第05話:ルティエ(強盗団)
俺とバシリアの旅は三日目に入った。
夜明けとともに野営地を後にし、街道へ入った瞬間から――周囲に満ちる“気配”に気づいた。
見えないが確かにそこにいる、ルティエ(強盗団)の気配だ。
まだ遠巻きに様子を窺っているようだが、数は多い。
だが、バシリアは意外なほど落ち着いていた。
薄く目を細め、周囲よりも前方の太陽の位置に意識を向けている。
「アリス様が示された中継地点、シャテル=シュル=モセル。お昼頃には見えてきます」
そう言って、バシリアは太陽を指した。
「回り込まれる前に入るんだな?」
「はい。城塞に入ってしまえば、彼らも迂闊には手を出せません」
俺たちは気配を悟られぬよう、常歩と駆足の中間くらいの速度で馬を進めた。
***
道はゆるやかに下り、森が途切れると――視界が一気に開ける。
その谷間に、灰色の巨塊がどっしりと腰を据えていた。
シャテル=シュル=モゼル要塞。
谷を抱くように流れるモゼル川の湾曲に沿い、巨大な石の塊がせり出している。
太陽を受けて白く光るその外壁。だが美しく整っているわけではない。
磨かれた城というより、削り出した岩そのものだ。壁は厚く、角は丸く、外壁の下部は大きく傾斜している。
「……ほぅ……」
思わず感嘆の息が漏れた。
大きい。だが、規模だけなら異世界でももっと巨大な城郭を見たことがある。
山肌に張り付いた砦、天空を貫くような城塔――そういう“異世界的スケール”から比べれば、この城は常識の内側だ。
だが、近づくほどに気づく。
この要塞には、異世界の城には無かった“何か”がある。
「……あれ、避弾経始-戦車などの装甲を傾斜させ、砲弾の運動エネルギーを分散させ、逸らして弾く概念-に似てないか……?」
馬上で小さくつぶやくと、バシリアが振り返った。
「アニェス様、何か?」
「いや。ちょっと、興味が湧いただけ。
想像以上に、この世界の“過去”は進んでいるようだな」
バシリアは、城塞に並ぶ塔の上部を指差した。
「ご覧ください。あの塔の一部には砲艦――初期の大砲が据えられています。
シャテル=シュル=モセルは、火薬兵器に対応するための大要塞です。砲兵も常駐しています」
「この時代で、もう大砲か……」
異世界では、どれだけ文明が発展しても“魔法の火力”が戦場を支配していた。
だから火薬は進化しきらなかった。
だが、この世界は違う。
この十四〜十五世紀で、大砲を前提とした要塞が成立している。
城壁の傾斜、丸い塔、厚い壁……すべてが“砲弾を受け止め、流す”ための構造。
火薬革命の匂いがする。
「大砲があるなら、攻城戦の形も変わってくるはずだな……」
攻城塔、破城槌よりも、火薬が主役。
そうなると、戦術は異世界で経験したよりはるかに厄介になる。
俺は背後を気にしつつ、城下町のほうへ視線を移した。
ルティエの気配が、少しずつ距離を詰めてきている。
今日は城塞に入るにあたって、いつものゴスロリファッションの上に外套を羽織っている。バシリアは嫌な顔をしたが、「まあ…しかたありませんね」と折れてくれた。それでも若干の違和感が残るのだが…
城門前には行列ができていた。要塞兵たちの声が響き渡る。
二人は外套のフードを深くかぶり、互いに視線を交わした。
「次、二名。フードを外して顔を見せろ」兵士に呼ばれて前へと進む
厳つい検問官と若い検問官2人の槍の穂先がぎらりと光る。
要塞兵は身なりの良い旅人には特に厳しい。
バシリアが無言でフードを外す。
柔らかな黒髪と整った顔立ち。
続いて俺もゆっくりとフードを取った。
ゴスロリ風のレースがちらりと覗くが、外套がほとんど隠している。
「……あっ、えっと……可愛い……」
若い兵士の一人が思わず呟く。
