死にたくないので手始めに加害者の涙ムーブする。
「異常はないです」
「そんなはずはございません!奥様が公爵家にきてからあのように高らかに笑い声を上げられたことはないのですよ!?」
「異常はないです」
かれこれ十分、侍女と公爵家のお抱え医者はこのやり取りを続けている。
原因はもちろん私。今までのエリオノーラは公爵家にきてからぼうっと窓の外を見るか、お酒をしこたま飲んでユリウスに危害を加えるかしか、してこなかったから。
ハァー!本当にクソ!私の人生ハードゲーム!
しかし、本当に何とかしないとこのままだとユリウスが十八歳になったときに殺される。
好かれないまでも、ユリウスに「殺すまでもないか」と思われなければ私の人生ジ・エンド。エリオノーラ先生の次回作にご期待ください!てなるじゃない。
だから私は侍女と医者の会話がループし始めたのをいいことに、必死に思考を巡らせた。
そこでふっと思いついたのが、『DV男が殴った後に泣きながら謝る加害者の涙ムーブをすればいいんじゃない??』と言うことだった。
幸いなことに、ユリウスとエリオノーラには共通点がある。実の親に疎まれ虐げられていると言うことだ。いじめられっ子同士の仲間意識を少しでも感じてくれたら万々歳だ。
子供の愛されたい心を利用するのは心が痛むが、私の命がかかっているので。
手段を選べる段階ではもうすでにないので。しょうがないね
今から入れる保険がない以上、私は私の力で活路を見出さなければならないのよ。
「ティアナ、ユリウスに会うわ」
「奥様!?本当に頭大丈夫ですか!?」
「あなた、今の発言ひどいわよ?」
「そんなことはいいです!今まで素面の時に奥様はユリウス様に会おうとなさらなかったじゃないですか。特に、ユリウス様のお顔が公爵様に似始めてからは……」
今までを知る侍女からしたら当たり前の心配に、私は何といったものかと頭を悩ませた。
『改心したの』?
嘘くさすぎて却下よ、却下。
『息子の可愛らしさに気づいたの』?
顔は確かに可愛いけれど、今の私にとって息子は死神の卵だ。嘘をついて違和感を覚えられるわけにはいかない。
そうなると…………。
「いい加減……私も向き合わなければと思ったのよ。特に、ユリウスには……」
少し悲し気に視線を下にそらし、耐えるように自分の腕で抱きしめれば手弱女に見えるだろう。
実際、侍女のティアナも医者も心を痛めたように顔をゆがめた。
そうね。そうよね。お前たちはそういう顔をするわよね。
元々、エリオノーラにはクラウゼン伯爵が決めた婚約者がいた。エリオノーラはその男に恋をして、早く男に嫁ぎたいと夢見ていた。
しかし、その婚約に茶々を入れたのがエリオノーラの夫となるシュトラウス公爵だ。
大金をちらつかせ、幸せの絶頂にいたエリオノーラの羽を捥いで公爵家という檻に閉じ込めたのだ。
そして、離婚ができないように無理やり体を暴かれて子を孕ませられた。
これを機にエリオノーラは心を壊し、シュトラウス公爵はそんな女へのせめてもの償いで公爵家に最低限しか帰ってこなくなったのだ。
もちろん実際は、エリオノーラと婚約者を形だけ結婚させたらエリオノーラをエロ古狸に売り飛ばし、婚約者はエリオノーラの義姉と結婚生活を送らせるという昼ドラもびっくりなクラウゼン伯爵の計画があったんだけど。
エリオノーラはそれを知らないのよね。
だから、本当はシュトラウス公爵が恩人だというのに気づいていないのよね。
オタクである私はその真実を知っているけれど、公爵家の人間は公爵に口止めされているため侍女と医者の二人は私がその真実を知っていることを知らない。
つまり、二人の目には『愛する婚約者との結婚を目前に金で買われて孕まされた哀れな令嬢が、心の痛みを乗り越えようとしている図』に見えているのだ。
この哀れさを利用しない手はないわ。
「ティアナ……わたしに協力してくれる?」
「もちろんです、奥様。私はそのために公爵様から奥様付きを命じられています」
「ありがとう……!」
ティアナを後ろに引っ付けて、ユリウスが軟禁されている地下室に向かう。
ユリウスの姿を目にするとエリオノーラが発狂するので、目に触れないように地下室に入れられているのだ。本当に可哀そう。原因私だけど!
やっぱりこの状況から助かるビジョンが見えないので、死なないために死ぬ気で頑張るしかないみたい。
地下室の前には見張りの騎士が立っていて、彼らは私の姿を見るとギョッとした。
「ユリウスは……息子は中に、いるかしら?」
「ハ!?あ、いえ!はい!中におられます」
「そう……。どうか、あなた方も一緒についてきてくださらない?わたしがあの子に手を上げようとしたら、止めてほしいの」
「は…………?」
何が何だかわからないと言う表情の騎士が、ティアナに視線を向ける。
私は自分を将来殺すかもしれない息子に、記憶を取り戻してから初めて会うので今心臓がバックバクだ。それがいい感じに緊張する手弱女を演出していることだろう。緊張で吐きそう……。
ティアナと視線で何かを確認しあった騎士は、覚悟を決めた顔で頷いた。
薄暗い地下室に足を踏み入れる。
じめっとしていて、正直不快だ。
こんなところにユリウス様は十何年も軟禁されていたのかと思うと涙が出そうだ。マァ、原因は私なんだけど!!(ヤケクソ)
魔法の明かりで照らされた部屋の奥。緩く波打つ黒い髪で顔のほとんどを隠した小さな少年がそこにいた。
私を見た瞬間に怯えが顔に浮かび、咄嗟に守る様に自分の体を抱きしめる。
推しの幼少期というレアスチルを見た私の瞳からはとめどない涙が零れ落ちていた。
「奥様……!」
ティアナが私の精神を心配して私をこの部屋から引き離そうと動く気配を感じ、ええいままよ!と小さな息子に駆け寄りその薄い体を抱きしめた。
「ごめんなさい!ごめんなさいね、弱いお母様を許してちょうだい……ッ」
腕の中で、息子の小さな体が恐怖で震えるのを感じながら、こちらも必死なので縋りつく。
「あぁ、私こそ、あなたを愛さなければならなかったのに!!お母様にそう誓ったのに!ごめんなさい!弱いわたしはあなたのことが恐ろしかったの。わたしの罪を見るようで、弱い私は楽な方へと流れてしまったのよ!」
泣きわめきながら、息子の少しべたつく髪を撫でる。
エリオノーラの柔らかな白魚のような手で前髪を梳いて顔を見ると、ちっちゃいユリウス様のお顔が驚愕に染まって私を見ている。
それを見て、私は心からの笑みを浮かべた。
「ああ!ユリウス!かわいい子、あなたのことを愛しているわ!」
再びぎゅうと私の胸に抱き寄せると、ほんの少し息子の体から力が抜けた。