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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

余滴

 季節は梅雨の真っ只中。大雨警報により学校が休みとはならなかったけど、想定以上の降雨のお陰で下校時刻が大きく繰り上げられた事には感謝するべきだ。小学生にとって大雨洪水暴風は休みの合図。少なくともそれで周りに被害を感じられない人には、上から休みが降ってきたのと同じだ。だからこそ、ここに七人が集まった。


「先生に見つからなかったか?」

「家族に見つからなかったぞ」

「先生に見つからなかったかって聞いてるんだよ!」

「ねえ、早く始めない? 先生に見つかってたら集まれてないんだしさ」


 俺達が集まった理由は一つ。この学校には昔からある噂が流れていて、遂にそれを確かめる瞬間が来たからだ。


 ずばり、埋蔵金。


 この学校を建てた最初の校長先生が大量のお金を隠したって噂がある。こんな、一学年にニクラスしかないような学校にそんな大金が眠っているとも思えないけど、でも確かめない事には始まらない。幸い俺達にはこれまで積み重ねた情報……もとい、歴代新聞部が集めた記事があった。確証もないのに人は集められないけど、新聞部を経由する事で乗り気になった五人、流れでついてきた二人を合わせて計七人。今から俺達が、億万長者になる!

「という訳で、俺がリーダーだぞ! 言い出しっぺだからな! という訳で妙子、書記頼んだ」

「え~、わたし?」

「生徒会だろ?」

「うーん……やりたくてやったんじゃないんだけど」

 でも書記は書記だし。

 陸野妙子おかのたえこはしぶしぶ黒板にメンバーリストを作ると、一番上に俺こと菱村太吾ひしむらたいごと加えた。それから俺は副リーダーと副々リーダーと副々々リーダーを決めようとしたが、そんなに役職は要らないと全員に言われて仕方なく残りのメンバーの名前だけを記す。

「これでいい?」

「やっぱ副リーダー要ると思うけどな」

「ぜってえいらねえ。俺は暇だから来ただけなんだけど大体これ何すんの? 何にも聞いてねえよ」

「だから埋蔵金を探すんだって。ほら、この記事を見ろって」

 それは新聞部が十五年にもわたって追い続けてきた永遠の謎。無いものを追い続けるなんて俺は思わない。だって無いと分かっていたら噂は続かないし、何よりここまで新聞部が執着する事に説明がつかない。記事を追うと、まるで手がかりが掴めず最初は調査を打ち切ったようだが、記事を追うとまた調査を開始している。そしてまた手がかりが掴めず打ち切りかと思えば、次にまた調査が続いている。

「埋蔵金……なんか社会の授業で見たような見てないような。先生が話してたんだっけ」

「徳川埋蔵金だね。この学校に似たような物があっても、大した金額じゃなさそうだけど」

「圭斗は数合わせだからいいとして、お前は乗り気だったじゃん。なんでちょっとひねくれてんだよ」

 これだけの人数を集められたのはこいつが―――四村夜辻しむらよつじが参加すると分かったからだ。こいつは頭がいい上に足が速い。そんな四村が参加するからじゃあもしかしたら成功するかも、みたいな信用が広がってくれた。こいつ自身は俺が休み時間のドッジボールでしつこく狙って、昼休みに無理やり鬼ごっこで追いかけ回したら話を聞いてくれた。

「んー。いやあ、こういうまったりした時間があるとやる気がどんどんなくなってくるっていうかさ………早く始めようよ」

「よーし、じゃあ俺が仕切るからな。まずこの七人の内五人は俺が声を掛けた。後の二人は知らんけど、埋蔵金の情報を探して持って来いって言ったよな。集まったのはそれの共有だ、新聞部は記事の感じだと、情報を持った奴が独り占めしようと勝手に動き回って失敗したんだ。だから俺達は全員で探す! なあ、マジで埋蔵金の話だからな! 七不思議とかやめろよな!」

 怖い話は苦手だ。幾ら季節が夏でも、怖いもの見たさという事すら控えたいくらいそういう話は受け付けない。幸い、この学校にそんな話はないから持ってこられても全部嘘だって分かる。けれど、嘘でも怖い話をするのをやめてほしかった。


 ―――嘘でも、怖い話をするとお化けが寄ってくるっていうしな。


 それは本題じゃないし、雨のせいで多少薄暗いとはいえ、真昼間の学校に対して怖がりたくもないので本当に、冗談とかではなくて。

 誰もそんな話をしていないのに勝手に慌てる俺を見、妙子は呆れて手を上げた。こいつと来たら、夜辻が来ると分かった途端にやる気が二倍くらいになったのに、取り仕切る時は凄く真面目だ。ムカつく。

「じゃあ私からね。誰に聞いて良いか分からなかったからお父さんに聞いてみたよ。お父さんもこの学校の卒業生だし。その時も新聞部が埋蔵金を探してたみたい。お父さんはたまに見かける程度だったけど、毎日探してたかもって」

