勇者召喚儀式の外道さの証拠映像
教会内の隠し部屋。白い布のスクリーンが貼られた壁に、勇者召喚儀式の映像が映し出される。
思ったよりも鮮明で、音も一応再現してあるようだ。
この時既に中央の国には空を割る巨大ヤモリが落下してきて暴れている筈で、恐らく緊急対応らしく前口上も無く儀式が始まる。
白くゆったりした清楚な衣装を身につけたアネモネが、どうやら地下の広大な祭壇らしき場所に魔力を通し始め、何らかのやたら壮大な呪文を唱え始める。
『誰もが仰ぎ尊ぶ救世主、無二無双の勇猛なる強者……勇者をここに!』
あ。
開幕五秒で重要情報が飛び出てきた。
普通なら余分な要素だらけの無駄呪文だけど、どうもアネモネは魔法とか呪文になるとなんでも出来すぎてしまうようだ。いや出来るから聖女なのか。
どうしよう、一旦止めて貰ったほうが良いのか、まずは通しで観るべきなのか。
細かく停止と再生出来るもんでも無いかも知れないし、一旦最後まで観るか?
思案中にも映像は続き、聖杯的なものに捧げられていた十数本の聖剣がいかにも勇者を呼びそうな感じで円状に並んで浮かび上がり、光輝く切っ先を天に向ける。
……あれが人にぶっ刺さると知っている状態で見ると明らかに大事故直前の物騒な光景なのだが、前提知識がなければ物凄く神々しく見えただろう。
どうやら祭壇に見えてる部分は相当巨大な地下装置の最上部を覆う操作部らしく、表面にあるのは操作系だけで、知的天才美少女賢者の私にも肝心の本体機能がまだ良くわからない。
やがて重低音と共に振動が始まり、祭壇と聖剣から更に強烈な光が放たれて映像が真っ白になる。凄まじい光量だ。
そのまま真っ白な世界と何らかの激しい音がしばらく続く。何も見えないので何も分からないけど大丈夫なのかなこれ。
思ったより長い情報ゼロの時間で、これ一旦視線を外して一息ついて良いのか迷ってしまう。
『ぅあぐっ!?』
「うわっ!?」「わっ!?」
突然白い映像の中から悲鳴が流れて、一瞬気が緩んでいた私とウラニアが思わず声を漏らし気まずい思いをする。皆真面目に見ててこちらに視線も向けなかったのが辛い。ごめんなさい。
何度か破裂音が響いた後に薄っすらと光が弱まっていって映像が戻って来ると、どうやら地下祭壇の天井はまるごと吹き飛ばされたようで、地上まで貫いた大穴から空が見えており、何故か白い羽が沢山舞っていて幻想的な光景を映し出していた。
そして……祭壇の真上の空中には一人の男が浮かんでいて、その腹部を聖剣の一つに貫かれていた。不自然な事に、長い剣に貫かれているのに貫通はしていない。剣が体に飲み込まれている。
「ちなみになんか綺麗な感じに舞っている羽は多分俺の家の羽毛布団の中身で、あの衣装は寝間着だ。寝てたら知らん場所で剣が刺さってた」
映像内では声も出せず苦しんでいるヤマトの代わりに、ここに居る今のヤマトが解説してくれる。なるほど、寝込みを襲われて布団の一部ごと連れてこられたらしい。となるとヤマト本人にも攫われた時の詳しい状況は分からんわけだ。申し訳無さが凄い。
音もなくアネモネが短剣を自分の胸に当ててたのでしがみついて止めておく。
最近気になってたんだけど、最初にやってた私への脅しと違って、無言で構えてる時は普通に力こめて刺してるんだよね。どうやら体のほうが頑丈だからあまり刺さらないだけで、たまに爪の先くらいの浅さでちょっぴり刺さってる。
だいぶ改善された筈なのに、それはそれとして闇の濃度が薄まったわけでも無いんだとジワジワ分かってきて怖い。いや違う、剣が刺さらない体の方にツッコむべきなのか?