「おい!仕事中だ、黙っていろ」
厳つい兵士は目を細めた。
「……その服装、見慣れんな。どこの地方の者だ?」
バシリアが淡々とこたえる
「巡礼のため、長く旅しております。
故郷の服を少しでも残したいという、主人の願いでございます」
俺は横で静かに頷く。
人見知りの巡礼娘、という風に振る舞った。
「目的は?」怪しむ目を向け、更に質問を続ける。
「巡礼を続けるための食料と水を求めています。可能であれば教会で一泊し、
聖堂で祈りを捧げたいと」
バシリアの落ち着いた口調は、兵士が相手でも全くぶれない。
俺はその横でフードの縁を指で触りながら、控えめに立っている。
兵士はバシリアの腰の剣に視線を送る
「そちらの剣は? 貴様は護衛役か?」
バシリアは自然な動作で鞘を示し
「はい。
道中で野犬や盗賊に遭うこともありまして……
最低限の護身具として、許される範囲かと思います」
彼女が剣を少し傾けると、兵士は刃の幅と長さを確認。
軍用の長剣ではなく“旅人向けの片手剣”と判断した。
「……ふむ。武装は過剰ではないな。
だが市中では剣を抜くなよ」
「心得ております」
兵士は最後にアニェスに視線を向ける。
「そちらの娘は武器は?」
「……私は護られるほうの立場ですので
護身用の短剣を一本だけ」と胸元に下げたタガーを見せる。
(実際にはスカートの下の腿には投げナイフが10本――
しかし姿勢も外套も完璧にそれを隠している)
兵士はアニェスの控えめな雰囲気を見て、あっさり納得した。
「……実は、後ろにルティエか何かに、つけられているようですので、
できれば早く通していただけると助かります」
バシリアが小声で言うと、厳つい兵士が、眉をひそめる。
「つけられている?……それは……危険だな」
「えっ……!? それなら急がせてあげなきゃ……!」
「……どうか、お願いいたします……」
俺はか細い声で懇願の振りをした。
「二名、巡礼。滞在一泊。武装は片手剣一振り、短剣一振り。
――よし、通れ」
槍が引かれ、門がわずかに開く。
「……何か困ったことがあれば、門の近くで……手を貸しますから」
「感謝します。失礼いたします」
俺は穏やかに謝辞を述べ、門をくぐり、石畳の城下町へ入る。
バシリアは馬を軽く促しながら、小さく呟く。
「アニェス様の演技で、早く通してもらえて良かったです。有難うございました」
「ううう、サブイボが…」
バシリアがまた顔を背け、肩を震わす。
俺は少しムッとすると。
「しかし…俺みたいな少女にも色目を使うやつが居るんだな」
「貴族なら12歳で適齢期です。アニェス様も、当然そういう目で見られることになります」
「…時代の問題か…」
サブイボが増えた気がした。
城下町へ入ると、バシリアが申し訳なさそうに言った。
「アニェス様……ここでどうしても、食料を調達しなければなりません」
「理解している。急ごう」
バシリアが頷き、俺たちは城下町の門へと馬を走らせた。
街道沿いの家屋は灰色の石造りが多く、瓦屋根が朝日に照らされて鈍く光る。馬の蹄音が石畳に小さく反響するたび、二人の周囲を警戒する視線が交錯する。
「アニェス様、この街ではまず食料と水を調達しなければなりません」
バシリアが慎重に口を開く。目には少しの緊張が浮かんでいた。
俺は馬の首を撫でつつ、辺りを見回す。
街の雰囲気は一見穏やかだが、俺とバシリアはすぐに違和感に気づいた。
路地や角から、鋭い視線が何度も二人を捉える。ルティエ――街道を支配する盗賊団の者たちだ。
彼らはまだ姿を見せないが、数人が密かに追跡しているのは明らかだった。
「バシリア、奴らに気づかれてるな」
「はい……でも、私たちの動きに気づかせないようにすれば問題ありません」