「毎日? じゃあ無駄だな。埋蔵金探し。やめようぜ」

「圭斗、茶化すのやめろ! ないって結論が出てたなら俺だってこんな事してねえよ!」

 流れでついてきたにしても、もう少し人を選ぶべきだったかもしれない。というか何で俺は流れで集めたんだ。賑やかな方が楽しそうって思ったからなんて……今は言いたくない。結構、邪魔になってきた。

 今日ここに居る人間で圭斗と紗枝だけが数合わせだ。だから緊張感もないしやる気もない。シンプルに人選ミスだと俺も思う。遠足は前日が一番楽しいみたいな話をお母さんが言ってたけど、その意味がようやく分かった気がする。

「俺が勝手に決めつけてもないんだ、だから現役の新聞部員も連れてきたんだろ」

「僕が見つけられたら卒業してった先輩達も報われるよね」

 この集まりの発端は彼―――田島覚流たじまさとるからこの話を聞いたからだ。


 一連の流れを要約すると、覚流から話を聞いた俺が夜辻を誘い、夜辻を餌に女子が来て―――という流れ。


 覚流もまた例にもれず埋蔵金を探しており、しかし長年の活動のせいか表立って記事にする事は『手抜き』だとして禁じられているらしい。校内新聞がいつも埋蔵金情報では見る人も居ないからとか何とか。

 大人はロマンがないからそんな事を言うかもしれないが、俺は違った。見つからないせいで記事に出来ないなら見つけてやろうじゃないかと、一肌脱いだ形になる。

「アホな茶化しは置いといて、次は俺な。俺はばっちりだぜ。ずばり外の木の下に眠ってるって話を聞いた。それも、教頭先生から!」

「じゃあそこ掘ろうぜー。はよ」

「もうお前帰れよ! 邪魔だなあ!」

「俺ゲームしたかったんだよなー。帰れって言われたし帰るわ、じゃ」

 圭斗は心底面倒そうな手振りと共に出て行った。あんなやる気のない奴は雨で濡れてしまえばいいんだ。傘も途中で破けてしまえ。こんな簡単に見つかるんだったら新聞部は苦労してない。徳川埋蔵金だって沢山情報があるのに見つかってないって先生も言ってたじゃないかと。アイツは何にも話を聞いてない、いつもそうだ。自分に興味のある事以外は全部右から左に流してしまう。

「じゃあ次、俺かー。結構ちゃんと調べたぞ。図書室に……ここを卒業してった先輩達の資料が隠されてるのって知ってるか? 俺も覚流に教えてもらったんだけどな。あれって何か不思議だよな。血眼で探してたらしいけど、見つからなかったら大人しく後輩に託すってなんか変だよな。学校探すだけなら卒業しても出来そうだけど」

「毎日卒業生が遊びに来たらなんか嫌だろ……」

「それもそうか。で、情報なんだけど、埋蔵金は歴代の校長先生に隠し場所が伝えられてるらしくてな。その世代世代の校長先生の行動ルートを調べた記録がある。一年毎に変わるんじゃないから去年の記録はぶっちゃけ俺らの知る校長と同じなんだけど、なんとびっくり。四年前の校長と今の校長は夜になると学校を徘徊するらしいぞ。警備員とか雇わずに、意味深だよな?」

「すごーい! さっすが四村君だー! かっこいいー!」

 圭斗が帰ったので数合わせの人間は残り一人。染川紗枝そめがわさえだ。だが圭斗と違って四村の好感度を稼ぎたいので帰る素振りはない。四村なんて幾らでもあげるから埋蔵金探しにやる気を出してくれたらいいと思う。

 覚流に関しては情報がなくても許している。俺に記事をくれたし、四村に情報も渡しているから。それに発端の情報を知っている奴にやる気がないと怒るなんて時間の無駄だ。あるから追っているのに。

「じゃあ後は―――いや、お前はいいや。どうせなんも調べてなさそうだし。よし、とりまトイレ休憩いれっか。リーダーは俺だからな、行きたくなくても行けよ! 大雨のお陰で先生居ないんだからもう、マジで! 徹底的に探すからな!」




















 想像以上に全員がトイレに行きたかったようだ。まさか教室に残ったのが俺も含めて二人だけなんて。

「ねー。太吾さー。なーんで私の時はやる気ないって怒んなかったの」

「集会の最初から机に突っ伏して今にも寝落ちそうな女子の名は雨条京うじょうみやこ。実は唯一、四村を経由せず、嫌がらせもなく、俺に協力してくれた女子だったりする。普段は歩く姿までやる気がないのに、今回に限っては向こうから声を掛けてきたのだ。「人が要るなら手伝おっか」と。

