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海の敵を甘く見た



アネモネの答えは大体シンプルだ。




「これを庇える使い手も居るのよ」




浜辺に打ち上げられている首の長い邪竜は、何者かの『庇う』スキルで守られていた。




「でも無理みたいね」




浜辺には、砂の山が作られている。



今となりで喋ってるアネモネではない映像の中の分身アネモネは、首長竜のすぐ近くの地面を投石で連続攻撃した。


火球みたいな爆発はしなかったのでファイアボールじゃないけど、投石というか大岩だったのでそれはもう凄い衝撃だった。




砂浜は大爆発して大穴が空き、足元の地面が無くなった首長竜は穴に落ちた。


そして、吹き上がった砂は謎の風でコントロールされて元の場所に戻る。




──簡単に言えば、首長竜は生き埋めにされた。




「じゃ、燃やすわね」

『ギョェェエエ!!』

「えぐぅううーー!!!」



巨大な砂山の上で巨大な焚き火が始まる。どんどん投げつけられる大木のキャンプファイヤー。焚き火というか業火というか、熱が逃げないようにしているのか、浜辺がだいぶおかしな灼熱って感じの色になっていく。


やってることがやばすぎる。映像の向こうから微かに聞こえる埋められた邪竜の悲鳴は音が籠もっている。なんか水鉄砲みたいな魔法で抵抗してるっぽいんだけど多分即蒸発してる。環境保全の人達に後々激怒されるのは間違いない。お姉様に根回し頼もう。



「こ、これ知ってる、穴掘って蒸し焼きにする料理…!!そうか、あのロケットパンチってファイアピストンなのか!!」



ヤマトが変な反応をしているのでまた異世界の邪悪ネタかと思ったが、料理ってあれか、穴掘って焼き石敷いて蒸すやつね。それはこっちにも普通にあるからセーフとする。ただ生きたままやるのはエグいね?



ファイアピストンの方はたまーにサバイバルネタとかで見る、有名な火起こしの手法だ。出口の無い注射器とか細い空気砲とでも言うのか、ぎゅっと押したら逃げ場の無い空気の瞬間圧縮で熱が発生するやつ。どうやら異世界でも普通に使われている人類の基本技らしい。


確かに全然ロケットでもパンチでも無いのでどういう発想なんだろうとは思ってたが、言われてみれば確かにファイアボールと一緒で空気がぎゅっとなって超高温になるシリーズじゃないか。



なんならアネモネは圧縮空気の壁や真空断熱を使えるので火起こしどころかずっと高温にし続けられるのでは無いだろうか。個人が何の道具も無しに扱えて良い魔法では無いと思うがそこは一旦無視しよう。


出来てるもんは出来てるし、火起こしと思うと太古からの基礎的魔法かもしれないからな。




「しかしこれどうしようウラニア。私達の超広範囲な道具なら一応地面まで広範囲に庇うのは出来るだろうけど、結局上から土とかで丸ごと生き埋めにされた場合はどこまで守れるんだ?視界塞がっちゃうし……」


「ボクらの場合はあんな手間かかる事しなくても周囲を真空にされたり毒撒かれて終わりっす」

「あっ……」




あかん。血の気が引いた。あのでかい失敗に気づいたときの背筋がズワッってするやつきた。


毒……はもしかしたら何か回復系の魔法を組み合わせれば防げるかも知れないけど、真空とか周囲焼かれて一酸化炭素中毒みたいなのって『庇う』という概念で防ぐの大変過ぎないか?


そこ完全に防いだら呼吸も出来ないだろうし……




というかそれでウラニアはゴーレム使った結界も用意してたのか。何か凄い強いのを作れても一つじゃダメだと私より先に学んでいたわけだ。


……いや全然私にも共有しとけよそれは。戦いから遠ざけようとしてるフシがあるが、変に隠すのもそれはそれで悪影響あるから。




「アネモネさまに相談した時、次から次へとボクの道具単体じゃ防ぎきれない攻撃が出てきて絶望しました。現場はもっと複合的に皆で道具や魔法を組み合わせて守るものらしくって、ボクら開発者の想定と現場の想定には結構ズレがあるみたいっす」


