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婚約破棄の瞬間、国王陛下が泣きながら「俺と結婚してくれ」と言った  作者: 妙原奇天


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第8話 太陽の約束

 陽光は、まるで祝福のように王都を包んでいた。

 街じゅうの鏡が光を反射し、あらゆる屋根や窓に虹の粒を散らす。

 人々はその光の下で働き、笑い、祈った。


 “光の時計”が完成して七日。

 水の列は争いではなく、挨拶の場になっていた。

 子どもたちは砂時計の影で遊び、老人たちはその影で時間を語る。

 あの日、私とアドリアンが願った世界が、少しずつ形を取っていく。


     ◇


 正午の鐘が鳴る。

 謁見の間に入ると、アドリアンが地図の前に立っていた。

 王都から南西に延びる青い線――新たな水路の計画だ。


「太陽の水脈、ですか?」


「そうだ。光の時計で得た観測を使って、地下の流れを見つけた。

 もし掘り当てれば、王都の水は三倍に増える」


「夢みたいな話ですね」


「夢を叶えるために、君と誓いを立てようと思う」


 アドリアンが振り返る。

 その瞳は、いつもの穏やかさの中に、少年のような輝きを宿していた。


「オーリヴィア。――この計画を“太陽の約束”と呼ぼう。

 水路の開通まで、俺は一滴も涙を流さない。

 代わりに、君が笑っていてくれ」


 私は静かに頷いた。

「では、私は約束します。

 ――あなたが涙を流したい夜には、私が代わりに泣く、と」


 彼の指が私の頬を撫で、ふっと笑みがこぼれた。

「それなら、永遠に涙は枯れないな」


     ◇


 一週間後。


 南方の高原。

 掘削の現場は熱気と土埃で満ちていた。

 王自らが視察に訪れるなど、誰も想像していなかった。


 アドリアンは軍靴に泥をつけ、作業員と同じ列に立った。

 私は日傘を畳み、その背を見つめた。


 ――王が汗を流す姿を見て、人々は初めて“国の心臓”を感じるのだろう。


「妃殿下!」

 クララが走ってきた。

「地層の下に古い遺跡があるようです。石碑と……文字が!」


「文字?」


 現場に駆けつけると、土の壁に刻まれた文様があった。

 太陽と、水流と、手を取り合う人々。

 その下に刻まれた言葉を、通訳官が読み上げた。


“涙のあとに、光は生まれる。

光のあとに、また涙は還る。

人はその往復の中で、生きる。”


 アドリアンと私、同時に息を呑んだ。


「……古代の詩か」

「まるで、私たちへの手紙のようですね」


 彼は頷き、石壁に手を触れた。

 その指先に土の温もりが移る。


「水路の名を、この詩から取ろう。

 “涙と光の流れ”――どうだ?」


「美しいです」


 風が吹き抜け、掘削現場の旗が一斉に揺れた。

 その瞬間、地面の奥から――水の音がした。


 人々が叫び、スコップを投げ出し、手で掘りはじめる。

 泥の間から、銀色の筋が溢れ出した。


「水だ!」

「出たぞ、王の水だ!」


 歓声が大地を震わせた。

 私は思わず両手で口を覆う。

 アドリアンが振り向き、笑った。

 その頬を伝った一筋の汗が、まるで涙のように光っていた。


「君が泣く番じゃない。

 ――今は、笑え」


 私は頷き、涙の中で笑った。


     ◇


 夕暮れ。

 掘削現場はすでに湖のようになっていた。

 水面が赤く染まり、太陽が沈んでいく。


「これが“太陽の約束”の終わりであり、始まりだな」

 アドリアンが水面に手を伸ばす。

「人は、涙と光の往復を止められない。

 けれど、その中で寄り添うことはできる」


 私は彼の手を包み、静かに言った。

「それが、愛というものなのかもしれませんね」


「愛、か」

「ええ。悲しみと希望を、同じ手で持つこと。

 それを、私はあなたから学びました」


 沈む太陽が、水面に二人の影を映した。

 王と王妃。涙と微笑。

 世界のどこかで新しい朝が生まれるたび、

 この国の水脈もまた光を運ぶだろう。


 風がやんだ。

 空に、初めて見る虹がかかった。

 それはまるで、過去の涙を空が抱きしめるように――

 七色の弧を描いて、王都の方向へ伸びていった。

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