若干番外的な主人公の過去明かし回
『タリアちゃん』
……この声……私をタリアちゃんと呼ぶ人……?
『タリアちゃん、もう泣かないで?』
……お母さん……?
無理だよ。そんなの無理だよ。
『ううん、やっぱり嘆き悲しんでいいわ。そういうものよね』
お母さん?そうかなお母さん?
『大好きな娘が、私に居なくならないで欲しいって泣いてくれるのって、やっぱり嬉しい気がしてきたもの。好かれているって思えるもの』
好かれているよ。お母さんは皆に好かれてる。私も一番大好き。だから死なないで。
『タリアちゃん』
死なないで。
『こういう時、本当は「悔いなんて無い」とか、「貴方の中に生きているわ」とか言うべきだと思うの』
もう駄目になったよお母さん。もうそれ言っても駄目だよ。死んじゃ駄目。どうして全部言っちゃうのかなお母さんは。
『タリアちゃん。私は死ぬのが悔しくて悲しいわ』
うわああああああああ!!
『大泣きねタリアちゃん。あなたが大人になるのを見届けて、知的で天才で最高の美少女賢者ちゃんを育てた偉大な母として世界中から褒められたかったわ』
う……うーん。うわああん……。なんだか泣きづらいよお母さん。私全然そんなんじゃなかった。全然天才じゃないよ。分からないの。考えても、先にある答えが邪魔なの。別の答えが考えられないんだよ。
『考えなさいタリアちゃん』
出来ないって言ってるのにさぁ!
『出来ないことがあるって、楽しいのよ。分からないこと、出来ないこと。それが「目標」というものなの。これからは目標がタリアちゃんの人生を彩るわ。まさかキッカケが私になるとはね』
全然楽しくないよ。悔しくて、悲しいよ。私、てっきり助けられるって……お母さん……。
『お母さんも悲しいし死ぬのは怖い。でも、そうじゃなきゃダメなのよ。明日に悔いのない終わりなんて要らない。明日を楽しくする為に生きてきたわ。だからどんなに長生きしたって明日に悔いを残したい。死ぬのは嫌だけど、嫌な死でいい』
……むずかしいよ、全然分からない。やっぱり私天才なんかじゃ……何もわからないんだよお母さん……悔しいのは嫌だよ……悲しくて辛いよ……
『まぁ正直に言うと痛くて辛い死は嫌だなぁって思ってたわ。でもタリアちゃんのおかげで快適に死ねる』
言い方がさぁ!泣きづらいんだよお母さぁん!!すごくモヤモヤするの。
『見落とさないでタリアちゃん。出来ないことだけ見るのも違うのよ。正しい悔しさを今ここで学び切りなさい』
……。
『痛くて辛い死をあなたは変えた。未来を一つ良くしたわ』
でも……でも……
『両方持っていきなさい。あなたはより良い未来を作れた。悔しくて悲しい未来を変えられなかった。その両方の答えが、「次」への目標を与えてくれるの。全部抱えて「次」に生きなさいタリアちゃん』
難しいよ。難しすぎるよお母さん。ぜったい悲しくて泣いてる子供向けの教育じゃないよ。
『おかしいわね。すごく賢くて良い事を言ったから、感動してもっと泣く筈だったんだけど。死に劇的さを求めるのって正直あまり良くないけれど、私の良い話に感動はしても良くないかしら?』
私はまだ子供なんだってば!お母さんに甘えたい子供なの!なんかもっとこう、抱きしめて泣きあったり、頭を撫でてなんか優しくするべきなの!
『ほらおいで甘えん坊さん。存分に甘えなさい』
うわあああああん!!!
『凄いわタリアちゃん。切り替えが凄い』
一人になっちゃうんだよ!私!置いていかないで!!!
『どうしようかしら。人は絶対に一人じゃないって話をしたほうがいい?』
ねえ本当に!私いま綺麗事を聞く気分じゃないんだってお母さん!!泣いてるんだよ!?大泣きしてる!!
『国民ってね、税金を払ってるのよ』
何の話!!?
『どんなに孤独に生きているつもりのおじさんでも、ちょっと税金を払わされただけで誰かの役にたってしまう。お店でごはんを買えば、そのお店も、材料を作った人達も、そして税金を受け取る国も助かる。生きている限り全ての国民同士はつながっている』
言わんとすることは分かったけど、孤独イコールおじさんだと決めつけるのは良くないよお母さん。
『悪事での繋がりは面倒な話になるから除外ね?食べてうんちをするだけで他の生き物の命と繋がるみたいなとこまで広がり続けるし』
もしかして今うんちって言った?泣いてる娘にうんちの話をしたのお母さん?
