一大事に安全な場所で暇してる主人公
南の国の南端の教会の地下。端っこオブ端っこの安全地帯。
「タリアさま、これの出力ゼロっすよね?」
「うん」
空にはすんごい長くヒビが入っている。南の国を横断する勢いで。大事件だ。
「これもゼロ?」
「ちがう」
元々世界の壁が壊れてるようなレベルの事件だから、よく考えたら街とか国とかそんな悠長なこと言ってられる場合じゃないんだよね。
そんな大事件の最中、恐らく全てを覆せるだけのポテンシャルを秘めたミラクル知的天才美少女賢者であり、大権力と大金持ちの第十七王女であるこの私が、現代に存在していないとんでもない新魔法で状況を覆そうとしている。
気持ち的にはそんな感じで頑張っている。
「おっけーっす、しばらく手作業するんでのんびりしてていいっすよ」
「ウラニア」
「なんすか」
「私賢者じゃん?」
「はい」
「もうちょいなんか派手な活躍とか出来ないか?」
「ぜんぜん派手っすよ非接触テスターって」
「私の価値ってテスターと同列なの?」
うち専属のとんでもなく優秀な開発者はもう私に目も合わさず真剣に作業を進めている。会話もおざなりだ。正しいけど酷い。
やってることは多分高度だ。古代道具に使われていた魔法の拡大化モジュールを取り出し、現代部品で修繕改造しつつ出力を上げようとしている。
で、私は知的天才美少女賢者王女なので、問題を見ただけで答えが分かる。つまり回路の状態とかシートを適当に見ただけで出力結果も分かるからデバッグに凄く便利ってわけよ。便利に使うな王女を。
無効化魔法は多分今までに無い私だけの新魔法だし、それを未知の発掘道具を流用して拡大化するって流れなので、一見アドレナリンが出てうおおってなる感じだったんだ。今すごくシリアスだし。
……実際の作業は長くて地味過ぎる。ちまちまずーっと機械いじり。地下で。気が滅入るわ。
見た目だけで言ってしまえば凄く安全な場所に隠れてずーっと機械いじりしてただけなので、なんかこう、ソワソワするんだよね。
おかしいな絶対頑張ってる筈なんだけどな私。凄くサボってる感じするのなんでだろう。
ていうか無効化魔法ってアネモネが操られてると思って慌てて組んだんだけど、操られてねーんだよね。いい感じになったら撃つ約束をしたんだけど何に撃つんだろねこれ。
あれからウラニアがずっと部品カチャカチャして、信号の出力たまに聞かれてるだけ。本当にずっとずーっとこれ。
もうかなり長いこと二人で地味過ぎる作業を続けているので、一緒に居る歴史研究員の人とかとっくに飽きて外の様子を見学している。
「なぁ、外どんな感じ?私こんなことしてていいのかな?」
「しっ」「しずかに!」「今いいとこなんです!」
扱いが酷い。ねえ私ってば絶対重要人物だよ。賢者で王女で美少女だぞ。もうせめて仲間に入れてくれ。
作業没頭中のウラニアから離れ、皆が集まってる方の壁に近寄る。
どうやら勇者信仰のお姉さんともう一人のおっさんが映像を記録するタイプの魔法生物を持っていたようで、交互に撮影してきては壁に投影し上映会が開かれているようだ。
たぶん勇者の儀式を記録してたのと同じタイプの魔法道具だろう。直接視覚を共有できないのでリアルタイムに確認できないから型落ちの不便なモデルだと思ってたけど、映像を皆で共有するってなるとだいぶ便利だ。
往復のタイムロスを二人がかりで撮影することでなるべく打ち消してるのが小癪で面白い。
「感度100倍!?」「やっぱりエロ同人って本当だったんだ!」「ゴブリンもあり」
そしてどうやら皆はマリウス王子の戦いに夢中になっていたようだ。確かにちらっと見ただけでももう見応えしか無い。なんだあのクソ強いゴブリンは。
ヤマトの世界は映像を丸ごと世界中に同時配信出来るらしいので、もしかするとこっちの道具をもっと進化させる方向に研究していたほうが良かったのかも知れない。
視覚とか聴覚の共有って映像より遥かに情報得られるけど、皆で見るとか複数の箇所を同時にチェックとかは普通出来ないもんな。
