【幕間にしては長すぎる勇者の視点2】
【勇者の視点】
ファンタジー世界の馬を借りて山をあっという間に降りると、着いてきたマリウスと数名の兵が警備と共に事務的な話を引き受けてくれて、明らかに疲れ切っていたタリアは俺とアネモネを宿に案内すると、ふにゃふにゃと聞き取れない寝言みたいなのを発しながら食事も摂らずにそのまま眠りに行ってしまった。
俺とアネモネは軽く休憩したらマリウスと再度合流してもう少し話を進めるつもりだったのだが、夕飯時の少し前に来客があり、二人して身動きが出来なくなってしまう。
アネモネが少女に貰ったのはお菓子。俺が少女に貰ったのはキッチンペーパーのようなものに包まれた…複数のおにぎりとおかずが入った袋だった。
まさか知っていたサプライズプレゼントが成功するとは。
俺もアネモネもまず即座に一つだけ取り出して食べ、少女に美味しかったことと嬉しかったことを伝えて、着いてきていた親にも感謝を述べる。
どうやら姉妹揃って楽器の練習をするために頻繁に山に行っていて、周囲もそれに慣れきっていたらしい。大会が近づいて他の子もちらほらと外で練習していたから、普段より奥に行っていたようだ。
河川敷で自主練していた近所の吹奏楽部の人達を思い出して、なんだか懐かしくなった。やっぱり年齢ごとの大会とかってどこにでもあるんだな。
異常事態じゃなくても危ないので反省したらしいし、いつの間にかタリアが防犯グッズを持たせていたので、俺は変に蒸し返した注意などせず、ただ練習の応援とプレゼントへの感謝だけにする。
「この子達、助けて頂いた事をギリギリまで言わないものだから直前までタリア王女のお使いとしか分からず……本当にありがとうございました。明日もっとちゃんとしたお礼をさせて下さい。」
「俺にとってこの料理は本当に特別なものなので、これ以上のちゃんとしたお礼は無理ですよ。」
こっちこそ伝えるのが難しいほど感謝してる事を伝えて、これ以上の感謝はむしろこれから守ってくれるため今頑張ってる警備や王子王女に向けてほしいという話で解散して少女達を見送る。
「ありがとうゆうしゃさま!ありがとうわたしのダークナイトさま!」
……。
あれくらいの控えめな魔法でもやはり紋章が出て勇者だとバレてしまうのかという学習もあった。それゆえにダークナイトと言うのが俺で無いことまで分かってしまった。
アネモネはすごく嬉しそうに微笑んでいる。もう聖女という立場が嫌いらしいし、大体いつも姿を隠していたので人に感謝されるような場面も全く無かったから、聖女ではなくアネモネとしてお礼をされるのはもしかすると俺には分からないほど嬉しいものなのかも知れない。
でもダークナイトになっちゃったんだけど。大丈夫なのこれ?
タリアはどこまで想定済みでどこからが適当なんだ?
そもそもどういうお使いを頼んだのか。
別世界なんだからさすがに完全一致とまではいかないが、ベタつかない紙に包まれた丸っこいおにぎりと、おかずとして用意された漬物や卵焼きが出てきた時はさすがに衝撃だった。あとですぐソーセージを買い足したい。
そして殆どあの違和感が無い。お腹が弱い子用の調理方法と似ているという情報までさらっと教えて貰った。ちょっとそれに該当すると思うと恥ずかしさはあるが、実際頻繁にお腹痛かったわけで知れて良かった。
料理に使う水から未知の成分を除外したところで食材が元々水分を沢山含んでいるわけだから完全にゼロになるわけでは無いと思うんだけど、出汁や煮炊きするものは劇的に違う。
米の様子は炊飯器や釜というよりキャンプに行って良い感じに飯盒炊飯出来た時のあのモチモチした感じだったけど、それってどっちが美味しいのかと問われればどっちも美味しいとしか言いようが無いわけで、郷愁とかそういうのじゃなくもうなんて言うかただ純粋に美味しさが嬉しくて涙が出そうだった。
アネモネに「お互いちょっと一人で喜びを噛み締めないか」と提案すると、どうやらお菓子に感激してる向こうも同じ考えだったらしく、久しぶりに完全な解散となる。
慌ててソーセージを買ってきて。宿屋町のおっさんが言っていたお茶も偶然みつけて買って。宿の人に濾過水を沸かしてもらって。部屋で飯食っていいのか一応確認して。準備万端で部屋に引きこもる。
俺は別に他人が素手で作ってくれたおにぎりだって嬉しいが、ベタつかない紙で握られたおにぎりはどちらかと言えばラップで作ってそのまま包装に使うタイプのおにぎりだ。紙の匂いや味がしないのを見ると、多分キッチンペーパーとラップの間の子みたいなこの世界の調理用道具なんだろう。シリコンってあるんだろうか。