二人は声を潜め、馬を常歩と駆歩の中間に抑えながら城下町を進む。
八百屋、肉屋、鍛冶屋、パン屋。小さな店が軒を連ね、通行人は少しずつ増えてきた。
街の人々は外の戦火やルティエの噂に疲れた表情をしている。
バシリアがパン屋に立ち寄ると、店先のお姉さんが快活な声で聞いてきた。
「あなたたち。この辺で見かけない人だけど。東から来たの?」
「え、ええそうです」なんだろうと思いつつも、平静を装い返事を返す。
「数日前、ヴォージュで天使が現れたって噂になってるんだけど…何か知らない」
俺はバシリアと一瞬、目を合わせる。
「……火刑にあったあの村の話が、流れているか」
バシリアが小さく息を吐く。村では、異端とされた美少女が奇跡を起こしたと噂になっているとのことだった…
買い物を終えて外に出た頃には、空はもう藍色に沈みかけていた。腹も減ったし、早めなのか遅めなのかよく分からない微妙な時間帯だが、とにかく食事を済ませてしまおうと、俺とバシリアは外套のフードを深くかぶって、城下町の酒場へ足を向けた。
……入る前から気配は感じている。
ルティエ。あの刺客の視線だ。
気づかないふりをして扉を押すと、むわっと酒と肉の匂いが鼻をついた。混み具合はそこそこだ。商人の下働き、荷運び人、傭兵、交代を終えた兵士──こっちも異世界も酒場にいる連中の顔ぶれはだいたい似たようなものだ。
俺とバシリアが席につくと、いくつかの視線が寄せられた。外套を着ているとはいえ、やっぱり目立つらしい。注文を済ませて水を飲んでいると、案の定、一番面倒そうな席から声が飛んできた。
「なぁ嬢ちゃん、こっち来て酒でも注いでくれよ」
傭兵の三人組だ。見た瞬間わかった。酔っている。嫌な酔い方だ。
バシリアがすっと立ち上がった。外套の下のスカートがわずかに揺れる。無言だが……殺気がひどい。
このまま放置すれば、あいつらは一生酒を飲めない身体になるだろう。
だが、その瞬間だった。
「やめとけ」
低い声とともに、兵士が一人、俺たちと傭兵の間に割って入った。
次の刹那──
「いっ……!?」
傭兵の頭が、机に叩きつけられた。
瞬きする間に捻り上げられ、悲鳴を上げる間もなく、そのまま床に沈んでいく。兵士は慣れた動きだった。他の二人は動く気すらなく、固まっている。
「子どもに絡むな。恥を知れ」
短い叱責だけ残して、兵士は俺たちのほうへ振り返った。
──そして、なぜかそのまま俺たちの席に腰を下ろした。
「…………」
「…………」
俺とバシリアは思わず顔を見合わせた。
バシリアが再度立ち上がりかけるが、俺は目で制した。
敵意は感じない。むしろ、助けに入ったときの気配は本物だった。
「助けてくれて、ありがとう」
そう言うと、兵士はにやりと笑い、俺の手にそっと触れてきた。
……ああ、これは面倒なタイプだ。
「気にすんな。可愛い子が困ってたら誰だって助けるさ」
「ええと……」
どう返すべきか考えていると、兵士がふっと顔を近づけ、小声で言った。
「あそこにいる、壁際のフードの奴。あれはルティエだ。気をつけろ。ずっとお前らを見てる」
俺の背中に冷たいものが走った。
こいつ……わかってて助けたのか。
悪い人ではない、と判断して、俺は外套の影で軽く頷いた。
「ありがとう。注意する」
「おうよ。……で、そっちの娘ちゃんも──」
兵士の視線がバシリアに移った瞬間だった。
「触らないでください」
バシリアの掌底が兵士の胸に突き刺さった。
どごッ。
短い音だけがして、兵士は椅子ごと後ろへ吹き飛んだ。
そのまま壁に背中を打ったらしく、ずるずると床へ崩れ落ち、意識を失った。
酒場のざわめきが一瞬で止む。
……バシリア、手加減はしたんだよな?