「…………お前、習い事とかで忙しいからどうせそんな暇ないと思ったんだよ。親に聞くとか以ての外だろ」

「まーせーかい。はあ、同級生に気ぃ使われるとかマジ鬱……でも、あんがとね。埋蔵金見つかったら、報酬は二倍でよろー」

「俺の一存で決まるのかなそれ……」


 

 それからとりとめのない雑談をしていると、全員が同じタイミングで戻ってきた。



「え、もしかして仲良く連れション?」

「や……違う。菱村、圭斗は帰ったんだよな」

「何で俺に聞くんだよ。アイツゲームしたいって言って帰ったろ?」

「それが、まだ上履きが下駄箱にあるみたいでさ……」

「はあ?」

「気づいたのあたし! あたし! でも圭斗が何処行ったかは知らないけど!:」

 

 ―――帰ってないのか?


 先生にこの会合が見つかった可能性は、ない。アイツは自分が捕まるくらいなら俺達を売ってその間に逃げるタイプだ。だから先生が居るならもうとっくに俺達はまとめて捕まっている。

 窓の外からグラウンドを見ると、雨は一層激しくなって、何処もかしこもびちゃびちゃの沼みたいにぬかるんでいる。傘を持っていても歩きたくない。そこら中に水たまりがあって、長靴でもないとズボンが泥まみれになりそうだ。そこまでぬかるんだ地面なら足跡も見えると思ったけど、それっぽい痕跡も見当たらない。

「アイツ、何してるんだ? トイレ?」

「僕、探してきましょうか?」

「まあ待て……女子は全員ここに残った方が良い。俺らで男子トイレを三階分探そう。多分見つからなさそうだけどな」

「え、何でだ?」

「近くのトイレを利用しない理由が一切ないだろ。なんでわざわざ遠くへ行くんだ? ま、でも。一応ってだけだよ」

 これは本当にその通りで、トイレに行ったならこの階のトイレを使えばいい。わざわざ三階のトイレや職員室近くのトイレを使う意味が全くない。あ、いや、職員室の向かいにあるトイレは凄く綺麗だから、綺麗好きだったら使うかもしれない。圭斗は違う。

「おーい、圭斗ー!」

 一番楽そうだったから二階のトイレを探しているけど、当然いない。それもそうだ。ここに居たらトイレ休憩に行った奴が遭遇してる。ワンチャン隠れた可能性も……あると思ったから探したけど、時間の無駄だった。

 教室に戻ると、俺が一番早いのは当たり前だった。女子の視線を一身に浴びる。

「居た?」

「いや、二階には居なかった」

「当たり前じゃないの。居たら何で誰も見つけられてないのよ」

「太吾は役立たずだねー」

「楽をしたかっただけだよ。面倒くさい。アイツ何してんだホント」

 俺達を驚かせたいと思ったのだろうか。いやあ、驚かせたいんだったら一度俺の話に乗り気な様子を見せてからの方がいい。絶対その方が驚かせる確率がある。この場合、奇跡的に上履きの有無を見つけられたから良かったものを誰も見つけられなかったら帰ったものとして処理していたというのに。

「一応最悪の事考えると、不審者に連れ攫われたとかってないかな……ほら。不審者情報ってあったでしょ? 雨の日に子供を攫う人みたいな……」

「何それ、知らん。誰か聞いてるか?」

 返事がなくて、妙子が信じられないものを見るように声を荒げた。

「誰も聞いてなかったの!? みんな怖くないんだ!」

「雨の日に現れるレインコートの不審者とかまず近寄らないし。怪しい人に近寄るなって散々言われてるしー?」

「四村君だったらあたしついてっちゃうかも!」


「俺がなんだ?」

 

 噂をすればなんとやらで、四村が帰ってきた。俺を除けば女子しか居ない空間は正直ちょっと居心地が悪かったから存在に助かっている。こいつは一階のトイレを担当していた。

「何でもないよっ、四村君がかっこいいなーって!」

「そうか。一階はいなかったな。職員室の方と端っこのトイレを両方探したけどなんも変わらん。二階もそうだったろ」

「いや、端っこは見てないけど」

「おい」

 だって近いトイレじゃなくて遠いトイレを使う意味が分からないし。見る訳がない。そんな話をしている内に覚流も戻ってきて三階は全滅。残るは俺が見るのをサボったトイレだけだ。ここまで来ると流石に全員が気になってきたので、俺一人で向かうような事態は避けられた。


 ―――トイレは苦手なんだよな。


 トイレに行く事を揶揄われるのも嫌だし、一人でトイレに行くとお化けが出そうで怖い。怪談なんかなくてもお化けは出ると俺は信じている。雨の日なんて特に、誰かが一緒に来てくれないと特に個室は入りたくない。

「おーい圭斗! 居るかー? よし居ないな。帰ろう」

「まだ見てもないよっ?」

「あー……まあ、居るなら返事するからな。下痢でも返事くらい返せる」

 俺も含めて全員が答えを分かっていたかもしれない。いや、そうでなければおかしいのだ。誰もが男子トイレに足を踏み入れ、中を見回す。それは『いるとすればここしかない』と思いながらも『ここにもいない』と分かってないと起きない事だ。

