結構やばい新魔法
やるしかない。今やるしかない!
自慢の長い髪の毛を一房、一掴みしてナイフでバッサリ切る。
「タリアさま!?」「魔法石!沢山出しておいて!!」
ウラニアは長い付き合いだ。危機と意図を察してくれる。
こんなときこそ。立ち竦みそうな時こそ。私は絶対に前進しなければならない。
自分のせいで誰かが死ぬかも知れなくて、それを目前にして出来ることが思いつかない時。こういう時にこそ絶対に怯んではいけない。立ち止まったらどうなるのかよーく知っている。
実際にはまだ何も決まってはいない。アネモネが操られたら本当に人類は終わりだが、そう簡単に出来るとは思えない。私の知るアネモネはそんな簡単な相手じゃない。
でも私はそのアネモネの強さに甘えすぎていた。
どうして自分の為に傷ついた友達を放置したんだ。
どうして真っ先に傷をちゃんと確認しなかったのか。すぐ治さなきゃと思わなかったのか。血が出てないから大丈夫そうなんて、どう考えても自分を守ってくれた友達に対する感想じゃない。
薄情者だ。薄情だから、こちらに危害が及ぶかもと思考が回るまで、自分のせいで傷つけた人を呑気に放置した。ごめん、ごめんなさい。愚かにもほどがある。自分の危機を自覚してが急に慌てだしたのが何より情けなくて恥ずかしい。
憧れのような感情に目が眩んでいた。どうして天才なのにいつまでも無能なんだ。
……今すぐだ。今すぐここで解決できる魔法を編み出す。それしかない。
本当なら私はなんでも分かって、なんでも出来るんだ。けれど知ってても理解出来るとは限らない。辞書があっても引く単語が分からなければ意味が無い。分かってる。私こそが私の力の足枷だ。立ち止まれば本当に足を引っ張ってしまう。怖いときほど駆け出さなければならない。
今回だって気付くのが遅すぎる。『味方に出来ることは敵にも出来る』、『反転魔法が使えるなら無効化も出来る筈』、両方確かに聞いていた。聞いて聞き流していた。私はバカか?
じゃあ私には出来るはずじゃないか。『無効化魔法』が。
「あ、ちょっ!国家機密かもっす!調査員の人たち、見ないほうが!」
「いや!緊急事態だ!!何か気付いたことがあったら誰でもすぐ意見して!今すぐ反転魔法を応用して魔法無効化の魔法を作る!」
「反転ってなんです!?」「今すぐ!?」「魔法を作る!?」
ウラニアが何か案じたのか機密を守ろうとするが、今は藁にも縋りたい。言い訳になるが、本当にどう考えても難しすぎる。
魔法の反転は、なんていうかこう……反転だ。コインの表裏のように、もともと裏があるものを裏にしてるだけというか……。
その、魔法自体が通常の原則を超えて結果を出すものだから、正しく負の値を与えられるなら他に邪魔な原則を飛び越えて裏の結果を導き出すのはそんなに難しい事では無い。
そして魔法の相殺も面倒なだけでそこまで難しくはない。ただあれは近いようで全く違う。無効化じゃなくて両方の魔法が作用するだけだ。痛撃を無痛で打ち消せば無効化に見えるが、それはただ無痛の魔法の方が強くかかっているだけ。痛撃は働いたままで、無効化はされていない。
更に重要かつシンプルな大問題として、魔法を無効化する魔法は、自分も無効化されるから撃てない。
難しすぎるって。
悩みが解決されないままお手製の髪の毛魔法回路が両手足とむき出しのお腹に巻かれていく。
あやとりの超上級技みたいな感じで、多層の幾何学模様や複雑な網目の集合体が細い髪の毛の組み合わせで無数に生まれて、その模様を作る髪の毛のねじれ方にもまたパターンが刻まれていく。
「あ、あれ?ボクも見たこと無いレベルに……これちょっと複雑過ぎないっすか……?」「意見って言われても…これは…」「民族タトゥーみたいだ」「まさか全部魔法陣なんですか…!?」
周囲のざわつきにもヒントは見当たらない。
私は読めるから感覚が理解しづらいが、ちゃんとルール化されてない他人の設計を読むのは本当に大変なんだとウラニアがよく嘆いた。自分だけの設計を形にするなら、やっぱり最低限動くところまでは他人に頼らず自分でやり遂げなければならないか。
「ビキニアーマーがぶかぶかで良かった。脱がなくても全身に回路を密着させられるぞ」
「もう裸でいいんじゃないすか?」
「お前美少女王女のオシャレな装備をなんだと思ってるんだ!?」
「オシャレ!?!?」
