第七話 風切栞瑚
演習開始後、宙飛はずっと隠れていた。
隠れるのは得意だ。じっと動かず息を潜める。
鬼の面を被った人が辺りを探っている。僕は動かない。
視界の端に鬼に追われている生徒が映る。僕は動かない。
誰かの悲鳴が聞こえる。僕は動かない。
二時間程が経っただろうか。僕は開始位置から一歩も動くことなく過ごしていた。
(なんか地味だな。まあ忍ぶ者だし、これで正しいのかもしれない)
そんなことを思っていると、また誰かの足音が聴こえた。
見ると一人の女子生徒が駆けており、その後ろから手裏剣が投擲されているのが見えた。
僕は咄嗟に苦無を投げ、彼女に迫る手裏剣を弾いた。
普段の僕ならこんなことはしない。もし逃げ子が幼馴染だとしても、見つかる危険を冒してまで助けたりしない。まあアイツは僕の助けなんて要らないだろうけど…
助けたのは逃げていた少女が勿朽流華だったからだろう。
(臆病者、そう言われたのを気にしたというのか?それこそ僕らしく無い。一体僕は何をしている…)
僕の思いをよそに、彼女は振り向くこと無く駆けていった。
「僕の邪魔をするのは誰かな?」
そこで勿朽を追っていた鬼が僕に尋ねる。
藤色の髪に鬼の面を被った女性。彼女の周りには幾つもの手裏剣が浮遊している。
(ふむ、逃げ切れそうも無いな。なら勿朽が逃げ切れるように時間稼ぎでもするか)
どうせ乗り掛かった舟だ。そう思い僕は忍者刀を構える。
「お、向かって来るか。その意気や良し。僕の名は風切栞瑚、全力で相手をしてあげよう」
(出来れば手加減して欲しいな)
「何だ、先輩が名乗ったんだぞ。君も名乗り給え」
「…風見宙飛」
そう言われて仕方なく僕も名乗る。
「風見ね。へぇ、そうか君が…」
すると風切先輩は意味深に笑む。そして周りに浮かべていた手裏剣を一つ、僕に放ってきた。
僕はそれを躱す。しかしその手裏剣は軌道を変えて迫って来る。
僕はそれを忍術刀でなんとか弾く。
(さてどれだけ粘れるかな?)
5分後、僕は憔悴していた。
風切先輩の手裏剣操作の練度は恐ろしく高く、的確に僕を追い詰める。
「回避の腕は中々だけど、避けるばかりじゃあね。僕の相手をするには程遠い」
風切先輩は余裕の表情で言う。
(そろそろ潮時かな)
僕は反転し全速力で逃げ出した。
「今更そんなことを許すと思うのか?」
風切先輩がそう言って浮かせていた手裏剣を全て僕に放って来た。
そこで僕は立ち止まり、また身体を反転させ、全力で風を巻き起こした。
制御を失い手裏剣が落ちていく。
(期待外れか…そんなのは誰よりも自分自身が痛感しているんだよ)
そんな事を思いながら僕の意識は急速に遠のいていった。