俺は軽く息をつき、何事もなかったかのようにスープを口に運んだ。
周囲の客たちは、俺たちのテーブルからそっと目をそらす。
「行こうか、バシリア」
「はい、アニェス様」
兵士を気遣う様子は一切ない。いや、あれでもバシリアなりの手加減だと俺は思っている。
(そうあってほしいと…)
俺たちは悠々と酒場を出た。
扉の向こうには、まだルティエの微かな視線が残っていた。
***
日が傾き、城下町の喧騒が赤い夕陽に沈みかけた頃、俺とバシリアは街を抜け、教会へ向かった。
モゼルの風が吹き抜け、石造りの古びた教会は外から見ると半ば廃墟のように見える。ひび割れた外壁と、欠けたステンドグラス。
……だが、中は違った。扉を押し開けた瞬間、薄暗い聖堂には静寂が降りていて、蝋燭の匂いと冷たい空気が肌を撫でる。
入口で、痩せぎすの修道士が俺たちを困ったように止めた。
「お、お嬢さん方。旅の身でしょうが……夜は、危険でして。教会は──」
少女二人が馬で旅をするなど、普通に考えれば怪しすぎる。疑われるのも無理はない。
バシリアはさっと修道士の前に出ると、外套の内側から短剣を一つ取り出した。柄には深紅のエナメル、その中央になにやら紋章が刻まれている。
修道士は目を見開き、
「し、少々お待ちを……!」
と、ほとんど転がるように司祭の元へ走っていった。
しばらくして、年配の司祭が早足でやって来た。どこか緊張した面持ちで、俺たちの前に立つと深々と頭を下げる。
「これは……紋章をお持ちとは存じませなんだ。どうぞ、教会の離れをお使いください」
外套の下の服装は怪しくても、貴族の紋章には逆らえないらしい。
俺とバシリアは馬を厩舎に繋ぎ、教会裏手の小さな離れに案内された。
石壁と木の簡素な小屋だが、外よりは暖かい。干し草が敷かれた寝台に腰を下ろすと、一気に疲れが押し寄せてくる。
「ここなら、夜間も安心ですね」
バシリアがほっとした声を漏らした。
俺は気になっていたことを尋ねた。
「さっきの短剣は?」
バシリアは外套を脱ぎ、スカートの内側──アリスに仕立てられた“隠しポケット”から、別の短剣を取り出した。
「アリス様が用意してくださった、ブルゴーニュ派貴族の紋章入り短剣です。シャテル・シュル・モゼル城塞のエピナル領主ヌーシャテルはブルゴーニュ派の貴族でしたので…」
「なるほどな」
「他にも……アルマニャック派貴族、神聖ローマ帝国の紋章剣も持たされています」
「……おい、一度に全部見られたら終わりだろ」
「隠し場所は色々ありますので。」
……なんだその自信。
アリスの縫製技術と、バシリアの落ち着きは本当に頼もしい。
馬小屋の方では、馬が鼻を鳴らすたびに、外に潜むルティエの気配が風に乗ってわずかに伝わる。
俺は壁にかけられたランタンの残り火を見つめながら、ふとつぶやいた。
「異世界の戦い方よりも……こちらの方が、よっぽど厄介かもしれないな」
静かな教会の壁の中で、ようやく俺とバシリアは身体を横たえた。
明日のルーアンへ続く長旅に備え、意識が闇へ沈んでいく。
***
夜明けとともに、遠くの教会から鶏の声が響いた。
俺とバシリアは早々に荷をまとめ、馬を進める。
午前中の道は、昨日よりも森が深い。
湿った土の匂い、冷えた空気。獣道のような細い分岐がいくつも伸びていて、視界は悪い。
「静かだな……」
「ええ。動物の気配が薄いです」
「……めんどうくさいな」
「まわり込まれていますね」
「結構集めたみたいだ」
「二十人ほど、でしょうか?」
「三十三人だな」
バシリアの声は警戒そのものだった。
自然と背の片手剣へ手を伸ばしている。
しばらく進むと、道の真ん中に折れた荷車が転がっていた。
木材は派手に裂け、あちこちに麻袋が散乱している。
――わざとらしい“通せんぼ”だ。
「出ますよ、アニェス様」
その囁きと同時に、
「よぉ、お嬢ちゃんたち。女が二人で旅行かい? 不用心だなぁ」
森の陰から十四人ほどが姿を現した。
樹上に四人、遠巻きに五人の弓兵。
さらに後方からは、昨日からつけてきた十人。
粗末な革鎧、刃こぼれした剣、汚れた髭面。
典型的な強盗どもだ。なんというかとってもバッチイ。
「何か用でも?」
「いやぁ、整った顔のお嬢さんに、美人な従者さん。それに毛並みの良い馬」
