知らんエピソードの王子
町の周囲の山を調査すると言っても、関所は道の選択肢が狭められる山間部などに作られやすいわけで、この辺りはどちらかというと町や道以外は大体山である。
それなりに広大な山中は魔除けの範囲外なら猛獣や魔物も居て当然といった感じだ。
魔除けに異変が無いかとか、普段の山の様子との違いは普段の山を知る地元の警備に任せて、私はもっと広域の調査と、勇者や聖女が何をしたのかをひっそり探る内密調査を行っていた。
……ただ、ちょっと思ってたんと違うかも。
確かにまぁ痕跡は色々あるので、ちょっと普通より危なくなってるんだろうなとは思う。
かなり大きめの猛獣のフンとか、縄張り争いや謎の同士討ちみたいな戦闘がつい最近起きた痕跡もある。そこそこ山を登ったとはいえ、これほど町や街道からすぐの場所で見つかってよい痕跡ではない。
でも拍子抜けするほど山は静かで、緊張して入った割に全く何とも遭遇しないのだ。
「こんなに何も居ないなら、もっと広域で見てみるか。」
「うわ!?えっ使い魔!?そういうのアリなの!?」
「魔物を便利に使ってるみたいな言い方をするな。変な団体に私が怒られるだろ。簡易な調査用魔法生物だよ。」
フクロウ型の魔法生物を行使する召喚石で上空からの調査を始めると、何故かそれが勇者にやたらと好評だった。
ただまぁ上空からみて分かるほどの異常って山に入る前の遠目からでも見えるよなって話で、山小屋とか天体観測所みたいな山中にありがちな人口施設類も平穏無事だし、木々よりでかい巨大な魔物が歩いているとかも無い。ただ勇者を喜ばせただけだ。
調査の収穫は無かったが、あまりにもはしゃいでるからもしかしてめちゃくちゃ護衛費が安く済むのではと思い勇者に報酬として一個渡すと、それはもう引くほど喜んでいて……
しばらくして効果が切れてフクロウが霧散すると膝から崩れ落ちて泣いていた。
「フクちゃあああああん!!!うわああああ!!!」
泣いていたというかギャン泣きである。
「夢だったんだ!魔法の世界で、魔法のフクロウなんて、そんなの夢すぎるじゃん!ひでぇよ!ここ思ったよりあんまりそういうザ・魔法っぽいの少なくってさ!だから本当に嬉しかったんだよ!!ひでえよぉおお!!!」
「あとでまた同じの作ってやるって」
「フクちゃんの代わりなんて居ないんだよ!えっ作れるの!?でも代わりは居ない!」
聖女は聖女でブツブツ言い始めて普段より更に自分の世界から出てこなくなってしまったし、勇者まで情緒がおかしくなってしまった。この忙しい時に。
「護衛のあんちゃん、護衛なのに知らないのかい?タリア王女様はこれでも魔法道具開発の有名人だぞ」
「えっマジ!?」
「今これでもって言った?」
いつのまにかヤマトと親しくなっている町の警備の人がフォローに入ってくれたが、どいつもこいつもナチュラルに無礼である。
「フクロウは飼うのすっごい難しいから気軽に飼えないけどよ、あんちゃんの腕なら必死に稼いで正式に依頼したら多分作ってもらえるよ。簡易召喚じゃなくてさ、魔力で呼び出せるペットみたいなやつ。」
「マジ!?」
「ペット型ありだと思うなぁ俺ら。そういうの開発して欲しいって前から思ってたわ。」
「わ、私も欲しい……」
数人の警備の人らに、突然正気に戻ったアネモネまで会話に混ざってきて商品開発を催促し始める。
「そんなに需要あるか?商品化の後からガッカリされても困るから先に言っておくが本当にただの高額な観賞用にしかならないぞ。」
飼いたくても飼えないみたいな環境の人間が無理して高い対価払って手に入れても、結局本物と誤解されてトラブルになったり魔法生物でもダメって言われるだけだと思うんだが。
そりゃまるっきり本物みたいな疑似生物を作れるなら話も変わってくると思うが、魔法生物は似せてるだけでそんなに色々本物の生活的な動作まで出来るわけじゃないぞ。
「……待てよ、タリア……フクロウも本当に欲しいが、作れるって……なんでも作れるのか?」
「形の話ならまぁ別に。あれも調査に優秀だから似せてるだけでフクロウそのものというわけじゃないし。」
「えっかわいいからじゃないの!?白フクロウだぞ!?魔法の白フクロウ!」
「ほら、人間が視界共有して調査するなら人間みたいに両目が正面寄りについてるフクロウとか鷹をモデルにするのが楽だろ?監視や警戒なら目が側面タイプのカラスとかが有名だけど、調査なら集音や夜目も優秀で首の可動域が広いフクロウモデルが私の一推しなんだ。」
ざわつく聴衆。ここは商品開発の会議室か?本当は今シリアスな場面でこんなことしてる場合じゃないんだが、直感的にちゃんと最後まで話を聞くべきだと感じている。つまり賢者として必要な寄り道だと判定している。なんで?
