異世界から来て勝手に活躍しはじめるやつ
勇者を取り囲んではしゃぐ第一王子達をよそに観測所に入ろうとすると、今更思い出したかのように周囲がまた騒ぎ出し、まだ休めぬまま広間へと連れて行かれて学者たちに囲まれる。
「急ぎなんです!可能なら完全に日が暮れる前に答えを出して通信したい。」
大きな円卓に巨大な地図が広げられていて、多種多様な生態の名前と数が日付ごとに書かれている。
どうやら難しい式に賢者の助言というか答えが欲しかったらしい。
「邪竜出現の可能性を問われて、タリア様はどれがなんのことか分からないけど国外逃亡したと聞いています!」
「人聞きが悪すぎる!よくわからんけどやばそうだから聖女様と聖剣を探しに行くってちゃんと言ったぞ!」
「この際細かいことはどうでもいいですが、当時どのデータを見て何をやばいと思ったのか正確に教えて下さい!」
さぁ!とばかりに数字が書き込まれまくった地図を指さされる。嘘でしょ、こんなんどれが何かもわからんけど。というか私ちょっとだけ地図って苦手なんだけど。
「その……まずは……太陽ってどこ?」
「「「だめだーーー!!!」」」
頭を抱えて突伏する学者たち。
「タリア、お前あれだけ頭脳キャラっぽい事してて地図読めないのかよ。」
「ちょ、ちょっとどっちから見てるのか分からなくなるだけだ!現在地と向いてる方向教えてくれよ!」
バカ勇者にバカにされる屈辱。くそっ迷わない私に地図なんて要らないからと侮るんじゃなかった。
ペンではなく鉛筆を借りて地図にマークをつけていく勇者。
「悪いな学者さんたち。後で消すから。」
「あ、いえ、助かります。その、わたしらがやりますけど…」
「いや、こいつに沢山貸しを作る必要があるんだ。少し出しゃばらさせて下さい。」
ぐっ…!こ、こいつ…!!
しまった、そういえば勇者って変な雑学知識が豊富なんだった。分かってたはずなのに性癖のカスさと戦闘力の高さで勝手に「こいつはアホ」とラベリングしてた。
異様に強くてアホなら勉学は不得意なのが定番だろうが。
「さっきの町がこれ。現在地がこれ。お昼の時の太陽がこっち。今の夕日が、えーと、大体こっち。だから…タリアから見ると地図はちょうど上下逆さまくらいだな」
「逆さまじゃ分かるわけ無いじゃん」
「「「だめだーーーー!!!」」」
事あるごとに突伏する学者たちの頭をはたきながら席を移動する。
「わざわざ分かりづらくするほうが悪いだろ!ねぇアネモネ!」
「私、次この話題を振られたら死ぬわ。」
「ずるい!!自分だけ被害から逃れようと!!アネモネも地図苦手だよね!」
せめて方角が一致するように席と地図を調整してもらい、改めて挑戦する。
「大体まわりくどいから余計に分かりづらいんだよ。邪竜が今どこなのかと、余波で問題が発生している大元の箇所を知りたいんだろ?」
学者たちに聞くと祈るような目で見ながら頷いている。
「えっと……その……邪竜がどこかだろ?」
学者たちが天を仰いで祈っている。自分ではどうにもならない時に神と祈りは生まれるんだなって。
どうしよう。地図もギリギリだけど、動物のフンの数とか区画ごとの観測数とか色々山程書かれてるこの数字を見ても、何を聞かれてるのかよくわからんかも。
こんな難しいことせずとも、私がちゃんと地図読めて、邪竜って今どこらへん?って聞かれたら「ここ!」って指させると思うんだけど……うぐぐ……。
不意に勇者が席を立って、少し離れて見ていた王子に話しかける。
「……マリウス。俺は邪竜が来てから喚ばれたから中央の事件で邪竜がどこからどう来たのか実際には分からない。突然空から降ってきたのか?」
「日数をかけて少しずつ空が割れていって、最終的に突然大きな穴があいて邪竜が降臨したんだ。その時も段階的に魔物の生態系に影響が出ていたから、南はそれを参考に邪竜出現を予測する方法を研究している最中だった。まさか完成前にすぐ本番が来るとは思わなかったけど。」
そうだったのか。ぜ、全然知らなかった。
「タリア王女は全然知らなかったみたいな顔をしているけど、それが実際に邪竜と関わるデータかどうか何度も確認されていたんだ。そしてある日なんらかのデータを見て邪竜が来ると断定し国宝を盗んで失踪した。異常が起きてるのは明白だったから何かを鍵に断定してもおかしいわけじゃないんだけど……」
「『気象とかなんかそういうやつで傾向とかが分かるんだよね』って自慢げに言ってたぞ」
「「「気象!?なんかそういうやつ!!?」」」
絶望する学者たち。だ、だって、動物のフンの数見ても邪竜との関係なんて分からないよ私には。なんとなく生態の異変を調べてる事は理解できるけど、邪竜と関係あるうんこを選べって言われても……。
「マリウスが言うように突然空から来るなら地震でも分からないだろうし、気象であってるんじゃないか?つい最近魔力が水溶性だと知ったんだよね俺。空が割れるんだろ?向こう側が何か知らないが、臭いや魔力のおかしい風雨が猛獣や魔物の特殊な移動を引き起こすんじゃないのか?」
「そ、そうか、明確な位置以前にまだ何も居ないかも知れないのか。」「しかし雨なら厄介だぞ、臭いも痕跡もむしろ消える方向じゃないか。」「影響範囲も広すぎる。」「臭いや魔力で闇雲に逃げ回って乾いたら戻ってくるなら数字に出るのか?」
ざわつく会議。
第一王子と兵や学者たちに混じって何枚も地図を用意しながら会議に参加する勇者。段々のけ者にされていく私と、もう明らかに会議から逃げている聖女。
ば、ばかな……こんなはずは……。
時折よくわからん質問をされては放置され、勇者は向こうの話に混ざっている。どすけべサキュバスに負けるのか……この私が……!?
