第24話:カントレル・グワエロド
妖精の小道とは、アヴァロン、ティル・ナ・ノーグ、マグ・メルのような位相の異なる地が複数存在するなか、妖精の住まう地と人間界に接する地で、世界中にその入口が点在する妖精の迷い道のことを指す。
そのひとつが、イスの沈んだ地にあり、ブリトン島へと通じる道となる。
深夜、小舟で海に出た俺たちは、ペトロナの示す場所に小舟を操る。
月明りの中、砂粒ほどの淡い光が水面に浮かぶ。
ティートン、ティーテン、ペトロナ、バシリアの魔女たちに光が集まり幻想的な世界を演出する。
気を良くしたティーテンが、歌を唄いそれに合わせて光も踊るように光を放っている。
「ティーテンの能力は儀式、言霊、詩、舞踏なの」ティートンがティーテンの説明をしてくれる。
「戦闘系ではないんだな」
「もともと九姉妹は治癒を司る巫女のようなものよ、戦えるのはほんの数人。だけどティーテンも言霊で相手を縛れるわ。貴方にとっては天敵の一人だと思うわよ」
「今の関係が救いだな…」
船は静かに、一際光の濃い場所へと進んだ。光は魔女でもない俺やジャンネットの周りにも集まり、密度の濃い光の野のようになって、ついには海が見えなくなってしまった。
「こんな目立つ場所じゃあ、漁師とかみんな来るんじゃないか?」
「この子達は、普通の人には見えません、魔女がいるのを知って集まってくれてるんです」
バシリアが教えてくれる、そのバシリアも俺も光に包まれもう見えなくなりそうだ。
「そのまま光に身を任せてください…」
ペトロナの声がすると、手を伸ばしてきたジャンネットの手を握る。すべり落ちるような感覚と、引っ張られるような感覚が襲い、意識を手放しそうになる。
だが、この感覚には覚えがある。
あの世界。ようは異世界に召喚されたときの感覚だ。
遠くに一瞬だけ、都が見えた気がした。
あれが沈んだ都市なのだろうか…
光に包まれた一瞬は、永遠のようにも感じられたが…
どこからか鐘の音が聞こえると…
いきなり、水中に投げ出されていることに気づく。
「ガボガボ」
周りを見ると、バシリアがもがいていて、手を繋いだジャンネットも苦しそうにしていた。
俺はバシリアを拾い海上を目指す。
先程まで夜の海だったのに、海上に出ると陽が差していた。
海岸近くだったので、そこまで二人を連れていき、ペトロナ、ティートン、ティーテンを探す。どうやら自力で海上まで上がれたようだ。
「水中に出るなんてー」
涙声のティーテン
ティートンは咽ている
ペトロナはスカートの端を絞っていた。
改めてジャンネットとバシリアを見ると苦しそうに咽ていた、俺は二人の背中をさすってやる。
そこは砂浜で、女六人、魔女と聖女がビショビショで佇む姿となった。
人が見たら何と思うだろうか。一足飛びに逃げ出すだろう…
「ここは?」
ひと心地ついて、俺は尋ねる。
一応風と火の合成魔法で温風をつくり、服と頭は乾燥させたが、なんというかゴワゴワで動くと気持ちが悪い。
景色を見渡すと、九十九里浜の“終わりの見えなさ”を、そのまま引き延ばし、
そこに古層の重さと荒さを足した感じがする。そんな砂浜だった。
「ここは、ウェールズ西岸・カーディガン湾イニスラス(Ynyslas)の砂浜になります」
ペトロナが教えてくれる。なにぶんバシリアも知らないみたいなので、今日の説明役はペトロナに任せる。
「この地には、カントレル・グワエロドの伝説があります。
ウェールズの古い伝承です。
イスのように王の名も、都の名も、はっきりとは残っていません。
ただ、“かつてここに豊かな低地があり、都や村があった”
それだけが、共通して語られています」
彼女は一度、言葉を切る。
「カントレル・グワエロドは、防潮堤と水門で海を退けていた土地でした。
肥沃で、穏やかで、人々は歌い、鐘を鳴らしながら暮らしていたといいます」
「鐘?」
俺が聞き返すと、ペトロナは小さく頷いた。
「はい。鐘です。
沈んだ後も、凪いだ夜や、霧の濃い朝に、
海の底から鐘の音が聞こえると……」
ジャンネットが、思わず十字を切りかけて、途中で手を止めた。