「……どすけべサキュバスでもか?」
「石つぶて!」
「ぎゃああああああ!!!」
痛撃の魔法石の投擲。痛撃っていうのはつまりやたら痛いってことだ。
前はアネモネが庇って止めに入ったが今回は微動だにしなかった。
「正直に言っちゃうんだよねあんちゃん!すんごいよアンタ!」「尊敬した!いや本当に尊敬したよ!!」
「だまれだまれカスどもが!!王女だぞ!超絶天才美少女王女に何を作らせようとしてるんだ!!!アネモネ!!!アネモネも言ってやって!!!」
「それでけっきょく人型は作れるの?」
「アネモネ!?!?」
どうなってるんだ私の賢者の勘は。私にどすけべサキュバスの動く等身大フィギュアを作れと言ってるのか?このくそ忙しい時に?
…あれいや待てよ。アネモネはちょっと話が別か?さすがにか?
「ちがうよね?さすがにアネモネは違うよね?どすけべサキュバスはこのカス共だけの話で、アネモネは動くお人形さんとかがどうしても欲しくなったとかそういうのでいいんだよね。そうであってくれ。」
「うん」
「あぶねーよかったー!」
さすがにね!?びっくりした本当に。
「というかまだ報酬払ってないアネモネには一旦簡易的なやつ一個あげようか?形が決まってるやつじゃなくて、魔力で膨らませて捏ねて色んな形に出来てそれを記憶する感じのやつ。作る前の中間素材だけど。」
これならついでに魔力操作の実力もちょっと見れるので、どすけべサキュバスとか言い出さなければ勇者に渡して能力鑑定の続きをしても良かった。だがやつには絶対に気軽に渡すべきではない。
「わ…ぁ…!」
私が素材の特殊な魔法石加工物を渡すと、アネモネが手にした瞬間それはちょっとデフォルメされた女の子になっていた。
より具体的に言うと私だ。私の硬くて丸いぬいぐるみだ。なんで?もしかして思ってるよりだいぶ容姿が気に入られてるのか?アネモネも白衣メガネ派とかだったらどうしよう。
「ありがとうタリア…!ずっと、ずっと一緒だね…!」
ぬいぐるみを抱いて微笑む美少女。目に光が無いのを除けば絵面的にはとても微笑ましい感じなんだけど、その場の全員が一瞬凍りついていた。すんごいのよ、迫力が。ズシンと来る重さ。
「あの、いや、すごく器用なんだね、アネモネ。」
「?」
「それちょっとずつ膨らませて削って作ってくやつだから…いきなり完成品になったりしないんだよね。」
「そうなんだ…そんなに…」
「うん、アネモネって魔力操作がとっても」
「そんなに私の所に来たかったんだねタリア…」
本当にやばい。本人を目の前にしてタリア人形と話してる。かなりアウトな感じになってきているのでは?