「…………居ないな」

「じゃあ圭斗君は元々上履きなんか履いてこないで学校に上がってきたって可能性はないかな? 僕の頭じゃそれくらいしか思いつかないけど」

「いや、そりゃないな。土砂降りの雨ん中俺達は来たんだぞ。上履きも履かずに泥を何処で落とすんだ? マットか? 完璧に落とせた奴見た事ねえけどな」

「つーか泥が堕ちても靴は濡れてるから、足跡がある筈だよな」

 ……さっぱり分からない。文殊の知恵がどうたらこうたら、全員で考えてみたが納得のいきそうな答えは全然なくて、最後の方は面倒くさくなってトイレを出た。多分あれだ、上履きを二足持っていてそれを履き替えたから上履きが残っていた。もうそういう事でいい。馬鹿らしくなった。

 同じように居なくなられても困るので、振り返って残りのメンバーを確認する。勿論誰一人いなくなってなんかない。すっかり安心して、元居た教室に戻ろうとした、その時。


「―――て」


「ん? 誰かなんか言ったか?」

「いや、トイレの方から―――」





「たすけてええええええええええええええ! うわああああああああああああああああ!」





 その場に居た全員が吹き飛ばされそうな勢いの絶叫がトイレから響き渡る。その声は間違いなく圭斗であり、声はついさっき誰も居ないと確認したばかりの場所から聞こえている。女子は京以外は散り散りになって逃げだし、京と男子三人だけがその場に残って声が止むのを待った。

 もっと言えば、足がすくんで動けなかっただけだ。声は途中でぷつりと止んで、暫く待っても何も聞こえなくなった。

「な、何だ……?」

「こ、こんなトイレに怪談なんてなかった筈だけど……!」

「様子を見に行くぞ」

 四村の声をきっかけに身体が動き出す。だが京の手が俺の動きを引き留めた。

「ど、どうした?」

「……怖い」

「いや、俺も怖えよ。怖いの苦手なんだってば! アイツなんだってんだよマジで! 埋蔵金を探しに来ただけなのにさ!」

 でも確かめないといけない。確かめなかったらもっと怖い。何より怖いのは圭斗が消えた原因がハッキリしていない事で、早く四村達の背中を追わないとアイツらも消えてしまうかもという予感があった。

「ね、ねえ。提案なんだけど……手、繋ごっか。私もこんなつもりで来たんじゃないし」

「お、おお。良いなそれ。そしたらお前は少なくとも消えない、か。いや、消えたりしないけど人は!」

 姿を見失わない内に慌てて男子トイレに戻っていく。幾ら呼びかけても相変わらず人の声はしないが、個室トイレが一つ閉まっていた。

 

 ドンドンドンドン!


「おい、圭斗! 居るのか!? 居ないのか!? 何でもいいから返事しろ!」

「やっぱり居ないなんて……」

「太吾も探せ! 一応探すんだ!」

「お、おう!」

 だがトイレの中をどう手分けして探せばいい。くまなく探す事だって一人いれば十分だ。それよりも俺は京の様子が気になる。鏡に映るのを怖がっていたようなので、トイレの奥に追いやった。

「居たか?」

「居ない……」

「何ないこれは、今のは間違いなく圭斗君の声だよね!」

「…………なあ太吾。今日はもうやめにして帰らないか? 今日はなんか嫌な予感がする。埋蔵金を探すどころじゃないぞ」

「お、おう。お、お。お俺もそう思ってた。京もそれでいいよな? な!」

「う、うん。そりゃあ、勿論」

 男子が三人も居て情けないとか、そんな事を言ってる場合じゃない。今回の出来事を信じるも信じないも俺達は実際に聞いてしまった。いなくなった圭斗と、トイレから聞こえる叫び声を。信じる以外、どう納得する? というか、圭斗は死んだ?


 ―――死んだ?


 え?

 圭斗は死んだのか?

 え?

「……………………え?」

 お化けの声。

 トイレには、誰も居なくて。

 声は間違いなく圭斗で。じゃあ。いや。そんな事は、有り得ない。おかしい。信じたくない。友達が死んだなんて、俺が呼んだせいで!

