表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

潜在敵はさっさと懐柔するに限る。

「奥様、ユリウス様をお部屋にお通ししました」




 侍女のティアナが私の私室に帰ってきたので、さっそく次の手を打つことにする。

 こういうのはスピード勝負。何事も謝罪をしてから贖罪までの行動は早い方がいいものなのよ。


「そう……、ティアナ。お願いがあるの」

「はい、奥様」

「公爵様……、いえ。ゼファル様の側近であるリュシエンを呼んできてくれるかしら」

「……かしこまりました」


 すぐさま動くティアナの後姿を見送ってから、私はここ一番の大勝負を前に深く深く息を吐く。




 シュトラウス公爵の側近、リュシエン・カサリアンは『雷冠の継承者』にも出てきたキャラクターだ。

 ユリウスの父親、ゼファルの側近で、公爵の私室に入ることができる数少ない人物。

 ゼファルはエリオノーラのいるタウンハウスには最低限しか帰ってこない。しかし、エリオノーラを自分から遠く離れた領地に送ろうともしない。ぱっと見ると矛盾した行動に見える。

 その実、深くエリオノーラを愛しており、彼女に『金で女を買って孕ませたケダモノ』と見られようとも、彼女が心のよすがにしていたクラウゼン伯爵家の非道な計画を伝えることをしなかった。

 愛する彼女をこれ以上苦しめないようにと姿を見せることをせず、しかし手の届かない領地に送るのを厭う。そんな不器用な愛を抱えた男なのだ。


 だから、自分の最も信用する部下の一人であるリュシエンをタウンハウスに置き、屋敷の管理と報告を命じていた。

 リュシエンは、エリオノーラがユリウスを虐げているのを知りつつ、主であるゼファルの比重がエリオノーラに傾いているからと言う理由で見て見ぬふりをする。

 

 しかし、そのゼファルが死にユリウスが当主になると、雷の精霊が宿る家宝『裁きの雷冠』の存在を教えたり、ユリウスを不当に虐げた使用人のリストを渡したり、エリオノーラがシュトラウス公爵家の資金を生家であるクラウゼン伯爵家へと横流ししていた事実を告げたり、本来ユリウスが受け取るべきだった待遇を取り戻すのに必要なもの全ての情報を与えてから、自らの喉に刃を突き立てシュトラウス公爵の死出の旅の共になったのだ。

 つまり、コイツは私の死亡フラグぶっ立て職人なのである。クソが……ッ。


 だが、今この屋敷について私よりも詳しく、私がユリウスに与えるべきものを知っている唯一の人物でもある。



 私は、私が生き残るためにこの男を絶対に味方に引き込まなければならない。

 この男がいれば、夫であるゼファルとの繋ぎにもなるし、何よりも公爵子息に必要なことを知れる!

 そして!ユリウスやコイツがそれをユリウスに与える前に!私が与えれば!!息子がそれを恩に感じて私の死亡が遠のくかもしれないのだ!!


 ぐっとこぶしを握り締めて決意を新たにしているその時、部屋の扉がノックされた。


「奥様、リュシエン・カサリアンです」

「……入ってちょうだい」




 リュシエンと相対するうえで忘れてはならないこと。それは、彼がゼファルの腹心の部下であり、ゼファルに傾倒していること。

 そして、そんな彼にエリオノーラは何度も彼の暗殺を依頼したのよね……ッ!!


 だから小説でリュシエンはたとえゼファルが愛した女であろうと、彼の死後は守る必要がないと判断して息子のユリウスにエリオノーラの罪の証拠を引き渡したのだ。

 だって、ユリウス様にはゼファル様の血が流れているけれど、エリオノーラには流れていないもんね!仕方ないね!!

 もしくは、一人で死出の旅に出る主人を慮って『あなたの愛する人殺しましたよ!』くらいの気持ちだったのかもしれない。


 あぁ……。どこまでもエリオノーラの過去の行いが足を引っ張る…………ッ!

 そしてリュシエンの存在がネック過ぎる……っ。




 がちゃりと扉が開くと、赤みがかった茶髪をカッチリと整えた柔和な男が姿を見せた。


「お呼びと伺いました」

「ええ、リュシエン……。あなたは公爵……、いえ。ゼファル様に重用されているでしょう?」

「はい、奥様」


 いつもはこの流れでエリオノーラは『じゃあゼファルをぶっ殺してきて!』と命じるのだけれど、そんな馬鹿なことは二度としない……ッ、絶対にだッ!