複数同時に感覚共有しながら自分も動くみたいな神業もアネモネみたいな達人ならこなせるんだろうけど、私がやったら五秒で酔って吐く。
「待てよ?タリア王女に実況解説役やって欲しくないか」「わかる!」「ずっとそう思ってた」
私の目の前でとんでもない相談をしてる。せめて画面から目を離してこっちを向け。
「王子とゴブリンの戦いにわざわざ私が解説するようなことあるか?」
「なんかあのゴブリン勇者らしいんすよ」
「やば」
「賢者様の解説がその一言で終わったら南の国の評価下がりますよ」
急にさらっととんでもない情報が出てきたぞ。ゴブリンに勇者とか聖女とかあるんだ。
「いや危ない!コンプライアンス!よくない思考だぞ、そういう決めつけ」
「あっ」「やべやべ」「良くないですよね他種族見下すような人!」「勇者とか居ますよそりゃ!」
「でもなんか見下さないようにしなきゃって考えがもう上から目線の傲慢マナーだよな」
「そうそう」「いやー自分もそう思ってましたわ」「フラット、心をフラットに」「さすが賢者様はすごいフラット」「胸見て言ってたら二度とこの部屋から出れなかったよそれ」
無駄な緊張感を走らせながら私も動画鑑賞会に本格的に混ざっていく。さすがにゴブリン勇者って気になるし。
というかこのゴブリンってあの恐竜と同じく死体を魔法兵器化されてるタイプじゃないか。うわ嫌なもの見たなこれ。記憶とかも再現されるのか。操るのに意思まで残すのえぐいよ。
「…もしかしてもっと寄生虫みたいな操り方をするのかなこの死体兵器化魔法って」
「どういうことですか?」「ハリガネムシとか吸虫みたいな?」
あまり馴染みのなさそうな人の反応と、虫にも詳しそうな人の反応に分かれている。
「ふつう生物を兵器化して操るってなったら意思や記憶って邪魔なだけだと思うんだよ」
「えっ怖」「マッドサイエンティスト!」「南の国やばい」
「でもティラノサウルスとかいう邪竜もこの勇者ゴブリンも、自分の知っている魔法を自分で使って勝手に人類と戦ってる。意思がある。細かく操作せずとも兵器として活躍出来ているように見える」
「ああー」「おおー」「たしかに」「さすが賢者様」
ちなみに相槌打ってる奴らも私も第一王子VS勇者ゴブリンの映像に釘づけで、お互い全く目が合わない。
私はともかくこいつらは失礼だろ。適当に返事してるだけでちゃんと話聞いてない。脊髄反射でコメントしてるだけだ。
「タリアさま、そのまま映像見ながら今の話適当に続けて欲しいっす」
「なんで?真面目じゃなく適当に喋って欲しいことある?」
「いいからいいから」
ウラニアもイケメン王子の活躍に興味が湧いたのか、器用に作業を続けつつ近づいてきて話に混ざってくる。
「強いやつを兵器にするとして、よく考えたら強さって肉体だけじゃないじゃん」
「そうっすね」
「でも意思があったら自由に操れない」
「そうっすね」
「そこが勘違いだったかもなって」
「勘違い?」
「別に意思や記憶があろうと気にせず普通に操れる例が自然界にあるよなって」
映像のゴブリンが何度も「怖い」と言っていた。だからこそ勇者の紋章が光り輝いたんだろうけど、問題はそこじゃない。「怖い」という部分だ。
「ほら、家の中にムカデみたいな害虫が大量に出たら怖いだろ?」
「急に何の話っすか?」「怖すぎる」「ゴキブリ…」「やめて!」
ムカデやゴキブリの想像で悲鳴を上げた女性達を指差す。
「それだよ」
「どれです?」「指差すの国によっては良くないですよ」「そんな場合か?」
「家に大量のゴキブリやムカデが出たとする。苦手な人はまず逃げるけど、逃げたままでも終われないじゃん。……追い出すか、殺すまで、安心できないでしょ?」
今まで映像見てた奴らも全員私の方を見る。
「あ、いや、ほら。今思えば教会周辺の魔物もそうだったろ?パニック状態で襲おうとする奴らと、必死に止めようとしてる奴ら。この場合だと『蜂の巣を除外したいけど刺激して欲しく無い』みたいな怖さのイメージが分かりやすいんじゃないか?」
