ゴブリンの悪戯
「くっ……!」
狭い通路。
分かれ道。
……状況は、良くない。
「私を置いて先に行け!!勇者!!」
ここで私が足を引っ張るわけにはいかない。
頭脳最強の知的天才美少女賢者ではあるものの、身体能力には全く自信が無いから。
特に自分の足で走らなければならないような場所で、皆の枷になるわけにはいかない。
「ねぇタリア、ヤマトさんならとっくに居ないわ」
「薄情者が!!」
まずい。
言ってみたかっただけで、実際には置いていかれるとかなり困る。
「王子は!?イケメン王子が年下の可愛い王女を見捨てるのか!?」
「マリウス王子は先行してたから多分気づいてないかも」
「そういうとこだよ!そういうとこで表舞台ポイントが足りないんだアイツ!!」
やっぱり最後に頼れるのはアネモネだけなんだな。
「ねぇタリア。この地図ってどっちが上なのかしら」
だめだ頼れない。私達は地図弱い組だった。やっぱりウラニアも連れて来るべきだった。
「……よし!一旦私を壁から外してほしいなアネモネ!」
ちなみに私は壁の穴にハマっている状態だ。背後のアネモネから見ると壁から尻が生えていて、なぜかすぐに救出されず尻を撫で回されていた。
「さすがに触りたかったし、何か意味があるのかなって思って待ってたの」
「実はね、姑息な罠に引っかかっただけなんだよ。意外と見たままなんだよアネモネ」
ちょっと脇道にそれたら足元に視認しづらい半透明の紐が張られていて、転んだ先にスイッチがあって、床が油まみれの滑り台になって、跳ねる床につっこんで弾き出されて、なんか柔らかい壁にぶち当たって、上半身だけ壁を貫いた。
アネモネがいつもの魔法粘土素材的なやつを剣にして壁を粉々に切り刻み、卑劣な罠からようやく解放される。全然すぐ救出してくれて良かったんだよアネモネ。
「裁判所ダンジョンが罠だらけなのって合法なのかしら」
「急ぎの案件が片付いたら絶対違法にしてみせる」
「何か妙に殺傷能力が無いのが気になるのよね」
「そうか、確かになるべく怪我させない足止め系だらけだった」
ここは薄暗い地下ダンジョン。
勇者と王子を起訴したゴブリン達が待ち構えている卑劣な罠だらけの巨大ダンジョンだ。
ゲラゲラ笑ってるゴブリンがちらほら居たので、向こうにとっては非常に面白いイベントっぽい。私の痴態もどこからか見られて爆笑されていたかも知れず、普通に許せん。
「くそっ入る前から時間稼ぎなのは気付いていたのに、まさかこんなにセコい罠だらけだったとは!」
ゴブリン達による起訴でイケメン王子が慌てていたのは時間の問題にも気付いていたからだった。
裁判所からの呼び出しは、例えば手紙を受け取って中を見ずに放置しているとそれだけで不利なまま進んでしまう超危険な代物だ。
そして無視や欠席に厳しい仕組みは当然悪用される。相手を出席させなければ不利な起訴でも勝てるかも知れない。
そしてゴブリンは悪戯が大好き。
ドッキリ!重要な書類をあの襲撃の翌日にわざと怪しい動きをしながら人間の兵に届けてみた!って感じのクソ悪質なイタズラによって私達は既に一旦裁判を放棄しかけていた。
やってることがやばすぎる。悪戯好きという言葉で想像出来る悪戯の範疇じゃない。
もしマリウス王子がこの案件に気づいて対応しなかったら、結構大変な事になっていたかも知れない。
何より、別にただ悪質な悪戯をしてるってだけなので、元々の訴えは認めざるを得ない正当な要求だから、なんとか出来たとしても勝ち目はあまり無い。ゴブリンの英雄の遺骨は確かに傷つけたし、巻き込まれたゴブリン達の骨も折ったからね。事実すぎる。
せめてエグい要求が素通りしないようにっていう負け方の調整しか出来ないのに、ただ悪戯してゲラゲラ笑う為にその妨害をされているわけだ。カス。魔物オブ魔物。邪悪すぎる。洒落にならんクソガキ系の邪悪。これがゴブリンか。
やっぱり第一から第三王女姉妹であるお姉様達に揉み消して貰うしか無いと思ったんだけど、中央の国で最初に私を捕まえたオーク共が関わっている国際裁判でもあるからか、「軽く考えないほうが良いかも!とりあえず行ってなんとかしてみなさい坊や達!!」という絶望的な返答を貰っている。