魔法でむしろ無茶な精製が出来てしまうからか、化学っぽいやつや石油製品とかも無いわけでは無いっぽいんだけど、まぁ火を吹く魔物とか居る世界だからか危険物の流通や発展を前提にしてるものには結構違いがある気がする。あっても高価で日用品にならないみたいな。俺だってもし油田の近くで火の玉撃たれたら多分悲鳴あげて逃げるもんな。
小分けされた包みを取り出し、全て広げる。
本当に何の味もつけていないおにぎり達に、漬物と味付き卵焼きと小分けされた塩。あまりにも完璧過ぎる。そして買ってきたソーセージ。
日本に居た頃も逆にこれはごちそうだった。頑張る時の夜食とか、気分を上げたい時にあえて作るかコンビニで買い揃えたのを思い出す。普段は弁当買ったりパスタとか作るほうがこれ作るより楽なんだよな。
簡単で普通だけど特別な味。よくもまぁここまでクリティカルなものを当ててくる。
おいしいさ。そりゃあおいしいとも。おいしすぎてなぜか笑ってしまう。涙も勝手に出る。故郷の味っていうよりかはキャンプの味が近いけど、それって最高だよねって話だ。
ちょっと塩をつけておにぎりを噛じる。
卵焼き。おにぎり。漬物。おにぎり。ソーセージ。おにぎり。
うまい。はははは、うんまい。唯一少し心配だった漬物も、水の違いの影響が大きそうなのに全然そんなことない。なんでだろう。漬ける過程で一旦水分が少し抜かれるからか?うまい。やった、マジで嬉しい。全部うまい。
体に必要なのが栄養素なら、心に必要なのが美味しさなんだな。平気だと思っていたけど、何か言葉にできないものが少しずつ回復している実感がある。
お茶を淹れてくれた宿屋のおっさんの時もそうだが、今まで自分がちゃんと考えずちゃんと相談しなかったから何も改善されてこなかっただけで、勝手に異世界だと諦めず自分で色々探し、この世界の人にも色々頼ればきっともっと楽だったんだ。
ある意味では異世界を舐めていた。ここは色々な人間が暮らす現実なんだ。人々の生きてきた知恵は魔法があっても無くても同じように何千年と蓄積されている。
温かいお茶を飲む。
……近いんだけどなー!思わず笑ってしまう。これを笑う余裕が出てきた。
最高の夕飯と、ほぼ緑茶だけど微かに外国を感じるお茶。
思い出したよ。こういう幸せを。
そしてこれは再現性のある普通の食材と普通のレシピだ。
日本人としては米があっても白米が主流になれていない事に残念な気持ちもあるが、探せば手に入り、調理方法も色々知られている。
なんでもそうだが、手に入らないからこそ狂おしいほど欲しくなって冷静さを失うだけで、手に入ると分かれば心の余裕が全く違う。本当に、全然違う。
時間が作れれば再現性を高めていけるし、自分の望む水の調整方法が分かるほど更に上まで目指せる。
多分、真面目なときにも楽しい目標が必要なんだよな人生には。
思惑に乗ってやるさタリア。間違いなく俺はこの国を守るだろう。どすけべサキュバスも欲しいし。
まぁ別に何かされなくても助けられるものを見殺しになんてするわけないんだが、痛みを覚悟するのに十二分の対価は得た。
……もし問題があるとすれば、邪竜についてだ。
じっくりと食事の余韻を楽しんだ後、立ち上がる。
マリウスと会おう。
自分のことを不正の罰付き異世界チート冒険者だとこっそり思ってはいたが、とんだチートも居たもんだ。最初の山に入ってマリウスと合うルートはRTAにも程がある。タリアは自分の世界の攻略本スキルでも持っているのか?
天才とか自称していたが、偶然俺と聖女を見つけて偶然強くて連携も期待できて権力もある王子と合流させるのは、もう賢さとか天才とかそういう次元じゃ無いだろう。超絶豪運キャラの方がまだ分かる。
バフさえ掛けられればマリウス達なら俺が連戦できない状況に陥っても邪竜を倒しきれるだろう。実際にあの時邪竜と遭遇している数少ない経験者達で、しかも強い。強すぎて逆に学問の国は想定してなかったもんな。意外過ぎる。
タリア自身が何をどこまで理解しているのかいまいちよく分からないが、明らかに都合の良すぎる最適解ルートを通って時間が許す限り保険を積み上げ続けている。
…そしてそれこそが不安要素でもある。
なぜ別世界のヤマタノオロチすら即答できてこの世界の邪竜の知識があんなに適当になる?
