第12話:ジャンヌ・ダルク
「先ずはルーアンでの拠点だな」
「アニェス殿、予定通りアルマニャック派の拠点に向かいましょう」
ラ・イルの提案に頷く。
「地図通り兵士巡回の回避ルートを行く。城門や橋は避けて裏道を通る」俺はラ・イルが用意した手元の地図を確認し、民家や小道を縫って進む計画を立てる。
太陽が中天に近づく。街外れの小路に到着したとき、遠く教会前では人々が集められ、火が焚かれているのが見える。
「…噂通り…」俺は唇を噛む。
バシリアが小声で耳打ちする。
「ここから先は、より慎重に……目立たず、音を立てずに」
ポトンは肩を張り、俺たちを見守る。ラ・イルは周囲を警戒しつつ、民衆の動きを読み取っている。
街外れの家々の裏を縫い、路地を曲がる。窓の影から人々の怯えた目が覗く。
「……民衆は恐怖で縛られているようだ」ポトンが小さく息を漏らす。
「教会前の火……あの火がまるで人々を縛る鎖みたいだな」ラ・イルが呟く。
俺たちは歩みを止め、互いの動きを確認した。バシリアが俺の袖を軽く引く。
「……こういう緊張感、嫌いじゃないです」
「俺もだ」俺は短く返す。
街の外周を避け、裏道を伝って、俺たちは人目につかずに進むことができた。
20分ほどで、地図に記された商会の前に出ることができた。その裏手から、誰にも見られてないことを確認し、ラ・イルを先頭に中へ入る。
「これはラ・イル様、ザントライユ様。突然いらっしゃるとは…」
中に入ると身なりの良い老人が出迎えてくれた。
「すまん、邪魔をする」
「ご無事で何よりです、そちらの方は?」
と鋭い目つきで俺の方を見る。
「見てわからんか?」
「は?はあ?ザントライユ様のお嬢様でしょうか?」
「何を言う、天使様だ」
「………」
ポトンと俺の顔を交互に見る。何とも言えない表情だ…
「えー、今日はどうされました?」
…また、聞かなかったことにされたみたいだ。いいけど。
「ジャンヌ様の件…どこまで把握している?」
商会の老人はジャンヌの状況を報告してくれた。
「ルーアン城に隣接の旧修道院が、現在は英軍兵舎になっていて。そこにジャンヌ様は監禁されています。尋問がルーアン城の主塔で行われているため、その度に移動させられる姿を仲間が目撃しています。常時5名程度の兵士に監視され、女性には厳しい状況と容易に理解できます。
救出なら移動時を狙う事も出来ますが…兵士も命がけで、そう容易いことではありません」
「裁判の状況は?」
「裁くための裁判とは違い、死罪確定で進んでいます。いつ執行されてもおかしくありません…」
「執行日は…5月30日の9時だ」
口を挟んだ俺に視線が集まる。
「早い、いやあり得るの…か?」老人が思案気に呟く。
「何故そんな事がわかる、小娘が口を挟むな」
商会の若い男が俺を睨みつけ、いきなり怒声をあげた。
「「あ…」」と俺とバシリア。
間髪入れずポトンが若い男に飛びかかった。
***
「火刑執行まではまだ数日有る」
「はい、アニェス様」
「だが、余裕があるわけでは無いですぞ、アニェス殿」
「今夜、俺一人でジャンヌに会いに行ってみる」
「そんな、危険です天使様」
「…アニェス様が動くと危険なのはこの街かと…」
バシリアが小さくつぶやくが、聞かなかったことにする。
「先ずはジャンヌと話がしたい…現在何を思っているのか」
俺は皆の顔を見てそういった。
「兵舎の元だった修道院の見取り図を用意いたしましょう、ドニ…」
痣だらけになった若い男が老人の指示にしたがって部屋を後にする。足を引きずってる気がする。…治してあげた方が良いだろうか…
旅の疲れをとってくれと老人に言われ、客間に通された。時代がら簡素な部屋だ。
俺は部屋を出て階段をのぼった。バルコニーがあるそうなのでそちらに向かう。
せり出した木のバルコニーに立つと、通りは狭く、向かいの家々の上階がこちらに迫り出していた。黒い梁と白い漆喰が交錯し、互いに肩を寄せ合うように並ぶ家並みの隙間から、遠くに尖塔が突き立っている。ルーアン大聖堂の影だ。夕陽を浴びて赤銅色に染まり、鐘の音が街全体に響き渡る。
下を見下ろせば、石畳を行き交う人々のざわめきに混じって、甲冑の擦れる音が聞こえる。通りの角を曲がる兵士の姿がちらりと見え、旗の影が風に揺れる。城の塔そのものは見えないが、その存在は街の空気を重く覆っていた。パンの香りと革の匂いが漂う市井の暮らしの中に、支配の影が確かに差し込んでいる。
「アニェス様こちらでしたか」
バシリアが横に控える。
「どうした」
「いえ、悩んでおいでのように見えましたので」
何気に見つめあう…
「なんでそう思う?」
「なんででしょうね?微妙にトーンが違う気がしまして」
「そうだな、ジャンヌを助けることは良いんだ。既定事項だ。だがどう助けようかと思ってね」
「どう…ですか?」
「俺は助け方が3種類あると思っている」
「はあ」
「①普通に助ける
これは、ジャンヌが生きていると皆にわからせることになる。当然ジャンヌはまたフランス軍で指揮をとるだろう」
「はい」
「②死んだことにして助ける