「ですが、なぜ沈んだのかについては、語りが分かれます」
ペトロナの声が、わずかに低くなる。
「堤防の管理を怠った者がいたという話。
酔って水門を閉め忘れたという話。
警告を無視し、歌と宴に耽ったという話」
「どれも、人の過ちですね」
ジャンネットが静かに言う。
「ええ」
ペトロナは肯定した。
「神の裁きだという話もあります。
悪魔にそそのかされたという話も。
ですが……」
ほんの一瞬、彼女の視線が揺れた。
「イスと違い、
ここには、“悪しき王女”も、“赤い貴公子”も出てきません。
誰か一人に罪を押しつけることすら、できなかったのです」
「……なるほどな」
俺は小さく息を吐いた。
「人々は、沈んだ都を見た。
干潮のときに現れる石。
嵐の後に浮かぶ木片。
そして、鐘の音」
ペトロナは、胸元で手を組む。
「だから物語が生まれました。
“そこにあった”という痕跡の言い伝えだけが先にあり、
理由は、後から、何度も書き換えられたそういう伝説です」
「イスより、ずっと曖昧だな」
俺が言うと、彼女は微笑んだ。
「それもそのはずです。
この伝説は、あったかもしれないというだけの伝説です。
真実は、モルガンにより沈められたイスが、位相の裂け目に沈み、その一部が妖精の小道の入口であったドゥアルネネ湾と、その出口のカーディガン湾に点在しているのです。
そのイスの一部を見たものが、言い伝え出来上がった伝説が、カントレル・グワエロドの伝説です」
「じゃあ、この伝説は、イスの続きみたいなものなのか」
「面白いことに、カントレル・グワエロドの伝説は、イスの伝説よりちょっとだけ古い時代をさしています…そこにイングランドのプライドを感じます」
「ちょっとした、ものからでも伝説をつくってしまう良い例よね」
ティートンが、空を見上げている。全て知っているものからしたら、人間の伝説など笑い話にすらならないのだろう。
***
「ゴワゴワして、ベタついて……気持ちわるいー」
ティーテンが率直にそう言って、腕を振った。
海水と砂の感触が、まだ残っているらしい。
「たしかに……このままじゃ落ち着かないな。川でも探すか」
否定する者はいなかった。
俺も、聖女も、魔女も。
理由は違えど、今は全員同じ気分だ。
「あちらにディフィ川が流れているはずです」
ペトロナの案内で砂浜を離れ、内陸へ向かう。
少し歩いただけで、幅のある川が視界に入った。
河口近くは避け、さらに上流へ進む。
「……本当に、人の気配がないな。道すら見当たらない」
「浅瀬が続く海は漁に向きません。交易にも不向きですから、人が定着しにくいのです」
川辺に膝をつき、水をすくって確かめる。
塩の気配はない。
俺はそれだけ確認すると、そのまま川へ飛び込んだ。
冷たい水が、身体を包む。
まとわりついていた不快感が、一気に流されていく。
「あー、ずるいー」
ティーテンはそう言って、服を投げ捨てると、何の躊躇もなく川へ入った。
ティートンも、同じようにティーテンに続いた。
水音が重なり、川面が揺れる。
バシリアとペトロナは、動きを妨げるものだけを外し、川に入ってきた。
一方で、ジャンネットだけが、少し離れた場所に立ち尽くしていた。
皆の様子を見て、視線を彷徨わせ、手を胸元で組んでいる。
アヴァロンの魔女たち。
アイルランドの魔女。
そして、十五世紀の聖女。
同じ水辺に立ちながら、
時代、国、魔女、聖女と立っている場所が、微妙に違っているように見えた。
この時代から遥か未来で生まれた俺からすると、この時代の女性はずいぶんと管理されている存在に見えるし、少し外れれば魔女とされてしまう。
ジャンネットの迷いはそういうことだろう。
また、ティーの字の二人は奔放というか自然体なのだろう。
バシリアとペトロナは、その中間に立っているようにも見える。
……この二人は、いったいどの時代の感覚なのだろう。
ジャンネットには少し離れた場所で、水浴びしてもらった…
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