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消せない炎



どう考えても優先度を間違えてしまった。


なんかこう、竜を勝手に過大評価していた。伝説の聖剣が倫理観カスの魔法道具だったように伝説の竜だって人類に悪意がある野生動物程度みたいなオチもあるだろう。



いや諸悪の根源は人類が生み出した兵器説があるから、そういう思考に生まれつき偏らせてある存在とかもあり得るかもしれない。


殺人思考を埋め込まれた対人兵器か……あるいは人を種族レベルで恨むような使われ方をしてきた兵器か。全然確定情報とかじゃないんだけど、どのルートでも人類がカスなのは変わらない気がするね。負の遺産しか無いのかご先祖。



まぁ海の邪竜共はともかく、先に情報を増やすべきだったのは絶対こっちだった。


観測用のフクロウ型魔法生物をもう一つ出して、魔物達の様子を広範囲に探るべく視界を増やす。


映像を複数同時に並べて見てるようなものなので結局細部に集中できるのは視点の中心部だけだが、大まかに見たいなら画面を増やすのは非常に有りだ。


同時操作で頭がおかしくなりそうなのが難点だが、基本的には自動で飛んでくれるものにおおまかな方向を伝えるだけなのでマニュアルでアクロバット飛行みたいな芸当にでも挑戦しない限り私だって数体くらいなら不可能じゃない。


……多分アネモネならもっとすごい数で曲芸飛行できそう。




「タリアさま怖いっす、なんで急にニヤけてんすか」

「あれ私笑ってた?」


「その同時操作って器用で凄いとは思うんすけど、こんなピンチにニヤニヤしながらやってたらヤバいっすよ」

「雇い主の顔をヤバいとか言うな。こちとら美少女だぞ」



どうやら自分でも気づかず微かに楽しさを感じてしまったようだ。この大変な時に何やってんだ私は。


正直に言えば、アネモネが魔法に於いて私より遥かに高みに居ると認識してから、このなんとも言えない楽しい感情が胸の奥に燻っている。「アネモネになら出来そう」と思う度に、少しずつ炎が強くなっていく。



そんな場合じゃないから封じなければならないが、私にとっては本当に初めて出会った相手なのだ。知的で天才で賢者の私に分からない、未知の魔法使い。


凄いと思う人はそこのウラニア含めて沢山居るけど、なぜそんなことが出来るのか理解すら及ばない人は本当に初めてで、本当に最高だ。


これが皆の味わっていた「知らないもの」に出会う喜びと、「知りたい」という欲求なのか。


……ずるいぞ皆。これって最高でしょ。小さい頃の自分に教えてあげたい。いつか会えるって。



しかもアネモネだけじゃないんだ。別世界の勇者はちょっとムカつくが雑学で私と正面から戦える。加護抜きの知力で賢者と張り合い、筋肉だけで結構強い異世界人まで現れた。昔の淋しいとかつまらないとかアホらしすぎて、最高だ。世界は広い。しかも広いのに沢山ある。



今までも色々なんとかしたい事件は起きて、頑張ってなんとかなったり、どうしてもダメで泣き腫らした事はある。その度に少しずつ協力してくれる人が増えて、どんな事件に立ち向かうときも、とっくに一人では無くなっていた。



けど今回の味方は私に活躍すらさせない。一人じゃないとか、協力者とか、そんな生易しいものではない。あっちがすぐメインを奪っていくから、慌てて奪い返そうとしなければならない。




……本当に真面目にみんなを守りたいと思ってるんだ。真面目で真剣で大事な場面だ。油断してはいけない。こんな自分の我欲に構っている場合でもない。


どうせすぐには追いつけない。なんせこの私が自分だけではダメだと判断して探し出したわけだからな。消せない炎を大事に閉まって、集中する。



ひとつひとつ。一歩一歩だ。一度深呼吸。落ち着こう。やれることをやっていくぞ。




ウラニアも自分で何やら色々頑張っているので任せている。恐らく結界が破られた事への対応だろう。私から見ても完璧だと思ったのに、普通に攻撃されたからな。



反転魔法の途中で無効化が出来てるっていうのは想定していなかった。私としては絶対そんな簡単な魔法じゃないと思うんだが、理屈では確かにそんな気もする。これも同時にちょっと色々試して、分かったとこからウラニアに共有すべきだろう。