「うーーーん。いざ聞いたらよくあるミスだが聞くまで分からんやつ」




やっぱり私もうちょい戦闘の現場を知っておいたほうが良い気がする。発想の幅に難がある。そういった意味ではマリウス王子に実は結構置いていかれてるのかも。




「なぁ、もしかしてスキルとか魔法って使う人によって結構効果変わる感じか?」


ヤマトからの純粋な質問。


「規格化された魔法道具ならともかく、人の力はまぁそりゃ人それぞれだよ。というか効果範囲が全然違って、私達のは達人レベルだって話をしたじゃないか」



「そうか、魔法やスキルにも個人差が……総じて似たスキルを『庇う』と呼んでるだけで、出来ることは道具や人それぞれって認識であってるか?」


「うん。個人がそれぞれ使っている力に個人差があるのは多分どの世界でも普通じゃないか?」


「……アネモネ、砂に埋めてもその邪竜はまだ庇われてるのか?」

「はい。多分対象の認識が視覚じゃないです。熱は庇えてないけど魔石の体がそもそも熱に強いみたいでもうちょっと時間がかかりそう」


「……海、視覚じゃない……もしかして、ロレンチーニ器官……?」



あ、え、全然そこらへん気づいてなかった。


なんなら残虐行為を止めるべきかくらいに舐め腐って考えていたが、ヤマトとアネモネはこの一方的っぽい状態でも一切油断せず敵を分析し続けているんだ。



うわ、ちょっとこれ私が甘いか?どうも守りたいという気持ちであって、戦おうという気持ちが足りてない気がする。



「タリアさまは持たなくていいっすよ、戦う覚悟とか」

「うわ心を読むな!?」

「顔に出過ぎっす」



アネモネとヤマトもこっちを見て頷いている。おいおいおい甘く見られたものだ。いや全然戦うのが好きにはなれないけど、覚悟はしなきゃダメだろ。




「幾ら本当にお姫様だからって、あんまりお姫様扱いされても困る。勇者と聖女を連れてきたのは私だぞ。この二人の戦いは私の戦いだし、この二人の殺しは私の殺しだ。頼れば自分の手は汚れないなんて考えてたら逆にヤバいだろ」


「その考えも正しいんですけど、タリアさまは特に手段と目的が入れ替わってはダメなんすよ。助けたいのであって、戦いたいわけでも殺したいわけでもない」




ううむ。良いことをズバッと言った筈なんだが譲れないらしく粘られてしまう。いや必要なら全然戦うよ私。


多分医療系の道具とかも頑張ってるから変に聖人扱いされてるのかもしれん。ダメだよ聖人扱いされるのは。損だもん。ちょい悪いけど憎めない人くらいが絶対お得。


目的の為に手段を選ばないタイプなのに、目的が良い事多めだから扱われ方が変になってるんだきっと。



「あの、私は敵と戦うの結構好きよ?全然普通に殺すわ?」



そしてフォローなのかなんなのか危険な発言で割り込むアネモネ。



「一旦アネモネさまはその発言を人前で二度としないよう注意して欲しいっす」

「コンプラがやばすぎる。教会どうなってる?」

「で、なんとか器官ってなんですかヤマトさん」



よくない発言を止めようとするが全然聞いてない。おかしいな、割り込んできたのに返事は普通に聞き流されてヤマトに会話が振られてしまった。




「サメ映画好きとかにだけやたら有名な器官だ。ちゃんと調べたわけじゃないから自信は無いが、確か筋肉を動かす電気とかも感じ取れる凄い感覚器官みたいなノリだった気がする。視覚じゃないなら、それの超感覚版かもなって」


「おいヤマト、それは知的天才美少女の私に普通に振って良い話だろ。知ってるよその器官。こっちは筋肉への信号制御する捕縛機作ってる天才だぞ」


「気をつけろアネモネ。浜辺に打ち上げられているやつらはともかく、太古のサメが空を飛んでくるかも知れない。メガロドンなら相当デカいぞ」


「わかりました」


「聞けよ!賢者の話を!私もちゃんと混ぜて!サメは空を飛ばない!」




さては皆私のことを不意打ち警報機で出番終わりみたいな扱いしてるだろ。許せぬ。実際そうなんだけどもっと頼らせたい。



……でもここで活躍しようと出しゃばって何か余計なトラブルを起こすパターンは現実でも創作物でもテンプレだ。自分の完璧な賢さが憎らしい。下手に動けない。



本当はもっとずっと前から地下を飛び出してなんかこうすごい大活躍をして「やっぱりタリア王女は凄い!王座にぴったり!」みたいな空気にしたいんだ。でも心の何処かで大失敗するから絶対やめろって止められている。具体的には生きた弾?の狙撃から庇ってもらってアネモネが傷ついたシーンが脳裏によぎりまくる。



