第27話:エルフの女王アルガンテ
俺は小さな城へと手を引かれ、連れて行かれる。
中に入ると、とても明るい部屋だ。ある意味何の変哲もない、この時代の部屋。暖炉があってテーブルがあって…逆に似つかわしくない気もする。
俺を席に座らせると、自らはその反対側に座る。
綺麗な妖精だ、アヴァロン関係でないことはなんとなくわかっている。
人の姿をとり、手も繋げ、抱くこともできる。これが、残滓だとすると、この魔女はどれだけ力が強かったのだろうか…
なんだか親子のような不思議な気分になってきた。
だが…
「俺は皆のもとに帰らなければならない。帰してくれないか」
小首を傾げられた…
「あなたは誰だ?」
反対側に小首を傾げられた。くっ可愛い。
彼女は手を水をすくうように両手を捧げるとその中に火をともす。
…なんか…目が俺にもやってみろって言っているようだ…
しかたなし。俺も手のひらに火を灯す。
体系の違う魔法だが、お気に召したようで喜んでいる。
俺の四属性魔法は基本的に圧縮を元とする魔法だ。
火炎魔法は
1.酸素濃度を圧縮して高める
2.空気を圧縮して温度を上げる
3.微粒子を圧縮して燃料化する
という“圧縮の三段階”で成立する。
爆発しない理由は、魔力が反応速度を抑制するためで、爆発も可能だ。
水魔法は
空気中の水分子を圧縮して液体化
既存の水を圧縮して水圧を高める
水流を細く圧縮して切断力を持たせる
水刃・水弾・水壁などが作り出せる。
土魔法は
土砂・砂粒を圧縮して固める
地面の密度を変えて隆起させる
粘土化・岩石化も圧縮の度合いで行う
“土を操る”ではなく“粒子密度を変える”魔法
風魔法は
空気を圧縮して衝撃波を作る
圧縮した空気を解放して風を生む
気圧差を操作して上昇気流や真空を作る
風刃・突風・真空斬を発生させる。
あとは、合成、アレンジを行い様々な事象を操れる。
雷、物質操作がそれにあたる。
それを更にアレンジするとその先で超振動や質量軽減、質量増大と派生していく。
しかし…魔女の魔法は俺の体系と異なっている。
何か、世界の理に干渉して事象を起こしているような気がしている…
彼女は次に水を空中に生み出してみせる。
俺もそれに続く。
気を良くした彼女は立ち上がり、風を纏って浮き上がる。
俺も風を起こし、質量軽減で風の力で浮き上がる。
彼女は俺の手を引いて再び城の外に出る。
そして、一本の枯れ木に花を咲かせて見せる。
「ふむ…」
俺はその木に、回復魔法をかけ息吹かせる。
まあ…木は元気になったが、花までは咲かない。
時間や生命の加速は、今の俺には理解の外だからだ。
めっちゃ悲しそうな目をされたので、心が痛い。
つまり、この辺が魔法体系の違いというやつだ…俺に出来ること、出来ないこと。
彼女にできること、出来ないことが存在する。
俺は大地を割って、星を降らせ、雷を落とせるが…彼女にそれが出来るとも思えない。
だが彼女は、俺に近づき人差し指と中指を俺の額に当てる…
概念が伝わってくる気がする、所々モザイクがかかったような概念だが世界の理にアクセスするための手順。そして霧のように薄れた魔女の記憶…
「これは...そうか、そうなのか…」
俺は、先ほどの木を見つめ、指を鳴らす。
小さな花が一輪咲いた。
理屈ではない魔法…理へのショートカットキー…なるほど。
しかし、魔力効率が悪すぎる…なんだこれは。
そうか、この魔法は対価を要するのか。
試しに火をつけてみる。
これは、さして魔法効率が悪いわけではないようだ。
水、風…さして火と変わらない。
ナイフで自分の指に傷をつけてみる。彼女を驚かせてしまった。
俺は魔女の魔法で治療してみる。
魔法効率が最悪だ…どうやら使う魔法で決まるようだが、まるでルールがあるかのような消費量、つまり対価だ…
治った指を見せると、抱きつかれてしまった。どうも心配をかけたようだ。
***
「魔女って卵から生まれるんですか?」
ジャンネットは周りを見回して尋ねる。若干震えているようだ。