今度は誰も声を上げず頷く。
「ハチと言えば私達がここで襲われたやつも『カチカチ』って威嚇音出してたもんな。攻撃的な生物扱いだけど、どちらかといえばアレも危険を感じた相手から巣や自分を守るための防御行動なんだよね。狩りとかの攻撃行動で威嚇するやつあまり居ないでしょ」
「……何者かが恐怖を操ってるって事っすか?」
「うん。心を操るとか洗脳なんて難しい事しなくて良かったんだ。先に虫の話をしたろ?例えば小動物の恐怖心を弱くしてネコとかに食われやすくする寄生虫。あいつらって人間にも寄生するし、人間にも感情操作効くんだよ」
もう皆私の話に釘付けになっている。ごめん私映像のゴブリンの古代魔法のほうが気になってて適当に言ってるだけなんだけど。大丈夫なのかなこれ。
適当な相槌受ける程度の実況解説を真面目に聞かれたらそれはそれで困るというわがまま心理がある。
頼まれたから解説してるだけなわけで、程よく持て成してくれんか。
「生物は神経伝達物質のバランスを弄るだけでも簡単に注意力や恐怖が弱まる。逆にするのも難しいことじゃない。感情は体のサインであって、心は体の一部に過ぎない」
「落とすとデレデレになる感情軽視系の科学者キャラ理論になってないっすか?」
「勝手に変なキャラ付けするな」
急にあざとい謎キャラ認定された。まぁ恋愛創作物の科学者って確かにこんな感じだわ。でも勇者や王子はともかく私を創作物と一緒にするな。
「これ系の話が心を軽んじてると思うのは逆に体の信号を甘く見てるからだよ。恋愛だって誰かの脳だけを好きになったりしない。恋は体の全部でするもので、愛は脳だけじゃなく指先にまで詰まっている」
「うわーお!」「恥ずかしげも無くそんな!?」「意外っす!!」「乙女なマッドサイエンティスト成人女性!?」
乙女と成人女性を反義語みたいに扱ったおっさんを複数人でしばいてから話を進める。
「あれだ、思考を洗脳しても感情に拒否されるお約束のキラキラ展開ってちゃんと正しいんだろうな。敵味方の認識改変とか大変な割に限定的で制御も難しい。もし生物を効率的に操るなら、実際に長年やってるベテランの寄生虫とかを見本にすべきだって事だ」
「もしかして魔物が暴れてるのって、空の割れ目からなにか薬が撒かれたり、下手したら見えない蚊が寄生虫ばらまいてたりって事っすか?やばすぎるっすよ!?」
話が続くにつれてウラニアがじわじわ食いついてきている。
何か重大な事を言ってるような気は自分でもしているが、どうでもいい話に脱線もしているわけで、あんまり真面目に聞かれたくないんだけども。映像鑑賞しながら適当に喋ってる内容を問い詰められても困るじゃん、恋バナにも脱線してるくらいなのに。
「いやーどうだろう、それもありそうだけど」
「ありそうなんすか!?」
うわ私も気持ち悪くて鳥肌立った。皆ゾワゾワしてる。空から薬も終わってるけど、見えない蚊の感染症は医療系も頑張ってる私にとってなかなかの絶望感だ。
でもその場合、蚊にちょうどよい寄生虫を入れて上手いこと操り短時間でとんでもない数の魔物を刺していないと今の状況は成り立たない。洗脳しても操作が大変という前の話にも戻る。
「そんなことせずとも『恐怖という信号を共有』すればもっと簡単に実現できると思うんだよな」
「共有…?」
「いつも皆やってるだろ。視界を共有。聴覚を共有。量子の同期現象のように、距離と時間を超えるような速度で魔法生物の疑似脳と信号を同期させる。感情だってその物理的な信号を共有するだけでいいじゃん」
「あっ!!!」
ウラニアが血相を変えて立ち上がり、他の皆も完全に体をこっちに向けてにじり寄ってくる。
「え?え?何、怖いんだが」
「いいから!いいから続けて下さいっす!!」
「何の話だっけ?」
「ああ、もう!賢者の力が薄れてきた!話に集中しないで!映像に集中して下さいタリアさま!」
「おい滅茶苦茶言うなよ。大体薄れるとか無いんだが?私は常に丸ごと賢者だぞ」