い、いや、でも本当に凄いんだ。ふくらむ素材を粘土みたいに色々な形に出来て保存できるよってだけの話であって、これが誰でも好きな形を瞬時に作れるみたいな超優秀な魔法道具だったらもっと便利でもっと遥かに高額になっている。
休憩しながら数日かけて膨らませたり削ったりして整形していくやつだから安価な中間素材程度なわけよ。人形を瞬時に成形なんて賢者の私でも初めて見た。
邪竜の事件とか勇者の問題が終わったら職人として雇わせてもらえんものだろうか。金の卵過ぎる。傭兵でもいい。絶対言ったらダメなのは分かってるけど、聖女っぽく無いことに限って素晴らしい逸材なのはなんでなの。ほんとにぜっったい言っちゃダメだとは思うけど。
「タリア!いや、美人天才王女タリア様!」
う、うわ、前にも見た土下座だ!この流れで見ると更に複雑な気分にさせてくるポーズだ!呆けた顔でしばらくアネモネの人形を見つめていたヤマトが突然動く。
「白いフクロウと!どすけべサキュバス!!それに俺は全力を…この命を賭ける!!この報酬の対価になら、俺は命を削る覚悟がある!!」
「ゆ…!?」
「アネモネ!俺はここに来て良かった!!!」
「……!!」
一瞬普段みたいに止めかけたアネモネが、なんと手を引っ込める。そんなに?今たぶん重い感じとか信念とか揺らいでいい場面じゃないと思うんだよね。本当に。
一応言っておくと、いつでも好きな時にどすけべサキュバス呼びたいってだいぶカスな話だよ?熱い感じに叫んでるだけでだいぶカスだよ?
「いやちょっと待て!私が嫌だよ!なんでどすけべサキュバス作らされて命燃やされなきゃならないんだよ!利用するつもりは確かにあるが、今までもちゃんとお前の健康も守る感じにしてきてるだろうが!」
「じゃあ燃やさない!燃やさないくらいでなんとかしてみせるから!」
「何いってんだお前!?」
「欲望のために人助けしてもいいって言ってたじゃん!!」
「こ…こいつ……!」
警備のバカどももなぜか尊敬の眼差しでヤマトを見ている。マズイぞ、もしかしてバカしか居ないのか。
どうしよう不安になってきた。
私本当に賢者だよね。割と大事件を賢者の加護を使って最短距離で解決して民を救う道中の筈なんだけど、これが正解で本当にいいんだよね。
これでも結構真面目に焦ってて、ちょっぴり不安も抱えつつ山に調査に入り、急いで中央の国や教会からの協力も取り付けなきゃって場面なんだけど。
「分かった。検討はしてやる。検討はしてやるから一旦真面目に調査を終わらせるぞ。」
強引に切り上げて、土下座で止まっていた足を強制的に動かすように促すと、警備の男が色々書いていたメモをこちらに渡しながら解説してくる。
「あ、もうまとめます?魔除けに異常は無くて、やっぱり強力な魔物の移動に押されておかしくなってる感じっすね。」
「関所の衛兵さんとこと相談してみますわ。国からも派兵お願いします。」
「あれっ!?なんか調査進んでる!」
だらだら歩きながらしょうもないことを言っていただけだと思っていたがしれっと仕事は進んでいたらしい。
「となるとまぁちょっと気になるのが、逆に痕跡の割に何も居なすぎる事ですね。こうやってダラダラ喋りながら回れたのがおかしいって話ですわ。」
「周囲に何も探知できないっす。魔物を見たって話でしたけど、逆に小動物すら町の近くから逃げ去ったみたいな。」
「……」「……」
見逃さなかったぞ。今勇者が聖女をちらっと見て、聖女が目を逸らした。
そうか気づかなかった。居ないという事もまた意味のある情報だったのか。確かに子供が町の側で魔物に遭遇したっていう緊急性のある話だったのに、徒歩でも上空からでも近くには特に何もなかった。
結界とか聖水みたいな道具の気配は無い。使われていたら私に鑑定出来ない筈は無いし、多分だけどアネモネは聖女だけどそういう聖女っぽい何かを使えない。
どうやら少なくともアネモネには魔物を広範囲に渡って追い出せるような能力があり、それを人に知られたくないらしい。
