【聖女の視点】 そうなのよ
【聖女の視点】
にがい。甘くて、すごく苦い。
きづくたびに、自分が嫌になる。
私は私だけ。私のことばっかり。
勇者様は、ちがう。
タリアは、もっとちがう。
にがい気持ちになる。
あの日から耳鳴りがやまないの。
あの日からうまく眠れないの。
何も落ち着いて考えられないの。
でも。
ぴちょん、ぴちょん、水音が聞こえる。
水の音に耳を傾けると、耳鳴りに気づかなくなる。
これのおかげで気付いたの。
暖炉の音。人々のざわめき。虫の声。水の音。
本当に鳴っている音を聞くと、本当は鳴っていない耳鳴りが薄くなるの。
誰かの寝息を聞くと、耳鳴りが静かになって、私も眠れるの。
親友の布団にこっそり潜り込むと、私も眠れるの。
タリアの側は、すごく楽で、すごく安心なの。
それが、甘くて、苦い。
タリアが居ると安心なのは、私だけじゃないから、苦い。
出会って数日で、勇者様が今一番頼りにしてるのはタリア。
私が頼られるべきだという義務感と嫉妬のような気持ち。
それでいて肩の荷が下りていくような安堵。
重荷に思っていて、それを他人に押し付けて安心してしまう自分の醜さ。
とても、とても苦い。
よくも、よくもこんなものを聖女だなんて。
タリアは気づいているのかな。
さっきの子どもたちも、周りの大人達も、みんなホッとしている。
タリアが居ると安心している。
たぶん能力もあると思う。
タリアは、おかしな服装からは信じられないほど勘がよく頭も回る。
でも、私が同じくらい賢くても、あんなふうに安心してはもらえない。
聖女と持て囃されていたときも、誰かをあんなに優しい顔にしたことは無い。
タリアの、気だるそうだけど柔らかい表情が。
欲望を正直に言っちゃう素直さが。
怒ってもあまり迫力のないゆるい声が。
タリアが。タリアがみんなの気持ちを軽くする。
私は、いつもみんなの気持ちを重くするのに。
てっきり子どもたちから私や勇者様の力を聞き出すのかと思った。
タリアがしたのは子どもたちと町の人の心配だった。
助けて終わりだと思ってた私と勇者様は気まずくなって。
でも助けた人が気まずく思うのはおかしいって。
でもせっかくならその気まずさを利用して調査の護衛をお願いするって。
勇者様もいつのまにか町の警備の人達と仲良くなっていて。
勇者様もうまいかんじに色々隠しながら調査に協力してて。
私だけだ。
ダメなのは、私だけ。
人々の期待を裏切って。
勇者様に取り返しのつかない迷惑をかけて。
こんなに簡単にタリアに頼って。
私は、私は。
ほら、やっぱり私は私のことしか考えていない。
「ねえアネモネ」
山の中で、タリアが調査の人々の輪から少し離れた私に声をかけにくる。
それだけで安心してしまう。
タリアに、側に居てほしい。
「ヤマトってわりと人気者になりがちじゃないか?会ってすぐの町の人が王女よりヤマトに馴染んでで離れてもあんまり気にかけてくれないんだが。」
それはタリアに安心してるからなんだよ。
そして勇者様も同じくらい凄いだけ。
「というかさ」
顔を寄せて小声で囁いてくる。
王女とは思えないほど距離感が誰にでも近くてドキドキする。
「あいつ異様に男どもに人気じゃないか?」
「そうなのよ」
そうなのよ。
「性癖がカスなのが滲み出てるというか公言してるから女にはそれほどでもないが、それがまた更に野郎共からの人気につながってないか?」
「そうなのよ」
そうなのよ。
「関所でも凄かったが、あれってもしかしてずっと男から大人気ってこと?」
「確かにそう言われると素性を隠していても常に男の人達と和気あいあいとしてて特別な力とは無関係に本人の素のままの能力で珍しい体術を使えるもんだから手合わせとかもしてたけどそれがまた凄い技術だったりして様々な男の人から尊敬されてときには王子様なんかとも上半身ハダカで模擬戦して笑い合ったりとかするもんだから別の意味では特定の女の子たちにも大人気ではあったりして、って何を言わせるの!」
ぺしっとタリアのおしりが鳴る。信じられないことに私が叩いた。
「いたぁい!?勝手に言った!勝手に言ってたよ今!超絶早口で!」
なんてことを。なんてことを。ちがうのに。わたしはちがうのに。
「いや、でも聞いたことあるんだよね。うちの研究者とかから。」
おしりをさすりながらタリアが小声で囁く。
「真の愛は男が男に向ける愛って」
「そうなのよ」
そうなのよ。
「ってちがう!!」
べしっとタリアのおしりが鳴る。信じられないことに私が叩いた。
「いたぁい!?」
「愛に真実とか嘘とか優劣なんてありません!」
おしりをさすりながらタリアが何か怪しい目で私を見る。
やめて、そんな目で見ないで。
私、私いまずっとシリアスで重い感情に浸ってたの。
こんな感情で現実に引きずり出されたくないの。お願い。
「…アネモネ。南の国にはあるよ。秘密の図書館もね。」
「…………!!!!!」
…………!!!!!
「……秘めた妄想は秘めて押し付けようとしない限り自由なんだ。」
頭が勝手に頷く。
「あるよ。南の国にはね。それもまた学問なのだから。」
頭が勝手に頷く。
「アネモネ。人生には楽しい目標も必要なんだ。これは必要で仕方のないことなんだ。」
頭が勝手に頷く。
「情けは人の為ならずとは三千世界共通の原理で、つまりさ、良いことはお得ってわけ。あるよ、アネモネ。子供を救ったお礼も。調査協力のお礼も。これからのお礼も、相応の見返りが。貸しに相応しい返礼ならなんでも望んでいいんだ。相応しいならね。」
なんでも。
「お互いにメリットのあるレベルまでの貸し借りの話だからね。返せないレベルの貸しを無理に作っちゃダメだからね。」
なんでも。
「おやっ、急に何も聞こえてないな?なんでもじゃない。相応しい返礼ね?」
……なんでも。
「おーい」
………………。
なんでもする。タリアが私に。……私がタリアに。
………………………………………………。