第九話 墜恋
「あ、起きた」
宙飛が目を覚ますと勿朽の顔が視界に映った。
「ここは…？」
意識が定かでは無い僕の問いに彼女が答える。
「玄武組の待機所だよ。気を失っている君を、藤色の髪の先輩が担いで来たの」
身体を起こすと金属音がした。見ると僕の手首は手錠で拘束されていた。
(そうか、捕まったのか僕は)
「昏睡してたってことは、また使ったの？あの力を。でもあの先輩には傷一つ付いていなかったけど」
「力は使ったけど人に向けては撃っていないよ」
他の組の生徒を庇って捕まったとは、なんとなく言い辛くて簡潔に告げる。
「ふぅん？まぁそれはどうでもいいけど」
納得したのかどうなのか勿朽はそう言う。
「それよりも、あの先輩から私が逃げ切れたのは風見君が足止めしたからだよね。なんでそんな事をしたの？」
それが訊きたくて僕が起きるのを待っていたのだろうか？
「別に、ただの気紛れだよ。僕自身もよく分かっていない」
「何それ？でも結局私は他の鬼に捕まってしまったし、無駄な事をしたね」
(別に恩を売りたかった訳じゃ無いけど、助け甲斐が無いなぁ)
そんな事を思いながら僕は辺りを見回す。既に十数人の生徒が此処には集結していた。
「真神君も鹿深君も傷代君もまだ戻って来ていないよ。あと居ないのは築茂さんくらいだね。もう直ぐ終了時間だから、逃げ切れるんじゃないかな」
まだ捕まってなければだけど、と勿朽は言う。
（何だろう、今日の彼女は口数が多い気がする）
勿朽は普段必要なことしか話さない。僕も口下手な方なので、真神が一人で苦笑するのが僕等の班の日常である。
そこで僕は勿朽の手首に掛かっている手錠に目を遣る。
(ああそうか、捕まったことが恥ずかしいのか)
僕に助けられたにも関わらず演習で脱落したことが決まり悪いらしい。そこで照れ隠しに言葉を重ねている訳かな。
僕はそれが微笑ましく、つい口角が上がってしまう。
「何を笑っているの」
勿朽が僕を睨む。ただでさえきつい表情が一層厳しくなる。
「いや、可愛いなと思って」
あ、失言だ。本音が漏れてしまった。
すると彼女の顔が耳まで真っ赤になる。口をぱくぱくさせて思い切り動揺していた。その表情はいつもの不機嫌な顔が嘘みたいに愛らしかった。
この瞬間、風見宙飛は勿朽流華に恋をしたのだった。