減らず口を叩かれている間にもややこしい設計が組み上がっていく。知的天才美少女の体全体を使った贅沢な魔法道具だ。普段は腕だけで事足りるんだが、今回は本当に大変過ぎる。かなり段階が進んでいてもまだうまく出来るか分からない。
意外となんでも実際に組むまで分からないものだが、今回は何をどう組むか分からないまま必要そうなのを全部盛り付ける感じでやってるからな。いわゆる場当たり設計だ。
「タリアさま、無効化するだけっすよね?反転が腕だけだったのに、なんでそんな全身丸ごと魔法陣だらけみたいになってくんですか?」
「無効化だけとか言うな。本当に難しいんだって。レベルが違いすぎる。なんていうかこう……卵を地面に叩きつけたのに、割れたり跳ね返ったりせずピタッて止まる感じなんだよ。いや違うのか?投げたのに投げてないみたいな?茹でたのに生に戻る?」
「回路設計を感覚で言われても意味が全くわからないっすね!いつも通りだけどいつもより酷い!」
ウラニアは頭をグシャグシャ掻きながら必死に無数のスケッチを書き殴っている。やっぱりいつもより遥かに大変なのは伝わっているようで、理解力が高いゆえに狼狽えているようだ。
大まかには組み上がってきたので早く試す段階に持っていきたいが、私自身も狼狽えている。魔法石を幾つか握ってみたものの、まずその魔法石に宿っている力の方向性がノイズになりすぎてなかなか回路に通せない。
敵は本当にこんなの気軽に使ってるのか?繊細で複雑過ぎる。
せめて、なんていうか、もっとこう、次元や世界に貼り付けられていない、もっと自由なエネルギーそのものが欲しい。もっと純粋な……
「…これ?」
「それ!!」
いつの間にか居た私とアネモネの人形の子供ということになっている人形がウラニアのカバンから勝手にカートリッジを持ってきてくれる。多分ウラニアのゴーレム用のキラキラ光る魔力燃料だ。
「ふつうにボクのもの盗んだっすよその人形!?」
「緊急事態だからしょうがないよね、私の子供」
「えへへ」
撫でると無邪気に喜ぶ。かわいい。あれ?アネモネが動かしてるんだよねこれ?仕草や性格がもう別の存在みたいだ。すごすぎて怖い。
勝手に純魔力とか呼ばれてるキラキラが入ったカートリッジの蓋を開け、左手にこぼしてみる。
名付けセンスが格好つけすぎてはいるが、確かに自由で純粋なエネルギーだ。
「これだ。これなら!」
私の体に巻かれた髪の毛の魔法陣が光り輝いていく。
これ多分本当は光が漏れないほうが更に完全な状態なんだと思う。可視光線は大体エネルギーのロスだ。激しく光ってる箇所があれば逆にそれはダメなところ。
それを目印にして雑な継ぎ足しで補正していくので配線の見た目はまぁ酷いものだが、綺麗にするのは後だ。まず動くところまで。
「いけそういけそう。やっぱ天才だわ私!誰かなんか打ち消しやすそうな魔法石貸して!」
「はいっす」
すぐさまウラニアが発火する魔法石を起動させて床に置く。
それを肩幅くらいに開いた両手で囲むように納める。まだ撃ち出すとかは絶対ムリだから、私の手と手の間に一瞬だけ発生させる想定だ。左手と右手の間に、ほんの一瞬だけ無効化魔法が通り抜ける。
多分完璧にはいかないが、とりあえずだ。とりあえずの一歩目として……
「──はい!魔法無効化魔法!試作一号!!」
音もなく発火魔法石の火が瞬時に消える。それと同時に私の無効化魔法も無効化されて消える。やっぱり維持は無理だ。成立を遅延させてズラすので精一杯。
「「「おおー!」」」
観客から拍手が出る。どうもどうも。
「タリアさま大丈夫っすか?なんか急に疲れたみたいに見えるっす」
「実際すんごい大変だよこれ」
ウラニアが栄養補給のお菓子と飲み物をカバンから分けてくれる。なんて気の利くやつなんだ。こいつもこいつであまりにも全ての面で便利過ぎて良くない。いつも頼りになりすぎて頼ってしまう。
「で、エネルギー補給したらもう一回試し撃ちして貰っていいっすか?」
なんて鬼畜なやつなんだ。疲労した雇用主を回復させてでも働かせようとするなよ。なにか気付いたのか歴史調査員の女性がウラニアに魔法石を手渡している。
「ウラニア博士、これ使いますか?盾代わりに使ってる小さな防御結界です」
「うわさすが!?よく初見で冷静に気付きますね!?」
「いえ、あれを冷静に分析できる博士こそ噂通りの天才です。信じられない」
そして二人で褒め合っている。ちょっと待って。私は?私も褒めていいんじゃないか?今の流れで私を蚊帳の外にするか普通?