どう考えても素晴らしい能力なのでなんとか聞き出したいが……どうも私はマルチタスクが苦手だ。
本来なら何も居ないという違和感にもっと早く気づけていたと思うし、手が足りていないって自覚してからなんかちょっとうまく思考が回っていないんだ多分。
優先度の高い順に一つずつ片付けていくべきだと思う。
今はとにかく町の安全だ。
「一応気になって俺もちゃんと歩き回って広範囲を感知し直したけど多分この付近はしばらく平気な筈だぞ」
ヤマトも何らかのお墨付きを…
「ってお前は!お前はそんなスキルあるなら先に言えよ!!」
「い、いや、知ってるだろ、遠くの馬車で感知して助けたのお前気づいたじゃん。」
「そうだった!!!」
「念の為ちゃんと現地を歩き回って感知し直しても居なかったって話だ。」
「あれ…!?何も間違ってないな……ごめん……?」
「謝る事は何も無いと思うが、謝りたいならさっきの素材俺にもくれ。」
「黙れ」
どういうことだ?本当に急に鈍くなってないか?私ってそこまで極端にマルチタスク出来ない人間だったっけ。
「……タリア、一旦休憩しないか?警備さん、町に戻るか山小屋か何かで休みたいけどおすすめは?」
勝手にヤマトが話を進めていくが、言われてみるとたしかに休憩したいような気がしてきた。
「あれ?観測地点に向かってるんじゃないんですかこれ?」
「観測地点?なんか上の方にあった施設?」
そういえばさっき上空から見た時になんかあったな。
「多分そうです。今タリア様が迷わず進んでる道の先が観測所ですけど……?」
新たな情報が降りかかる。警備的にはどうやら一周してからまっすぐ観測地点とやらに向かっていたらしい。私が。
「警備的には私って何しに向かってそうだった?」
「えっ!?なんでそんな面倒くさい彼女みたいな……!?いやてっきり山登って合流する気なのかと。邪竜がどうこうって話で大体各地の観測地点には色々な増員がありましたんで。」
「そうなんだ」
「そうなんだ!?国の人材から人手を借りに行くとこなんじゃないんすか!?うちらだって町の警備なんで、町のことだけで限界っすよ?」
「現地と観測とで情報交換して、タリア様が国の人材達と連携して色々手配してくれるって感じじゃないんすか!?」
口々に警備達が知らない魅力的な計画を話す。そういえば体が足りなくて焦っていたが、私ってばいつのまに解決に向かってたんだ。
えっ完璧じゃん。天才にも天才が分からないにしてもちょっとしんどいので手加減してほしいが、それはそれとして知らない間に調査も終わり人手の確保にも向かっていたらしい。
どいつもこいつも報告連絡相談しろよとは思うが、何よりも自分のスキルが自分にちゃんと事細かに報告して欲しい。焦ってるときは特に。
「最初から全然そのつもりだったわ私」
「絶対違うじゃないすか!まさか一周したのにも気づかず迷って歩いてただけなんすか!?」「なんで自信満々に知らん道歩くんすか!?」
「だまれだまれ!確かに地図は苦手だが私の選ぶ道に迷いも間違いも無いんだよ!」
「や、厄介過ぎる!本物の天才ってこんなに厄介なんすね!?」
警備共に言いたい放題言われながら山道を登っていく。
魔物の出る山の観測所なんだから多分研究員だけじゃなく護衛とか居るんだろうし、先に周辺の施設色々聞いておけばよかった。
私は別に何も聞かなくても何でも出来るけれど、こうも自分が何やってるのか分からないとさすがに焦っちゃうよ。
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足の痛みを堪えて山を登り、ようやく到着した観測所。
なるほど言われた通り結構な人数の護衛や研究者が居て、入口に行くと驚くほどの大歓迎が待ち受けていた。
「うわああああタリア様だ!!」「緊急!緊急対応だ!」「今すぐ伝えろ!タリア様だあああ!!」
というか向こうが凄まじく驚いていた。そんなに?