──まず魔物襲撃の詳細把握。次に敵の攻撃手段の把握。ここから急いで対応しよう。


空の亀裂が割れて大穴があちこちに開くまで多分もうそんなに時間が無い。この段階で小さな穴から前回みたいに撃たれまくってたらだいぶ危なかったけど、幸いその気配は無い。なんで撃ってこないだろう。



「……ん?」




教会付近で観測用のフクロウを旋回させていると、変な動きに気付く。


……魔物がなんかこっち見て叫びながら踊ってる。多分ゴブリンだ。なにこれ。



『ーーー!ーーー!!』



手足をバタバタさせて何か言ってる。完全に私のフクロウに向けてのアピールだ。いやこれジェスチャーか?


一応オークやゴブリンは人間と会話出来るやつも居るし、そうじゃなくても私なら翻訳は簡単だ。竜より何の苦も無く対話可能の筈。ゴブリン側にまともな対話の意思があればの話で、そんなことは滅多にないが、どうやら今回は何か伝えたいようだ。やっぱりこっちを先にすべきだった。



『ーーーアシ!足!!』



遠く街のほうを指さすゴブリン。向こうではマリウス王子がどうやら様々な部隊と合流して魔物達の足止め作戦を……いや、足破壊作戦を展開している。なぜか魔物同士でも乱闘してるので酷い乱戦になっているが、目論見通り傷ついた仲間を引きずって撤退しようとしている魔物がちらほら見受けられる。


街を優先しているのでポツリと離れている教会側まで戦力は届いていないが、それこそ英断だ。こっちは正直私達でなんとか出来るし、少人数なので最悪逃げればいい。アネモネとヤマトが居れば撤退なんて余裕すぎるし、むしろするまでも無く防げているからこうなっている。



で、足がなんなの。残虐だぞって怒ってるんだろうか。



『こっち!コッチ!!』



今度は近くの乱闘を指差す。そういえばこいつらってずっと仲間同士で戦ってるから放っておいてるんだが、一体何をしているんだ。



『ーーーアシ!こっちも!足をヤれ!!』


「えっマジで?」

「今度はなんすか?」

「ゴブリンが味方の足止めしろってアピールしてるっぽいんだ」



ウラニアも怪訝そうな顔をする。音の響く教会の地下で私がブツブツ言うと近くのウラニアや歴史調査員に反応させてしまう。


もともとゴブリンはイタズラと嘘と迷惑をするために生まれてきたような存在だから信用が無いというか信用する意味が無いのだが、乱闘している仲間を攻撃させる意図はさすがに乱闘を止めたいからくらいしか無いのでは?



『足!足!ヤれ!!』


「間違いない、足破壊要求だ。もしかしてあの乱闘って仲間が操られてるとかなのか?」

「ゴブリンの乱闘なんて飯の奪い合いでも起きるっすけど……このタイミング……うーーん」



さすがに悩む。ゴブリンからの協力要請は本来ならまず悪質なイタズラなので無視するべきだ。でもこのタイミングで私が見つけて無視するような案件なんだろうか。自慢だが私のすることは大体意味があるぞ。



「……もし本当に操られてるなら重要な情報だし、疑うって言ってもゴブリン達が怪我する事で私達が不利になるイタズラとか特に思いつかないんだよな」


「そうっすね。ボクも気になるので足やっちゃってもいいと思うんですけど……ボクのゴーレムも攻撃用じゃないしタリアさまも攻撃手段とか無いっすよね」


「そうなんだよな。それに止めてくれって言われてもどれが攻撃していい魔物か見分けらんないぞ。あのアピールしてるゴブリン含めて全員の足の骨を折っちゃっていいもんなのか?」