「…………」

 やめよう。これ以上は考えたくならない。四人でトイレを出て教室に戻るも、残る女子の姿は見えなかった。逃げ出したまま何処かへ行ってしまったようだ。

「……アイツら、もう帰ったんだよな。俺らも、帰ろう」

「四人一緒にか?」

「僕は賛成だな。怖いし」

「…………じゃあ、早く帰ろ」

 埋蔵金を探す気なんて更々なくなってしまった。直帰しなかった理由なんて俺達の誰にも分からない。お陰で少し落ち着いて、改めて意見を募った結果、やっぱり今日は帰ろうという事になった。教室を出て昇降口まで仲良く降りる。下校時は俺達以外の生徒もみんなやっている事だけど、今はなんて頼もしい。安心する。

 昇降口には、女子二人が体育座りになって俺達を待っていた。

「みんな! 良かったあ~! 太吾とか大丈夫? 怖いの苦手なのに」

「う、うるさい! 俺は大丈夫だよ!」

「四村君~怖かったよー!」

 紗枝は演技か、怖がるフリをして四村に甘えている。俺はさっきから鳥肌がたってしょうがないのに恐怖を茶化す奴はこれだから好きになれない。ただそれでも帰りたいという気持ちは本当で、二人もお開きには賛成してくれた。それぞれ下駄箱に行って、自分の靴と履き替える。

「あんな事があったけど、俺達の誰も圭斗については見てないんだ。アイツも帰ってるかもしれな―――」


「あ、四村君。見てみて、あれ、圭斗じゃね~?」


 紗枝が指さした場所には、確かに人が立っていた。俺達と同じくらいの背丈で、校庭にある桜の木の下で傘を差したまま立ち尽くしている。紗枝は何を根拠にあれが圭斗だと思ったんだろう、レインコートなんてアイツは着てこなかったのに。

「いや、あれは不審者だろ」

「不審者ってどーせ大人のおっさんじゃん。あれはどー見ても子供、だから圭斗だよ。考えてみなよ、ここには私達しか来なかったじゃんね」

 紗枝はこちらに背中を向けたままの子供に近寄っていく。誰も止める事が出来なかった。彼女の言い分には一理あって、不審者と言われる様な奴は確かに大体が大人なのだ。

「圭斗~! まじ人を怖がらせるの上手すぎ! みんなびっくりしちゃってさー!」

「…………待って」

 間近にいた二人くらいしか聞こえないくらいのか細い声。京だ。誰に向けたものかも分からなくて反応しかねていると、彼女はにわかに大声を上げた。

「待って違う紗枝ちゃん! そいつは圭斗じゃない!」

「え~…………?」

 紗枝が声につられて振り返ったと同時にレインコートの人物もこちらに振り返る。こんな遠い距離からでも、その顔はまるで絵の具に水を垂らしたようにぐずぐずに溶けて、およそ人の見た目をしていない事が分かってしまった。

「ひっ!」

「おいおいおい……」

 残る全員が後ずさりをし、遅れて紗枝も異変に気付き向き直る。

「―――へ?」

 幽霊が紗枝の肩に触れた瞬間、ふやけたようにぶよぶよに膨らんだ。驚いた彼女がその場に尻もちをつくと、ふやけた肩が破けて、血を流す。

「へ、へ、へ、へ、へえ?」

 理解が及ばない。この光景に気づいた誰しも。

「戻れ!」

「ちょ、ちょっと!」

 助けを呼ぶ声に振り返らず、俺達は全自動で四村の指示に従って学校に踵を返した。それはもう全力で走って。一回転んでもお構いなしに。

「いや、やだ! 助けて! 四村君! やあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 誰一人、振り返らなかったと思う。普段どれだけ優しいかってくらいの奴もこんな時に振り返る余裕も、助けに向かう度胸もなかった。 全員が逃げて、立て籠もったのは俺達の教室だ。最初に集まったからというのもある、とにかく安全な場所が欲しかった。

 最後尾を走っていた覚流を迎えると、協力して机を積み上げて教室の扉を封鎖する。あの化け物がここに来たらどうしようもないと思いながら。来ないでほしい事を祈りながら。

「…………京。お、お、お前さ。何で、分かった?」

 誰かが言い出すのを待っていた、最初に我慢出来なくなったのが俺というだけだ。尤もな疑問に残る全員の視線が京に集まる。彼女は泣きそうに身体を震わせながら、ぽつぽつと語り始めた。

「ついてきたのは、みんなが心配だったから、なんだ」

「説明しろ」

「埋蔵金……私の、お兄ちゃんも探した事あるの。二個前の卒業生で。新聞部とは別に探しててー知っちゃったんだって、埋蔵金の隠し場所」

「え!」

「落ち着け妙子……何処なんだ?」

「ちょっと待ってよ四村君。僕は京ちゃんの言う事が信じられない。だって先輩からそんな話聞いてないんだ。名前! 名前は!?」

「覚流、待、待てよ! 京が怖がってるからやめろって!」

「嘘だ! 埋蔵金は見つかってない! 誰も見つけてないんだ!」

「いい加減にしろ!」

 四村がチョークを思い切り黒板に投げつけた音が響いた瞬間、全員が動きを止めた。小学生らしくなんて言うのも変だけど、四村も涙交じりに歯噛みして、苦しそうに声を出した。