『タリアちゃんが独りだと感じるのは、繋がりが見えてないだけなのよ。国民の税金で甘い汁飲み放題の私達王族が、民と繋がってないなんてありえない』
飲み放題では無いよお母さん。そんなふうに言っちゃ駄目だって何度も私言ったよね。
『独りじゃないわ。王族であるタリアちゃんが起きてご飯を食べて遊んで眠るだけでも、必ず誰かの生活と繋がっている。認識してしまったでしょう?お母さん得意なんだからこういうの』
……。
『無人島での一人暮らしを想像したわね。そっちを出すなら命の繋がりも出すわよお母さん。個体の死なんて意味が無くなる無限の話を死にそうな個体が話すわよ。無限に薄まって命の価値を見失う怖い話を出すわ』
降参だよ!降参するからやめて!なんか心苦しい!!
せっかく二人きりにしてくれたんだから、なんか親子の優しい話だけでいいんだよ。こんな時まで教育熱心にならないで。
『そうだった。貰った気遣いは大事にしないと。お母さんってば割と人気者なのよね。同じ王族にも国民にも結構チヤホヤされてきたわ。なんせ優しくて美人で声が良いから。娘にも溺愛されちゃうし』
う……うん……。事実だし、大好きなんだよ。大好きなんだけど、あまり本人の口から言われたくないかも。
『実は秘訣があるの。むかーし、お母さんが子供の頃、サキュバスの友達と一緒に考えたすっごい魔法の秘訣』
お母さん?嘘だよね?娘にサキュバス由来の魔法を教える気?
『人懐っこいタリアちゃんは元々かなり出来ている。ただちょっと勇気が足りなくてお友達がなかなか作れていない』
別の意味で泣きたいよお母さん。私の力ってズルしてるみたいで気まずいんだよ。テストもそうだし、先に皆のこと一方的に分かっちゃうのもそう。スポーツやゲームも最悪。気まずいよ。対等の友達が全然作れないよ、だって対等じゃないんだもん。
『そう!先手必勝なのよ!!』
何がそうなの!?
『まだ魔性の女になるのは早いと思って秘密にしていたけれど、時間が無いからしょうがないわ。最後だからあなたに魔法をかけてあげる。私の最強の魔法を』
?????
『ちっこくて声もカスカスだから怒っててもキュートアグレッションしか感じないし、その危ない才能に上乗せするのはちょっと心配だけど、まあいいでしょう』
お母さん、キュートアグレッションって何?
『タリアちゃん』
な、何?
『タリアちゃん』
無駄に引っ張らないで!?何ってば!?
「タリアちゃん!大丈夫!?」
「何が!?」
「だから寝相が酷すぎるから直すわねって?」
「……メレテお姉様?」
「そうよ?さっきからずっとそう言ってるのに。なんで寝ぼけてる人って返事だけ元気なのかしら」
……。
うわ。
そういうやつね。
私のことをタリアちゃんと呼ぶ人が居なくなってから、お姉様達がそう呼んでくれるようになるまで、あっという間だった。お母さんの魔法の力だ。まぁ魔法というか秘訣というか。
まだ私をそう呼んでくれる人が居てくれて、ギャン泣きして困らせたくらい嬉しかったのも覚えているんだけど、たまーにちょっと音の響きで思い出してしまう事もある。夢にまで見てしまう。
私の大好きなお母さん。私をタリアちゃんって呼ぶ柔らかくて甘い声。
『眠るまでずっとお話しましょうタリアちゃん。全然話足りない。足りなくて悔しいなって思いながら、最後は眠ったまま安らかに死ぬわね』
もうちょい言い方ってものがあるよねお母さん。
『タリアちゃんを置いて死ぬのが悔しいってちゃんと思ってるの。これでいいのよ。終わりが悔しくて堪らないほど、あなたを愛しているわ』
まっすぐ愛されていたことを忘れないよお母さん。愛をちゃんと言動で示し続けてくれた優しいお母さんが大好きだった。
そんなふうに愛されたらこっちだって愛してしまう。
「メレテお姉様、私に見せられるえっちじゃない絵も描いてる?」
「ななななな何を急に!?もちろんよ!!あ、あ、そうだ、作戦完了したわよ?お昼寝終わったならちゃんと身支度して出てきてね?」
「お姉様の絵自体は大好きなんだけどね。技術はよくわかんないけど、色とか空気とか、なんかすごく目が惹かれるんだよ。でも自分のエロイラスト見てもさぁ」
「あ、あ、そうだ、勇者考案とかいう不健康な激甘スイーツがあるのよ。分けてあげる」
「広まっちゃってるじゃん!でもちょっと甘いもの欲しい……あいつなんてことを……」
お母さんがくれた魔法。