適当なのになぜ王女自身が飛び出してまで焦って戦力をかき集めている?
タリアの異様なチート能力と今の状況には何らかのズレがある。
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「マリウス、遅くなって悪い。大丈夫そうか?」
警備の宿舎でマリウスと合流し、どうなったのか確認を取る。
「大丈夫。さすがに国内の手続きや調整は任せてくれ。もっともそれが遅れて子供を危険に晒し、それを勇者と聖女に救ってもらったというのをついさっき知ったばかりなんだが。すまない…結局僕らは勇者と聖女に…」
「その話は別枠で解決してるからカットだ。今からの対応は頼む。」
周りを見渡すと夜になっても忙しそうにしている人ばかりだ。緊急時に頑張っているのは俺達だけじゃない。誰かにとっての勇者はいつもそこらじゅうに居る。昔そういう作品を見て感動しておいて良かった。おかげでちゃんと俺にも人々の勇気が見えている。
「それよりタリアが教会と王都から派兵を依頼できる誓約書を作ろうとしている。あれをどうにか今すぐ完成させて中央の教会に送らせたい。」
「は!?」
「少し前にちょうどアネモネ達が勇者召喚を封じる条件を作っていた。実際に誰が誓約してどう守るのかはどうでもいいが、とにかくあれを使って迅速に応援を呼ぶ。」
うなるマリウス。
「いったいタリア様は何をどこまで想定しているんだ…?」
「マリウス、それについて後で内密に話がある。」
「内密とは私にもですかヤマトさん」
「っっっ!!!」「!?!?」
心臓が飛び出るかと思った。いつの間にか真横にアネモネが居る。マリウスも上げそうになった悲鳴を必死に噛み殺している。
「例えば、タリアに、不利益な話を、内緒で?」
言葉も出せず必死に首を振る怯えた男二人。マリウスの方はそもそもまだ何を話すか知らないのに必死に否定している。
「アネモネも!アネモネも来てくれるなら全然相談する!不利益とか陰口とか勿論絶対に無い!そんなことするわけないじゃん!!なーマリウス!」
「あっ えっ はいっ」
「……そうよね。勇者様がそんなことするわけ無いわ。」
フードを被り消えていくアネモネ。
「……二時間後、町の南の教会の鐘の下で。遮音できる秘密の小部屋があります……」
「「は、はい…行きます…!」」
アネモネがいつのまにかタリアにどんどん懐いているなとは思っていたけど、なつき度のグラフが急カーブ過ぎる。良い事だとは思うよ。友達と仲良くなるのは。もちろん百合作品も大好きなわけで美少女同士のなんやかんやは心が飛び跳ねるとも。
でも急カーブ過ぎる。急な曲線でぐいーって上がっていくというか、なんならちょっと進んだ後真上に直線で跳ね上がってる。
実際のところ人間関係って過ごした時間の長さでは無く、最初の印象と立場で関係性が決まりがちだとは思う。それで初対面ほど身だしなみや態度に気をつけるわけだし。だから短時間で仲良くなるとか一目惚れとかが不自然なわけでは無い、と思う。
自分の学生時代の仲間とかだって時間ってよりかは共に過ごす内に何かのキッカケによって一瞬で関係値変わるものだったし。
でもメガネ白衣のビキニアーマー痴女に数日でベタベタに懐く聖女って意外過ぎるだろ。キッカケになってそうな場面も記憶に無いし。
まぁでも本音を言えば本当に助かる。自分が罪だと思っていないものに罰を与える立場って結構嫌な気分だ。心が骨折したまま歩き続けるしかない人に、誰かの支えが入るのはあまりにも有り難い。
アネモネは教会も自分も厳しく罰して一人で贖罪を続けているが、そもそもが人を助けたくて行った悪意の無い行為だし、アネモネだけが責任を負うようなものでもない。
善意なら何したって良いわけじゃないけど、感情的な義憤とかで誰かを加害するのとは訳が違う。本当に救う必要があって、ただそれを救いたかっただけだ。
本人は事前に予見できた筈の過失だと思っているが、精霊みたいなのとか召喚できる世界で伝説の勇者召喚だけ生身の人間誘拐ですは罠すぎるだろ。
