第十八話 楓と流華
6月2日、木曜日の放課後、楓は当直のため保健室に来ていた。
あたしが部屋に入ると焦茶の髪をポニーテールに纏めた少女が椅子に座って本を読んでいた。
名前は知らないが見た顔だ。保健委員の一年、彼女も当直だろうと、そう当たりをつけ声を掛ける。
「初めまして、あたしは羽妙之楓。今日はよろしくね」
本を閉じ彼女は顔を上げる。蛇のような吊り目が印象的だ。
「…私は勿朽流華。よろしく…」
…勿朽ってことは、成る程、この娘が宙飛の想い人か。
「何?」
じっと見ていると勿朽が睨む。整った顔をしているのに不機嫌な表情が全てを台無しにしていた。
「あなたの事は少し聞いていてね。風見宙飛はあたしの従兄なの」
「風見君の?…ねぇ、彼は一体何者なの?」
「何者って?」
「いきなり氷筍さんに決闘を挑んだと思ったら、負けても心が折れていない。それに氷筍さんの背後を取ったあの技、防がれはしたけど確かに彼の意表を突いた」
あたしも決闘の事には驚いた。楓の知っている宙飛はあまり人に興味を持たない少年だった筈。
「正直な所、宙飛君の事はあたしもよく分からないよ。風見家は特殊な家柄らしいけど、彼はあまり話したがらないから」
「五星風家の一角と氷筍さんは言っていたけれど、それが関係しているの?」
「あたしは分家だから詳しくは知らないけれど、五星風家はその血に神を封じる家系なんだって。でも多分それはあまり関係無いよ、宙飛君は勿朽さんの為に必死に努力したんだと思う」
「そこが一番分からない。どうして私なんかの為にそこまでするの?」
「好きな人の為に何かしたいってのは自然な事じゃないかな。勿朽さんは宙飛君をどう思っているの?」
勿朽は一瞬目を見開いた後、いつもの不機嫌な表情に戻り
「…別に何とも思っていないよ」
と言った。
「それはちょっと可哀想だよ」
「羽妙之さん、ありもしない希望を魅せるのは残酷な事だと思わない?」
勿朽の冷たい眼差しにあたしは何も言えなかった。