第一話 入学と挫折
君か代も我かよのすゑも久方のあまくたります神そまもらん
風が凪いでいた。
風見宙飛は戸隠学園の正門前で、小さく息を吐いた。これから始まる学校生活も、このように平穏であればと願うが――そんな甘い考えは自分でも信じられなかった。
長野の山奥にひっそりと佇む戸隠学園は、表向きは防衛大学附属学校の一つである。しかしその実態は忍の養成機関として戦国時代に設立された戸隠塾を前身に持ち、通常の高等教育に加えて忍術の訓練も密かに行なうという特殊な場所だった。
退屈な入学式と(普通のだと思われる)授業が終わり、午後からはいよいよ忍術の授業が始まる。
初日の授業は己の属性忍術の出力訓練であった。
焦茶色の髪をポニーテールに纏めた、蛇のような吊り目の少女、勿朽流華。飴色の癖毛に犬のような垂れ目の少年、真神雷哉。僕はこの二人の同級生と班を組むことになった。
「じゃあ、始めるよ」
何故か被験体となった僕に、勿朽が感情の乏しい声と共に繰り出した鮮烈な水流は僕をずぶ濡れにする。
「次はぼくの番だね」
続いて真神がその手から電撃を放ち、僕は容赦なく感電させられる。
そして僕が試される番となる。真神へ意趣返しをしたい気持ちはあったが、この力を制御できるほど僕は強く無い。
ゆっくり息を吸い込み、静かに手を掲げる。しかし結果として僕の術は真神の髪を少し巻き上げるのに留まった。
「?」
術の結果だと認識されているかも怪しい程のそよ風に、彼は怪訝そうな顔をする。
僕は顔が熱くなるのを感じた。遠くで見ていた教師の落胆した表情、勿朽の冷たい視線が胸を抉るように突き刺さる。
悔しさと情けなさが入り混じる中で、取り返しのつかないことになるよりは増しと自分を慰める。
それでも、胸の奥で何かが燻っている。制御できぬ力を恐れる自分と、このままでいいのかという焦燥。その狭間で、僕は揺れていた。