表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/38

真の愛とは


気持ちの良い朝。



勇者召喚の鍵となる聖女と聖剣を探す旅に出た私は、遂に目的を果たし南の国に戻ろうとしていた。



関所はもうすぐだ。



そこそこ高いけど目立ちすぎない程度を狙った少し広めの馬車は、南の国の十七王女である知的で天才な私と、長い筒状の濾過器を抱える聖女と、大量の水筒をあちこちに抱えて時折飲み比べている勇者が居る。



「アネモネ、普通の濾過材だけ買ってもダメだからね。お茶用とか金魚用とか業務用とか、なんでもいいからとにかく成分変えられるやつを探そうね。」

「うん。わかった。」

「真夜中に使っちゃダメだからね。いや夜中に濾過しておくのはいいけど、真っ暗な部屋の中で濾過を鑑賞しちゃダメだからね。」

「うん。わかった。」

「ずっと抱えてないで仕舞ったほうがいいんじゃないかな。」

「……」

「……持ちやすくする袋とか紐買おうか」

「うん。わかった。」



筒を抱えてにっこり微笑む聖女。抱えているのが花束だったらとても絵になる光景なんだが、真夜中にピチャピチャ垂れる音が近づいてくる恐怖は私に相応のトラウマを植え付けた。


夜中に何度も目が覚めて、ふと気づいて目を開けたら至近距離にアネモネの顔があって、「起こしてごめんなさい。水筒余ってたら貸して欲しいの」と可愛らしい声で囁いて、私はちょっと漏らした。


羅列すればたったそれだけの出来事ではあるが、比較的怖いものが無い頭脳タイプの私が冷静さを失い情けない悲鳴を上げたのは近年だとこれしか無い。



勇者はあれを見てないのでそこまで警戒していないし、自分の為でもあるので使ってみたいようだが、


「そうだアネモネ、次俺も使いた……俺のこの水筒のやつもう一回濾過してもらっていいかな」

「分かりました、次やりますね。」



たまに借りようとしては表情に気圧されて日和ってる。笑顔のまま目の光が消えて動きが固まるのだ。急にズシッと空気が重くなる感じの怖さ。ホラーでしか見たこと無い。


何か勇者の役に立ちすぎておかしくなってる可能性も薄っすら考えていたけど、勇者にすら貸す気は無いのを見る限り、ただただ普通に濾過を愛してしまったようだ。何がそこまで聖女を惹きつけるのか。



トントン。


不意に御者から合図があり、話を聞くとまもなく関所に着くがトラブルの気配があると教わる。


「ふむ。巻き込まれたく無いんだよな。どうし……」



あまり正体知られたくない二人と相談しようとしたら目の前に居た人間が消えていた。薄情過ぎる。普通聖女と勇者って肩書だったら我欲を捨て王女の身を守るだろ。


っていうか王族の目の前で密入国する気か。



「ええい仕方ない。なんとかするか。」



そのまま関所まで行ってもらい、警備兵がザワザワしてる場所で馬車を止められて御者に話を聞いてもらう。



『何事ですか?』

『南の国宝を盗んだ大罪人がつい最近ここから中央に抜けたらしい』



ふむ。いきなり中を覗いてこない辺り礼儀正しい。あからさまな高級馬車じゃないのに。思ったより教育が行き届いている。


「おいタリア、大事件じゃないのか?」


目の前の誰も居ない空間からヒソヒソ声が聞こえる。


「消えてるなら静かにしとけ。むしろ聞くな。揉め事の事情なんて大体知らない方がいいぞ」



『通れるんですか?』

『いや、うーん、今混乱してて。少しだけ時間が欲しい。』

『あまり長いと商売が…』

『我々だって困ってるんだ。見つけ次第引き渡せって指名手配と、二度と南の国に入れさせるなって追放による立入禁止手配と、手配を取り消せって命令が南の警備に色々な権限でバラバラに来てるらしいんだよ。手配犯を中央側で調べさせていいのかも分からんわけだ。』



