第十九話 真神雷哉
真神雷哉は平凡な少年である。忍者という時点で非凡という向きもあるが、ここは忍術学園、在籍する生徒は全て忍びである。
故郷から離れ、忍術という個性も埋没してしまった今、ぼくは自己を見失いかけている。
6月4日の日曜日、丑寅訓練場にてぼくは傷代苅砥と向き合っていた。
「行くぞ」
そう言って傷代は距離を詰める。ぼくは彼の鎌から繰り出される連撃を僕は双剣で弾く。
傷代の斬撃は速く、防ぎ難い場所を的確に突いて来る。直ぐに姿勢を崩され、気付いた時には首元に刃を当てられていた。
「参りました」
ぼくは両手を挙げて降参する。
「傷代君は凄いね」
彼は対人戦でもほぼ負け無しで、唯一相手になるのは鹿深くらいだ。それなのに毎日遅くまで訓練に明け暮れている。
「どうしてそんなに頑張れるの?」
ぼくの問いに汗を拭っていた傷代は一瞬考える様な素振りをしてから言う。
「何が何でも超えたい相手がいるから、かな?」
「そっか、それで強くなれるの?」
その言葉に傷代は苦い口調で答える。
「強くならなきゃいけないんだよ」
傷代と別れたぼくは昼食を摂りに山子亭へと来ていた。シチューの載った盆を持ち席を探す。
(今日は混んでいるな、ほとんどの席が埋まっている。あっ空いている席があった、なんだろう?示し合わせた様に誰も座らない)
ぼくはその席の向かいに座っている人物に声を掛けた。
「ここ座っていいですか?」
亜麻色の髪を持つ青年は眼鏡越しにぼくを見る。目付きが非常に悪い、勿朽以上だ。
「構わない、どうせ誰も座らないからな」
「ありがとうございます」
「ん?貴様、演習で取り逃した一年だな」
彼のその言葉にぼくも気付く。前回遭った時は面をしていたので分からなかったが、この人は確か三年生の笹舟理界だったか。
「あ、はい。真神雷哉です」
「何か悩み事でもあるのか?」
「えっ?」
笹舟先輩のそんな指摘にぼくは困惑する。
「浮かない顔をしているな。私で良ければ話を聴くぞ」
予想外の展開だが無下にするのも悪い。ぼくは内心を吐露する。
「兄がいるんです。ぼくと違って優秀な」
超えたい相手。その言葉にぼくが想起したのは兄さんの姿だった。
「兄というと、真神光夜のことか?」
「知っているんですか?」
「ああ、一度戦ったこともある。確かに奴は優れた忍びだ」
笹舟先輩は続ける。
「それで劣等感を感じてしまっていると。ふん、陳腐な悩みだな」
(そうなんだけど、ぼくの悩みを陳腐とか言わないで欲しい)
「貴様は貴様だ。他の誰と比較するものではない」
「比べずにはいられませんよ。兄さんがあっさり習得した忍術『電光石火』だってぼくは未だに使えない」
あれが使えれば傷代にだって対抗できるかもしれないのに。
「電光石火か、確かにあの技は難しいな。私も習得してはいるが実戦では殆ど使わない」
笹舟先輩が僕をじっと見る。
「そうだな、口先だけでは何とでも言える。私が手伝ってやろう、貴様がその術を使えるようになるのを」