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【戦闘以外だと急に出来ることが無くて苦しむアネモネの視点】



【戦闘以外だと急に出来ることが無くて苦しむアネモネの視点】




死者も復活できる。



その言葉を聞いてから、タリアは酷い顔色になってふらつき始め、ヨロヨロと崩れて倒れ込んだ。かなり強い目眩をおこしているようで、視線がおかしい。


吐き気を必死に堪えている様子で、ウラニアさんが救急パックを取り出しながら声をかけている。



精神的なショックが、思ってるより物理的に直接体を痛めつけると私は知っている。



だから、心だけが焦っている。なにかしてあげたくて。

私に自然と寄り添ってくれたタリアに、なにかしてあげたくて。



……でも頭の中は真っ白で、体は動かない。

出来ることが何も思いつかなくて、倒れたタリアを呆然と見ていることしか出来ない。




タリアを傷つけたゴブリンたちを破壊したい。


悪意じゃないのは私だって分かってるけど、悪意なく勇者様を誘拐した私を私が許さないように、彼らが善良だろうとタリアを傷つけた事に変わりはない。




「アネモネ、タリアの安全を任すからな。俺はノーム達と色々相談事がある」



けど、ヤマトさんは私の殺気に気付いたのか、私を牽制しつつゴブリン達を抱えて飛び立った。マリウス王子に一言二言頼み事をして。



マリウス王子が何らかの合図を送ると彼の兵が集まってきて、タリアに治癒をかけながら近くの街に行って休ませると宣言する。


私が抱えて飛んだほうが早いと思ったけど、宿や医者の手配を次々と部下に指示して動くマリウス王子達を置いて私だけ街に行っても役に立たない気がして、また動けない。




やっぱり私って、誰かが本当に困った時には何も出来ないんだ。冷たい怒りがお腹の奥を痛めつけてくる。





###############################




マリウス王子の手配と、他ならぬタリアが生み出した高速馬車は病人を想像以上に素早く街に送り届けた。


やっぱり余計なことをしなくて良かったみたい。安堵と悔しさが同時に湧いてくる。



タリアはいつの間にか高熱を出していて、時折なにかうわ言のようなものを呟こうとしては口を閉ざす。



……なにか言葉にしたくないものがあって、声が出せないように見える。ショックで喋れなくなる症状というより、出そうになった言葉を意志で飲み込んでいる感じがする。



宿での安静ではなく病院に直行する事になって、貴族御用達の大きな病院がある街まで更に移動するのか、すぐそこにある普通の病院でとにかく一度休ませるか、一応私にも相談されたけど、「どっちがよいか分からないです」としか言えなかった。



どこだって敵からは守って見せるけど、倒すべき相手が居ない場合はどうしたらいいの。




急に不安になってくる。


最近の私が楽しく暮らせていたのは、タリアという安心できる道標があったから。タリアの能力に依存していた。



タリアは間違えない。なんて魅惑的な響き。タリアを信じていれば私も間違えない。


これは、信者だ。いつの間にか、タリアの信者になっていた。優しく、正しく、居心地の良い賢者という存在を信奉していた。


同じく信じられるべき聖女だったから、分かる。これはダメだ。




……好きな人の、好きな所しか見えない時、自分が愛しているのは相手ではなく自分の愛だって定番の話がある。恋に恋しているという名言と近い。


そういうのって、言葉にするのは簡単だ。教訓も分かる。でも実際に自分を制御するのは驚くほど難しい。




相手を神格化するというのは、つまり同じ人間として見ていないということ。分かってるわ。分かってる。……それで、対処方法は?