全肯定の愛ではなく、私を最後まで真っ直ぐ育てようとし続けたお母さんの愛の魔法。
おかげで今の私には仲良くしてくれる人が沢山居る。守りたいって思える好きな人達が国中に沢山出来ていく。
そんなズルいことや悪いことするわけじゃないので、聞かれたら教えちゃうくらい簡単な魔法だけど。
お母さんが言うほど魔性の女みたいな凄い感じにもなれなかったし。異世界の勇者とか舐め腐ってるよ私の事。最近は白衣とメガネしか見てないやつも結構居る。真の魔性は衣装かも知れないよお母さん。衣装に負けるのって死ぬほどムカつくよお母さん。
「内緒にしても無駄だからねお姉様。私が探そうと思ったら、どんなえっちな本でも見つけられないものなんて無い」
「無駄遣いよタリアちゃん!全然賢者っぽい力を使う場面じゃないわ!」
「だから絵は好きなんだって」
「うああああ!!ウラニアさん助けて!!脳が灼かれる!!見せたくなっちゃう!!」
慌てて駆け込んできたウラニアも、事情を知って私の味方についた。見せたくない初期作や隠されたエロ名画まで発掘出来ると知ったからだ。血も涙も無い。
「正直者すぎるだろウラニア」
「タリアさまほどじゃないっす」
とても簡単な魔法。
こちらから先に正直な好意を示す。ただそれだけの魔法。
『先手必勝なのよ!!』
私は、その最高の見本を最初から知っていた。
ただお母さんの真似をするだけ。
物心付いた時から、最後の瞬間まで私にしてくれていたように。
言葉で、態度で、プレゼントで、行動で。示せれば方法はなんでもいい。
仕草で、表情で、声色で、話しかけやすい空気を作るように。敵意も警戒も無く、「あなたに好意しか無いですよ」とこちらから先にアピールする。
つがいになれという色恋の要求では無いんだ。あれは実際には好意を伝えるというより自分の欲求を叶えるよう相手に求める性質のもの。仮にそっちに使うにしても、たぶん魔法を使うのはもっと前の段階だろう。
創作物のイケメンメガネも言っていた。告白はトドメの一撃であって最初に使う武器じゃないって。ちなみにそいつはちょろいから最初から一撃でトドメが入った。
好きだと感じているところを好きだと伝える。仲良くなってみたい人に、一緒に居て欲しい人に、死んでほしくない人に、そういう好意を全部伝える。言葉だけじゃなく体のすべて、行動の全てで伝える。
常にすぐ成功するわけじゃないし、選択を間違えて険悪になるリスクすらあるけど、それでもやるだけ。私程度じゃ必勝にはならないけれど、先手有利だから。
お母さんは表情と優しい声だけでも好意を伝えられて、伝えた好意を皆に返されていた。誰もが『お母さんと一緒にいると居心地が良い』と言っていた。
もちろんお母さんの非常に優秀な観察眼と気配りの成果もあるので、同じ魔法でもレベルは全く違う。『相手をちゃんと見る』とか、『相手を思いやる』みたいな心のパワーの格が違うんだからお母さんは。この私が溺愛しちゃうくらい凄かったんだから。
一度秘訣を知ってしまえば、私が同年代の友達になぜ受け入れて貰えなかったのかもすぐに分かった。
こっちが緊張して警戒しているのに向こうは気にせず気軽に自分と仲良くしてくれなんて、態度で嫌がってるのに好きにはなってくれみたいなワガママと変わらない。
そんな傲慢な話が簡単に通るわけがない。相手に勇気を要求しているのに、こちらは勇気を払っていない。
相手が自分をどう思っているのか分からないのに馴れ馴れしくするのは、相手を想う優しい人ほど怖いんだから。相手を見下した不快な馴れ馴れしさは誰だって嫌いだからね。そうなりたくはない。
だからこそ、良い子達こそ難しい。加減の正解は常に変わるのに、何事も加減次第とか言われても大変過ぎる。
ギクシャクしながらも挨拶とかちょっとした会話をしてくれていた同世代の子達の勇気を思うと、何も見えていなかった自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。
『タリア…さん。あの、これの答えを教えて貰うことって……』
『あ、え、わ、私が答えちゃっても、いいのかな』
『え、…あ!?ごめんなさい!そうよね!ズルいわよね』
『あ、えっと!?ズルくは…!』
『あ!?しまっ……!?そうよね!?ごめんなさい、タリアさんがズルいって話じゃ!私、ごめんなさい!ち、ちょっと話すキッカケくらいのつもりで…!ごめんなさい!』
ゴン!