ティートンとティーテンが顔を見合わせると話し始める。
「卵から孵るのは特別な場合だ。普通はそんなことはないんだ…大体卵という言い方も正しくない。」
「妖精になった魔女の残滓は、力が強く現世に留まる願いが大きいと、たまに何かを捨てることで再生できる事があるのー。捨てるものは記憶だったり、能力だったりいろいろ」
「卵というのは比喩で、この娘自身が条件を満たすと孵るというより、羽化のように生前の姿に戻ったり、全く別の姿になって甦ります。ですが、ほとんどは羽化することなく終わります。
普通の魔女の生態系とも異なる存在ですし。妖精の女王級でないと起こりません。
またチェンジリングの元となった子供の能力も重要と言われています」
「ティートンさんや、ティーテンさんクラスだとあり得るんでしょうか?」
「んーどうだろう。妖精くらいにはなれるだろうけど…別に現世に留まる想いが大きいわけじゃないし…」
「私は、たとえなれるとしてもならないー
たぶん悲しいことだと思うから…」
「そうですね、私もティーテンさんと同意見です」
ペトロナはティーテンに同意を示した。
「私は…」
バシリアは悩んでしまったようだった。
チェンジリングはそんな皆を見て不思議そうにしていた。
***
ここに連れてこられて三日が経った、いや四日か?
俺は、壊れたコップを元に戻す、こぼした水を元に戻す練習をさせられていた。
時間魔法だ、遡及系の…
物理学、アインシュタインの相対性理論では、光速に近づくに連れ、自身の時間と周りの時間との乖離が起こり、自分の時間は遅く、周りの時間は早くなる。だが光を越えても過去に戻るわけではない。
現代物理学では、時間の向きは、エントロピー(乱雑さ)の増大方向で定義されている。
つまり、コップが割れる、氷が溶ける、物が壊れる、 熱が広がる、こうした「不可逆な変化」が積み重なる方向が“未来”であり時間である。
相対性理論が許している一説に、ブラックホールやワームホールの超重力の下だと、時間の順序が変わる可能性が理論上あると議論されている。だが、それは“空間の幾何学”がねじれる結果であって過去に戻るという話ではない。
だが、俺的には重力を操れる前提の上で、人工的にワームホールを創れれば可能ではないかと思っている。
それこそ宇宙全体のエネルギーを運用できるくらいの力が必要になり、閉じた時間的曲線(CTC) や エネルギー条件違反、時間順序保護仮説など、未解決の根本問題が山ほどぶら下がっていているが…
だが、この妖精は俺に割れたコップが割れる前に、こぼした水が元のコップに戻るのを見せた。
彼女は、何故か俺にそれを覚えさせようと必死な気がしているし。
実は俺も覚えたい。
あの世界に戻るとき、その能力が有効なら俺は任意の時間に戻りたい。
ここから皆の所に戻るときにも必要な気がしてるしね。
だが中々習得が出来ない。不出来な生徒で申し訳ない。
この魔法は、ショートカットだけではない、理屈だけでもない、他にも何かが必要なのだろう。
俺は休憩しようと、城の外に出た。
ガラスの壁の向こうの子供たちの遊ぶ姿が見えた…
子供たちは俺のように連れてこられ、魔法を覚えさせようとして叶わなかった子供たちなのだろう。そりゃそうだ、普通の人間に魔法が使える訳がない。
その後、子供たちは成長の時間を止められているのだろう。下手すると親も友達も老いて亡くなっているかもしれない。
今、開放しても浦島太郎になるだけだ…
妖精の彼女もそれを意図した訳ではないだろう。だから、悪意なく人を害してしまった例なのだ。
俺としてはこの子供たちも元の時間、元の場所に戻してあげたい。
「ん?」
ガラス壁の向こうの子が手招きしている。俺もガラス壁の中に入る。普通に素通りできるのだ。
「あなた新しい子よね」
「ああ、つい先日連れてこられた」
「そうなんだ、あなた魔法は使えるの?」
「少しは」
「すごーい」羨望の目で見られる
