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海の幸は多分人間が怖い


「タリア、海を見に行きましょう」

「唐突過ぎる」




昨夜はゴブリン長老と国王絡みのやたら長ったらしい会議に付き合わされて普段より眠るのが遅かった。だから昼になってもちょっと気怠いんだよね。


やっと湿気が重い洞窟から脱出できたわけで、海の湿気を浴びに行く元気がない。



それにこの後も街についたら王と話し合いの予定だ。その馬車移動に疲れて休憩させて貰ってたんだけど、どうして更に別の場所に疲労中の私を連れて行こうってなっちゃったのかな?


ウラニアが居ないと他全員が体力オバケになっちゃうから、疲労という概念が誰にも分からなくなっちゃうのかも知れない。置いてくるんじゃなかった。たすけて。



「えっと、その、王との頭脳労働はイケメン王子と勇者に任せましょう。適材適所よ」

「私ってば一応頭脳系の最高峰の能力者なんだけどな!?適材の頂点だよ!?」



何かを感じ取ったのか、離れた所で休憩中だった勇者が話に加わってくる。



「マリウス、様子がおかしい。多分何か事件だ。俺達も行こう」

「アネモネ様、僕がヤマト君を止めておきます」

「あれ!?」

「助かります!じゃあ連れていきますね」

「了解です」

「私は了解してないけども!?」



驚愕する勇者と賢者。凄い、全然話を聞いてくれないぞ。問答無用でお姫様抱っこされる私。わあいい匂い。


ふと足元を見ると地面がなぜか歪んでいる。そしてアネモネはちょっと浮いてる。なんだろう、空気とか魔力がすんごい圧縮されているような気がする。




まずい。めちゃくちゃ飛ぶ気だ。



「急ぐわねタリア!」

「嫌だ!!助けてええええ!!!!高いところ嫌だああああ!!!」




私の悲鳴が虚空に消えていく。ボッ!というなんかの発射音みたいなのが聞こえた気はしたんだけど、助けを求めて悲鳴を上げる頃にはもう飛んでたんだよね。






############################





──南端の海岸線にある広大な養殖場。



危険な海と美味しい魚を天秤にかけたご先祖は、魚を獲った。


魔物が居ようと、人食いサメが居ようと、ご先祖は魚の味を求めて海に突撃し、なんなら魔物も食った。



不屈の食い意地で海に立ち向かった旧人類の知恵は今も脈々と受け継がれ、危険な釣りも、多少マシな養殖も、伝統と最先端科学が混じり合いながら続けられている。




……そんなわけで、海では多少のトラブルなんか話題にもならずに全てが食材にされる筈なんだが……




「船ヨシ!演算ヨシ!!六連装砲ヨシ!!……うーん、いや、いいか!全部ヨシ!!全門発射ぁ!!」


「どこの船だぁ!!何を見てヨシって言ったぁ!!?」

「網に当てるなって!!養殖場壊したら人生終わりだぞ!?」




武装漁船の群れが拡声器で怒鳴りあいながら低レベルな戦いを繰り広げている。なんなら味方の筈の漁船が撃った連装銛を別の船が防いだぞ。




「アネモネ、まさか例の海の魔物が現れたって話?やたら強いタコのやつ」

慌てて私を海に連れてきたって事は、多分そういう緊急事態って事だと思う。



「ううん。そんなに危なかったら逆に連れてこないわ」

違った。



「やっぱり事前に説明が欲しかったかもな!飛ぶ前に!!お願いもうどこかに下ろして?なんか忙しそうだけど一旦ゆっくり説明聞きたいな?」


「ちょっと待ってね、えっと、どれが何の人形だったか……えっとね、来たわ、アレに乗りましょう」




トーンと何も無い空を蹴ってどこかに飛び降りるアネモネ。高い空からどれかの船に降りようとしているわけだ。突然空から海に落ちるのがどれくらい怖いことなのか、どうして分かって貰えないのだろう。私の絶叫が聞こえないんだろうか。




「あ」



そして、鳥と間違えられたのか海中から突然水鉄砲が落下中の私達に向かって連射される。もうどれが普通の魚でどれが魔物なのか判別も適当だが、鳥と魚もお互い食い合うライバルだ。だから海上を飛ぶのはとても危ない。