「うーーーん。出来るなら折っちゃっていいと思うっすけどね」




ゴブリンからの依頼は分かったものの私とウラニアのセットは攻撃手段がほぼ無いのでバランス悪いなこれ。こういうとき困るわ。



「あ」



不意に空から横切る人影。


どうするべきか迷っておろおろしている内に上空から突然人が落ちてきて、なんだか猫みたいに柔らかくグルって回転着地し、その勢いを殺さずそのまま魔物の群れへと突進していく。異世界の意味不明な体術。ヤマトだ。



『ギャアア!』『痛いィィイイイ!!』『アアアアー!!』



一瞬遅れてゴブリン達の悲鳴が次々あがり、思わず聴覚共有を外しそうになる。いやいや良くないぞ私。私がサッサとやらないから異世界の人間が代わりに手を汚してくれているわけで、とても良くない。


しばらく続く悲鳴を聞きながら、怪我した仲間を必死に木陰へと運ぶゴブリン達を見る。怒鳴り散らして殴りながらの彼らの救護は人間の仲間意識と少し違うのかもしれないが、見捨てる様子も無い。意外な程ふつうに群れで生きている生物なんだな。



……やがて均衡が崩れていくとゴブリン同士でも手荒な足止めが成功しはじめ、退却が始まる。どうやら近くに洞窟かダンジョンが幾つもあって、ゴブリンや他の魔物の巣があちこちにあるようだ。それはそれで嫌だがとりあえず引っ込んでくれるなら今は引っ込んでて欲しい。



一瞬で戦況を決めて教会に戻ってきたヤマトに礼を言う。うまく隠してはいるが若干疲れ気味で、また痛みを隠している気配がする。無茶できないように封じている筈なのだが、どうやってるのかバレないように無茶している。



「悪い、ありがとうヤマト」

「なあタリア、フクロウで直接喋れないのか?」

「ほぼ自動操作と感覚共有の為の魔法生物だからそんな機能無いし難しすぎるよ」



そして開口一番私の準備不足と力不足が指摘される。ぐぬぬ。申し訳ない気持ちが凄い。


これもアネモネなら出来そうというか、そういえばやってた。ヤマトの存在で通信の重要度には気付いていたのに、私は何も出来ていなくてアネモネは実行出来ている。ぐぬぬ。



「全員の骨を折ったんすか?」

「いや普通に教会に向いてる魔物の足だけ折った」

「あっ」「なるほど」



そうか、なんですぐ気づかないんだ私。こっちに向かってくる魔物が乱闘してるってことは止めてる奴らを庇うだけでも有利に出来たじゃないか。


いつも本番になると経験値不足が露呈している気がする。



「やっぱり操られてる仲間を止めようとして乱闘になってたのか?」

「細かいことは分からんが、多分そうだ。仲間の心配っていうか、危険な人間の巣をつつきに行く馬鹿な奴らにキレてるみたいな雰囲気だった」




細かいこと分かりすぎだろ。でもそういう感じじゃないと謎の乱戦にはなってないよな。



「ただ暴走してるっぽい奴らも木陰から出るのに躊躇してる感じがしたんだよな。あいつらもしかしてガチで日光が苦手なのか?」


「そりゃまぁ洞窟とかダンジョンの暗いとこに住む生き物だからな」

「なんかガッカリする」

「何がだよ」



確かにゴブリンやオークみたいな人型魔物達と全面戦争にならないのは根本的に住む場所が違うからだ。向こうがこっちに来た時はボコボコにするし、彼らの巣がある洞窟やダンジョンに入るなら中でどうなっても入ったやつの責任。でもお互い侵略して棲み家を奪おうとまではならない。