召喚魔法に一つだけ生身誘拐が混ざってて、犯罪者になったので償いの旅に出ましたとか言ってバッドエンドにされたら絶対クソゲーって叫ぶ。うわー注意すべきだったなー!とはならんわ。しかもセーブ不能のリアルタイムゲームだ、そんなん二度と起動しないぞ。
俺が優しいとか綺麗事とかでも無い。むしろド正直に言ってしまえば辛そうな人と居るのは辛いからこっちのためにも幸せになってくれという、割と優しさの欠片も無い傲慢でわがままな気持ちだって無くは無いさ。
いいじゃん。自分と周囲の良い人達が穏やかに暮らせて当事者に何のデメリットがあるのか。
インターネットがあれば、罪を犯した人間が僅かにでも幸せを得ようとすると社会的集団リンチにされただろう。ネットなんて無くても、魔女狩りみたいに悪人だというタグ付けさえされてしまえば、どんな僅かな幸せも人々は許さないだろう。真実とか事情とか関係ない。悪のラベリングだけで簡単に人は人を破壊出来る。
罪悪感が強く、悪意も無かった人ほどそれを甘んじて受け入れると思うが、今回みたいな場合は特に罪と罰が釣り合っているとはとても思えない。人々の命を救いたくて動いた結果、代表として責任を背負った女の子が壊れるまで追い詰められたら、普通に胸糞悪い別の事件だわ。
俺自身人並みに異世界への憧れだってあったし、別に怒ってもいないし、なんなら逆に俺のせいで良い人達を長期間苦しめてるようにも見える。少なくとも楽しくは無いだろ、こんなの。
確かに言われてみれば異世界からの誘拐で、更に結構えぐい儀式でめちゃくちゃ痛かったので、あれで勇者なんだから魔王を倒してこいみたいに命令されたら腹もたっただろうし、報復ダークファンタジーになってたかも知れない。でも俺が現れた瞬間から皆必死に儀式を止めようとしていたし、邪竜からも逃がそうとしていた。
何か思惑のあったやつとか、ぱっとは思いつかないなにかのメリットの為に利用した奴も居るのかも知れないが、それこそ現場の人間が罪を背負うべきじゃない。もし何も居なかったら妄想の中の敵に一人で怒っててそれこそ滑稽過ぎるし。
性善説とか言わずとも、誰だって悪人扱いされたくないと思うんだよな。怖いから。
なんなら実際に悪人に見える人だって自分の中では必死に自分を正当化していて、仲間内での小さな普通を作りあげ、これが普通なんだって自分自身を洗脳したがるんだ。嫌と言うほど何度も見てきた。端から見れば非難されて当然の悪人も、非難や反撃されると激昂する。だってボクの中じゃボクは悪く無いもんって訳だ。
それが分かった上で、悪意には悪意が帰ってきて当たり前だという覚悟の上で、壊れた聖女にぐへへって呑気に発情してダークに暮らす異世界生活も人によってはありだろう。なんなら本来の性癖はなかなか終わってる自信があるので、ゲームとかなら全然嫌いじゃない。
正直生でオークと姫騎士とか見たいという邪悪な欲望だってある。見たいよ。触手もオークも。
でも、もし実際に見てグロく殺されでもしたら終わりなんだよ。今後最高の同人誌やエロゲーに出会っても、見殺しにした罪悪感とか理想と現実の落差が脳裏によぎって萎えたらどうするんだ。人生の損失過ぎるだろ。既にちょっと野生のオークや触手にがっかりしてるのに、これで衣服以外を溶かすスライムに遭遇したら泣いてしまう。
俺の愛する二次元は現実の下位互換じゃないし、俺の性癖が求めるのはエロさであってリアルさじゃない。グロ界隈とも近いようで違う。俺の求めるエロに追加要素は要らないんだ。ここに来てとうとう本物のビキニアーマー対オークとも遭遇して遂に悟りに至ったよ。完成していたんだ、二次元で。
ドット絵を滑らかにして嬉しい人も居るんだろうが、光り輝く印象派のゴツゴツした風景画を同じ場所の高画質写真にアップデートしましたって博物館に言われても困惑するだけだろう。嘘が素晴らしいものは嘘のままで完成であり、余計なリアル要素を足す必要なんか無いんだ。
なんなら異世界の余計なリアル要素には萎えるものしかない。なんで魔法の世界まで来てマジカル成分で腹壊さなきゃならんのか。俺チートだけじゃなく児童小説系もガチめに好きだから、フクロウが手紙運んでたり箒で空飛ぶだけでも幸せだったんだぞ。