「俺達だって、死にたくないだろ」

「………………埋蔵金は見つかってない。嘘だ。君のお兄さんは嘘吐きだ」

「知って、教えたんだってさ。新聞部の人に。そーしたら新聞部の人が全員で探そうって企画して―――教えてくれたお兄ちゃん一人だけ混ぜて、今日みたいな感じでー」

「今日って……」

 誘ったり流れでついてきた奴が六人、現役の新聞部が一人。京のいう今日みたいな感じは、つまり覚流のポジションがお兄さんで、俺達が新聞部員という事か。

「覚流君………本当に一昨年卒業した先輩は、全員本人だった?」

「え、は……ん? ちょっと、何言ってるんだよ! 本人じゃない可能性って何?」…



「お兄ちゃんが言ってたんだ! 全員、お化けに殺されたって!」



「…………」

 この期に及んでふざけているなんて口に出せる人間は一人も居なかった。俺達はとっくにおかしな状況に巻き込まれている。圭斗はともかく、紗枝は確実に…………

「……私のお兄ちゃんさー。不登校なんだ。あの時の皆は偽物で、いつ殺されるか分からないから行きたくないってずっと言ってるの。私も、おかしくなっただけだって思ってたけど、これじゃ……」

「わ、私達も死ぬって事……そんなのやだ!」

「…………先輩達は埋蔵金を見つける為に頑張ってたんだ! バカにするなあ!」

「さと……!」

 誰もが今後の展開を察して止めようとしたが止められなかった。覚流の衝動的な拳が京の頬を捉えて殴りつける。助走のついた渾身の一撃は椅子に座っていた京を椅子ごと転かす威力を秘めていた。

「い、いだぃ…………うぐ……」

「京ちゃんに何してんの!」

「覚流! 落ち着け!」

 遅れて四村と妙子が抑え込んだのを見てから京にそっと駆け寄る。衝撃的な光景に目を瞑っていたが、京は顔というより鼻を思い切り殴られたようだ。泣きながら鼻血を出し、怯えたように覚流を見上げている。逆に覚流は仇でも見るような鋭い目を向けて京を睨んでいる。


 ―――どっちが悪いかなんて決めらんないけどさ。


 これ以上二人の視線が繋がっているのは危険だと思って、京を守るように正面から抱きしめた。女子を殴るのは違うと思う。それだけは俺でも分かる。

「離して! 離せよ! 僕は、先輩達の頑張りを知ってる! それを偽物とか馬鹿にして! 許せない!」

「んな事で喧嘩してっ場合じゃねえぞ! 家に帰る方法を全員で探すんだ! 死にてえのか!」

「ああしね! こんな女死ねばいい! ふざけるなああああ!」

 覚流は男子にイジられても全然怒ったりしないから温厚なイメージがあったけど、たった数時間で俺の中のイメージは覆された。顔を真っ赤にして息を激しくあらぶらせて暴れる奴の何処が温厚か。

「…………太吾。保健室」

 小声でそう囁かれる。確かに、鼻血を流しっぱなしなんて不潔だ。止めないと。

「俺は京を保健室に連れて行く。お前ら、覚流をこっちに向かわせないでくれよ。俺までボコボコにされそうだ」

「分かった」

「う、うん! 気を付けてね」

 二人を引き離さないと無限にトラブルが起きそうだし、反対する人間は居なかった。俺がついていれば圭斗よろしく行方不明になる事もないだろう。もしなったら、その時は俺もまとめて道連れだ。

「……あんがと」

「いいってこれくらい。痛いか?」

「痛いけど…………だいじょぶ」

 鼻血の痕が道を示すようにぼとぼと零れる。汚いヘンゼルとグレーテルだなんてふざけている場合じゃないんだろう。ていうかそういう例えを出すとまるでこの後俺達が帰れなくなるみたいな…………

「ねえ、太吾……保健室はいいから図書室行って」

「ん?」

「見たいのが……ある」

 






















 当然、図書室に怪我を治療出来る用意なんてされていない。京はポケットディッシュで無理やり鼻血を止めると、棚に並んでいる本を片っ端から落とし始めた。

「何してるんだ?」

「四村が……言ってたでしょ。ここに新聞部の人の資料が隠されてるって。最初に話した情報も、そこからだったよね」

「言ってたな。覚流に教えてもらった奴だろ。でもそれがどうしたんだよ。資料自体が嘘だって言いたいのか?」

「うん。資料なんて残ってる訳ないんだ。だって、死んだから」

「あ…………」

 確かに。いや、京の言っている事が本当だった場合に限るけど。卒業していった先輩が生きてないなら資料なんて残せる訳がない。だってここの資料は卒業の際に残していく物なのだろう。卒業するまでは本人達が埋蔵金を見つけようと躍起になっていた訳で、卒業する前に死んだとなると……

