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異世界を救えなかった異端の勇者−百年戦争異聞録−  作者: 奏楽雅


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18/21

第18話:ル・マン

血に塗れた楓華と瑠璃を抱き俺は夜空に弧を描く…

俺は空を飛べないわけではない、重力を操りベクトルを操作し、空間に干渉すればいいだけの話…地球でしないのは環境への影響が大きすぎるから遠慮しているだけだ。


空から下を見ると、目を覆いたくなる魔物の海だった、切れ目が無く地平線まで、赤い目を光らせ蠢いている…

俺は、地平の果てまで飛翔するしか無かった。


地の果て、そして海を超え、小さな島を見つけた。そこに降り立ち、楓華と瑠璃を優しく下ろす。

俺は唱える。根源的再生プライマル・リジェネ命の灯がある限り再生させる究極魔法。

二人の傷が怪我が内蔵が欠損した部位が再生される。神など不要だと言わんばかりの力が、時間を巻き戻すかのように癒していく…


満天の星空が瞬き、静けさのなか、俺は息を一つ吐く…あとは待つしか無かった。目を覚ますのを。

顔についた血を、近くの川で濡らした布で拭いてやる。

傷も痣もない、綺麗な顔が現れる。

「ああ…」嗚咽のような感嘆の声が漏れる。

「すまなかった…」俺は涙を浮かべ二人の手を握った。


俺は二人の寝息を聞きながら、夜が明けるのを待つ…


***


空が白み始めた頃、楓華がうなされ目を開ける。焦点が合わないのか目だけを動かしている」

「…ふ、楓華…」呼びかける。

「…あなた…は誰?」

俺は言葉に詰まる…

「アニェス様…

アニェス様」

そう、今の俺はアニェス、アニェス・ソレル…



「アニェス様…

アニェス様」

バシリアが俺を呼ぶ声がする…

薄らと目を開ける。

何が現実か、どれが正しいのか認識が遅れる…

どちらにしても、俺の自動認識魔法が切れている…襲われでもしてたら事だった。

心配そうなバシリアのほっぺを引っ張ってみる。

「はにするんでふか」と暴れられた。

どうやらこっちが現実らしい。

「ごめん。夢を…見ていたみたいだ」

「うなされ、涙も流されていました」


涙?俺は頬に手をやると確かに涙が乾いた跡があった。

「そうか、心配したか?」

「はい…魔法の痕跡を感じました」

「…魔法?」

「ケルトの精神操作系の、眠りの魔法です」

「……精神操作?」

「たぶんですが…サラなら得意分野なので詳しいと思うのですが」

「バシリアは武闘派だからな」

「……すみません」

「いや、アリスが付けてくれたのがバシリアで良かったと思ってるよ」

「…あの…そ、それは」

何故かバシリアが頬に手を当て耳まで赤くなる。

「バシリアだ…」

俺の言葉は「アニェス様」と言うペトロナの声と、ドアをノックする音に遮られた。

バシリアの舌打ちが聞こえた気がする…

ペトロナは「どうぞ」と俺が返事をするとお辞儀をして入ってきた。ジャンネットも一緒だ。

「ケルト魔法の気配がしました」

俺はベッドの上で胡座をかいて腕を組む。

「何かありましたか?」

「夢?を見た」

「夢ですか?」

「…ああ…あれ?どんな夢だったっけ?とても夢とは思えないリアルな……」

おれは言葉を続けられなかった。

「夢とは、そういうものです。どんなに鮮明だった夢でも覚えていられない。

誰かに見せられ、そして忘れさせられるような、自分以外の何者かに強制されているような束の間の現実…」

「そうだな…ん、どうした。ジャンネット」

ジャンネットがじっと壁…いや、壁の先にある教会の塔の方を凝視している。

「なにか…居るみたいです」

「?」

「私たちにとって、良くないものです」

俺も感覚を飛ばしてみる。

「居ないな…」

「気付いたことに、気付かれたようです。気配が消えました」

「ジャンネット、凄いな。そんな能力があるのか?」

「何故でしょう、何故かそう感じました。初めてです」

と、ぽやっとした笑顔を向けられた。


***


俺たちは昨日たてた予定通り、市場で買い物を済ませた。ジャンネットが神様に報告したいと願ったので教会を訪れる。