「迂闊な行動を取れない私の聡明さに感謝しろよヤマト…!本当は活躍したいぞ今!」

「急に何言ってるんだ。海の敵片付いたら空に魔法殺し打って活躍するんだろ」

「そうだった!待ってろよ私の活躍を!!」

「賢者ちょろい」


「あ、待って皆」



不意にシリアスなアネモネの声。


直後に響くドォオオオン!!という強烈な爆音。



「耳を塞いだほうがいいかも」

「ちょっと遅かったかも!びっくりしたぁ!!」

「ごめんなさい、話をしながら戦うの難しくて」

「出来るのがおかしいくらいだけどもね!?」



映像の方は交代で撮影してる録画なのでラグがもっと大きくまだ何も起きてない。


でも庇われてるわけだから当然庇ってる別のやつが居る。




「勇者様、サメはなんでしたっけ」

「チェーンソーだ!!」

「何を言ってる?」




意味不明の不穏な会話から若干遅れて映像が届き、やっぱり意味不明な状況が映し出される。



『ゴガガガガ!!!』



とんでもなく巨大なサメがアネモネの持つトゲトゲの長い鎖で縛られて、ビッタンビッタンと往復で左右の地面に叩きつけられている。


チェーンソーというか、ソーのチェーンというか、およそ鎖として存在して良い物質ではない。


ガガガガっとうるさい音はサメが恐怖で歯を打ち鳴らしている音のようだ。声帯が無いからね。サメ特有の悲鳴なのかも知れない。



「どういう光景!!?ほんとに古代サメが飛んできたの!?」

「ああっ!?違う!違うよアネモネ!!ソーのチェーンを回転させて切断するんだ!!」

「こうですか?」



ギュルギュルギュルという破滅的な音と、ゴガガガガという悲鳴代わりの打撃音。


巨大サメに巻き付いていたチェーンがトゲというか刃の部分だけ回転し始めたのだ。



有刺鉄線に縛られるプレイの最上位版というか、回転ノコギリが沢山ついた鎖に束縛されてノコギリのスイッチを入れられるのはさすがにエグすぎるのでは無いだろうか。



「あああ!全然違う!!なんで!?似た工具あったじゃん!!くそっこうなったら俺が……!」




ヤマトのやつはどうやらサメに重くて歪んだ感情があるらしく飛び出そうとするのだが、前回の戦いで私とウラニアを守って浮かんでいた金色の光る繭みたいなものに包まれて脱出を防がれる。



「しまった!?」

「ふつうに全然ダメです。私とタリアが全部倒すので座ってて下さい」

「えっ私!?」



そういえば元々これはヤマトに隠していた切り札だった。なるほど、本当は私達を守る囲いじゃなくて、勇者に無茶な活躍をさせない為の檻だったのか。


意味不明な強度で人を空に浮かばせられる檻やばいな。怒らせたら宇宙まで追放されそう。



それはいいんだけど私って何らかの戦力要員に数えられてるんだ。サボってるみたいで嫌だなとは思ってたけど、いざアネモネレベルの戦いの場に呼ばれるんだと思うとちょっぴり震えが。いや。全然ビビってないが。


仮にビビってたとしてもちょっと映像がグロかったりえげつなくて足がすくんだだけだから。


出来ないよ私には。くそでかいサメが突然飛んできても対処なんて出来ないよ。




「ウラニアさん。『生きた弾』の想定、ちょっと甘かったわ」

「あ、え?……えっ!?」

「ほら」




映像の中のアネモネが信じられないほど巨大なサメを信じられない強度の残虐チェーンで縛ったまま振り回し始める。怪力すぎる。



そして次の瞬間、遥か遠くから突然もう一匹の巨大サメが弾丸のように突っ込んでくる。


「!!?」



アネモネはその二匹目のサメをチェーンで縛った一匹目のサメで打ち返したが、続けざまにもうニ発巨大サメが撃ち込まれ、一匹はアネモネがグーパンチで地面に叩きつけ、もう一匹は上空に蹴り飛ばされる。