別にリアル寄りなダークファンタジーにだって憧れはあるけれど、あれはダークな悪人に囲まれていないと成り立たない。普通の人達に悪行を働いて暴れても、それはダークファンタジーじゃなく別世界で嫌われ者の犯罪者が暴れてるだけだ。異世界まで来てお腹壊して嫌われて、チートだけど使うと痛い力で暴れるの、いっそ哀れだろ。
それにタリアと会ってから分かった事だが、この世界の勇者って毒は効いてから治されるタイプだから、やろうと思えば結構えぐい復讐を誰でも出来るんだよね。どこかの段階で死ぬのか、永遠に苦しむのかは分からないけども、二択としてはなかなかだ。
仮に俺がこの世界の住人で、悪い勇者が現れて邪竜と共に暴れまわってたら、まぁ少なくとも毒殺くらいは試みてたよね。ファンタジーな呪いとかもかかってから治るんだろうし。えっ怖い。自分に最低限の理性があって本当に良かった。
……アホなことをぶつくさ脳内で考えながらマリウス達を手伝い、事務仕事を次々片付けていく。日本人が異世界で役立つ真のチートスキルは地味な単純作業耐性なのかも知れない。
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あらかた事務的な作業や学者さん達にお願いしたいものをまとめて、観測所に戻る組を見送った後、マリウスと共に夜の町をあまり目立たぬよう密かに進む。
「美少女たちとの旅なんて男の夢だけどさ、やっぱり気軽に話せる野郎の友達と会えて心底ホッとしたよ。」
「僕も会えて嬉しいよ。まさかこの短期間で既にタリア王女に捕まっているとは思わなかったけど。」
「そこらへんも着いてから話すか。やっぱり何かちょっとおかしいからな。」
アネモネの言っていた教会を見つけると、建物の脇の暗がりに白い手が浮かび手招きしていた。ねえ本当に怖い。
同じく息を呑んでいるマリウスと一度目を合わせてから再び視線を戻すと、微かに女の人のシルエットが浮かび、それが暗闇の中で庭木と壁を三角ジャンプの連続で登って教会の鐘にふわっと飛び移る。
嘘だろ。聖女が教会使うって話で不法侵入なのか。
「待ってくれヤマトくん、まさか僕にも今の動きを求めてるわけじゃないよね?」
「あまり力を込めて音を立てるなよマリウス。無理に三角飛びせず一気に飛びついたほうが楽かも知れない。」
勢い余って鐘にぶつかるのが怖かったので、不格好に鐘のある高台の縁にしがみつく形で着地しアネモネと合流する。
マリウスは足場に出来る屋根などに細かく飛び移りながら安定ルートで登ってきて、あまり無茶はやめてくれとアネモネに訴えていたが相手にされていなかった。
鐘のある場所から階段を少し降りると確かに小部屋の入口があり、アネモネの腕にしがみついていたタリアのぬいぐるみが手を鍵に変形させて解錠する。
「ありがとうタリア…ふふ……」
ぬいぐるみを褒める聖女と、自慢げに頷くタリア人形。それをみて言葉を失う男二人。
「では内密の話とやらをしましょう。勇者様。王子様。」
ズズズと重そうな扉を片手で開きながらアネモネが室内へと誘う。
美少女に真っ暗な部屋へと誘われてこんなに怖いことあるんだ。
覚悟を決めて闇の中に進む。
本当にマリウスと合流できて良かった。巻き添えにして申し訳ないがお前の国の為だから俺は悪くない。一人だったら泣いていた。
ズズズ…と扉が閉まっていく。
気分は完全にホラーゲームだった。
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「では、詳細を伺っても良いですか勇者様。タリアに、何か?」
圧よ。圧が凄い。
いくつかの明かりを灯しても薄暗い秘密の部屋の中、丸いテーブルと質素な椅子で王子と聖女と勇者の機密会議が始まる。もし俺が当事者で無ければ心躍る凄い会議だ。当事者としては出来る限り早くここから解放されたい。
「そのー…。ま、マリウス、タリアは恐らく凄まじい鑑定系スキルの持ち主だよな?」
「は、はい!いや!鑑定なのか豪運なのかも正直良く分からないって扱いだけど!」
「お、おい緊張しすぎておかしくなってる。お前が頼りなんだ。」
「うん、うん頑張るよ…。」
じっとりと見られている。アネモネの光の無い目に。うっかりやばめの性癖話を聞かれたときと感じが似ている。たすけて。