私は絶対行くなと言われたが、なんと証人として呼ばれているので理由なく拒否すると一旦国際犯罪の前科持ちになってしまうらしい。証言拒否罪だって。後々なんとかすると言われても、どう考えても王位への足枷すぎるでしょ。
「ねえタリア、裁判所ダンジョンの壁とか床って破壊していいのかしら」
「ダンジョン全部が裁判所扱いじゃないのを祈るしかない」
「じゃあもうまっすぐ行きましょう?今気づいたんだけど、ヤマトさんとマリウス王子が居ないと地図の意味無いわよ」
「うーん!本当は破壊行為を止めなきゃいけない気がするんだけど、そうするしか無い気もする!」
裁判所への地図はもちろん添付されていたのが、これは立体パズルとか多層迷路と呼ぶべきものだと思う。図1と図2がどう繋がってるかもわからないのに、たくさん階層がある。無理だよこれは。
「問題は……もうどっちが入口の方か分からないところね。多分目的地って入口の逆方向にあるものよね?」
「やばい、だいぶやばいよアネモネ。絶対そんな簡単じゃないってことだけは分かるんだけど、私も入口がどっちだったか分かんない」
うーん、と可愛らしい声を上げながら唐突に壁や地面を破壊するアネモネ。
けど、穴をほってもその先に道は無かった。
「……そうよね?建物だったら床とか壁破壊すれば隣に行けるけど、ここって沢山の長い洞窟がぐねぐね繋がってたりしてる不規則な迷路なわけよね?……どっちにまっすぐ掘ればいいのかしら?」
じっとこっちを見るアネモネ。分かるよ、その期待がなんなのか。
私の賢者の力は答えを突然出す。式とか理由とか飛ばしてまず答えが出てくる。私の力に地図なんて必要ないから地図が読めないとも言える。
つまり本人が迷ったりはぐれても結果には何の関係も無いから勇者は堂々と置いていったわけだ。
ただ問題もある。私の力は凄すぎるので私にもよく分からないという所だ。天才とは自分にもそう簡単に理解出来るものじゃないんだって。
「とりあえずちょっと進んでみるかな。油まみれの坂登るの大変だし」
「私が抱えて飛ぶわよ?」
「閉所でアネモネの速度で飛び回るの本当に怖い」
見た目は繊細な金髪美少女だけど、割とアネモネの中身は雑な上に手加減が下手なので、洞窟内での高速飛行は多分この世の終わりみたいな怖さになる。
人間は歩く動物だ。地面を歩こう。高いところとか飛ぶのは怖いって皆いい加減気付いたほうがいい。
カチッ。
そうだね。空が怖いと思ったから陸の怖さが意識から消えてたよね。
罠だらけのダンジョンの床だもんね。
そりゃあ変なスイッチがあることもある。踏んで床がパカって開くこともあるだろう。
「タリア!?」
「たすけてぇえええ!!!」
古典的な落とし穴に落ちる私。瞬時に私を風で浮かそうとするアネモネだったが、穴はすぐにまた油まみれの坂道になっていて浮かす前に着地して滑り始めており、何を血迷ったのかアネモネはそのまま私を後ろから抱きかかえて一緒に滑ろうとする。
「……一瞬ビックリしたけど、タリアの事だし多分こっちが正解なのよね?」
「私にも分からないんだよね実は!どうだろう、今度は二人で壁からお尻を生やす事になるかもよ!?」
にっこりと微笑んで頷くアネモネ。どういう微笑み?
「私あれ好き」
「どれ!?私のケツが生えた壁!?」
「うん」
「肯定!?」
まずい。そういえばアネモネはさっき執拗に尻を撫でていた。まさか本当にお気に召していたとは。
案の定すぐに現れる柔らかくて跳ねる床。飛び出す二人。柔らかくて突き抜ける壁。楽しそうに手を離すアネモネ。
「あああああ!!!」
ずぼずぼと壁にめり込んで半分突き抜けた私達美少女の上半身と、壁の向こうに取り残された尻ふたつ。
そして無言で一人だけ壁を破壊しながら抜け出して後ろに立ち、私の尻を撫で始めるアネモネ。
「どうしてかな?どうして壁にめり込む前に助けてみようってならなかったのアネモネ?」
「……」
「無言なんだよね。無言で私の尻を撫でてるところ本当に悪いんだけどまた壁破壊して助けてくれないかなって」
「…………うん」
「めちゃくちゃ躊躇してる!どうして!?どうしてそんなに気に入っちゃったの!?そんなに壁からお尻が生えてるの嬉しいかな!?」
「うん」
肯定なんだよね。
まずい。裁判所、無事にたどり着けない気がしてきた。