なんて面倒な。これだから自分で動かん奴らは困る。命令の統一すら出来ないとは。



『またなんだってそんな……』

『いやーなんかかなり権力がある重要なバカらしいんだ。』


「おい」

「静かにしてなって」


『内緒だが、博物館の国宝でビキニアーマーを作ったらしいんだ』


「おい」

「静かに…!」


『……ビキニアーマー。です、か。』

『すごいよな。国宝のビキニアーマーだ。』

「おいお前」


息を飲む御者。しつこい勇者。まるで心当たりがあるみたいな反応をやめろ。


『しかも見えを張ってかなり大きなカップで作ったせいで、パッド付けてもブカブカだったらしい』

「侮辱断罪合法パンチ!!!!」

「いてっ!?」

「お客さん!!」



しまった。つい飛び出してしまった。だが許せぬ。



「よーーし。分かった。私は南の十七王女タリア。本人が優秀すぎて普段あまり使わない王族権力をひけらかしてやろう!!南の兵ーー!王女だぞーー!!」

「お…王女!?」

「メガネ白衣ビキニアーマーの王女!?」



騒然とする中央の兵と、すっ飛んでくる南の兵。



「すみません!!こちらの王女が本当に申し訳ありません!」

「無かったことに!揉め事に巻き込まれたくなかったら無かったことに!!」

「他言無用です!!絶対やめておいたほうがいい!!」

「見逃すだけ!下手に賄賂も受け取らないで!!国境の賄賂は下手したら国家反逆罪ですよ!!」

「絶対にリスクとリターンが合わない!!本当にただ見逃して!!」



なんか微妙に失礼だなうちの兵。未来の王だぞ私は。

馬車から御者が不安そうに見ている。高めの料金を貰っているからな。



「関所まででしょ?大丈夫!犯罪者を運ばせて申し訳ありません!!」

「こちらで荷物も犯罪者も受け取るので、下手に巻き込まれないうちに逃げて下さい!他言無用がオススメです!」



本当に失礼だなうちの兵。



「王女様と南の警備さんら、ちょっと宜しいですか?中央側の隊長です。確認したいことがあります。」



おっ渋くてごつい人が出てきた。いかにも隊長って感じ。



「南の十七王女タリアです。面倒をかけて申し訳ないんですが、割と重要で急ぎなんだ。あまり確認に日数をかけず、可能なら今すぐ通りたいです。」


「こちらの王女が本当にすみません!」

「あ、いえ、ちょっとこれどういう礼儀と態度をすべきか分からんのですが……」



見た目はわりと強そうな隊長だが、中間管理職特有の死んだ目をしている。



「南はゆるい。だからこちらに合わせて適当にするのはむしろ礼を尽くした尊重でもある。なので礼儀も緩くていいしゆるっと通してくれませんか」


私もあんまり得意じゃないんだ。出来なくもないが、限度を越すと意味を見いだせなくなる。


「いえ、その、南はどうやら王女様本人の権力が他の手配全てよりも上って事ですよね?」

「権力ではなく人望だ」「はい!ほぼ最高権力です!」


元気よく兵士も答える。



「だったらそっちは通しちゃっても問題ないんでしょうけど、中央側に届いている手配まで無くなるわけじゃないですよね?」

「あっやべ」「やべ!」


元気よく兵士も答える。



「こう、形式上はですよ?形式上は大勢の目撃者が居る中で犯罪者を見逃すことになるんですけど、うちら中央側は大丈夫なんですか?」

「やばいですね」「やばいですね!」


元気よく兵士も答える。あかん終わったわ。



あれおかしいな私天才なんだけど。多少揉めるのは予想してたけど全然通れるつもりだったんだよね。中央の人たちの迷惑がうっかり抜けてしまった。



「そのー、権力でガーッと通り抜けるってわけじゃなくこっちも気にかけてくれるって話なら、一応こちらの偉い人にも話を通してもらったり出来ませんかね。」


「うーん。手配されてる私が自分で大丈夫って言ってもダメですよね中央は。……まずいな、何するにしても時間かかるし、南からの許可が要るってなったら邪魔されかねん。」「絶対無理ですね!」


あかん終わってる。あれー。おかしいな。



「いやーどうします?その、そちらの事情は分からんのですが王女が一番って話ならそれに従ったって話でもいいんですよ。でも隊長としては部下のためにそれで揉めない保証が欲しいかなぁと。」


「いやちょっと待って欲しい。ちょっと考える。」



さすがに学問の国のスーパーミラクル賢者がこういう頭の問題で迷惑かけるわけにはいかない。やっぱり途中式ってあんまり無視しすぎてもダメかも知れん。自分の問題は解決すればいいだけだが、他人の迷惑は変な借りになってしまう。返せる保証の無い借りは大きなリスクだ。好きじゃない。