「ここにいる子は、みんな使えなくって…でも、妖精さんは優しくしてくれてみんな好きなの」
「ここに攫われてきたのに」
「そうね…母や父に会いたい。ここに来たときは泣き続けたわ。けど…妖精さんも優しくて放っておけないから」
「好かれてるんだな妖精さんは」
「うん、でも…妖精さん様子が…」
「どうした?」
「私が一番最初にここに連れてこられたんだけど。その頃は妖精さんとお話もできたし、色々連れて行ってくれたんだけど…
だいぶ前から話せなくなって、たまに全く動かないような日も増えてきているの。
姿も霞んで見えない日もあって、私は怖い。居なくなっちゃうんじゃないかって…」
「そうか…」
***
目の前に座る妖精を見る、見ると必ず微笑んでくれる。
悪意のない相手は質が悪い。何とかしてあげたくなるじゃないか。望みを叶えてあげたくなるじゃないか。
割れたコップを前に…
俺は願う事にする、理にアクセスするショートカットに、魔力を注ぎ、理屈ではなく叶えてあげたい願いを乗せてみる。
この妖精はたぶん、自分の存在を誰かに引き継がせたいという願いで動いているんだ。
何故か理由までは解らない、だけど、叶えてあげたい。
「元の姿に…《トゥ・リターン》」
コップが元に戻ってゆく。それは一瞬。巻き戻る演出もないただの一瞬、ふりだしに戻る、三コマ戻るのような出来事。
これが、この世界の魔法体系、ただただ魔法、魔法に見える理へのアクセス。
俺には意味が解らない、だが、使えるものは使える。それがこの世界の理だ。
それで良いじゃないか?
妖精が俺を撫でてくれる。
…不思議だ、なんでみんな俺を撫でるんだ…
『良かった。貴方にあえて』
声が頭に響く。
妖精の声だろう。容姿に相応しい綺麗な声だ。
瞬きの合間に妖精が消えてしまった。
一枚のメモを残して…
『私は、妖精になってしまった後、
私の魔法を継承できる相手を探してしまった…
次の女王に引き継がせる必要がある魔法だから
これは継承させなければならない魔法…
私が継承したときから、定められていたこと
それに固執し、妄執だけの存在になってしまった私は、人間の子供を攫ってしまった。
時間と共に力を散らしていく中で、考える思考もなくなり何度も続けてしまった。
次代の女王に私からは直接伝えることが出来ないようになっているから
次の女王に継承をしてもらう必要があった。
継承できた方、どうか真の継承者に伝えて欲しい。
アルガンテ』
そう書かれた後に。
子供たちの名前と時代が書かれていた。
「………俺に返して来いってか!」
俺は一ヵ月がかりで子供たちを元の時代に戻して回った。
そして、最後に俺自身が戻る。この世界での居場所に。
***
「皆さん、チェンジリングが光っています」
ジャンネットが悲鳴のような声をあげる、まだ幾ばくもたっていないのにチェンジリングに変化が現れたのだ。
「早い」
「どういうことなのー」
「このチェンジリングを置いた、ティルウィス・テグが想いを遂げて消えたのだと思います。
つまり、生まれ変わりの羽化です」
チェンジリングが光を放ち、光の中でアニェスに似た、でも銀髪の娘が現れた。
そして、同時にアニェスも光に包まれて姿を現わした。
「アニェス様」
バシリアがアニェスに抱きつく。
「久しぶり、心配させたな」
「いえ、まだ一刻と経っておりませんが心配致しました」
ふと気づくと、俺に似た銀髪の少女が俺を見ていた。
右手を上げてみた。
銀髪は左手を上げた。
手を振ると同じように振る
抱きついてきた
「うお!だ、誰!」
「懐かれてますね」
バシリアの声が冷たい。
「インプリンティングですね」
「え、え、何、どういう状況」
ジャンネットが安心した顔で笑っている。
ティートン、ティーテンもペトロナも
俺も笑っていた。
お読みいただき有難う御座います。
少しでも面白いと思っていただけたら、どうか★をお願いいたします。
作者が折れないため是非ご協力ください。