アネモネは空気の壁を蹴りながらそれを高速で避けるのだが、そんな急激な動きをされたら私の体が分解してしまうわけで、「ぐええええ!」という儚い私の悲鳴を聞いて今更手荷物の繊細さを思い出し、いつもの魔法粘土素材で盾を作る。



一瞬反撃の構えを見せたが、さすがに私を無事に送り届けるのが先だと思ったのか、ひたすら安全に防御しつつ眼下のやたらでっかい船へと向かう。




「よし、ちゃんと安全に連れてこれたわ」

「……!!…っ!!」



うわどうしよう、あまりにも言いたいことが渋滞して、抗議の言葉が出てこない。凄いことだよ、この天才の私が言葉に詰まるって。




「タリアちゃん!?大丈夫!?」

「タリアさま!!」



あれ、メレテお姉様とウラニアが駆け寄ってきた。なんか護衛兵みたいな人も集まってきてる。


という事はこれって第三王女所有の豪華武装客船かな?でかい船って普通は横からしか見ないので、真上からだと分からなかったよ。



「う、ウラニア、次アネモネに何か頼むときは一行以内で完璧に事前説明して。特に高い空は怖いから飛ばないように忠告して」


「私ちゃんと低くゆっくり飛んだわ?」


「ごめんウラニア、私も甘かった。今度アネモネとじっくり高さと速さの定義について会議しよう」


「タリアさま、冗談は後で。ちょっと急ぎで見てもらいたいんすよ」

「全然冗談じゃないんだけどな!?」




おろおろと心配してくれているのはメレテお姉様だけで、甲板から船内へと連れて行かれ、よく分からない計器だらけの部屋へと案内される。


中ではごっついおっさん達とごっついお姉さん達が何か印刷した紙を持って難しい顔をしながら話し合っていて、こちらに気づくと驚愕して駆け寄ってくる。




「なんと!?本当に賢者様を現地に!?」「きゃータリア様!弱ってる!カワイイ!」


「誘拐されてきた。ねぇ、本当になにごとなの?」

「説明無しで誘拐してきたと!?」「噛んでみたい!キュートアグレッション!!」



なんか一人不安になる反応のお姉さんも居るが一旦無視して話を進める。




「いや、その、先日の襲撃で海の魔物も色々荒れ狂っているんですが、その対応中に気になることがあってメレテ様に緊急報告をしたんです」


どうやらちょっと偉い立場のおっさんが色々紙を持ってきながら説明してくれる。




「恐らくですが、地上の魔物と同じ反応だと思うんです。人類への極端な恐怖を共有して、天敵に対する決死の反撃を行わせるような」


「あ。やべ。そうか、ゴブリンの事しか考えてなかった。あれって海の魔物も……」




なんか一件落着した気分になって完全に見落としていた。海の魔物もおかしくなっていたんだ。やばいぞ、さすがに水中生物とは会議出来ない。



「それはまぁいいんですが」

「いいの!?」

「別にもともと仲良しでも無いですし、味は変わらないので」

「人類怖い」




なんでこの地方の人間は海産物になると味のことしか考えられなくなるんだろう。




「ただ地上のゴブリンと同じく、魔物同士の珍しい争いが頻発していて、それがよりによってこの重要な養殖拠点で行われているものですから、調査と対応に我々も乗り出したんです」


「……まぁ、その、国民の食生活の危機ではあるけど、それを私にどうしろと言うんだ?」


「あ、いえ、回りくどくてスミマセン……、緊急報告したのは危機への救助依頼ではなく、調査内容の方なのです。どうも、現在主流の学説より高等な魔法を使っている気がして、場合によっては漁船の武装条件を今すぐにでも更新しなければならないのではと」




どさどさと色々な紙を渡される。なるほど確かに、結構複雑な魔法の発動痕跡が見える。



「ボクがタリアさまに来て貰えたらと思ったのは、その集音データなんです」


長い長い前置きをひたすら待っていたウラニアが、ようやく本題とばかりに紙を見せてくる。



「ボクは単に防御結界を強化して対処を手伝おうと思って来ただけなんすけど、水中行動可能なゴーレムが攻撃された時たしかに予想より高度な魔法で驚きました。なにより……」