シャルトル大教会は荘厳で綺羅びやか、静謐で神聖な雰囲気の場所だった…まるで神様に見守られているような…

というか、見られてる気がする。

とても高いところから睥睨されているような感覚。

俺はその方向に視線を向ける。

「アニェス様。どうされました?」

バシリアが俺の行動にいち早く気づく。

「いや、なに、深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだと教えてやっただけさ」

「なんですか?それ」

「フリードリヒ・ニーチェの言葉さ」

「誰ですか?」

「ドイツ…神聖ローマ帝国の哲学者だよ」

「存じ上げません…不勉強でした」

「いやいや無理だろ19世紀の人だ」

「…もっとアリス様に色々教えていただくことにします」

「そうか、そうだな。頑張れよ」と応援するとハイといって先に進んでいった。

「……あの勉強嫌いの子が…アニェス様。バシリアを宜しくお願いしますね」

「は、はあ?」

バシリアを見てたペトロナさんに何かお願いされてしまった…


ありがとうございましたと、ジャンネットが戻って来た。


神とやらに報告が終わったようなので俺たちは、ル・マンを目指し先を急ぐことにした。


***


シャルトルからル・マンまで約100キロ。

俺はル・マンの名だけはサルト・サーキットで行われる24時間耐久レースで知っている。歴史的にはローマ時代から都市として成立していた古い古い街らしい。

シンボルはジュリアン・デュ・マン大聖堂。

ローマ時代の名残と、中世の宗教権威が同居している場所。

現在はイングランドの支配地域で、シャルトルの宿屋の親父から特に厳しいところだと聞いた。

観光であれば、ぜひ寄ってみたいところであるが、わざわざ危険を犯して寄る場所でもない。

迂回すると皆で決めた。


左手にル・マンの城壁や大聖堂の姿を見つつ馬を進める。


まあ、それは、良い。


当初、精神操作魔法をかけた奴に対して要注意だが、別に敵はそいつだけではないだろうと気にせずにいた。しかし、シャルトル以来毎晩夢を見せ続けられており眠れていない。

戦いともなれば一週間寝ずにも戦ったこともあるのに、半端な悪夢を見せられ続けられるのが、こんなに負担になるとは思わなかった。

一昨日は瑠璃が、昨日は楓華が殺される夢を見せられた。俺の目の前で、俺の力が足りずに…


今は手綱を持つペトロナの前で背中に柔らかいものを感じつつウトウトさせて貰っている。

「大丈夫ですか?」

「…どうにも痛いところをつかれた。俺はこういう攻撃に弱いようだ…」

情けないが、はっきりと弱音である。姿が美少女で良かった。

搦め手でくる敵には、いかんせん打つ手がない。意外な盲点だった。


「困りましたね…」

ペトロナが何故か俺の頭をなでる…いいけど。

「ソレル様宜しいですか?」

ジャンネットが馬を寄せる。ジャンネットは旗を片手に持って戦場を駆け抜けた猛将だ。馬の扱いも上手い。

「なんだい?」

「私…何となく、ソレル様に魔法を使っているときの魔法使いの気配が解る気がします」

「最初のときも、感じてたんだったね」

ジャンネットが頷く。

「次に攻撃があったら直ぐに起こします。そしたらその場所まで案内しますので連れて行ってください」

「…泥臭いがそれしかないな。いい加減俺もイライラしてきたところだ。ジャンネットお願いできるか」

「はい、お任せください」


***


「あああ…間に合わなかった」

俺の目の前で、ジャンネットが焼かれていく…

多数の衆人の目の前で、審議官、神官、兵士の怒りと蔑みと恐れの目を向けられながら。

炎が足元から燃え上がり、油による黒い煙が立ち昇る…粗末な刑服が燃え、白い皮膚が焼かれ、皮膚と髪の毛が焼かれる匂いが立ち込める。


俺は…衆人の中で身体が思うように動かせない。激流に逆らって進むような、無重力下で足掻いているような。


炎の中で、ジャンネットが十字架を見上げ神に祈る…そして俺を認めると…

その口が俺に向かって何かを訴えている。


俺は…ただ見ているだけしか出来ないのか?俺は…俺は…この程度なのか…そんなことあるか――!