「周辺は一旦解決で、空の敵も近くのは一旦倒しきったと思うんだが、次どこに行くか迷っている。どうするタリア?敵が操れるのは魔物だけだと思うか?」


「え?」



なんか、いま急にとんでもないことを言われたような




「そうだ人間だ。魔物じゃなくて人間を操ってきたらどうする?魔物の襲撃は倒せばいいが、人間が操られて同士討ちや自害し始めたらなかなか厳しいぞ」




……一気に血の気が引いた。



ダメだ、一瞬思考が止まってしまった。ヤマトがじっと見ている。賢者の答えを求めているんだ。考えろ。考えろ。




ゴブリンが操れて人間が操れない魔法なんてあるだろうか。いやでも操作だって大変な筈だ。あんな大勢を細かく操って人間を襲わせるなんて逆に魔力の無駄遣いになる。



アネモネなら物凄い数の魔法生物を操作したり出来ると思うけど、だとしてもその労力と時間でもっと簡単に敵を倒せるみたいな話になるはず。



現にゴブリンを操って襲わせたとしても全く相手にならなかったわけで、もしあれを全員細かく操作してるなら、その魔力で前回みたいに空から守りの薄い場所を攻撃したほうがどう考えても効率的だ。撃ってこない以上撃てない理由があるのかもしれないが、その代わりにしては弱すぎる。




「いや、あり得ない。少なくともあれは操作じゃない。あんな規模の魔物達を自由自在に操れるならその魔力でもっと強い攻撃がいくらでも出来る。発狂とか、人間への怒りを増幅共有とか、そういう大まかな何かの筈なんだ」


「なるほど非効率的なのか。……出来ないわけじゃなく、かといって今回やってるとも思えない。そんな予測でいいか?」



若干ひねくれた受け取り方をするヤマト。だが確かにその通りだ。今回のが違ったとしても使えないという意味にはならない。




というか……もし操る戦術を採るなら、生きたまま魔物や人間を操るよりも一つ明確に存在する邪悪で効率的な魔法がある。



「アネモネが、『味方に出来ることは敵も出来る』って言っていて思ったんだ。人類は死体を兵器として操る事が出来る。ネクロマンシーは生きた魔物の心を操るより遥かに楽で効率的だ。労力使って洗脳した相手が死んで動かなくなるムダも無い。もう死んでるからな」


「怖いなそれ。俺ちょっとマリウス達と一旦合流して向こうの様子も確認してくるわ」

「あっちょっと待て!」



今回の俺は遊撃だからなと再び念を押して飛び立つヤマト。うまく使えという意味だろうが、もう既に働き過ぎだ。




こっちの世界にだってアネモネが居るんだ。今は上空で微動だにせず狙撃手を探っているが、必ず倒すだろう。


アネモネだって、ヤマトが痛みを隠していると気付いたらすぐに……




「……あれ?」



一旦そのアネモネの様子を見ようと観測用のフクロウを近づけて、不意に何か違和感を抱く。さっきと何か見た目が違う。



なんだろう。腕?何か付いている?



「アネモネ!?」



目を閉じて微動だにしないアネモネ。だがその腕は……一部が魔石化している!



「どうしたんすか!?」

「アネモネがっ!腕がっ!?……まさか!庇った時!?」



慌てて教会の地下から駆け出そうとする私をウラニアと研究員達が止める。



「ダメっすよ!」「落ち着いて!」「それ一番駄目です!」



いや、でも、あれは絶対に普通の状態じゃないって!ただの怪我じゃない!あれは……




──不意にヤマトとの会話を思い出す。




「ヤマト!戻ってくれ!!くそっどうやって伝えればいいんだ!!」




一瞬で冷えていく頭。

もう気軽にヤマトに頼っちゃダメだと思いながら、すぐに縋ろうとする自分の情けなさが辛い。



ちょっと待って……。操るなら、死体の他にもう一つ、とても難しい代わりに絶大な効果を上げる別格の手段がある。ありえないから連想出来なかったけど、ありえるなら終わりだ。




……もしあの時、私を庇ってアネモネに撃ち込まれたのが人を操れる魔法だったとしたら、それはもう敵にとって効率なんて関係無くなるほどの最強の一手で……



私のせいでみんな死ぬ。


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