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異世界を救えなかった異端の勇者−百年戦争異聞録−  作者: 奏楽雅


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第13話:ヴィエ・マルシェ広場

「何故、直ぐ助けに赴いて頂けないのですか」

俺は監禁されているジャンヌ・ダルクと話した翌日皆を集めた。

ラ・イルが俺に詰め寄る。

「天使様には、お考えがあるのだ」

「しかし、時間が…アニェス殿なら直ぐにも助け出すことが可能なのに…」

「ジャンヌの意思を聞いてきた」

「なんと言っておいででしたか?」

「生きたい…と。普通に生きたいと俺に願った」

「おお、では何故直ぐに助けて頂けないのですか?」

「ジャンヌの願いを叶えるためだ」

「「「?」」」

「天使様どういうことですか?」

「ジャンヌには一度死んでもらう」

「な、どうして!」

バシリアを除き腰を浮かせて俺を凝視する。

「正確には死んだことにして救い出す」

「「「?」」」

「ポトンさん、ラ・イルさんには悪いが、ジャンヌにはもう戦わせない、普通の村娘に戻ってもらう」

「なんと…」

「……」

「昨日会ったジャンヌには、俺は特別な力を感じなかった。加護もカリスマ性もなにもない。普通の女の子だった」

「……ジャンヌ様は、お会いした時から、シャルル王をランスで戴冠させるのが役目だと言っておられた」

「ああ、そうだったな」

「ジャンヌ様が、普通に生きたいとおっしゃられたのですね」

俺が静かに頷くと、沈黙が部屋を支配した。

「皆にもそこは納得してもらいたい」

「納得できるわけないだろ、ジャンヌ様は我らの旗頭だ。なんでこんな小娘のいうこ…どぅわ!」

ドニという若造は理解してくれなかった。

ラ・イルの鉄拳で沈黙させられた…その沈黙を俺は了承したと受け取る…

「アニェス様。では死んだことにしてお助けするのですね」

バシリアに頷く。

「難易度が高いと思いますが…」

普通に助けるならば、夜や移動中、刑の執行時でも力任せでなんとでもなるが…

死んだように見せかけて助けるのは難しい。

「そうだな…」


***


1431年5月30日ルーアン、ヴィエ・マルシェ広場。火刑の日


夜がまだ深く、わずかに霧の漂うルーアンの兵舎は、いつもより静まり返っていた。


ジャンヌは粗末なベッドの上で目を覚ました。昨夜、宗教裁判所の使者が「赦免は取り消された」と淡々と告げた瞬間から、彼女はとうに覚悟していた。

―今日、私は終わるのだと。


しかし彼女の顔は、驚くほど静かだった。

祈りを口にしながら、上を見上げる。薄暗い天井は、もう長く見続けた場所だった。


やがて扉の外で鎖の音がした。

ジャンヌは背筋を伸ばし、迎えるように身を起こす。


「行きましょう、娘よ」


看守に促され、彼女は十字架をひとつ求めたが、牢にはなかった。

代わりに、イングランド兵の一人が折れた木片を削り、それらしい形を作って差し出した。

粗雑で不格好な十字架――だがジャンヌはそれを胸に抱き、ほっと息を吐いた。


朝の行列


まだ日も昇りきらぬ頃、城塞を出る処刑の一行が整えられた。

司祭ジャン・マッソン、そしてジャンヌを最後まで見捨てなかったマルタン・ラドヴニュ神父が随伴する。


ジャンヌは足枷を引きずりながら歩き、城壁を抜ける。

やがて広場に近づくにつれ、ざわめきが波のように押し寄せてきた。


ルーアンの市場広場――ヴィエ・マルシェ。

すでに群衆で埋め尽くされ、木組みの高い火刑台が中央にそびえ立っていた。


その高さは三メートル近く。

周囲には薪と粗い藁が山と積まれ、上段には見物人が乗れる台までも設けられている。

まるで見世物のようだった。


ジャンヌは、少しだけ視線を伏せた。

だがすぐに顔を上げ、燃え盛るであろう未来を見据えた。


告解と説教


壇上の台に立たされると、異端宣告の文書が読み上げられた。

群衆は喧噪の渦と化し、罵声も同情の声も入り混じっていた。


ジャンヌは耳に入っても振り返らない。

ただ静かに、ドヴニュ神父の差し出した木の十字架を握りしめた。


「ジャンヌ、最後まで主を信じなさい。あなたは迷える娘ではなく……」


「神は、私を見捨てません」


その言葉は震えておらず、あまりにも澄んでいた。


火刑台へ


ついに執行人たちが動き出す。


縄で腰と胸を柱に固定され、足元には藁が詰められる。

ジャンヌは天を仰ぎ、涙をこぼしながらも、弱々しく笑った。


「司祭様、上の十字架を……見えるところに」