自身への怒りと共に力が開放される。俺の意思と関係なくただの怒りからの爆発。力には正義も悪もなくただただ災害のように人を街を川を大地を力が瀑布となって駆け巡る。

火を放ったものも、悪意持つ権力者も、日々の生活を送るだけの人も、そして助けるべきジャンネットもその力に飲み込まれ塵となる…


「あ、あ、あ、ぁぁぁぁぁぁあ」

俺の絶叫が惨状に木霊する。


「アニェス様!」

「ソレル様!」

「アニェス様。」

俺は三人の女性に起こされ、覚醒する。

キャンプ時の毛布を跳ね飛ばし。ジャンネットの腕を掴むと、ジャンネットを抱える。

ジャンネットは頷くと、俺の怒りの先を示す。南東、ル・マンの中央にあるジュリアン・デュ・マン大聖堂。


俺は風を纏い、踏み込んだ足は大地を割って跳躍する。


***


月明かりの中。ジュリアン・デュ・マン大聖堂の尖塔の上、十字架の上に立つ女は驚きを隠せなかった。

標的の白衣装の女が、人と思えぬ速度で真っ直ぐ向かってくる。

悪夢で疲弊させあわよくば夢に取り込み廃人にしたい危険人物。

長姉モルガンからは、手出し無用と言われた相手。だが、アヴァロンの思惑と反する超常の存在を看過できなかった。


尖塔から跳躍し、己の身を闇の位相に隠す。これでここに辿り着こうと無駄骨になるはず。

風の妖精の力で大聖堂を囲むように存在する高さ10メートルの城壁を越え、石畳の城下町を、南東に駆ける。

ユイヌ川を認めたところで女は「まだまだ眠らせない」と薄く笑った。


「それは、困る」

正面に白装束の女が、イングランドの敵、ジャンヌを抱いて立っている。

バカなと、まだ闇の位相は解いていない、見える訳がない。そして…害することも出来ないはずと女は思っていた

「あ…っつ」

己の腕に痛みが走る。

白装束の女の周りを何かが跳んでいる、月光を反射して瞬く姿は10本のナイフ。


***


ジャンネットが指さす先に何者かが居る。

俺もやっと感じられるようになった。

俺の放った。手足の延長とかしたスローイングナイフが何もない空間を裂き傷を負わせる。


薄く滲むように輪郭が現れ、鮮やかなブロンズカラーの長髪を後ろに結った。バシリアくらいの歳のオレンジのワンピースにマント姿の女が姿を見せた。

周りを見回し焦っているようだ。

「お前が嫌な夢を見せるやつか?」

「くっ、何故…」

女が手を降ると周りの景色が変わり、夜のまま鬱蒼とした森林に変えてしまう。真っ暗な中、木の幹だけが僅かに見える程度。女の姿を闇に隠してしまう。

ジャンネットは俺の手を握り居ることを伝えてくる。

ナイフのひとつを木に放つ。カッと音を放ち刺さってしまった。

幻視ではない?

次の瞬間。木の枝が、俺たちを襲ってきた。長く伸びた枝が鞭のようにしなり、音を置き去りに衝撃波を伴って打ちつけられる。


「これは、ヤバイ…ジャンネット!」

ジャンネットを抱きかかえ、垂直に跳ねる。

森の木々を超える魔法補助有りのジャンプから覗けたのは、どこまでも連なる森と月と星の海だった。


「奴の位置は解るか?」

ジャンネットは辺りを見渡すと、確信を持って指さす。


位置を変えて着地する。

俺は、頭上に見えぬほど細かな砂粒を浮かせ、高速で撹拌し正電荷と負電荷を生み出す。

《ライトニング》

ジャンネットが指し示した方向へ、正電荷を導き、放つ。


一瞬、猛烈な閃光が走る。白光が周囲を照らしながら太い雷糸となり、

地を裂き、木を焦がし、空気を焼き尽くして前方を薙ぎ払った。


「きゃあ」というかわいらしい声がすると、森が消えユイヌ川近くの風景を映し出す。

俺の前方の地形が黒く焼け、煙を上げている。イオン臭が鼻をつく。


100メートル先に、女が煙を噴いて半身を焦がして倒れていた。


俺は注意しながら近づく。今が夢や幻覚でない保証はない。精神抵抗の低さが足を引っ張る。

「大丈夫ですよ」

ジャンネットの自信のある声がする。

俺は頷くと女の近くへと進んだ。

女は身体の半分を黒く焼け爛れさせていた。うっすらと意識はあるのか、俺を睨み続けている。

「何者だお前は」

「…ティートン…アヴァロン九姉妹のティートン…」

そこまで言ったところで、ティートンは気を失った。


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