「……警告してる?攻撃前に?ずいぶん知的な魔物同士の行動だな」


「うわー!ほら、やっぱり!!」「うおおお!さすが賢者様!!」「かわいい!!!」




おお、一言で大絶賛。気分が良くなってきた。これだよこれ。


でもごめんちょっと疲れてるから座らせて下さい。




データを確認しながら地べたに座ろうとしたら、慌てて別室のソファに案内される。むさくるしい計器室から豪華客船のリラクゼーションルームに移されたので落差がすんごい。



ふかふかのソファに座り、無闇にトロピカルな飲食物を渡されて紙をペラペラとめくっていく。急に贅沢な休暇っぽくなってきたぞ。開幕は最悪だったが悪くない。全然悪くないよこれなら。眠くなってきた。



「タリアさま、もうちょっと頑張って欲しいっす!」

「すまん最近本当に疲れが抜けなくて」


「警告だと瞬時に判別出来たって事は、もしかしてこの集音データって『水中の魔物の会話データ』なんじゃないっすか?」


「まぁそれも混じってる。水の生物も喋るんだね。そういえば弾にされてたサメの魔物も歯を打ち鳴らして呪文を唱えていた気がする」


「えっ!?」「賢者様!?」「なんでそんな大事な話を共有して無いんすか!?」



あれ、言ってなかったっけ。




「た、タリア王女様、では海の魔物にも言葉があって、その気になれば高度な呪文も唱えられるんですか?」

「おい、学問の国で別種族を見下してるのはマズいぞ。異世界の勇者だってすぐにサメの魔物の器官と優位に気づいたんだ」


「……まさか、ロレンチーニ器官の事ですか?」


「そう。サメの魔物は感覚的に電界を掌握している。人類には出来ないことだ。歯を打ち鳴らす音での伝達は我々にも感覚的に理解しやすいが、もしかしたら筋肉の動作だけで電気信号によるコミュニケーションを行える可能性だってある。音ではなく電気信号による呪文や魔法回路を形成だって出来るかも知れない」


「そういえば勇者様がサメを極端に高く評価していると街の噂で……」



「それは忘れていい。まぁともかくどの魔物も彼らだけの言語を扱い、彼らだけの魔法を行使出来るんだ。人間の感覚だけで考えたらマズいと私も学んだ。前回大活躍のアネモネだって鳥が鳥だけの言葉を持つという話から前回の襲撃を未然に打ち砕いたんだぞ。サメの魔法も勿論知っている」




目を逸らすアネモネ。



「アネモネさま?さ、さっきよく分かんないって……」

「大体は分かるのよ?」

「つまり私ってわざわざ連れて来られなくても良かったわけだな!?」


「いやいやいや!せっかく!せっかく来てくださったなら賢者様の力を!恐らくタリア様にしか出来ない分析があるんです!」




紙をサイドテーブルに置いていよいよ完全に昼寝しようとした私におっさんが慌てて別のデータを見せてくる。



私じゃなきゃ駄目なこと。そういえば最近は無駄に色々詳しいヤマトのせいで単独での知的大活躍が少なくなっていた。今は絶好の好機では。




「あのとき、タリアさまは首の長いドラゴンの言葉を翻訳してたっすよね?」

「うん」



周囲がざわめく。いいぞ、もっと私の凄さに驚くべき。そうだよ、こういうのだよ。



「もしかしてこの集音データから、海の魔物が何をしているのかも翻訳で分かるんじゃないっすか?」


「ああーーそういうこと?それで私を呼んだの?」

「です」




改めてデータを鑑定する。いやーなんか久しぶりかも。鑑定とか、答えが勝手に分かる力がちやほやされるの。どう考えても凄い力だろ、みんな普段からもっと崇め奉ろうよ。



「でも多分皆が思ってる翻訳と結果は違うと思うよ。特殊な魔法生物はともかく、単純な音での威嚇は結局『威嚇』でしかない。実際そういうデータがちらほら見える」


「なぜ威嚇してるのかまでは分かんないっすか?」



「縄張りを主張してる。餌の給仕係……?が自分のだから邪魔するなみたいな雰囲気の威嚇。犬猫と大差無い気もするな」


「賢者様、威嚇されてる側の主張とかは如何ですか?」


「人類は危ないから近寄るなって怒ってる感じ。怒ってるっていうか心配してるんだなこれ。それで人工物を破壊しようとしてて、それが自分の縄張りのものだと思ってるやつらが激怒して反撃してる」