(まあな)
「襲ってくれって言ってるようにしか聞こえなくてさ」
(勝手に思うな)
「貴族様なら身代金、違っても貴族に売れば高く買ってくれそうだしな」
(……はぁ)
「大人しく帰れ、と言っても無駄かな?」
「もちろん無駄です」
そう言うや否や、バシリアはすっと前に出た。
俺が止めるより早く、一人の懐に滑り込み、足払いで倒し、首元へ短剣を添える。
「えっ、あっ、ちょっ……!」
「動かないでください。大声も出さないように」
無表情のままだが、空気が一瞬で冷えた。
残りの強盗たちが慌てて武器を構える。
「お、お前!その男を放せ!」
バシリアは振り返りもせず言う。
「アニェス様。どうします? 返り討ちにしますか?」
「聞き方が怖いんだよ……」
俺は馬を一歩進め、強盗たちに告げた。
「悪いけど、急いでる。邪魔するなら倒す。諦めるなら見逃す」
「女二人が何を――」
バシリアの短剣が、捕らえた男の頬に薄い線を刻んだ。
血が一滴、落ちる。
「次は深く刺します」
「ひっ……!」
「ざけんなぁっ!!」
一人がバシリアへ斬りかかってくる。
「商品だ、傷つけんなよ!」
バシリアはため息まじりに組み敷いた男の命を刈り取り、
向かってきた男の力を利用して投げ飛ばし、その剣を拾って二刀を構えた。
呆然とする強盗たち。
俺へ向かって数本の矢が放たれるが、すべて直前で俺を避けて飛んでいく。
百メートル先の射手が驚愕に目を見開く。
俺も馬――ブロンダンから降りた。
「十分な猶予はあげたつもりだ」
「な、何を言ってやがる……」
「見逃せば、次の犠牲者が出るだけだ。芽を断たせてもらう。運が悪かったな」
「ふざけるなぁッ!」
その叫びを最後に、俺とバシリアは駆けた。
俺は目に止まらぬ速さで動き、剣を振るときだけ姿が現れる。
バシリアは舞うように二刀を振り、首をはねてゆく。
弓兵には、落ちていた剣を投げて沈める。
俺たちを囲んでいた二十三人は、自分の死に気づく暇もなかった。
***
「後続の十人が来ませんね」
バシリアは乱れのない息で言う。
「そうだな……」
ほどなく蹄の音が聞こえた。
バシリアが身構えるが、俺は手をあげて制した。
「大丈夫かーー!」
昨日、酒場でバシリアにのされた兵士が、二十人ほどの兵を連れて現れた。
「大丈夫……みたいだな。これは……?」
惨状を見て絶句している。
「あーー」
「襲われたので、私が倒しました。正当防衛です」
言い訳を考える暇もなく、バシリアが淡々と申告した。
「そ、あー、んー、まあ、ありえるのか?」
兵士は昨日の記憶と目の前を必死に擦り合わせている。
「お相手しましょうか?」
バシリアが剣に手をかけると、兵士はブルブルと首を振った。
「い、いい……いい。だが調書がいる。シャテル=シュル=モゼルまで戻ってくれ」
「無理です。急いでおりますので」
「こちらも困る!」
睨み合う二人。
「バシリア、あれは使えないのか?」
「あっ」という顔をして、スカートの中から短剣を取り出した、昨日の剣だ。
「むぅ」と兵士はうなる。「……わかった。行っていい」
「すまない」
俺は馬に……乗ろうとしたが乗れない。
バシリアの含み笑いが背後で震えている。
仕方なく補助してもらって騎乗した。
兵士はなんとも言えない顔をしていた。
「……ごほん。では、行け」
俺たちは走り出す。
去り際、「また会おう」と聞こえた気がした。
***
「アニェス様。殺めることに躊躇は無いのですね?」
兵士たちの姿が見えなくなると、バシリアが尋ねた。
「ああ。あっちの世界でも悪い人間はいた。……為すべきことはわきまえている」
(クラスメイトすら、狂った者はこの手で……)
「その分、善人は助けたいと思っている」
「立派です」
「そんなものじゃない……」
「それより、バシリア……お前の機転、助かった」
「メイドとして当然の行動です」
にこりと微笑む。
……顔に血がついていて怖いが。
しかし被害者救助イベントもない、すっきりした“返り討ち”だった。
「本当に助けが必要な人がいても……アニェス様がいれば大丈夫でしょう」
「買いかぶりすぎだよ」
「いえ、確信です」
また笑う。
まったく、頼りになりすぎるメイドだ。