嘘でしょ。



「あのサメが『生きた弾』って事!?でっっっっっか!!!」「狙撃で想像するの難しすぎるっすよ!!」


「私が思ってたより狙撃の弾が大きすぎるの。装備があるからって油断しちゃダメよビキニ組は」


「油断しなくても無理だよ私達には!!」「庇いあってどうにかなるんすかねアレ…」




遠距離攻撃無効で狙撃対策してんのに突然空飛ぶサメに食われたら誰にクレーム言えばいいんだよ。


私の国宝ビキニアーマーの価値が揺らいでしまう。遠距離攻撃の概念に絶対空飛ぶサメは入っていない。


ウラニアはお互い庇いあって打ち消すのを想定してるみたいだけど、二人共同時に食われた場合どうなるのか知りたくなさすぎる。



『ごガガガ!』



しかも映像のサメは何らかの魔法で海水を操り、狙撃失敗後も魔法攻撃を仕掛けてくる。あいつらも死体兵器か、あるいは兵器から生まれた新しい何かなのか。



「……勇者様、サメを撃ち出す魔物に心当たりは?」

「何かを投げたり発射する海洋生物って言うと……タコの動画を見たことがあるような?デカさ的には大王イカを想像したくなるけど、道具を使ったり貝とかを水流で飛ばすのはタコの印象だ」

「なるほど」


「アネモネ、一応私賢者なんだけどヤマトより優先的に質問する気は無いか?」

「タリア、元々擬態するタイプの生物を兵器化したら姿を消す魔法を身に着けやすいとかあるのかしら?」

「た、多分」

「アピールした割に微妙な返事だなタリア」

「黙れ異世界雑学チーターめ!!」




まずい。このままだと遠距離無効も賢さ枠も価値が薄れてただ可愛い美少女がビキニ着てるだけになってしまう。


もうそれだけでも持て成せよとは思うが、美少女なだけで王になれるなら苦労はしない。



「……もっと沢山『庇え無い攻撃』を見せたかったのだけど、ちょっと余裕が無くなったわ。予定変更が必要かも」

「もう充分だよアネモネ。毒も生き埋めもサメも全然無理だもん。普通に開発しなおしだよ」

「じゃあちょっと真剣に戦うわね?多分このままだと殺しきれなくて何体か逃がしてしまう。ううん、遠い海中に逃げてるやつが居たら既に逃がしてるかも」


「別に殲滅戦じゃないからね!?目的は海の方から魔物を操ってるやつを止める事だから!」


「……それは首の長い邪竜のせいでいいのよね?」

「私の直感ではそう!」




少し首を傾けて「うーん」と悩むアネモネ。仕草はとても可愛い。ふわふわ金髪美少女なのであざといほどに可愛い。だけど多分悩んでる内容はやばいし謎のオーラは吹き出ている。



ちらっとヤマトのほうを見た。ヤマトは頷いていた。嫌な予感がする。



「あっ……」「そうか……そうなるんだ……」「うーんさすがダークナイト様……」



そして嫌な反応が実況勢から漏れている。



『ギョエエエエエ!!』『ゴガガガガ!!!』



少し遅れて響き渡る海洋生物の悲鳴的な何か。




映像では、首長竜と一匹のサメがチェーンソーというか回転ノコギリだらけの鎖に吊し上げられていて、一際巨大な回転ノコギリがニ体の腹部の前にそれぞれ出現している。


攻撃したらこいつらが真っ二つになるぞという脅しなんじゃないかな。というか海側に腹を向けて吊るされていて、その前に巨大回転ノコギリがあるので、向こうからなにかしたら勝手に真っ二つになるだろうね。