何度か咳払いをし、恐怖を飲み込んで闇に立ち向かう覚悟を決める。俺は、俺は一応異世界勇者だ。出来る。ちゃんと出来る。
「ふ、副産物で様々な鑑定が出来るくらいの知識スキルで何でも分かるのか、度を越した鑑定で何でも分かるスキルなのかは正直よく分からないしどっちでもいいが、タリアは俺の世界の神話まで名前さえ聞けば即座に答えられる。」
「異世界にまで及ぶのか!?タリア様は!?」
驚くマリウスと特に何も反応しないアネモネ。でも目に光が無い。し、しまった、まずいぞ、異世界に力が及ぶってのは良くないワードかも知れない。聖女と教会の力も異世界に及んで人を誘拐出来るぞ。
「恐らく本当は気軽に国外の人間が知っちゃいけないレベルの話なんだろう?本人が勝手に動き回るからアレだが。」
「もうある程度知ってるだろうけど、タリア王女が盗むと決めたら誰も止められないし、行くと決めたら絶対に着く。捕まらないわけじゃなく、僕らには良く分からないが結果的には決めたゴールに辿り着く。信じてもらえないと思うけど本当に特殊な重要人物で、最重要機密で、ほぼ最高権力者に近いんだ。」
「だいぶフレンドリー過ぎるだろ最重要機密が。」
「止められないんだって。一応基本的には善良だし商品開発みたいな趣味が国の実益にもなるから伸び伸びと過ごして貰ってるけど、はっきり言ってしまえばヤマトくんと同じだ。」
「え?俺?」
スッとアネモネの目が動く。まずい、警戒してる。マリウス、言葉は慎重に選べ。
「逸脱した最強の人間に頼るのはいいが、もし敵に回れば人類は終わりだ。善意に頼り、縋るしか無い。」
選べってマリウス!
「……マリウス王子」
「は、はい!?」
アネモネの冷たく重い声。客先の社長に監視された会議室みたいな緊張感がある。
「悪意があれば誰でも隣人を殺せます。力は大きくても小さくても責任がある。だからこそ大小は関係ないわ。力の大きさを理由に優しいタリアやヤマトさんを人としての枠から突き放して重い責任を課すなら、私が小さな力で人類を滅ぼして考えを改めさせるわ。」
「申し訳ありません!?」
「滅んでる!考えを改めさせる前に滅んじゃってる!落ち着いてくれアネモネ!一般論、一般論な!」
やばい。まさか大いなる力と責任理論が地雷だとは思わなかった。俺あれ好きなのに。危なかった。どっちが正解みたいな話じゃないと思うが、その考えにも一理はある。
「……タリアはあくまで本質的にはただの優しいタリアで、ヤマトさんはただスケベで優しいヤマトさんよね?」
「は、はい!」
「俺そういうタグ付けなんだ。」
スッと話を聞く体制に戻っていくアネモネ。助けてくれ。これマインスイーパーだ。地雷を踏む度に罰ゲームが待っている。
くそっタリアが寝てる時に話そうと思ったのが間違いだった。あいつが居れば最近のアネモネはあいつの近くで穏やかにしてるのに。普通にタリア本人にも聞きながらの会議にすべきだった。居ない時にタリア絡みの事を話そうとしたから警戒されてしまったんだ。
厳しい監視の元の会議を続けさせられる。うう、すまないマリウス…選択肢を間違えた…。
「は、話を戻す。つまりだ。」
硬い表情でこちらを見る二人。胃が重い。どうしてこんなことに。
「タリアの能力は凄まじい。となると邪竜の話がおかしいんだ。本来ならもっと詳細な情報を簡単に知って、自分で動き回らずとも対策出来ると思うんだ。もし何も問題がなければ、あそこまで観測データを集めなくても居場所くらい掴めるはず。地図がわからんとか地図に示せない状態かも知れないというのは別問題として。」
少し驚いたような反応で頷く二人。よ、良かった問題無い反応にやっと辿り着いた。
「恐らくだが、解決すべき問題と謎が複数あると思う。」
学者さん達に分けてもらった紙束と鉛筆を取り出す。
「一つ。邪竜の定義がおかしい。」
「定義…と言っても割と言葉の通りじゃないかな?害獣などと意味は一緒だ。強くてデカくて人に被害を与える邪悪なドラゴンだ。」
「私も違和感が無いです」
「つまり固有の名前でも種族名でも無く、勇者の伝説とも別に関係無いんだな?」
はっきりと青ざめるアネモネと、少し考えるマリウス。
