第28話:妖精の家
「そのティルウィス・テグは満足されたのですね。ありがとうございました」
俺が体験した一ヶ月を、ざっくり説明するとペトロナさんが深々とお辞儀した。
「ペトロナさんが畏まる必要ないだろ」
「同族にしていただいた好意は、私も嬉しいのです」
「そうか…じゃあ、どういたしまして」
俺と魔女たちはお互いお辞儀し合うと。ジャンネットもキョロキョロしつつ頭を下げた。
(べつにしなくても良いのに)
「で、おれは彼処で覚えたことを、この娘に継承させないといけないと思っている」
俺に良く似た銀髪の娘は、ずっと俺の右手に抱きついている。
なんか不思議な気分だ。
「名前が無いままでは、可哀想だと思います。何か名前を考えてあげませんか?」
ジャンネットが提案する。
「そうだな」
「アニェステンが良いのー」
「いやアニェストンでどうだ?」
「なんだよそれ」
「アニェリアで…」バシリアが小さい声で言う。
「アニェニナなど如何でしょう」
何故かみんな俺と自分の名前のかけ合わせを言う、意味が通じなくないか?
ジャンヌがヨハネ由来であるとすると、アニェスは聖アグネス由来の場合が多い。
源流は 古代ギリシア語「Ἁγνή(ハグネー)」。
意味は 「清らかな」「汚れなき」。
これがラテン語化して Agnes となり、キリスト教世界に広がった。
聖アグネスは、若くして殉教した乙女聖人で、「純潔」と「信仰」の象徴だと、以前バシリアに教えてもらっている。
「アニェヌで」ジャンネットまで…
いやもう呼びづらいから。
「すまない、名前はもう決めてある」
「なんですか。アニェス様」
「アルガンテだ」
魔女たちが一斉に驚く。
「な、何故その名前を…?」
「俺が会った妖精の名前だ」そう言って俺は妖精の残したメモを皆に見せる。
ペトロナが恭しくそれを受け取る。
目を通したところでティートンが奪い取るようにしてメモを見る。
すると、畏まったティートンとティーテンがアルガンテに対し膝をついて頭を垂れた。
「どうしたんだよ」
「最古の女王、アルガンテ様です」
「?」
「ブリテン島がイングランド、スコットランド、ウェールズに分かれているように、アヴァロンも幾つにも分かれて女王を頂いています。
そして複数の国を統治する女王が、最古の女王アルガンテ様です。
アーサーが死を迎えるとき、アヴァロンに救いを求めた相手がアルガンテ様です」
なんと…あの妖精は著名人だった。
「しかし、ティルウィス・テグの一人になられていたとは…知りませんでした」
「ティーの字たちは…」
「彼女たちも、女王に連なる存在です。アルガンテ様は仕える相手になります…しかし、継承の済んでない生まれ変わりの状態ですので…」
アルガンテが、ティーテンの髪を引っ張り、ティートンの顔を平手でぺしぺししている。
「いたいいたいいたのー」
「わっぷあばば」
「ペトロナさん、どうなるのこれ?」
「知能は直ぐに戻ると思います。その時点でアニェス様が継承をしていただければ…なんとかなるかなー…っと」
なんか語尾が凄く怪しんですけど、ペトロナさん。
「アニェス取り敢えず、知能が戻るまでは面倒を見るようにするわ」
ティートンが涙ながらにそういう。
「う、うん。宜しく頼むティーの字」
「アニェス様。魔女の魔法を習得されたのですよね」
バシリアが、ティートンの喧騒を横目に話しかけてきた。
「ああ、ほんの少しだが教えて貰った」
「何が使えるの-?」
髪の毛を乱したティーテンも加わる。
「そうだな、4属性と花を咲かせること」
火と水を右手と左手に出してみる。
「すっごーい。アニっち、私たちの魔法だー」
「それと、時間を操作する魔法だ」
「……」ティーテンは言葉を失う。
「ただ、これはアルガンテに継承するように頼まれている魔法だ」
「そっかー…」
みんなでアルガンテを見る。
ティートンが目を回して倒れていた…
「他にはありますか?アニェス様」
「あと魔法と言えるのか解らないけど…ティルウィス・テグの家にいけるようになってるみたいだ…」
「え?」
「出入り自由だ」
「「ええ」」
「水も食料も暖もとれる…」
「「「「ええ」」」」
「す、すごいです。ソレル様」
みんなの目が輝いた。
「アニェス。凄いチートじゃない」
ティートンも倒れながらいう。チートいうな。