私ってばもしかして密かにアイドル的な大人気まであったのかもしれない。美少女だし。
「まずい、タリアお前これまた逮捕されるんじゃないか?」
「またってなんだ。逮捕なんかされなかっただろうが。どう見ても私が人気なだけだ。」
「俺には重要手配犯が衛兵の前に自分から歩いてきた時の反応に見える。」
勇者が失礼な事を抜かすがそんなわけも無く、責任者らしき人間が慌てて呼ばれて駆け寄ってくる。
「絶対に逃がすな!!最悪の場合拘束しろ!!私が責任を負う!!」「し、しかし!」
……。
ドアの奥から迫る緊迫した声。なんかちょっと聞いたことあるな。
いや。でも私そんなに悪いことしてないし。熱狂的すぎるファンの可能性がまだ残ってるし。
「おい、逃げるなら逃がしてやらんでも無いがどうするんだよこれ。」
「ヤマト、場合によっては白フクロウな。ポイント加算制で。」
「了解」
バッと道を開けて敬礼のポーズを取るドア前の衛兵達。
「まずい。まさか王族が責任者やってるパターンか!?ヤマト、アネモネ!撤退準備!!町の警備はここで私の名前を使い派兵手続きしてから帰るといい!」
「王女が王族にこんな下っ端な態度とるファンタジー嫌だなぁ…。」
「こっちはこっちがリアルでお前がファンタジーなんだよ!自分の故郷を基準にするなヤマト!!」
まさかこんな所で王族がうろちょろしているとは。この一大事に。
なるほど、王子っぽい身なりの若いやつが慌てて出てくる。金髪碧眼に白い鎧と、まーいかにもな王子だ。というか知ってるわこいつ。第一王子のマリウスじゃないか。騎士王っぽさと顔の良さもあってわりと多方面に人気だから敵に回すと厄介だぞ。
「この一大事に国外まで彷徨くとはどういうつもりなんですかタリア様!!皆あなたを……」
「……あれ?マリウスじゃないか?」
「ヤマトくん!?バカな、もうタリア様に捕まってしまったのか!?」
私に駆け寄ろうとした第一王子と衛兵が、意外にも面識があったらしいヤマトの方へと吸い取られていく。
てか「ヤマトくん」て。なんだその親しげな呼び方は。いや絶対こんなキャラじゃなかったぞ第一王子。だって第一王子だもん。一番お硬い身分で完全に貴族だった筈だが。
うろたえる第一王子マリウスとざわつく周囲。まぁ確かに有名で天才で美人な私と第一王子を呼び捨てにする謎の男が居たらなんだこいつってなるよな。
私は……いつでも逃げられるように一旦アネモネと少しずつ下がり、町の警備達に放っておいて手続き進めるよう手で合図して衛兵と話をさせ、遠回りに中へと進ませる。
まぁまぁまぁ。最悪何かがトラブってもやるべきことさえやっておけばいいんだよ。
「まさかマリウスって南の国の偉い人だったのか?申し訳ない衛兵さん達、知らなかったんだ。無礼を謝罪させてくれ。」
「ヤマトくん、僕は……君と対等な友達になれたことを人生で一番誇りに思っている。隠していたことと、君に謝罪させた事を恥じる。いまこれを聞いた周囲の衛兵も意味を分かってくれる筈だ。」
「あ、ま、まさか…」「この人が…!?」「お、おい!タリア様どころじゃないぞ!?」「皆あつまれ!」「勇者だ…勇者様だぞ!?」「ばか!直接言うな!」
……。
……いや?なんでやねん。
私と関係ないところで何かの知らない物語が進んでる。
今の流れで私が放置されることあるんだ。
というか隠してるって話はどうなってるんだ。また野郎共にモテモテじゃないか。こんなに有名で喜ばれるならもう素直に呼べばいいじゃん。
なぜか話題から取り残される中心人物である筈の私と、ひっそりその近くに居ただけのアネモネ。
「アネモネ……なんか秘密って言うか……ヤマトってちょっといくら何でも知られ過ぎじゃないか……?これもういっそ普通に勇者として」
「ダメ」
「はいぃ……」
もう絶対無理だと思うんだけどなぁ……。
「マリウス王子は、ヤマトさんが召喚される前から中央に滞在していたわ。そして勇者召喚事件の一部を実際に目撃した。だから南の国では勇者の再召喚要請を防ごうとしてくれていた筈。」
「うぇ!!?」
突然アネモネがとんでもない重要機密っぽい事を教えてくれる。
「王子の兵も勇者様の活躍を南の人より近くで見知っているだけよ。」
「なるほど……てっきり全然隠せていないだけかと……」
「知った人間は皆言わずとも秘密にするので、そう簡単に広まったりしない筈なのだけど……でも正直思ったより知られてしまっているとも感じているわ。」
なんせ肝心の張本人達の嘘が下手すぎるから、多分そういう話題になったとき全員にバレてると思うんだよね、とは口が裂けても言えない。