「うわあ!?何してんすかタリアさま!?目が開いてない!?」
「壁の方が急に生えてきただけだ」
「絶対自分で自分の頭ぶつけたっすよ今!?」
やばい。恥ずかしい記憶ってなんでこんな鮮明に再生出来るんだろうね。おでこが痛い。これが当時は冷たくされた悲しい思い出みたいに記憶していたのがヤバすぎる。悲しいのは勇気を出したのに失敗した相手の子だよ。明らかに失言を悔やんでいたのに、私が黙っちゃったらもう救われないじゃないか。
なぜ一言私も話したいと返せなかったんだろう。どんなキッカケだっていいから皆ともっと話したいって思っていた筈なのに。
どちらにしても相手を知りすぎてしまう私が変に緊張していたら、そりゃあ怖がらせてしまうよね。何かを知られてしまったのか不安になっちゃうでしょ。
それでも嫌がらせとか疎外されるみたいな事件なんて無くて、ただ私が仲良く出来なかっただけなのだ。改めて思い返せば皆教育が行き届いていて、幼くても自分を良心で制御できる優秀な貴族の子達過ぎた。伊達に学問の国では無かった。
昔の子供仲間には大変なストレスをかけただろう。仲良くしてくれないんじゃない。私が仲良くしていなかった。
ただ、気を遣わないのとの区別も難しくって、それを失敗するほど余計に慎重になっちゃって、実は結構勇気も必要だ。
失敗を恐れないんじゃなくて、恐れたまま勇気を出すしか無い。何度失敗しても挑戦するしか無い。そうしなきゃお母さんには追いつけない。ちなみにその初期の失敗の被害者もやっぱり大半が同世代だ。大変なストレスをかけただろう。
『全部抱えて「次」に生きなさい』
あの日考えたくも無かった「次」は毎日全てに訪れる。次こそ成功したい事が沢山ある。次こそ救いたい人達が沢山居る。失敗する度に悔しくて泣いてきたけれど、失敗も成功した部分も捨てていない。
もう寂しいのは嫌だ。悲しいのは嫌だ。そして、お母さんがなぜそういう辛い気持ちを歪ませず受け止めて欲しかったか今の私には分かっている。
……あの日に学んだ、「正解は正解と限らない」というカスのなぞなぞみたいな罠は常に訪れる。全知は全知じゃない。一つの答えは全ての正解じゃない。賢者の正解なんて無限の解答例の一つに過ぎない。
「……タリアさま、ほんとに大丈夫っすか?いつものジト目がずっとうるうるですけど」
「昼寝したら欠伸くらいするだろ」
「はい鼻紙」
「ぷひゅーーー」
「鼻かむの下手すぎるっす。肺活量が貧弱すぎる。無駄っすよもう、なんか悲しい夢みたんでしょ」
「そりゃそういう事もあるだろ、儚い知的天才美少女王女だぞ。毎日なんかそういう儚い感じになってるもんだろ」
「すぐに切り替えられる案件が来るから安心して欲しいっす」
「急に嫌な予感がしてきたな。実はご明察通り結構シリアスに浸ってんだが」
こほん!と間を置くウラニア。もうダメそう。
「海中での『マッチポンプで罪の意識植え付け作戦』は完璧に成功しました!」
聞きたくねー。そういえばお姉様もなんかそんなこと言ってたな。
お母さん。なんかいつもちょっと変なんだよ。いやそういえばお母さんも絶対に私をシリアスに浸らせなかったな。すぐ崩すんだ。
『ほら力を抜いて、リラックス。気軽に生きましょう』
そんな遺言嫌だったよお母さん。あの日の私は力を抜ける状況じゃ無さすぎたでしょ。
『私、ゆるく笑ってるタリアちゃんが大好きだから』
私はお母さんの全部が大好きだった。