「人質はダメだってばアネモネぇー!!!」

「あっごめんなさい、じゃあ殺すね」

「あっあっ、違うかも!今の無し!ちょっと待って!ちょっと!ほんとにすぐだから!!」




あああどうしよう、残虐行為を止めるともっと残虐行為が発生してしまう。



「どっちにしろあの首長竜は生きたまま捕らえないとダメだぞタリア。実際に魔物を操っていた犯人だとしたら骨に戻る前に仕組みを解析しないと」


「だから私は皆殺し派じゃないんだって!」


「あっ殺しちゃダメだったんだ。でも生かしておくと危なくないですか勇者様」


「あいつだけの固有魔法だったらそうだけど、他にも同じことを出来るやつが居ると考えるなら今後対策できるように出来るだけ色々調べたほうが……」


「あ、あれ、何か居ないっすか!?」




映像の方を振り返ると、遠くの海上に何か巨大な影が浮上しており、幾つもの触手を持ち上げている。



……本当にタコだ。巨大な巨大なタコ。


鑑定と賢者の勘から判断する限りでは、どうやらあいつが『庇う』スキルを使っていたりサメを投げてきた犯人で、あの触手を全部持ち上げたポーズは……まさか攻撃をやめたから人質に酷いことするなのポーズなのでは。


うわどうしようものすごく向こうが正義側に見える。




「あいつは……多分古代生物や死体兵器じゃないぞ。魔法兵器生物から生まれた真魔法生物だ」




その異質さに思わず呟く私。



「なんで分かる?」

「組織がもうおかしい。魔石化とかそんなレベルではない。柔らかく硬い筋肉のような魔石……いや魔石とも違う段階の何かだ。タコの形をした魔力というか……魔力の塊の筋肉で出来た生命体ってかなりヤバいんじゃないか……?」




アネモネが興味深そうに私の方を振り返る。




「……待った!油断するなアネモネ!!もう来てる!!」



鋭いヤマトの声と、遠くから聞こえた爆音。映像はまだだが、アネモネの表情が完全に戦闘モードに入っている。


思わず自分の観察用魔法生物を飛ばし直して視界を共有すると、そこには二本の触手で回転ノコギリを掴み、残りの触手でアネモネから仲間を奪い去ろうとする空飛ぶタコの姿があった。




そして遠くの海にはまた同じポーズをしたまま別のタコが居る。




「分身だ!!くそ、イカだったらすぐに墨分身を連想出来たのに!タコ墨は煙幕じゃないのか!?」



ヤマトの悔しそうな声。なんでこいつ墨の違いとか暗記してるんだろ。


いやそうじゃない、分身ってまさかもうアネモネと同クラスの敵が現れたの!?なんかちょっと敵を追い越してアネモネがとんでもないインフレしてる気分だったのに、世界の速度に追いつけないよぉ。




「……!」




アネモネが喋れないほど集中している。



敵のタコは自分の触手が刃物でえぐれても一切止まらずでかい回転ノコギリを握って止め、目の下くらいにある口みたいな器官から黒いビームのようなものを何度も放って鎖を切断した。まさかタコの煙幕ビームだろうか。


アネモネは鎖から手を離してタコへの攻撃を開始するが、驚くべきことにタコは攻撃を一切無視して仲間を奪い取り、無数の傷を受けながらサメと首長竜を後ろの海へと放り投げる。



「そんな……っ!」



こんなに焦るアネモネの声は初めてかも知れない。そして気付いた。私の側にいるこのアネモネが恐らく本体だ。聖乙女の短剣に手をかけて迷う表情をした。あれが本物の短剣だ。


……私かこれ?私を一番強い本体が守っていて、分身はあの短剣もただの類似止まりなんじゃないか?よく考えたら大技の時にいつもやっていた短剣の動作をずっとしていなかった。



多分本体が飛び出していって短剣をぶっ刺せばアネモネなら魔法生物相手にも命令が通る筈だ。でも強敵を前にして私の側に居るべきか優先度を迷ったっぽい。



うわっどうしよう。私も一気に冷や汗をかいてきた。



人質を奪われまいと魔法による突風で陸側に吹き飛ばそうとするアネモネに対し、タコは水を操る魔法を発動させて仲間を水中へと叩きつける。



打撃は全く効く様子が無く、斬撃は食らっているもののダメージを無視して目的を達成しようとする。心も体も強い難敵だ。


焦ったアネモネは恐らくロケットパンチで熱攻撃を与えようとしたようだが、あれだけ焼かれた首長竜がまだ元気なように魔法生物は普通の生き物より熱に強すぎる。




「アネモネ!海にファイアボールはダメだ!!水は大爆発するんだ!!」



なにかの予備動作に気付いたのかヤマトが静止し、一瞬距離を離そうとしたアネモネが今度は剣をかなり巨大化させながら斬りかかるのだが、やはりタコは甘んじて傷を受け、他の打ち上げられていたサメや他の魚なども全て水の魔法で海に引きずり込み、最後にとんでもない量の墨を霧状にして空気中に吹き出す。




