、夜でも兵が動き回っている。


「ここからが本番ですね……。」


「ああ。

 ……来た。巡回二人、正面。」


人の足音。ランタンの光が柱の影を揺らす。


俺は、透明のままバシリアの手首を掴んだ。


「息を止めて。」


巡回の兵が二人の横を通り抜ける。

だが気配遮断のせいで、風ほどにも感じない。


兵が背を向けた瞬間、バシリアがささやく。


「――今。」


二人は階段へと走った。


5階。


分厚い鉄扉。

鍵穴は錆び、鉄格子は太く、普通の人間なら諦めるしかない。


「この扉……。

アニェス様、壊すのは……音が……」


俺は微笑んで、人差し指を鉄に当てた。


「静かにね。」


――ひび割れ。

――沈むような崩壊。


鉄扉は、砂のように静かに崩れ落ちた。

「……無音……ですか…。

アニェス様、もう何がなんだか…何者なんですか」

「ただの勇者だよ。

 ――行こう、ポトン・ド・ザントライユを迎えに。」




見取り図を確認しつつ、兵士を避けつつ進むと目的の部屋の前に辿り着く。


牢の中うずくまっていたポトン・ド・ザントライユが顔を上げる。


ここで、ジャン・ポトン・ド・ザントライユについて、バシリアはポトンをジャンヌの狂信者と言っていたが、よくよく聞いてみると。ジャンヌがオルレアンでイングランド軍を排除した時から、ジャンヌを信奉し行動を共にしていた。英雄らしい。歳は40過ぎの貴族だそうだ。


「……誰だ?」


俺は《インビジブル》を解いた。


「迎えに来ました、ポトン・ド・ザントライユ隊長。」


ポトンが目をまるくしている。

「て、天使…」

牢内の小さな窓から差し込む月明かりに、白いゴシックドレスが輝いていた。

「あー」

ポトンは涙を流して顔がグシャグシャになっていく…

「ジャンヌ信奉者ということは…信仰心も深い方ですよね…」

「そりゃそうか」と頭をかく。

「もう、このままいきませんか?」

「え?」

「天使設定のまま」

バシリアと見つめ合うことしばし…

「…バ…バシリアさん?押さないで」

バシリアが俺のことをポトンのほうに押しはじめる」

ポトンの前に出された俺は最後にバシリアを見るが、バシリアは頷くだけであった。

「おお、天使よ…」ポトンは俺の手を取りすがりついてくる。

「あー…ポトンよ、私はお前を助けジャンヌを助けるために来た」

「はい、神に感謝致します」

ヒゲがジョリジョリ痛いんだけど…

「直ぐにこの場を離れるが問題ないか」

「はい、この身があれば問題ありません」

「ならば、急ぎまいろう、俺の手を取り決して離すでないぞ」

「心得ました」

右手にポトン、左手にバシリア、背の低い俺が真ん中…まるでFBIに捕まった宇宙人みたいだ。

しょうもないことを考えつつ俺は《インビジブル》と《スニーク》を掛ける。

「うぉぉぉぉて天使様、天使様どちらに!」

「しーーーー静かに、ここにいる、ここにいますから。手を繋いでるから、大丈夫だから。黙ってついてきて」

「は、はい、畏まりました」

俺達は、移動を開始した。脱出ルートは来た道をそのまま引き返す。幾度か兵士をやり過ごし堀へと辿り着く。

非常に楽な脱獄劇だった…一つを除いて

それは

「さて、どうしよう…」

「どうしましょうか…」

堀からパリ市街に逃げる方法だ。


「ポトンさんをお姫様抱っこして、その上にバシリアが乗るのは?」

滅茶苦茶嫌な顔をされた…


「いっそバスティーユ制圧して、跳ね橋から堂々と出る?」

「アニェス様、それでは今までの苦労が…」

「どうされましたか?天使様」

「ちょちょっと待ってね」

「はい」


「バシリア肩車で、ポトンをお姫様抱っこでは?」

「...絵面が凄そうですけど…妥協点ですかね」

バシリアを肩車してみる…バシリアのゴスロリメイド服だとスカートで前が見えなかった…oTL


「アニェス様。質量軽減と表面活性の魔法は、アニェス様と接触していれば有効だったりしませんか?」

「一応有効だな」

「ならば、ポトン様の肩に乗って、ポトン様が滑るというのはダメでしょうか?」

「おお、有りだな」


俺たちは、ポトンに言ってみた。出来ようが出来まいが何でもやるような返事が返ってきた。


俺は右肩に、バシリアは左肩に腰を下ろし、ポトンの頭にしがみつくような形の姿勢をとった。やたらと歓喜しているポトンが怖かった。


怪しいバランスだったが、俺とバシリアで必死のバランスをとることでポトンは進み始めた、そのままセーヌ川へと続く水門を通り見事に難攻不落、脱出不可能なバスティーユからの脱走を成功させたのだった。






「アニェス様」

「ん」

「扉とか机を滑らせれば良かったとかありませんか?」

「………」


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