居心地の悪い時間が続いていく。しかも何か難航している気配がある。
しばらくしてめちゃくちゃ険しい顔をした勇者がシリアスに近づいてくる。うう、途中式をサボりすぎてよく叱られていた子供時代の気分だ。
「……タリア、お前の知ってる邪竜ってどんなやつなんだ?」
「お…?え?なんで実際に戦ったお前が聞いてくるんだ。なんかでかくてやばいドラゴンなんだろ?」
何かを考え込みながら不意に小声で問いかけてくる勇者。
「富士山って分かるか?」
「お前の故郷の一番有名な山だろ?」
再び考え込む勇者。
「ヤマタノオロチってどうやって倒すか分かるか?」
「酔っ払わせて倒したんだろ?」
「邪竜はどうやって倒すんだ?」
「い、いや、そっちの神話と一緒にするなよ。こっちは現実の事件だぞ。見てないから知らないよ。むしろ知ってるのはそっちだろ。」
腕を組み険しい表情で私の目を見る勇者。ひ、ひいい……。なんだこの謎の後ろめたさは。まるで自分が言われた勉強をサボっていたのがバレた時のような……。
「……マリウス、学者さん達、今日結論を出すのは無理だ。前提条件が揃ってない。この世界の通信って結構危ないんだろ?俺が手伝うつもりだったけど、夜中まで会議してから非戦闘員だらけの戦闘は正直不安だ。何より肝心のタリアが疲弊しすぎてる。」
「えっ私!?べ、別に回復出来る魔法石とかもちゃんと色々持ってるぞ。」
「お前が回復魔法だけじゃダメなんだと俺に示したばかりじゃないか。町の警備の人も送りたいし、今日は日が完全に落ちる前に一旦町に帰って休む。」
勝手に話を進めて第一王子と学者たちと明日の予定を組み始めている。準備すべきデータがどうとか、前提を絞りすぎててどうとか難しい話をしているのを、私とアネモネはただ見ている。
「あの、アネモネ。これ居心地悪くない?呼んだ助っ人が助っ人どころか私の仕事まで全部持っていっちゃったんだけど。呼んだのはこっちだしありがたいから余計に表にしづらい、この情けなさと申し訳なさ。居心地わるー…。」
「分かるなんて絶対に言って良い立場では無いけれど、本音を言えば分かるわ。」
闇のアネモネが柔らかく頷く。
「私が勇者様を救わなければならないのに、見ての通りいつもどこでも頼られて活躍するのは私じゃない。情けないなんて言葉では済ませられないわ。」
「う、うわぁ…」
闇に飲まれそうな暗い気分に浸る聖女と賢者。眩しい光は影を生むみたいなやつに、まさか自分が該当する日が来るとは思わなかった。おのれ、異世界のチート野郎め。気軽に良いことしやがって。私らも良いことしたいのに。
「本当はタリアにも少し引け目を感じているのだけど…。例え後ろ暗い感情だって心が近づいてくれる事は嬉しい。あなたと寄り添えるなら昏くても明るくてもいい。」
「ごめん、私は挽回する気だから。今日はちょっと疲れてるだけで、明日から主導権を取り返すから」
「そうね。そうよね。私もそうなの。私も活躍するの。ヤマトさんが力を使い傷つく前に私が敵を殺す。」
「ひぇ…」
「帰さなきゃと思ってたけど今はその傲慢さも気づいた。私が決める事じゃない。勇者召喚を封印し、ヤマトさんが元の世界とどすけべサキュバスの世界を自由に選べるようにするのが私の贖罪。」
ああー。なるほど。聖女が物騒な事とかどすけべサキュバスとか言っているという点にだけ目を瞑ればちょっと気持ちもやってる事も分かる。実際に飛び出していたもんね。
…いや敵の抹殺は絶対に聖女の仕事では無いな?気づいて、そこは全然競合してないよアネモネ。