私はタリアの弱いところや醜いところも愛していると信じたいけど、散々体が弱いと言われていたのに今までの無茶を一度も止めようとはしなかったのは、タリアの弱さを見ないフリして自分の中の神格化を押し付けていたのかも知れない。喉の奥がチリチリする。



私が守ろうとしているのは「私の中だけのタリア」だから、タリア本人の苦しみを前にすると何も出来ないんだ。


ダメだ。ダメなことは分かる。よく分かってる。でもどうやって治すのかは全く分からない。





###############################




そこそこの病院で二日間過ごしてもタリアの体調は戻らず、何を聞いてもうまく言葉が出てこない様子だった。



正直私には何がそこまでタリアを傷つけたのか分からない。分からないから怖い。


タリアはずっと酷い吐き気と腹痛に襲われているようで、あまり見られていたくない様子だったから、誰が襲ってきても瞬殺出来るギリギリの位置まで離れて見守る事にした。




ウラニアさんは、タリアが一人になりたいと気付いていながらあえて側に居る。


マリウス王子は周辺の警備を固めながら各方面と連絡を取り続けていて、一度もタリアの側には来ない。


ヤマトさんはあれから一度も顔を見せない。たぶんゴブリン達と大事な情報交換を進めている。



みんな正解に見える。みんな自分の正解をちゃんと考えて選んでいるように見える。私だけが、どうしたらよいのか分からないから無難そうな立ち位置でずっとソワソワしている。



……タリアを狙う敵が居れば私だって自分の意志で活躍出来る。そう考えてしまう自分が本当に怖い。


それはタリアに襲われて欲しいというのと同義じゃないの。こんなに弱ってる姿を見て、どうしてそんな卑劣な欲望を抱えられるんだろう。




──まただ。また私には私しか見えなくなっている。みんなはどうして誰かの為にちゃんと相手の事を考えて行動出来るんだろう。なんで私だけがこんなに醜いんだろう。怖い。


タリアが苦しんでいるときに、自分の事しか考えられない自分が怖い。





###############################




一週間経ってもタリアは声を出せず、誰の案なのか分からないけど南の国の中枢にあるという実家に向かう事になった。


そういえば以前からタリアを一度家に帰すよう、誰かが誰かに言っていた気がする。色々な所を監視して、色々な人の話を垂れ流しているので、どれが誰の話だったかよく覚えていない。いつも騒がしくて、むしろ頭がボーッとしてしまう。




タリアの家は王女の割にそこそこのサイズで、場所的には高級住宅街だと思うし庭も広いけれど、少し古いニ階建ての建物は貴族の中でも小規模なものに感じた。


きっとこれくらいの家ならいくらでも建て直せる筈だけど、タリアの過去からすると、彼女がこの家を壊さないだろう事も、あまり頻繁に帰らないだろう事も想像できてしまう。


マリウス王子は「色々手続きして自分の家に帰ります」と言ってその場を離れたけど、実際には周囲を部下と厳重に見張るようだった。




門の前で住み込みのメイドさん達に出迎えられたタリアの顔には今までに無い安心した様子と、それゆえにつらそうな表情が浮かぶ。


頼るような視線が私とウラニアさんに向いたので、それはもう過剰なくらい食いついて一緒に彼女の家に入る。



理想を言えばもっと楽しい機会にタリアの家に呼ばれてみたかったなどと、こんな時にでも自分の欲望が脳裏をよぎって思わず自分の頭を叩いてしまい、爆発音で皆を驚愕させてしまう。



自分の痴態に顔を赤くして謝っていたら、若干ギクシャクしていた空気が緩んだとメイドさんやウラニアさんになぜかお礼を言われた。




やはり自分の家というものは他と違うようで、タリアは恐らく本人が気付いていないほど気を許して居間でくつろぎ、裁判所ダンジョンで盗んだ本をじっくり読んだり、メイドさんに囲まれて強引にマッサージされたり、大きなソファで居眠りしたりと、リラックスした様子を見せる。


タリアが言葉を発しないので私達もただ黙って側に居て、一緒に本を読んだり、ウラニアさんの極秘のノートに描かれるとんでもないイラストにメイドさん達も含めて皆で興奮したりと、まるで友達の家にあそびに来た子供のような時間を過ごす。