「いや……そんなことはないよ。勇者の伝説は邪竜を倒すものだ。それも人々の認識に含まれているんだから、無関係では無いよ。」
「そうではないんだ。言い換えると、勇者と関係ないドラゴンでも邪竜だと呼べるという意味だ。」
「あ…うーん…?」
「つまり、タリアが勇者を呼ぶべき邪竜だと思って警戒しているドラゴンと、あの時俺達が倒したドラゴンは全く別物の可能性だってある。」
「はぁ!?い、いやすまないつい声が出た。いや……?えっ……?」
マリウスが座り直して、シーンとなる秘密の小部屋。
「むしろ、前回居なかったタリアが今回動いたということは、本当に勇者が必要な本物の邪竜は今回のやつの可能性がある。実際あのドラゴンなら俺じゃなくても倒せないわけじゃない。その前提で勇者召喚封印に動いていた筈だ。」
「……で、でも、観測所のデータは前回の事件に似ている。だからこそ邪竜の話題が出て、それでタリア王女も動いたんだ。ありえない説では無くて怖いが、今回はさすがに同一種なんじゃないのか。」
「次の問題はそれだ。あの時の同一種が出現しつつあり、そのうえでタリアが勇者を求めた別の邪竜が居ても話が成り立つパターンがあるだろ。……複数の邪竜が同時に来ればいいだけだ。」
思わず立ち上がるマリウスと、完全に黙って話を聞いているアネモネ。
「改めて、問題点二つ目。邪竜は一体だと自然に思い込んでいたが、その根拠が無い。実際に複数体が迫っている場合、単体の想定で質問してもタリアは正しく答えられない。」
「ばかなっ、そ、それは無茶だ!?ヤマトくんだって連戦は不可能じゃないか!」
「邪竜側にはこちらの事情なんて関係ないだろ。アネモネ、仮に邪竜と呼べるドラゴンが近い時期に複数出たら勇者を何度も召喚してたのか?それとも召喚すべき邪竜の区別があるのか?」
「……教会にそんな細かい想定なんて無いです。話を聞く限り、勇者召喚に対応する本当の邪竜が別に居る可能性は高いと思いますし、複数体同時もありえる話だと思いますが、どれもこれも想定外としか言えません。」
やはり。悪魔の証明にも近いので難しい所だけど、状況から考えて複数体の想定は外せない気がする。既に近い間隔で現れているのだからそもそも単体とする理由が弱すぎる。
…そしてこの二人にもまだちょっと言いづらいが、タリアの想定している邪竜はどうも強すぎる気がする。兵力を集めればなんとかなる相手に対して、あの異様な知識力で迷わず人探しの旅に出るものだろうか?
そして勇者ではなく聖女を探していたのも気になる。本人が適当でよく分かっていなくてもスキルが勇者を見つけていたのか、むしろ勇者の再召喚を想定しているのか。そう簡単に何度も召喚出来ないし、多分人道的にもやらないとは思うのだが…。
「そういえば俺の召喚はどういう流れだったんだ?何か具体的なキッカケがあるのか?」
「空が割れて、聖剣の封印もいつの間にか解けていた。教会の誰もが邪竜と勇者を思い浮かべました。召喚に踏み切った理由はそれだけです。申し訳ありません。」
「い、いや、謝らせたいわけじゃないんだ。そういうやりとりを延々やってる暇も俺達にはもう無いかも知れないし。なら邪竜に関する特別な伝承とか判別基準みたいなものは残ってないのか。」
「無いです。醜い言い訳をするなら、教会は別に歴史学会でも研究施設でも無い。信者とは信じる者です。それが本当に正しいのか疑い調べるという研究的な精神とは真逆に位置している。慣習と惰性と権力構造で生きる、普通の閉鎖された村社会なんです。」
「ああ…まあ分かるよ。」
「そして皆自分が正しく優しい良い人間のつもりだった。勇者様を召喚…ヤマトさんを誘拐し甚大な被害を与えた上でその被害者に命を救われるまでは。」
「あ、いや、そのう…気まずい…」
「だから加害者になった事に耐えられず教会から逃げた人も沢山いるし、居座っている老害共は私が必ず殲滅します。」
「あっまずいな!流れがまずいな!教会の施設内で聞いてよい話じゃないかも!?話もズレてきたし一旦ストップかな!」