しかしまさかこんなに急に色々喋ってくれるようになるとは。私てっきりまだしばらく触れないようにしつつ解決方法は探らなきゃいけないのかと思っていたんだけど。
実際少しずつ許容されつつあったのは分かっていたけど、知りすぎないでとも言ってたし。
「タリアって、もしかして賢いだけじゃなくて途轍も無い豪運の持ち主なの?」
「え!?いや、まぁ豪運というか正解しか引いたこと無いと言うか…」
すっとアネモネが姿勢を正し、久しぶりに目に光が宿って事情を語りだす。
「マリウス王子は勇者様を裏切らない。もし南の国に滞在するなら、勇者様が悪用されない為に真っ先に助力を願いたかった相手なの。信仰なんてあっても失っても大差無かったけれど、タリアに会ってからは奇跡を信じたくなるほど幸運な目にばかりあっている。まぁ肝心のタリアが勇者様を利用したがってる側なのだけど。」
まずい。答えの分かる賢者の事を解説したほうがいいのか隠さないとダメなのか判断が難しいぞ。言ったら「知りすぎないで」が成立しないことが即座にバレてしまうが、隠すのも本当にマズイ気がする。
いや。
いや、違うだろ。友達だろ、タリアは。病んでるけど可愛い友達だ。
勇者もなんか秘密を共有する友達と語り合ってるわけだし、私も信じてちゃんと伝えるシーンのような気がする。何でも正直に言うのが正しいわけじゃないが、それを言い訳にずるく隠して良いわけでもない。これに関しては、あまり隠しすぎると致命的なヒビを生むだけなんじゃないのか。
「あ、あの、えっと、私言ったと思うんだけど、割と本当になんでも分かっちゃう天才で…だから運とか奇跡というより自分の力で……」
ビシッと宣言しようと思ったはずだが口は正直だった。本能的な恐怖に屈して言い淀んでいる。違うよ?アネモネが怖いんじゃなくてね?私ってば全てが正当に叶う天才だからあんまり後ろめたいことする機会が無いので、慣れてなくて怖いだけ。そうに決まっている。
「……ああ……タリア……?……そうか。そういうことなの……?」
「は、はいぃ……」
観測所の入口前で知らんストーリーが展開してて和気あいあいと語り合ってる野郎共。そこから少し離れたところでかなり緊迫した二人きりの場面を迎えている私。
「やっぱり……奇跡を信じるんじゃなくて……望むものは自分で掴むものなのね?」
「あっあっ、ちょっと違うかも!?そういう系のお話じゃないかも!」
「タリアは、自分で自分の正解を選ぶんだ。」
「あっ、どうしよう、見知らぬ意識高い私が出来上がっていく!ほんとに違うかも!ほんとに私答えが分かるだけなんだって……!そういう加護なだけ!!」
あれ!?言ってもうまくいかないパターンは想定してなかったな!?
「学問の国の人はやっぱり知識に関する加護が多いけれど、タリアに会うまでこれほどまでに重要だなんて思ってなかったわ。結局殺されたら死ぬのだから武術や魔術の加護を持ったうえで学問は自力で学べば良いだけだという話を私も正直真に受けていた。」
「あの、あれ?まずいな、私の意思が伝わらないまま話の流れが次に進んでる。」
「私も……私も賢く生まれたかった。ううん、賢くなる努力をすべきなんだ。今からでも。」
「うん。うん。いやそれはすごく良いことだと思うよ?思うんだけど、どうしよう、良い話っぽいのがどんどん次に進んでるけど、一旦私の話もう一回伝えてみていい?私ってば全知の加護を持つ特別な賢者なのね?南の国の人はっていうか、私が結構この世界で特別な存在でね?」
「私もタリアの特別になりたい」
「おや!?!?どうなってる!?愛の告白されてるのかな私は!?あのね、私ってば賢者なの!天才なのよ本当に!」
キョトンとしている美少女。だ、ダメだ、アネモネはアネモネでもう少し心身が健康になってもらわないと。闇落ちも深いし、大元が聖女様だから光っぽい話にもすぐ吸い込まれていく。光と闇の力が悪い方にだけ合わさっている。
どうしてこんなことに。教会はなにをやってるんだ。
「そうか、連日の旅と山登りだもん。頭と体が疲れてたらちゃんと伝わらない事もあるよね。また今度伝えさせてね。」
「そっちから!?私のほうこそ上手く伝えられなかったなって!?アネモネの方に言われてびっくりしちゃったな!」
まぁまぁまぁ。でもたしかにね。確かに、いつだって上手く会話が成立するわけでは無いわな。疲れてる時は特に。
実際結構疲れてて、それで観測所に向かう流れになった気がするし。
まずは一旦中で休憩させてもらおう。知らん物語続けてる野郎共を押しのけて。