やがて、ちょっと偉い立場っぽいメイドのおばさんに、これから夕食も一緒に食べて、今夜は泊まっていくよう頼まれる。コック帽とマスクをしているので明らかに料理役だ。


もう完全に子供のお泊り会だけど、なんだかそれがすごくタリアにとって良いことのような気がして、当然快諾して食事の時間を待つ。




──事件はその夕食で起きた。


事件と言っても、タリアが突然ボロボロと泣き出して、私達はオロオロするしか無くなったというだけなのだけど、本当にどうすればよいのか分からない。


なぜ泣いているのかも聞き出せないので、本当にただ慌てふためく事しか出来ない。



さっきの偉いメイドおばさんが追加の料理を持ってくると、今度はそのおばさんにしがみついて泣き出してしまう。



「どう?タリアちゃん。あの人は料理一つでも皆の心を掴んでいた。全く同じとはいかないけれど、ちょっと似ている味でしょう?」

「……!」



声にならない微かな泣き声で、なんとなく察する。どうやらメイドおばさんはタリアのお母さんの料理を再現したんだ。


たぶん、子供に食べさせる料理を自分でも色々作るタイプのお母様だったんじゃないかと思う。


貴族の親にも色々なタイプが居るけれど、料理が得意な人は自分の味を子供に覚えさせたがったりするものらしい。




私は生まれた時から親も実家も無いので、自分の家の味なんてものも知らないから余計にちょっと感動してしまう。やっぱりすごいんだ、親って。


そしてなぜかウラニアさんが突然ゲホゲホとむせてメイドさん達に介護される。



「……ムネメさま!?なんで!?」

「わたくしはタリアちゃんのお姉様ですから」



思わず私もむせそうになる。



見覚え!いや声に聞き覚えがある!!

このメイドおばさん、南の国の第二王女だわ!?


そういえば国王もイケオジ執事だったし、この国の王族はどうなってるんだろう!?




「さぁタリアちゃん、ゆっくり。ちょっとでいいから食べてね。あなたが一番よく知っているでしょう?おいしい料理は心の栄養も補給するのよ。そしてあの人の味は……温かいでしょ?変な表現だけど、味が温かいのよ」




コクコクと頷きながら、小さな口で少しずつ食べるタリアはもう完全に子どものようだった。



……もしかして、勇者様も表にあまり出さないだけで、タリアが導いた料理に救われていたのだろうか。そういえば色々な料理を試すように食べる事が無くなっていた気がする。


最近はお腹が痛くないと気軽に言っていたけど、つまり今までずっと苦しんでいたんだろうか。





###############################





真夜中。


自分の家の寝室で眠りについたタリアは、今までに無いほど深い眠りにつけたように見えていたけど、深夜に密かに起き出して廊下へと向かう。


まるで分かっていたかのように第ニ王女が明かりを持ってそれを迎え、すぐ後ろに居た私にようやく気付いたのか、なぜかタリアと一緒に悲鳴をあげそうになって二人で口を抑えあっていた。


私への悲鳴でタリアの声がちょっと出そうになってたのは、少し思うところがある。



気を取り直したタリアが向かったのは鍵のかかった部屋で……恐らく彼女のお母様の寝室なんだと思う。


時間が止まったかのように、誰も使っていない家具だけが残されている。




一緒に入るよう促されて故人の部屋に入ると、今も清掃の行き届いた清潔な部屋から、何か言葉に出来ない悲しい冷たさを感じて、思わず足に震えが走る。


タリアもそれに似た何かを感じているのか、第二王女にしがみついたまま涙を堪えている。




「タリアちゃん、事情は大体聞いているわ」

「……」


「確かに……本当に賢者の力が全知なら、死者の復活だって不可能では無いかもしれない」

「……!」


「でもあの人は自分の死を認めていたのでしょう?きっと、悔しがりながら、悔しい死を納得したのでしょう?それを勝手に覆して、本人がずっと幸せなのか分からない不死の存在には出来ない。どう?」