ウラニアにいいからいいからと映像の方に向かわされ、皆もよそよそしく映像の方を向かされている。
あれだな、私が上の空の方が賢者の話が賢いみたいなやつだろ。絶対そんなことないぞ。何の話してたっけ。そうだ、感情の共有な?いや全然私が普通に話してるから。ちょっと上の空なのは認めるけど私が私の力を使いこなしてるだけだから。
「別にもう続きとか無いって。ぼんやりしながら喋ったのは悪かったが、別にどれも何も隠された情報じゃないだろ?」
うーんと唸って黙り込んだウラニアに代わり、おずおずと歴史調査員のおっさんが手を上げて質問してくる。
「…あのー、話の流れ的に、敵は心のある魔法生物って事ですか賢者様?」
「あ。いやどうなんだろう、よく考えたら敵が魔法生物とか心があるってのはまだ推測段階だったような気がしてきた。死体を操る系に心が残ってるのは確定だけど」
「あれ?でも今回って最初から『敵は心がある魔法生物』という想定の作戦で奇襲止めてますよね?」
「え?そんなことしてたっけ?」
更に話に参加してくる勇者信仰信者のお姉さん。あれ?新情報じゃないか?しかも重大な。というか魔法生物が敵ってのもまだ推測段階なんだけど断定情報になっちゃってるな。
「奇襲ってもしかして前回の空から撃ってくるやつのこと?あれって誰かが止めてくれてたの?」
「賢者様、もしかして気づいてなかったんですか?教会がメインになって空からの襲撃を防いでいるんですよ」
「えっそうなの!?」
いつのまにか地下の出入り口に小さな魔法生物用の開閉穴が空けられていて、何か知っているらしい勇者信仰の人の鳥型魔法生物が帰って来る。
見えない虫と戦った後で娯楽撮影の為に穴を空ける根性が凄いわこいつら。
「ほら見たらすぐ分かりますよ」
映像を壁に映してくれる。これやっぱ便利だな、次からこのタイプも開発しよ。
「今のとこ空の割れ目と、偵察してるっぽい鳥の魔法生物しか見当たらないけど。これ敵じゃなくて私達側の魔法生物でしょ?」
「沢山飛んでますよね?」
「うん」
そういえばちょっと多すぎってくらい大量に飛び立つの見たもんね。映像でも、もう蚊柱かよってくらい大量の魔法の鳥が割れ目にそって滅茶苦茶飛び回ってる。ちょっとキモい。
「……ダークナイト様、これちゃんと解説したほうがいいんじゃないですか?」
「わかった」
おずおずとどこからかアネモネが現れて解説しはじめる。
当然のように話しかけて当然のように出てくるけどどうなってる?
「タリアあのね?前回ヤマトさんが撮影してくれたじゃない。穴の中を」
「うん」
「あれが賢者の答えだと思ったのよ私」
「うん?」
なんか重要な情報映ってたっけ?せっかく苦労して撮影してくれたのに、私にもあんまりよく分かんなかったし、ヤマトの絵のインパクトのせいで何話してたか記憶が薄い。
「だって穴の向こうも普通に撮影して帰ってきたわ」
「そう…だね?」
なんで恥ずかしそうにモジモジしてるんだろうアネモネ。どういう流れ?普通に撮影したから…?
「一回も攻撃されてないのよ、敵の陣地に堂々と侵入してるのに」
「あっ」
ちょっと待てよ、そうか、撮影した内容じゃなくて、何も起きず撮影できた事が……
「──敵は魔法生物を攻撃しないのよ」
なるほど、なるほどね!
そうか気付かなかった、やっぱり戦闘になるとアネモネのほうが色々よく見えてるんだなって。
……それはいい。そこまでは凄くいいことなんだけど、話のつながりが不穏過ぎる。
ということは……
「だから人質作戦が効くかなって」
「──!!!」
思わず頭を抱えて仰け反ってしまった。
そうか、今回は撃ってこないんじゃない、撃てなかったんだ。そうかぁ。
仲間と区別がつかないのか、人間側の道具だと分かってても撃てないのか。どちらかは分からないけど確かに心があると断定してよさそうだね。指揮者一人か全部の魔法生物に心があるのかは分からないけどね。
私全然思いつかなかったなぁ、人質作戦は。
「聖女に人質作戦やらせちゃったの私ぃ!!?」




