実家で親ガチャ外れヒロインごっこします。
一通り涙を流し、『お母様が悪かったわ』と涙を見せた後、私はおもむろに息子の体を抱き上げた。
もう五歳になるはずなのに、チビウス様は運動不足と発育不良で軽かった。よかった何とか私でも持てる。
突然の暴挙にもちろん侍女と騎士、それからチビウス様も驚いている。
ふふふ……、ここで終わると思っていて!?私は!生き残るために!!打てる布石は全部打つ女よッ!!!なりふり構っていられないの!!
「こんなところにはいられないわ……っ、そう、そうだわ……ッ!お父様に助けを求めましょう!!」
「奥様ッ!?」
ティアナを無視し、息子を抱え上げたまま地下室から足早にかけ出ると、そのまま玄関ホールに急ぐ。
リアルでティーカップよりも重い物を持ったことがない令嬢であるエリオノーラの腕は息子を抱えたことでいい感じに震えている。
これが錯乱と恐怖と受け取ってくれたらなおよしだ。
「奥様!クラウゼン伯爵家に行くには旦那様の許可が必要です!」
「またそうやってあの人は私をここに閉じ込めるの!?どうしてお父様に会いに行ってはいけないの!?もういいわ、私は歩いてでも行くわ!!!わたしには、未来を守る権利と義務があるのよ!もう間違えてはいけないの!!」
「奥様、おやめください!せめて馬車を、馬車を用意させて下さい!」
本気の錯乱ムーブに、ティアナはすぐさま馬車と護衛の準備を急ぎ、そのままきっと夫であるシュトラウス公爵にも伝令を飛ばしているのだろう。
その間も私は隙あらば護衛騎士の合間を抜けて玄関扉から出ようとする。
腕の中の息子はきゅっと私の服を握っていた。
「奥様……本当にクラウゼン伯爵家に向かうのですか……」
「ええ、そうよ。あそこにはお父様がいるもの……不出来な私を叱ってくれるいいひとよ……、ええ、ほんとうよ……」
「奥様……」
ぶつぶつと言い聞かせるようにつぶやく私の様子に、息子も不穏さを感じたらしい。
青みがかった紫の目で、私のことをちらちらと窺っている。
そう、私は今からドアマットヒロインになり切るのよ。
父親の影響下から抜け出せていない哀れな令嬢。子供を産んだのに未だ子供のままの令嬢、毒親に愛情を求めるのよ。どれだけ手ひどく振り払われても縋りつくのよ!!
いつか、将来息子が私を『こーろそ♡』となったときに、この日のことを思い出して同情してくれたのならなおよしよ!!
公爵家の六頭立ての立派な馬車は猛スピードで道を駆け抜けていき、ものの数分でクラウゼン伯爵のタウンハウスにたどり着いた。
私は息子を抱えたまま、騎士のエスコートも受けずに伯爵邸内に駆け込んだ。
「お父様!」
事前に何とか私が公爵家を出ることを伝えた伝令を横に従えたエリオノーラのクソ親ことガリウス・クラウゼン伯爵と、その妻である義母マティルダ・クラウゼン伯爵夫人が鬼の形相で伯爵邸の玄関に立っている。
「お願いします!わたしをもう一度伯爵家に戻してください!!」
「貴様……ッ!この恥知らずが!貴様が家を出る時に何をしたのかわかっているのかッ!?」
「キャッ!」
バチンッ!と肌同士が強くぶつかり合う音がする。
ええ。そう。エリオノーラのクソ父ことガリウスは人一倍手が出るのが早いのだ。
案の定開口一番飛んできた平手打ちを避けずに受けて、息子ごと地面に崩れ落ちた。
この時、息子のことはちゃんと守りきるのがポイントだ。
どうか親切の押し売りを受け取ってほしい。私のために……ッ!!
「貴様が役立たずなせいでッ!公爵家から碌に金を搾り取れずに、この出来損ないが!!!」
「そ、んな……」
やはり、小説の内容通り、夫であるシュトラウス公爵はクラウゼン伯爵への金銭的支援を止めていたらしい。
小説で、母親のありとあらゆる犯罪の原因はエリオノーラの生家が原因であったのだ。
そこで、ユリウスが母親の実家を訪れた時に散々出来損ないだ、役立たずだとエリオノーラを罵るシーンがあるのだが、クソ親が私の期待通りに今そう発言してくれて助かるわ。
クソ親だけど、今だけは耳くそ程度の感謝はしてもいいかもしれないわ。
「こんなことになるのなら、シュトラウス公爵に売るのではなく、元の予定通りグリマウの爺に売り飛ばすべきだった!!」
「グリマウって、あの……嗜虐趣味があるというレジナンド・グリマウ前子爵のこと、ですか……?」
「そうだ!あ奴はお前みたいな可愛げのない女に大金を払うと言ったからなぁ!!」
「そ、んな……っ」
既知の事実を、さもいま知りました!と言わんばかりに呟けば、騎士たちが私とクラウゼン伯爵との間に立つ。
そして私の側には侍女のティアナが来て、打たれた頬を魔法で冷やしはじめた。
あぁ、これで。エリオノーラに散々『援助しろ♡育てた恩を返せ♡』と世迷言を宣うクラウゼン伯爵とその妻は厳しい罰を受けるだろう。
娘とはいえ、私は今やシュトラウス公爵夫人。行政が裁かずとも、エリオノーラに後ろめたさを感じているシュトラウス公爵が動くだろう。
そして、私はどうしたらいいのかわからないと言わんばかりの表情で腕の中にいる息子のことを見る。
あ~♡♡それにしても、ほんっとうに顔が天才的♡
小さいとはいえ、推しの麗しい顔に思わず緩んだ表情に、小さなユリウス様が驚いたように目を見開く。
「ふふ……っ、ふふふ…………っ」
信じていた父に裏切られて傷ついているように見えるかしら?見えたらいいな!
怪しい笑いしかこぼさなくなった私に、息子の顔が混乱に満ちた表情へと変わった。
「奥様……、このような屋敷、すぐさま出ましょう」
「そう、……そうね。ここは、もう……私の家ではないものね」
悲壮感溢れるように見えるだろうか?
まぁ実際、こんなクソみたいな家をもう家だなんて思ってないんだけど。
思い付きとはいえ、今のところうまくことが運んでいることに私はほくそ笑んだ。
シュトラウス公爵家に帰ると、私はティアナにユリウスをきちんとした子息の部屋で過ごさせるようにと命じてから、ふらふらと一人私室に入ってベッドに倒れ込む。
そして、手を組み心の中の女神セレイア様に祈りをささげた。
セレイア様、私は絶対自分の力で生き残りますので、見ていてください!!