ジャンヌを死んだことにして助ければ、ジャンヌは戦いから解放される。今から未来の歴史でもジャンヌはフランスの窮地に心の支えとして語り継がれる」
「ほぼ、アニェス様の知る歴史通りになる感じですね」
「③奇跡で助ける
俺演出による、神話的な助け方で、ジャンヌに手を出すととんでもないことになると思わせる助け方だ」
「それは…すごそうですね」
「いっそフランスから撤退せざるをえないようになる助け方だって可能なはずだ…」
まあ、③はやらんけどねと続ける
実は、アリスのメイドであるバシリアには言えない④がある、ジャンヌが死を望んでいる場合…
「とまあ、それをジャンヌに確認したくてな」
「いろいろ考えておいでだったんですね」
「まあね」
「……アニェス様」
「なんだい、俺は時間まで寝ることにするよ」
「もしアリス様の願いと違う結果になっても…私はアニェス様を支持いたします」
「!」
「それでは、お休みなさいませ、お時間になりましたら起こしにまいります」
と、バシリアは深々と頭を下げた。
***
「草木も眠る丑三つ時」
「なんですかそれは」
「まあ深夜ってことだ」
俺は、バシリアと老人に見送られる形でバルコニーに立つ。
「ラ・イルさんとポトンさんは?」
「寝ていらっしゃいます…」
「…夜だもんね……」
「これが見取り図だ、宜しく頼む」
「確かに。お任せください」
老人から見取り図を受け取ると、俺は親指を立ててみせた。
二人とも首を傾げてしまった…
「行って来ます」
そう言うと俺は跳んだ、隣の家の屋根へ着地する前に《インビジブル》と《スニーク》を発動する。後方で老人が驚いている気配がする。
屋根伝いに西に向かって、走る跳ぶ走るを繰り返す。
石畳のあちらこちらに巡回の兵士を見かける。が、誰一人俺に気づくものはいない。
単独になった俺は、ヒャッハーばりに高速でルーアンの街を縦横に駆け巡る。直ぐにルーアン城が見えてきた。横にあるのが兵舎になった修道院だろう。建物の影に着地すると様子を伺う。
門番に数人、この時代、塀の上に鉄線や電流等の設備もないので、人がいない場所で飛び越える。
(さて…見取り図を見たいなと………)
質量軽減魔法をかけ三階建ての屋根まで跳ぶ。着地はふわりとつま先から。
《インビジブル》を一回解いて見取り図を確認する。
二階居住区の最奥にいるはずと描かれていた。再度発動。
ルクソールから屋内に侵入を試みる。ルクソールについている窓はU字金具に棒がひっかけられているだけだった。俺は見取り図の紙を硬化させ窓の隙間から棒を外す。
(物置か?)
と中を確認するとスルリと身を踊らせ侵入する。そのまま物置を出ると、階段を下り2階へと辿り着く。ほぼ直線で最奥が見て取れる。ドアの前に3人の人影が見える。ゆっくり通路の端を歩きながら接近する。《スリープクラウド》眠りの魔法を発動。倒れて音がしないように支えながら兵士を寝かす。
《スリープクラウド》連続で部屋の中にも魔法を発動する。
“ガタガタ”
「やば…」
中で兵士が倒れたらしい、ちょっと大きな音がしてしまった。
俺は左右を見渡し息をひそめる。
1、2、3…と40まで数え警戒を解く。
金属補強されたオーク材の扉についた覗き穴から中を覗く。兵士が2人倒れ、手足と首を木製台に鎖でつながれてる女性が見えた。
俺は据付錠を外し中に入る。
ランタンの揺れる光の中、俺は姿を現わし鎖でつながれた女性に一歩二歩と近づく。
「……あなたは誰ですか?」
痩せた少女から、凛とした声が誰何する。
綺麗とは違うが、元気なら健康的な向日葵のような少女だろう。
「アニェス。敵でも、味方でもない。あなたの未来を確認しに来た。」
「わたしの……未来……?」
俺は静かに告げる。
「私は、あなたを助けることができる。
でも、あなたがどう生きるかは、あなた自身が決めること。
あなたの望みが知りたくて、今夜は来ました」
「私が……選んでよいのですか?」
「英雄として死ぬ道。
英雄としてこれからも進む道
死んだことにして生きる道。
どれも選べる。
だから、あなたに聞きたかった。」
ジャンヌは、涙をこらえながら問う。
「……神は……わたしに……どれを望んでいるのでしょう……」
俺には答えられない。
答える権利があるのは、ジャンヌ自身だけだから。
「あなたを助けるために、シャルル王、ジャン・ポトン・ド・ザントライユ、エティエンヌ・ド・ヴィニョールが命がけで助けようとしています」
「王やラ・イル、ポトンが…」
「ラ・イルとポトンはここまで来ております。危険を犯して」
「...私のために…しかし神は」
「神の言葉だけでなく、人の想いも汲み取って考えて欲しい。これは私の願いです」
「…私は生きたい、普通に生きてみたい…」
「それが真実の願いであるのなら叶えましょう…私の全力をもって
5月30日必ず助けに参ります。
それまではどうか耐えてください」
「…わかりました」
俺は軽く《キュア》をジャンヌに掛けると、眠っている兵士の記憶を操作し、自身に《インビジブル》と《スニーク》をかけて、兵舎を後にした。
さあ方針は決まった。あとは俺が全力を出すだけだ。