「……!!」




私には全然見えていなかったタリアの苦悩を、ムネメ第二王女が優しく言い当てていく。絡まった糸をほぐすように、タリアの思考をほぐしていく。




「……わ、わた、し、に……」




掠れた小さな声が聞こえる。久しぶりに聞いたタリアの声。




「……わ、わたしに、また、お母さんを見殺しにしろって言うの……?」




でもその声が紡ぐ言葉はとても悲しかった。


やっと分かった。タリアがなぜそこまで動揺して追い詰められたのか。タリアが何を言葉にしたくなかったのか。




──死者を復活する権限を持ってしまったら、タリアは過去から未来までの全ての死に対して、救うかどうかの選択肢が与えられてしまう。



皆を守ろうと必死に駆け回っていたタリアが緊張の糸を切らすには十分の衝撃だったんだろうと思う。糸が切れたというか、別の糸と絡まってグチャグチャになってしまったというか。



どうしよう、やっぱりかけるべき言葉が出てこない。死者の復活はなんとなく禁忌で、多分ダメな事だと思う。


具体的には分からないけど、ダメなことだと思う。




でも、復活出来るけどしないなら。それは確かに見殺しにしたとも言える。


本人だって蘇ったら嬉しいかもしれない。それを切り捨てるのだから。




「わたくしは、タリアちゃんが答えを焦りすぎているから、賢者の力が余計な負担を生んでいると思うわ」


「あ、焦り?」


「本当は、答えってすぐに出ないものなのよ。復活するか、見殺しにするかの二択を即答しなきゃいけないものじゃないの。タリアちゃんには一番むずかしいだろうけど、答えというのはもっと曖昧なのよ」


「……わ、わかんない、お、お姉様……」



今まで見たことの無い、タリアの不安そうな顔。



「今分かっている死者の復活には、倫理観だけでは無く、タリアちゃんが苦しむくらい何らかの問題を感じているのでしょう?」


「……うん」



「でも、もしかしたら絶対誰でも納得出来る良い方法があるかもしれないし、そもそも今の方法だと復活ではなく別の何かになっていて、見殺しでもなんでもないかもしれない」


「……!」



「急いで答えを出さなくていいのよ。辛い決断なんてすぐに出さなくていいの。答えって、ずっと探し続けたって良いものなのよ。わたくし達のような凡人なんて、日が経って落ち着いてようやく答えが分かるのが普通なんだから」




撫でられながら諭されて、タリアが再び第二王女にしがみつき泣き声を押し殺している。



「本当はあのベッドを借りて、真に母親代わりとして慰めるべきかもしれないけど、わたくしはあの人こそ尊敬している。あの人の代わりにはなれない。だからわたくしに出来るのはここまでよ。今のもあの人に貰った言葉をあの人の娘に返しただけ」


「……あり、がとう。おねえさ、ま」



か細く、掠れた声。




「アネモネ、も、ずっと側にいてくれて、ありがとう」



その声が、私なんかにも感謝を振り絞る。




「私は、本当に何も出来なかったわ。何も言えず、何も出来ないから、近くに居ただけなのよ」


本当にそう。本当に何も分からなかったもの。




「居なく、ならないで。みんな。ずっと一緒に居て。それだけでいい」

「……!」




…………!!


胸に熱いものが灯る。タリアの声は、言葉は、どうしてこんなに心に届くのだろう。




「と、と、と、当然よ!私はあなたの妻なのよ!!」


「ちがう」「は?」



……あれ?


めちゃくちゃ感動的なプロポーズをされて答えたのに、タリアからは即答での否定と、第二王女からは信じられなくらい冷たい「は?」が帰ってきた。


あれ?おかしいな?


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