 一緒にひっくり返すのを手伝うと資料は次々見つかった。中には明らかに誰も取り出した形跡のない埃まみれの資料もあって、それぞれ中身を確認してみる。丁度資料の右下にはこれを書いた先輩達の名前と年代が赤ペンで書き記されている。年代別に並べれば見えてくる情報が。

「…………」

「……やっぱり」

 情報、が。ない。

 残されている資料を全て年代別に並べた結果、それらの資料は全く同じ情報しか書かれていない事が分かった。だから年代別に並べても意味がない。一字一句同じ情報で、ただ残した人間の名前が違うだけ。


「二人共、何してるの!?」


 入り口の方へ振り返ると、妙子が胸の前に手を置いて心配そうに京を見ていた。それで気づいたが、途中まで鼻血が垂れていたので妙子はそれを辿ってきたのだろう。

「妙子。これを見てくれ」

「私が無理行って連れてきてもらったのー……で、これ見てよ」

 俺達に見てと言われて無視も出来ず妙子も加わる。資料に目を通して、首を傾げた。

「なんで同じ話ばっかりされてるの?」

「…………偽物だからだよ」

 京は飽くまで、その話をやめない。

「きっと新聞部は最初から偽物だったんだよ」

「「え?」」

「考えてみてよ。みーんな必死で埋蔵金探してるのに、卒業するってなったら潔く資料だけ残して卒業していくんでしょ。それに、お兄ちゃんは埋蔵金の居場所を教えたのにその資料は残さないの? ていうか何で見つけられてないの? 生きて託すなら答えを書いとけばいいのにさー」

「……考えすぎだよ。燃え尽きたんだって。私達には京ちゃんの話も本当かどうか分からないし。大体偽物と本物ってどうやって見分けるの? 無理じゃない? 偽物が消えるとかなら分かるけど、卒業後も交流あるかもだし」

「いや、それはないだろ。連絡を取ってるなら直接話を聞けばいいんだ。答えを知ってるなら聞けばいいし、知らなくても情報を聞けばいい。こんな、同じ事が書かれてる資料なんて残す意味もなきゃ参考にする価値もないぞ」

 話は平行線を辿る。全ては仮説、非現実な状況に対して証拠もなく憶測で物を言っているだけだ。諸々を確認しようとするならやはり新聞部である覚流に話を聞いた方がいい。新聞部の内情を知っているのはアイツだけだ。

 口には出さなかったが三人共この資料を持ってもう一度覚流に話を聞く方針で見解が一致した。廊下に出て元来た道を戻ろうとして―――足を止める。

「待て、妙子!」

「え、何? 忘れ物?」

「違う。お前さ、鼻血辿ってきたんだよな?」

「じゃないとここに来られなくない? って…………あれ」

 鼻血の痕跡が、途中から消えている。誰かが拭いたような滲みもない。綺麗さっぱり、最初から鼻血なんてなかったように。

「なんで……なんで!? やっぱ変だよこの学校! もうやだ! 帰りたい……!」

「落ち着けよ! と、とにかく…………鼻血を探そう。教室に続いてるのは間違いないんだ。嫌な予感がするなら、さっきまでの記憶を頼った方がいい」

「なーんか、やな感じ……私の鼻血を探すとかー……」

「いいから探すぞ!」

 頼りにするべき人間も、信じていい情報も分からない。だけど今ここに居る二人だけは信じていい筈だ。誰も彼も信じられないと来たらいよいよ、何も出来なくなる。

「あ、鼻血みっけ」

「ねえそれやめないー?」

「今は我慢しろ。教室は四村と覚流だけなんだろ。アイツが喧嘩で撒けるとは思えないけど、ちょっと心配だ。帰ろう」

 なんとなく、血だけを見て俺達は歩いた。目の前の景色は信じられない。この鼻血は京が流したものなのに、再び見つけた場所を俺達が通った事はないからだ。血が続く経路は決して教室には繋がらない。何年もこの小学校に通っているから流石に分かる。

 その筈だったのに、血が扉の前で途切れたから顔を上げてみれば、俺達が集まった教室だ。

「…………」

「……は、入ろうよ」

 誰も何も、言わない事に決めた。

 扉を開けると、四村だけが教室に残っていた。俺達を見て、驚いたように椅子を蹴って立ち上がる。

「お前ら! よく無事だったな!」

「覚流は?」

「京は嘘吐きだからお前を殺そうとしてるとか訳分かんない事言って振り切られた。すれ違ったのか?」

「これを見てくれ四村。お前が図書室で見た資料は全部か? 多分一部だよな」

「おー? これは……」

 卒業生が次世代に託す貴重な資料という体裁が崩壊している。何せ記されている情報は全て同じ情報だから。四村は京の方を見ると、軽く頭を下げた。

「すまん。半信半疑だったけど、俺はお前を信じる」

「え?」

「覚流に色々聞いたんだよ。アイツ、お前の発言を嘘だ出鱈目だしか言わないからさ。もういっそ先輩に連絡とって聞けばいいじゃんって。偽物か本物かは分からないけど京の言ってる事の真偽は分かるだろ。お化けに襲われたとか襲われてないとか。だけどアイツ曰く、先輩とは卒業した瞬間から連絡が取れなくなってるらしい。家に遊びに行った事もある先輩ももれなく。だからまあ、行方不明だな」