だが、活用できれば、安全な旅ができるかもしれない。
***
妖精の家と名付けたあの空間は、非常に役に立った。
俺がいれば誰でも出入りができる特性があり。みんなを妖精の家に待機させたまま、俺が走り回って移動することが可能になった。
今は道案内のペトロナさんをお姫様抱っこして、野山を駆けている。
ペトロナさんはバシリアをちょっとだけお姉さんにした感じの人なので、綺麗だし良い匂いがする。
俺の腕の中で何故か頬を染め、目的地まで案内してくれている。
これで2児の母とか…信じられない。
***
わずか半時で、最初の経由地マハインレス(Machynlleth)
が覗めるようになった。
川が緩やかに蛇行し、その先に低い丘と建物の影が見える。
石を積んだだけの家々が、川沿いに寄り添うように並び、屋根は板か藁。
城壁と呼ぶには心許ないが、柵と土塁が集落を囲っている。
「あれがマハインレスです」
ペトロナが呟いた。
大きな町ではないが、人がいる。生きているのを久しぶりに見た気がする。
旅の途中で何度も見てきた“誰もいない土地”とは、決定的に違う。
川には簡素な橋がかかり、渡し場には荷を積んだ荷車と、羊を追う子供の姿があった。
湿った地面を踏みしめる音、鉄を打つ甲高い音、どこかで犬が吠える声。
マハインレスは、境界の町だ。
山と湿地、ウェールズとイングランド、伝説と現実、その狭間にある。
俺とペトロナは近くの藪に姿を隠すと、妖精の家に入る。
中ではティーの字二人と、バシリアが疲れ果てたように座り込み、アルガンテはジャンネットの膝で枕で寝ていた…
言われなくても想像のつく景色だった。
塩を売るため、ジャンネット以外は出てもらうことにした。
塩を抱えた俺たちは無言のまま、町へ足を踏み入れた。
通り過ぎる人々は一瞬こちらを見るが、すぐに視線を外す。
遠くで教会の鐘が鳴った。
簡素で、少し音程の狂った鐘だ。
市場と呼ぶほどではないが、広場らしき場所には数人が集まり、干した魚や皮袋、粗末な布が並べられている。
「買い取りをお願いしたいのですが…」
ペトロナが年嵩の商人に話しかける。
塩はこの時代、どこでも貴重だ。
特に内陸では。
「どこの塩だ?」
「海沿いで造りました、上澄みだけを詰めた品になります、にがり部分は入ってません」
嘘は言っていない、普通に良品だ。
男は袋を一つ開け、指を突っ込む。
舐める。
一瞬、目が見開かれた。
「……悪くないな」
悪くない、はこの手の人間にとっては最高評価に近いだろう。
「如何程になりますか?」
「量は?」
「十八袋あります」
「全部か?」
「そうです」
男は顎に手を当て、周囲を一瞥した。
競りになる前に押さえたい顔だ。
「ところで、この革袋はなんだ?」
「アカシカの皮で造った袋です」バシリアが答える。
「そういう事を言ってるんじゃない」
「なんで縫い目がないんだって聞いてるんだ」
「…たまたま袋みたいなアカシカがいまして…」
「んなわけあるか!」
「お気に召さないようなら帰らせて頂きます」ペトロナが話を引き取り商談を打ち切ろうとする。
「まてまて。そうだな、この革袋込なら一袋で、六ペンスでどうだ」
ペトロナに差し出されたのは、小さな革袋。
中で金属が触れ合う音がした。
俺には通貨価値が解らない。ペトロナ任せだ。
だが、足元を見ている訳もなさそうだが…
俺が考えていると、ペトロナが革袋を商人に押し返す。
「申し訳ございません。他を当たらせて頂く事にします」
男はバシリアを見る。
次に、俺を見る。
「……ほう」
商人は値切るとき、相手の知恵を測る。
この場での主導権は、まだこちらにある。
「二袋は残しておきたい」
俺が言う。
「旅の分か?」
「そうだ」
少しの沈黙。
男は笑った。
「いいだろう。十六袋で、今いった倍の金額を出そう」
十六シリングが木箱の上に置かれる。
「お買い上げありがとうございました」ペトロナさんはお辞儀した。
取引が成立すると、周囲の空気が一気に緩んだ気がする。
ペトロナさんが、ほっとしたように微笑む。
「これで、食料を確保できますね」
「ああ、交渉ありがとう」
俺は残った二袋を背負い直した。
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