アネモネは空気の壁で墨の直撃を防いだものの、空からでさえ完全に視界が塞がれた巨大煙幕は敵の逃亡に充分な時間を与えてしまい、一瞬遅れてアネモネが風で吹き飛ばした後にはもうタコの姿はどこにもなく、逃がした仲間も見当たらなかった。


あのデカい首長邪竜まで一瞬で消えたのは恐らく姿を消す魔法じゃないだろうか。



「水中で透明化はヤバいな……!悪いアネモネ、加勢すべきだった。アレは無理だ」

「うっ……ごめん、なさい。少し強くなって調子に乗って……!」



視界共有をやめると目の前のアネモネ本体が悔しそうに涙をこらえていた。


ここ最近負け無しだったし、メチャクチャ強くなったし、頼られて自信も付いていたので、油断して戦果を失ったのが本当にショックで悔しいようだ。



「悔しがらなくていい、むしろ敵の強さをちゃんと認めろ。あいつはノームより遥かにやばい」

「なんで異世界のヤマトが初見のタコの魔法生物を語ってるんだよ」

「タリアが知らないのは無理もない。ニンジャは俺の世界の神話的な存在だからな」

「またニンジャか!?なんなんだよお前の世界のニンジャは!」



アネモネの慰めなのかどうかよく分からんが、多分乗ったほうが良い気がしたから乗ってやる。



「アネモネ、俺の世界でタコは海のニンジャという扱いになっている。分身も煙幕も水魔法も凄い精度だったろ?」

「は、はい……」

「ニンジャに無策で挑んではならない。しかも敵の有利地形でニンジャと分からず戦って勝てるわけがない。次だ。次までにもっとニンジャに追いつこう」

「もっとニンジャに……」



どうしよう止めたほうがいいのかな。頑張ってるアネモネが泣くのと変な洗脳されるのどっちがいいのか瞬時に判断が出来ない。




「次はタリアを抱えて空だろ?さぁ切り替えろ!!アネモネは風のニンジャだろ?空こそ本番じゃないか」


「私……はい!私は風のダークナイトニンジャ……!」


「ヤマト、後で話があるからな」


「許せ」


「ダメ」




アネモネに抱えられる私。一旦情報と段取りを整えてから次やることを決めたかったけど、止められる空気ではない。



「タリアさま、アネモネさまに当てないよう気を付けて撃ってくださいね。空飛ぶ魔法切れたら……」


「頼むウラニア、それ以上言わないでくれ。私高いところ本当に怖い」


「落ちたら庇うから安心して下さいっす。落下ダメージに効くのか試した事ないけど」


「ウラニア!!お前!!わざと怖いこと!!!お前!!」




バーンと勝手に地下の扉が開き、吹き荒れる風と共にアネモネが浮き上がる。私をお姫様だっこしたまま。




「タリア。私一旦反省もやめて集中する。本気で飛んで本気で守るわ」

「いや、うん、本当に反省は不要だからね。アネモネは一人で海の対処してくれただけだから。私的には元々殲滅じゃなくて追い返したかっただけだし。だから本気で飛ぶのは」



いつもと違い、一回軽く飛び上がったあと、地面に戻るくらい落下するアネモネ。軽くと言っても教会の屋根より遥か高くに飛び上がり、地面すれすれまで落ちたわけだが。怖すぎる。



「アネモネぇ!あのね!私って落ちるの結構怖くってぇ!」




この飛び上がって一度沈み込んだ姿勢。



やばい。これバネじゃない?



アネモネと地面の間にある隙間に何があるのか見えないけどわかる。上から圧縮された空気だ。



待って。本当に嫌だ。軽やかに飛んでくのも怖いけど、これは、まさか




「飛ぶわ!今は本気で!!」

「いやだああああああ!!」




圧縮空気砲による人間の射出。ゴパァァアアン!という炸裂音が一瞬後から聞こえた。



それはどうやら海からの狙撃を警戒して一気に射程外まで飛び上がろうというアネモネなりの優しさであり、


それは人間が生身で味わって良い加速ではなく、



それは、ちょっと漏らすくらい怖かった。


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