「……タリア、急ぎってのは私的な理由か襲撃の時間かどっちなんだ」


不意に隣にフードを被ったままの勇者が現れて今更な問いをする。



「私的な理由と感情で民を襲撃から守ろうとして急いでる」

「うーん……。」

「お前まさか見返りを何も考えない人命救助だったら協力するってつもりか?傲慢だぞ。どんな理由でも人は助けた方がいいだろが。」

「おお…。うーん……。」


悩む勇者。こいつ結構あれだな。見かけ上の正しいこととか良いことに弱いな。



「なにか手があるならさっさと協力しろよ。よく考えろ、お前が今天秤にかけてるのは人の命と自分の思想だぞ。命を軽んじてるのはそっちだ。自分のルールの為に命を軽んじるお前が私に善意を問うのか?」

「うわくっそ!元はお前が撒いた種で足止めされてんのによぉ!」


ヤマトが一度頷き、負けを認めたらしい素振りを見せる。バカめ知的天才プリンセス戦士である私にこの手の論戦で勝てるとでも思っていたのか。



「天才の私の選択に間違いはない。このビキニアーマーもまた絶対に必要だった筈だ。どこかの隠れたカス性癖のやつが飛び出してくるとかな!」

「こ、こいつ……!白衣メガネだからって……!」

「お前本当にさぁ……」



最近私を認めて素直になってきてるような印象を内心抱いていたが、こいつまさか見た目で……。こいつ……。


私のじっとりした視線を手で制し、すっと勇者が隊長の前に歩み出て、フードを外し頭を下げる。



「……隊長。中央の理由は俺で許して下さい。俺を居ない人間として見逃すよう話が来ている筈です。」

「……!? ゆっ……!」



不意にフードを取って中央の隊長と交渉に入る勇者。うわー助かった。そういうことか。これが先日勇者に手札を晒した答えか。優位な善意って素晴らしい。貸すとすぐ返ってくる。


そして面白い情報も得た。確かに勇者も聖女も居ないことになっているのだから、そもそも密入国しか無かったわけだ。さっきは気づかなかったが、どうも王都も教会も勇者に借りがあるらしいから色々便宜を図ってるわけね。


しかも意外だったのはこんな端っこの中間管理職にまで顔が知られてる事。つまり王都や教会だけの隠し事みたいなレベルでは無いわけだ。よく他国に噂すら漏れないほど隠せてたな。



「……旅の人!どうか気を付けて!!」


突然隊長のみならず周囲の中央の兵がザザザっ!と集まって膝をつき頭を垂れる。嘘でしょ、王女へのノリがあれで、勇者だとこれなの。



「いや有名人なんかいヤマト。管理職でも驚いたのに全然秘密じゃないじゃん。」

「いや、そういうわけじゃ…」

「全然知りません!」「全然知りません!」「全然知りません!」

「うっさ!!分かった、分かりました!」



そしてこの忠誠っぷり。声がでかい。兵士どもが一斉に分かった上で勇者じゃないアピールをしている。どういうことだ?勇者の活躍ってあくまで数年前の一回の邪竜退治でしょ?信仰の対象とかなのか?



「下手に姿を現してすみません隊長。色々手間が発生すると思うので……その、貸しを一つチャラにしたと分かる人に伝えて下さい。」

「そんな!この程度では百分の一にも……」

「じゃあ1割返済で。……俺ちょっと学んだんですけど、貸し借りじゃないって言うと逆に際限なくなってお互い大変だから、条件決めて払ってもらおうと思うんすよ。」



お、別にまだ指摘してないのにもう学んで気付いたのか。いいぞ、私から学ぶと良い。尊敬もしろ。



「なる、ほど、そういうことであれば。」

「ついでにさりげなく知らせておいて下さい。南のタリヤ王女に恩義ある護衛が付き従っていると。」

「は!」



は!じゃないんだが。


瞬く間に中央の兵が動き出し、慌てて南の兵も対応して母国に入ってからの馬車が準備されていく。別に王女ってだけでもこれくらいの特別扱いして良くないか。しかも襲撃から民を守る為に体を張ってる健気な天才だぞ。



「タリア王女……頼まれていたものは荷台で宜しいですか?」

「おっ!いや私が直接持つ。ありがとう。」



迅速な準備で遂に関所を抜けると、早速先日頼んでおいた荷物が一人の兵から渡される。ちょっとした食材の入った小袋だ。関所近くの露天で買える筈だから、通る時の天気や時間で店サボられて買い逃さないように頼んでおいたのだ。