「で、もう撃てるっすか?まだ?ちょっと急ぎなんすよね」
「私の扱いどうなってる!?なんだよ、撃てるよ!なんなの??」
借りてきた小さな防御結界用の魔法道具を私の目の前に置いて普通に急かしてくるウラニア。
いや私はやくアネモネにこれを使わないと……でもいきなり人に撃つより皆で急いで動作を確認するほうが絶対良いな。うん、落ち着いて考えればこいつらのが合ってるか。
正直まだちょっと休憩したいんだけど、まぁ頑張ってみよう。すぐ完成していきなり大活躍なんて見積もってた私が甘い。
テストに入ろうとしてるこいつらのが多分冷静で正しい。しょうがない、乗ってあげようじゃないか。
今度はウラニアが手に持って起動させたまま私の魔法を待っている。人体への影響も確認するつもりのようだ。
でもこれって私の体を魔法道具代わりに使った魔法なわけで、もしこれが本当にダメな魔法だったらまず先に私が爆散するんだけどね。無論テストするに越したことも無いが、ダメなときは私で止まるから見逃すだけで簡単に実験役やったらダメだぞウラニア。
「はい構えて、いくよー、……ご-、よん、さん、にい、いち、ゼロ!」
やはり音もなく防壁が消える。もちろんだがウラニアの手には何も起きていない。
「うおおお!手が気持ち悪いっす!」「すごい」「あれ?結界が消せるのってガチの重大国家機密では…」「今の誰か録音してたら頂戴!」「はい!あります!」
そして反応が微妙だ。素直に褒めてくれるやつが少なすぎるだろ。
「やっぱり!!」
そしてウラニアに結界を貸した歴史調査員の人が突然叫んで駆け出し、地下の扉を開けて飛び出してから再び乱暴に扉が閉ざされる。
「なにごと!?」
突然の事で一瞬反応出来ず、慌てて追いかけようとするとウラニアに止められる。
「待って!タリアさま、違うんすよ!」
「何が!?何の話!?」
上からさっき駆け出した女性の大声が響く。
「ダークナイト様!!敵は無効化魔法を使っていません!!」
えっ!?
「あれ!?結界を無効化して狙撃してきたみたいな話じゃなかったっけ!?」
「すみませんボクのミスです!結界が無効化されたらどうなるか、ちゃんと考えればすぐ分かったのに!」
ウラニアが借りた魔法石を指差す。
……そういえば無効化魔法に触れた結界は丸ごと全部消えた。そうか、すり抜けるなんて甘い現象では無いぞ。私のが強すぎる可能性はあるけど。
「そうです、一部分だけ気づかれず穴をあけてすぐ閉じるなんて便利な魔法じゃないんだ。理屈に囚われて勝手に過大評価した。ボクは馬鹿だ。それに……もっと単純に無理だ。これじゃ魔法生物に無効化魔法は撃てないじゃないすか。ボクの手の魔力ごと魔法が消滅したっす」
「……あ、確かに。多分魔法生物がこの魔法使ったら真っ先に自分が消えるぞこれ」
あれ、じゃあこの魔法って、実用化までいけば魔法生物も、死竜兵器も全部……
深い思考に飲まれそうになった瞬間、別の調査員の人達が私とウラニアを背中で囲うようにしながら武装していく。
「ちょっと!難しい話は一旦後でお願いします!」「油断したらダメですよ!?」「賢者様も構えて!」
「えっ、あ、はい!?」
言われるがままに立って構える。正直想像以上に疲労が重く、頭が回らない。何に身構えればいいんだ私。
「タリアさま、狙撃が結界をすり抜けてないんすよ」
ウラニアはいつのまにか全員に庇うスキルを発動させながら周囲を警戒している。慌てて私もウラニアと皆を庇う。あれ?何?ここが危ないってこと?教会の地下に敵が居るの?
「──つまり、結界の外からの狙撃じゃない。見えない敵が至近距離に居るって事っす」
やばすぎる。
「ねぇウラニア。それってアネモネが操られそうになってるかも知れないのとどっちがヤバそう?」
「えっ?……えっ!?」
「そういえばなんで無効化急いで作ろうとしたか説明してなかった」
その瞬間、地下の扉が誰も触っていないのにドカーン!とギャグみたいな音で全開される。
室内の地下になぜか風が吹き荒れて、アネモネが何かしているんだと直感させられる。
「嘘でしょ!?アネモネさまはズルじゃん!!嫌だ、ボクまだ予約中の本が!!」
「おい一瞬で諦めるなウラニア!見えない狙撃手も近くに居るんだろ!?」
「終わってる!最悪だ、どっちも最悪だ!いやだああ!!」
大パニックである。ウラニアの悲鳴につられて他の皆もパニックになっていく。
本当にやばい。多分私の無効化魔法って連発が厳しいから、次撃ったらしばらく動けなくなると思うんだけど、何にいつどうやって撃つべきなんだろう。
よく考えたら空を飛ぶアネモネに射程距離ゼロの魔法なんて絶対当てられないし、見えない狙撃手に当てて倒すってのもなかなか難しいぞ。当てて倒せるのかも謎だし。
この魔法を作ればものすごく活躍出来そうだし、活躍しなきゃいけない気がしたんだけど、実戦ってなんでこんなに難しいんだ。