「まじ、か」

「じゃあ偽物確定?」

「確定はしないが、覚流の熱量は新聞部にとっては平常運転っぽいなー。それが卒業した途端他人事みたいに資料残して消えて、その資料がコピペなんだろ。別人って言われてもまあギリギリ納得出来るな。何にしても俺達がそれを確認する手段はここを脱出する以外にない。圭斗は分からんが、紗枝が明日も来てたら……同じ状況って事だ」

 そして話は、最初に戻る。


 どうやって帰ればいいのか。


 ここまで話が拗れると俺も埋蔵金を探す気にはなれない。だからとにかく帰る事を目標にしたいが、昇降口から出ようとするとあのお化けに襲われると思う。あのお化けが追いかけてきたかどうかは誰も確認していないが、少なくとも誰も被害には遭っていない。だからあそこで待ち伏せしてると考えるべきだ。

「これ、裏門から帰っても同じだよな」

「京。お前のお兄ちゃんはどうやって生き延びたんだ?」

「わ、分からない……もう、話してくれないから」

「生き延びる方法はあるって事だから……何かするんじゃないか? 誰かお化けに詳しい奴! 俺は苦手だから情報も入れてないんだ!」


「職員室前の公衆電話で京ちゃんのお兄さんに聞いてみようよ」


「それだ」

 四村は十円を京に握らせると、護衛でもするように職員室へ。俺と妙子は殆ど流れでついてきただけだ。都は十円を入れると、電話番号を入力して受話器を手に取った。


『も、もしもしー……お、お兄ちゃん? そー私。ごめん。えっと……助けてほしい。埋蔵金探しについてって……そう。お兄ちゃんが嘘吐いてるって思いたくなくて。本当なら友達が危なかったし。それでー……うん。閉じ込められたの。お化けが校庭に立ってて。お兄ちゃん、どうやって帰ってこれたの?』


 ズチャッ。


「何?」

「昇降口の方だぞ。入ってきたのか!?」

「京! 早くしろ!」


『どどど、どうしようえっと! おしえて! 早くおしえおしえて! なんかきてる! 来てるよ!』

『傘を差せ! 傘を差して帰るんだ!』


 か、傘?

 傘なんて今日は大雨だから、全員が差してきている。だけどそれがあるのは昇降口で。


 ズチャッ。


 廊下に、血塗れの足跡が刻まれる。しかしそこに身体はない。足跡だけが近づいて、くる。徐々に。徐々に早く。

「逃げろ! 全員! 早く!」

 四村は妙子を連れ、俺は受話器を落として京を連れ。しかし同じ方向へ逃げ出す訳には行かないと思い―――何を期待したのか、俺は透明人間に向けてタックルをした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「いや゙あああああああああああ!」

 感触はなかった。透明人間を俺達はそのまま通り過ぎてしまったし、その足跡は四村達に向かって駆けていく。

「え、え、え……」

「に、逃げるぞ!」

「でも、二人は!?」

「帰り方が分かったんだから大丈夫だ! 行くぞ!」

 昇降口に向かって駆け寄り、自然と足が止められてしまった。黒い傘一本を除いて全ての傘が壊されていたからだ。これはお化けの仕業なのか、それとも誰かが…………

「…………………………………………………ごめん、二人共」

「……太吾…………」

 傘を手に取って、中に京を入れて走り出す。





 もう、振り返らなかった。




















「よお、太吾。部活終わったら暇だし、どっかあそぼーぜ!」

「あーいいや。今日は用事があるし」

「んだよー。じゃあー四村とか誘ってみるかー」

 あれから、俺達の身に何か起きる事はなかった。同日の内に警察から連絡が来る事もなかったし、翌日になれば、皆、学校に通ってきた。

「わたしー四村君にこくっちゃおー! 妙子応援しててね?」

「え、うん。失敗しないと……いいね?」

 体調不良を装って、今日は部活を休んだ。昇降口を通ろうとすると、下駄箱の陰に女子が隠れている。

「太吾ー。かえろっか」

「―――おう」


 俺達は、共犯だ。


 死にたくなかったが為に、二人を見捨てた。その結果がこれなら受け入れるしかない。偽物だらけのこの学校で、本物の京と二人だけで。

「………………今日、家来てよ。暇だからさー」

「……ごめん」

「私を助ける為だったんだから、仕方ないよ。大丈夫、太吾は悪くないよ。ありがと………ありがとね、助けてくれて、さ」

 繋いだこの手が本物の証明。


 

 戻れない。


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