頭を抱えてのけぞるおっさん。うわ、なんかヤマトの解釈違い動作と似ててそういうジェスチャーだと察してしまった。



「良かれと思っての攻撃行動!?魔物が!?」

「いやよくあるだろ。人が何かを残酷に攻撃する時だって大体正義とか良い事だと思い込んでるじゃないか」


「だからですよ!縄張り争いなら決着が付いたら一旦終わりですけど、正義のつもりで共存している魔物ごと養殖場を破壊しに来てるなら、自然の成り行きには任せられない」




ああー。まぁ、面倒なことにはなっている。


そしてチャキっという音が抜刀の後に聞こえた。



「つまり皆殺しね?」

「ぜったい駄目だよアネモネ?」

「しかし正義の味方として破壊活動しに来た魔物を説得なんて出来るんすか?」

「うーーん……」




どうしようかなこれ。翻訳しないほうがいっそ楽だったのでは。




「そもそもこの人類寄りの魔物は何なんだ?でっかい特殊な魚っぽいが」

「恐らくコバンザメに似た奴らです。養殖場のおこぼれの餌をたらふく食って太ってるんですが、なにぶん味が酷くって」




なるほど、この魔物が言ってるらしき餌の給仕係ってそういうことか。


つまり美味しくないし勝手に縄張りだと思って他の魔物から守ったりするから、放置一択の共存魔物なわけだ。




「賢者様、確かにあいつらは賢い魔物なんです。養殖場に危害を与えればどうなるかも一度でちゃんと学ぶし、余計なことをしない限り攻撃されないのも学んでいる。だから昔からアイツらの分も想定して多めに餌撒いたりするわけでして」




そんな慣習までは賢者の力で把握出来るような定義がされていないので、新鮮でちょっと面白い。聞くのと見るのの違いと言うか、現場に来てみないと分からない事と言うか。



そして話の切れ目でメレテお姉様が動く。




「もう十分よ。全て把握しました。皆、タリアちゃんをゆっくり休ませなさい」


「お姉様、その映像記録はどうする気?」




ちなみにお姉様はここに至るまでひたすら私を様々な魔法道具で撮影しまくっていた。堂々とローアングルからビキニアーマーの股間まで撮っていたのが凄い。




「さすがに驚いたわ。直接正面から力を借りるとこんなにあっさり正解ルートが丸見えになるのね」


「驚いてるのはこっちだよお姉様。まず撮影を止めるべきじゃないかな?よく堂々と目の前で盗撮出来るね?」




止めようとすると横からスッとアネモネがガードに入る。何してる?


「タリア、今は気にしないで」

「全然気になるけどね。なんでアネモネが味方してる?放置しておくとこれを資料にとんでもないエロイラストが描かれちゃうんだよ。回収しないと」


「だからこそなの」

「なんで『仕方ないことなの』みたいな顔してんの?全然だからこそじゃないか?」




なぜかアネモネに阻まれている間にお姉様は撮影記録を回収しながら何かをメモし始める。




「任せてタリアちゃん。あなたのおかげで海の問題はなんとかなる」

「いや、私の問題は?」



まるで頭脳的で優秀な王族の振る舞いのように、格好良く部下や船員達を集め、メレテ王女の号令が響く。


頭脳的で優秀ではあるんだけど、まだ私のケツを撮影しているこの魔法道具はなんで止まらない?




「みんな聞きなさい。賢者様の協力で対応策が決まりました。作戦名は『マッチポンプで罪の意識植え付け作戦』になります」


「お姉様、作戦名がカスすぎる」「はっ!」「イエスマム!!」「了解です!!」




駄目だ。私の意見が全て流されて、何らかの作戦準備が始まってしまう。


名称から察するに多分わざとコバンザメ魔物を傷つけさせて庇ったりするんだろう。分かりやすいけど後々訴えられるかも知れないからこの作戦名は記録に残さないほうが良いと思うな。意外と訴えてくるんだよ、魔物。




……しかし、まぁ……恐らくだいぶカスな作戦だが、上手くいけば海岸線に味方が増えるかも知れないし、これなら任せていいやつかも?


多分駄目だったとしても今海中で正義ぶって暴れてる魚介魔物達が全部調理されるだけだろうし、から揚げになるよりはマッチポンプに騙される方がマシだろう。




うん。よし。疲れてるから一旦これでヨシとしよう。何かダメそうだったら介入する事にして、しばらく豪華客船でぐうたらしよう。



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