「ただ、どの教会の破壊の過程でもそんな特別な伝承は出てこなかったし、老いぼれ達を追い詰めても勇者様を帰す手段はおろか聖剣のしょうもない封印が簡単に解けることさえ理解出来ていませんでした。伝統の封印なんて今思えば古い原始的なザコ封印に決まってるのに。」
「そう繋がるんだこの話。ビックリするわ。あとちょっとお口が悪いね?」
「古い伝統が実は凄いとか、老いた賢人みたいなのは基本的にフィクションです。車輪の再発明を防げるくらいが関の山。昔の人が今の知識レベルについてこれる事自体少ないし、信者という全肯定の村社会で甘やかされてきた井戸の中のジジイが賢いわけもない。」
「ダメだよ!?本当に口が悪いよ!?アネモネは本当に教会の老人が嫌いだね!?」
「はっきり言って、教会には覚悟も知識も無かった。だからこそ非道な勇者召喚を実行してしまったのです。むしろ分かっていたら老いぼれどもは必死に止めたでしょう。遥か昔の感覚では便利な救世主でも現代では許される行為じゃ無いのだから、保身しかないカスどもが危ない判断をするわけがない。」
あ、あ、すんごい怒ってる。そして教会で聞きたくない話題すぎる。マリウスは完全に怯えきって黙りこくってる。
いかん。話を進めるしかない。頑張れ俺。
「ま、まぁ分かった!最後ね、最後に三つ目の問題点行くね!」
すがるように俺を見るマリウスと、無表情のアネモネ。怒ってると分かってる無表情って圧が凄いよね。
「問題点の三つ目。恐らく俺達の想像以上に時間が無い。」
既に緊急状態で対応しているのであろうマリウスには厳しい話で、表情が険しいと言うか辛そうになってきた。すまないがそれでも数少ないこの国の当事者の知人だ。頼るしか無い。
「まず前提としてタリアが一人で突っ走るほど焦っている。国からしたら非常時に何をしているんだという話だろうが、本来は逆にタリアを全力で支援すべきだった。だからギリギリになっていて犠牲者が出そうになってショックを受けていたように見える。本来のアイツならもっと余裕のある結果しか引かなくて危機に慣れてないんじゃないか?今日は明らかにパフォーマンスが落ちていた。」
「僕は…本当なら間に合えば聖女様探しをやめさせて南の中枢に連れ帰りたかったし、向こうではタリア王女の力を借りたい緊急要件が山のように膨れ上がっている筈だ。」
「俺はこの世界の常識を掴みきれていないが、タリアと同程度の能力者は南にどれくらい居るんだ?」
「南とかそういうレベルの話じゃない。さっき叱られて納得した話題だから言いづらいが勇者と同様に常識の範疇を超えた逸脱した力だと思う。本人が適当でいまいち判別しきれないけど。」
「なら単純な比較でタリアに賭けるべきだ。そして悪いがその国とのパイプ役はマリウスだ。タリアが登山を選択した意味がお前だと思うし、俺にはお前が必要だ。」
「僕が?」「うひょ!?」
「今アネモネがうひょって言った?」
「言ってた。僕よりびっくりしてた。」「何も言ってませんけど。風が吹いたと思います。」
「なんだ風か…。マリウス、悪いがと前置きしたように、どうするか聞いているわけじゃなく頼るしか無いと思っている。パイプ役だけじゃなく、俺が誰にも罪の意識を与えない範囲かつ無理しない程度に戦うなら、マリウスとの共闘はあまりにも理想的だ。そして俺が連戦できるとしたらそうやって全力を出さず皆と協力して戦う方法しか思いつかない。」
立ち上がり、手をグーにして突き出す。この世界でも、拳を当てるジェスチャーは同意ややったな!みたいなノリなのを俺はもう知っている。
「……もちろん了解する。断るわけはない。むしろ僕らは結局勇者に助けてもらう側じゃないか。」
拳をコツンとあわせるマリウス。了承だ。
「そこはタリアに感謝すべきだ。俺は善意だけで南の国に協力するわけじゃない。もちろん人助けは良い気分だし、見殺しは嫌だ。でもそれだけじゃないんだよ、今は。俺は傭兵として対価を得てタリアに雇われる。マリウスとも貸し借りではなくただ友達と共闘するだけだ。」
「そう、なのか。やはり僕は凡人だ。タリア王女には追いつけない。既にヤマトくんが前より元気になっているのも分かるよ…。いったい何を報酬にしたんだ、あの天才は。」
「白フクロウとどすけべサキュバスの召喚フィギュアだ。」
「聞くんじゃなかったよ。」