火刑台の上段にあった教会の十字架を、兵士が彼女の視界に入る位置へ移した。

ジャンヌはそれを見て、ようやく大きく息を吸った。


「イエス……イエス……」


祈りの声が風に乗って広場に響く。


松明が運ばれ、藁に火が付いた。

白い煙が立ちのぼり、炎がゆっくりと足元に広がる。


そのとき、ジャンヌは一度だけ司祭に叫んだ。


「神の声が真実であったことを、どうか皆に伝えてください!」


そう最後の言葉が広場に集まるものに響き渡ると

炎が巻き上がり、彼女の言葉はかき消される。


そして、祈りの声は途切れた。

炎はまるでジャンヌが天に召されるような勢いで燃え上がった。どこまでもどこまでも高く


「天に召された…」

「おぉぉぉぉぉぉ」


群衆の中には泣き崩れる者もいた。


二度焼き


炎が弱まると、執行人は命じられた通り、なお残る遺体を崩し、再び薪を組んだ。

彼女が「聖遺物」として回収されるのを恐れたイングランド側の措置である。


再び火がつけられ、骨も灰も、ほとんどが崩れ落ちた。

火刑台の下にはただ灰と小さな残片が混じって残っているだけだった。


灰の処置


三度、燃やされた。

最後に残った灰とわずかな骨は、セーヌ川へ運ばれ、袋ごと水面へ投げ捨てられた。


灰は静かに流れに溶け、瞬く間に見えなくなった。

ジャンヌの形を残すものは、もはや何ひとつなかった。


処刑が終わると、広場には奇妙な沈黙が落ちた。

勝ち誇る者もいたが、多くは呆然と立ち尽くし、

ある兵士は頭を抱え、ある修道士は涙を拭っていた。


「私たちは、取り返しのつかないことをしたのではないか……」


その声が、広場のどこかで震えていた。


ジャンヌの祈りだけが、煙のようにゆっくりと、空へ消えていった。


***


「アニェス様、ご苦労様でした」


ルーアン郊外、小高い丘の森にバシリアが待っていた。


俺は《インビジブル》を解くと、バシリアが毛布を掛けてくれる。


なにぶん着せられていた白い処刑服――粗い麻布の一枚きりの“罪人のシャツ”は、炎で跡形もなく燃え落ちた。

煙の匂いだけを残し、いまの俺は本当に文字どおりの素っ裸だ。


「アニェス様、ありがとうございました」


ジャンヌは俺に涙を浮かべて胸に手を置き、深く首を垂れる。


ラ・イル、ポトンは片膝をつき、胸に手を当てて祈るように頭を下げている。


「頭をあげてくれ、俺は俺のしたいようにしただけだから…」


俺は、ジャンヌの救出に成功した。


昨夜のうちに俺は、ルーアン郊外で放置され、野犬に荒らされていた死体を供養し、火刑台の下に隠し、兵舎に監禁されているジャンヌとも《イリュージョン》で姿を模倣し入れ替わっていた。


俺が知るジャンヌの火刑の状況を再現し、炎の中で見栄えの良い火炎魔法アグニを発動。火刑台の下に隠した亡骸を火葬する想いで入れ替わり、《インビジブル》でイングランド兵の脇を通って抜け出した。もちろん自動回復リジェネのおかげで俺はなんともない。


「これで、ジャンヌさんは、伝説の聖人となり、フランスの窮地にフランス人の支えとなる事だろう」


「私にそんな意義があるのですか?」


「俺の知る歴史だ、後世復権裁判で魔女の疑いは晴れ、ゆくゆくは聖人認定される」


「別に求めていませんが…」


「ふっ…そうだろうね。さて、皆これからどうする?」


「私とラ・イルは戦場に戻ります、ジャンヌ様を失ったフランスを支えて行くのは私たちの役目ですから」


俺は頷く。


「私は…」とジャンヌが逡巡する


「普通の村娘に戻るのだろ?どこか良い場所まで連れてくよ」


「いえ…その助かったら、そうしたいと思っていたのですが…」


「どうした」


「神の啓示がありました、アニェス様に最初にお会いした後に…ミカエル様が現れ、アニェス様の下で見張れと…」


俺は言葉に詰まる。


「どういうことだ?」とバシリアを見る


「わかりません、ミカエルが私どもに干渉する?アリス様にお聞きしないといけない案件かと」


どの道、アリスに報告するつもりだったので、俺の目的地は決まった感じだ。もっともバシリアしかアリスの居場所はわからないだろうが…


「おまかせください」


新たな仲間?ジャンヌが加わり、当面の目的も決まった。


まあ、とは言え、皆で来た道を戻るしかないわけで…それだけでも憂鬱だ。


「天使様、途中までお供しますので」


「アニェス殿」


「アニェス様」


ゆかいな仲間たちと今暫くは一緒だ。



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