「それは?」

「お前へのサプライズプレゼント第二弾の準備だ」

「もう第二弾がサプライズになることは無くなったよ。今無くなった。」



馬車に向かうと、「王女様お気をつけて」「王女様」と急に南側の警備兵も膝をついて頭を下げ礼儀っぽいものを尽くし始めた。


なるほど、中央の勇者への礼儀を見て、自分達も王女への尊敬と礼儀を思い出したようだ。



「お気をつけて!」「安全な旅路をお祈りします!」「お気をつけて」

「……」



いや。いや、ちょっと待てよ。


「おいヤマト。こいつらお前に対してやってないか。」

「ぜんぜんそんなことないとおもうけど。」

「嘘を付くな。」



馬車の手前で立ち止まり、じろりと南の兵を見回す。一見すると私に頭を下げている。


「おい。おいお前ら。まさか……まさか自国の王女を他国の一般人に礼を尽くすダシに使ってないだろうな。」


「…」「…」「…」



誰も頭を上げない。畏まってるような見た目で、私に目を合わせずに済むポーズを維持しているだけだ。こ、こいつら、ふざけるなよ。



「分かった。分かったぞ。天才を舐めるなよ。ヤマトお前この国境付近で戦って貸しを作ったんだな?」



ヤマトと数人の兵の肩がぴくっと上がる。どいつもこいつもどうしてそんなにちょろいんだ。不安になるわ。なんでそんな有り様で隠し事を守れていたんだ。



「おい隠せると思うなよ。一般人の前ではそんなに顔隠してなかっただろ。てっきり関所だからかと思ったが、兵には知られてるってだけじゃないか。」

「う……」

「全然知らないです!」「見たこと無いな!」「何の話かな!」

「黙れ黙れバカどもが!演技を習え演技を!!人生割と一番大事なのは上っ面の演技力だよ!!!よく就職できたな!!!」



やはり野郎共は強い男に弱いんだろうか。恩だけでこうも愚かになれるものか?元々そういうのが緩めの国とは言え、王族に堂々と嘘をついてまでバカなりに懸命に勇者への忠義を尽くしている。


とある狂った研究者が「真の愛は男が男に向ける愛」だと熱弁していたし、もしかするとそれと「強いやつに憧れる」という習性を合わせるとこの謎の忠誠も説明がつくのかも知れない。今度、もしかしたら真の愛を見たことも知れないと教えてやろう。



「まぁいい。変な迷惑かけて悪かったしな。賄賂渡しちゃうと危ないからごめんねとだけ言っておく。中央の方にも謝っておいてくれ。」

「悪いと思うなら国宝泥棒はさすがにやめてください!」「さすがに!」

「善処しよう。あと謝るけどこっちも色々見逃すので貸し借りはチャラな。」



御者に合図して馬車が出発する。



……ここまで聖女は一切姿を見せなかったが、ずっと私の側から離れなかったし馬車にも一緒に乗り込んだ。


ずっと私の側で微かに聞こえるのだ。ピチョンピチョンという水音が。怖い。本当に。


これが姿は隠しているけど私に懐いてて側を離れないとかならカワイイから全然いいんだが、この聖女は絶対に絶対に勇者の不利益を許さない。


私が変にカマをかけて兵達から勇者の情報を引き出そうとしないか見張っていたのだ。このハンデが無かったならさすがに自国の兵から勇者の事情を無理やり聞き出していた。



「……アネモネ、そんな強引に聞き出したりするわけないからね。実際しなかったからね。安心して欲しいなって。」

「……そうだよね。私達親友だって言ってたもん。裏切ったりしないよね。」

「ははは。まさかまさか。」


やばい。本当に。姿を現したアネモネは濾過器を抱きしめて微笑んでいたが、目に全く光が無かった。


まずいぞ。勇者への重さだけじゃない。これ私への感情も重さが増してきている。友情を試されている。裏切るとアネモネの命が無い。



まぁ色々不安はあるものの、一応これでも私は襲撃への対抗切り札を手に入れて国に帰ってきた一大功労者だ。国内に入ってしまえばこっちのもの。優位な条件で万全な迎撃体制を整えていこうじゃないか。


安心して救われるが良いさ民どもめ。もう勝ったようなものだぞガハハ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