 相変わらず何を考えているのかくみ取りにくい完璧なポーカーフェイスの微笑みに、私は悲しそうに見えるように、少しうつむいて言葉を紡ぐ。


「あの子……、ユリウスにわたしは何をしてあげたらいいのかしら…………」

「おや。ユリウス様を地下室からお出しになられたと聞きましたが、本当の事だったのですね」

 

 白々しい。この屋敷のことでコイツが知らないことなどないくせに。

 驚いたように少し目を見開くその表情の裏側で、きっといろいろなことを考えているんでしょうね。

 ええ、でもいいわ。乗ってあげる。その代わり、悲壮感たっぷりに聞こえるようにシュトラウス公爵に報告してほしい。


「……女神セレイア様の天啓を受けたのよ」

「…………ほう?」


「『汝、縁を尊べ。その縁、血を分かつ親にあり、命を継ぐ子にあり。はるか遠き祖にも、未だ見ぬ末裔にも宿る。然れど、理なき苦しみに魂を委ねることなかれ。汝の傍らには、まことに汝を愛する者がある。また、汝が真心を注ぐべき魂もまた、世に在る。これを見失うな。女神は常に、真の愛に目を向ける者を照らし給う』」


 興味深そうに少しばかり目を細めた彼に、私は女神セレイア様の教えを諳んじた。

 意味は、『家族は大切にしようね。伴侶はもちろん、親、子供、祖先や子孫に至るまで。しかし理不尽な真似に屈してはいけませんよ。かならずあなたを愛する者が側にいます。そしてあなたが愛を注ぐべきものもいるはずです』みたいな感じ。そしたら女神は見捨てないよって内容だ。




 私は、それからリュシエンの目をまっすぐと見つめた。

 目は口ほどに物を言う。口で理屈をこねるよりも、ただ見つめる方が効果的なこともある。

 この優男の皮を被った腹黒男を信じさせるために、『推しのユリウス様とユリウスパパンへの愛♡』を目一杯乗せて見つめてやった。



「わたしはお母様から受け取った愛を、ユリウスに継がねばならないの。そして…………、きっと、ゼファル様にも……。気づくまでに、随分遠回りしてしまったけれど…………」


 コイツのことだ。私がユリウスを連れてクラウゼン伯爵家に行ったことも、そこであった出来事も知っているだろう。それを総合的に見て勝手にいいように思い込んでほしい。

 もし私を疑ったままだとしても、『もしかして』と少しでも思ってくれたらそれでいい。




「なるほど。それはそれは素晴らしい天啓でございますね。不肖リュシエン・カサリアン、喜んでお手伝いいたしましょう」


 ひとまず私の視線と言葉に嘘がないと判断したのだろう。

 胸元に手を当てて恭しくそう言ったリュシエンに、演技でもなんでもなくパッと顔が明るくなった。

 最初のステップはクリアした。


「リュシエン。早速あなたにお願いしたいことがあるの!わたしはずっとユリウスのことを傷つけて遠ざけてしまっていたでしょう?だからね、この屋敷の中であの子がもう悲しむことがないようにしたいのよ。もしかしたら……、わたしはもう会わないほうがいいかもしれないけれど……。でも、ゼファル様が信用して重用するあなたがいれば、間違えてばかりのわたしでもあの子を守れるでしょう?あの子のために屋敷の環境を整えてあげて?」



 ここでポイントは、『あなたってゼファル様に信用されているのね♡』と言って、ゼファル信者のコイツをヨイショすること。

 そして『ゼファル様が信じる任せれば安心ね♡』と、ゼファル様の人を見る目を信じているムーブをすることだ。

 

 実際に、この二言でリュシエンは得意げな笑みを作った。

 ちょろいわけではないけれど、こういう素直なところはいいと思うよ。扱いやすいし。




 これで、きっとリュシエンはエリオノーラとゼファルに軽んじられているからと言ってユリウス様を下に見ていた使用人たちを排除してくれるだろう。




 そもそも、ユリウス様はあの地下室にいなければならない理由などなかったのだ。

 公爵夫人に姿を見せないという理由だけなら、屋敷の離れにでも幽閉しておけばいい。

 しかし、何者かが悪意を持って、『公爵子息』であるユリウスを環境の悪い地下室に幽閉するように仕向けたのだ。

 

 今日触った少しべたついた髪もそう。公爵子息なのだから、毎日使用人にお風呂に入れてもらえて当たり前なのに。誰かがそれを怠った。

 発育不良の体もそう。誰かがユリウス様の食事を少なくし、粗末なものにし、最終的に腐ったものを使い始めた。

 

 『公爵子息』という本来ならば目を合わせることもはばかられるような目上の存在が、下働きである自分よりも下の扱いを受けることに優越感と愉悦を覚えた馬鹿の所業だ。

 実際、ユリウス様が大人になってすぐに処罰を受けていた。




 息子よ息子。見ていてちょうだい。母はあなたを軽んじた敵にきっと罰を与えて見せるから。

 放っておいても、いつか罰を与えられるのでしょうけれど。どうか私にやらせてね?

 だからどうか。私のことは許してちょうだいね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