『■……■■……!』
『儀式中止!誰か、誰かぁ!!』『南!救護!!』
刺さっていた剣がヤマトの体内に沈み込んでいく。激痛らしく脂汗を流しながら歯を食いしばっていて、ようやく発した言葉は『助けて』だったが、全く翻訳の入っていない未知の言語だから多分私にしか正確な言葉は分からないんじゃないだろうか。
でも知らない言語でも何を言ったかは見れば分かる。必死に手を伸ばす血まみれの人間が何を求めているのかなんて迷う余地すら無い。
儀式を止めて周囲の人間に助けを求めたアネモネと、地上から地下祭壇に飛び込んでくる一人の兵士。マリウス王子だ。
どうやら貴族の多い見習い組が、自分達にくっついている偉い人用の兵も集めて儀式の警護役をやっていたようで、マリウス王子の「南」という一言は『南の国の兵を自分の権限と責任で動かす』という意図で発した一言らしい。
よくそれだけで通じるなと思うが、恐らくマリウス王子の同期や管轄兵などが人命救助の為に次々飛び込んでくる。多分他の国の人もそれに続いているんじゃないだろうか。
広い地下には十数名の勇者信仰関係者が儀式に参加していたようだが、聖女の中止命令を受けても何をどうしたらよいのか分からないようで右往左往するしか無く、真っ先に駆けつけたマリウス王子も祭壇にあった見えない結界に阻まれてしまう。
『救護班!ここからでも治癒を!!聖女様、結界を解いて下さい!!』
凄い、こんなキャラだったっけマリウス王子。突然のこの難しい場面で誰よりも早く駆け出して指示を出している。普通なら口を出して良いのかも迷うだろうに、まさかこんなに迷わず人の命を優先して決断出来るタイプだったとは。
ちらっとだけすぐそこに居る今のマリウス王子に目を向けると不意に視線があったので、軽く頷き拳を掲げてナイスという意思表示を送る。慌てて視線を外され謎の会釈をされる。何だこいつ。今更思春期か?美少女過ぎて申し訳ない。
一方アネモネの方は巨大な装置の制御に苦しんでいて、止めたくても止められないし身動きも出来ないようだ。
そもそも明らかに一人で動かせる規模の儀式では無いし、普通なら起動スイッチを入れるのも大変な巨大機械を、今度は素手で止めろと言われているような状態だ。
『ごめんなさい!ごめんなさい!!止まらない!!!止めてぇ!!!』
『■■■…!』
アネモネの必死の訴えに誰も応える事が出来ず、マリウス王子も結界に阻まれたまま儀式が続いていく。ヤマトは未知の言語で苦しそうに「まじか…!」と言っていた。
そして、唐突にヤマトから浮力が失われ、宙に浮いていた体が落下する。
……その直下には天に向けられた聖剣が切っ先を重ね合わせるように待ち構えていて。
『ーーーーーっ!!!!!』
『きゃあああああああ!!!!!』『人を!人を集めろぉ!!』
声にならない悲痛な声を上げるヤマトと、悲鳴を上げるアネモネ。焦るマリウス王子と、パニックになる人々。
神聖な儀式だと思って見ていたのであろう勇者信仰の人達と、地上から飛び降りてきた兵士達は、目の前で起きたスプラッタな出来事に完全に冷静さを失っていた。
かなり高いところから剣の山に落とされたヤマトは即死してもおかしくない酷い状態だったが、気絶もせず暴れもせず必死に耐えている。どうやらマリウス王子に続いて飛び込んだ兵士の中に優秀な治癒魔法の使い手が複数居たようだ。
完全にパニックになったアネモネは無我夢中で結界を捻じ曲げて中に手を伸ばし、強引に聖剣の一つを起動して自己治癒の魔法をヤマトの中で発動させている。
私にもこんなに血まみれの状態ではどれが何の聖剣でどう動かすかなんて瞬時に鑑定出来ないし、アネモネも鑑定して冷静に起動しているなんて状態では無さそうだ。私よりもっと本能的な部分で魔力の本質が見えているのか、咄嗟の行動こそ正しく動けたのだろう。
恐らくヤマトに最初に刺された聖剣が魔力の容れ物用で、自己治癒の能力を付加する為の聖剣は……少なくともこの儀式で死なせない為のものではないようだ。兵器にした後の機能用であって、アネモネの介入が無ければ途中で半端に起動するようなものには見えない。いや、事前に予想してても本当に酷いなこれは。
『私の……私の剣……!戻れ!!戻りなさい!!』
アネモネが一本の短剣を強引に引き抜く。
『ぐあああ!!』
『ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!』
苦痛の悲鳴を上げるヤマトに半狂乱で謝りながら、取り戻した聖乙女の短剣を右手に構える。
まだ勝手に動いて再びヤマトに刺さろうとしているらしく、不自然に引っ張られるような動きをしているが、暴れる短剣を無理やり両手で掴んで抑えると……
『止まれぇええ!!!!』
絶叫しながら祭壇の床に短剣を突き刺す。硬い石の床がそこから大きく割れて祭壇全体に破壊が広がっていく。ただの叫びではない。あの硬い剣の作成魔法と似た原初の魔法に近い、『止まれ』という呪文になっている。
しがみついているアネモネの体が震えている。冷や汗も凄い。
「……タリア、本来どうやって勇者様を操るのか分かったかしら」
「うん」
「私は全く分かっていなかったわ」
聖乙女の短剣は、呪文を対象に強く正しく通せるようだ。
確かに時々そういう使い方はしていた。ある意味翻訳機に近いのかも知れない。人間同士の翻訳じゃなくて機械語への翻訳の方に近いというか、対象というよりも世界への命令を正しく通すのだ。アネモネが空気すら自在に操るのは、空気にも意志を伝えられるからだ。
「あれはもう聖乙女の短剣というか、本物の魔女の杖じゃないか?」
「!!?」
私の独り言に過剰反応する今のヤマトを無視して思考を続ける。大体分かる、そういうの好きそうだもんなあいつ。
前に自分の太ももに刺してパワーアップしてたのが意味不明の現象すぎて不思議だったが、より正しく自分の体と魔力に命令を聞かせる為に何らかの指示を通したのだ。
最初にマジカル催眠術を食らったのを思い出す。そうだった。アネモネはそもそもやろうと思えば人だって簡単に操作出来る。
全然隠れた情報じゃ無かった。教会の聖女とは、勇者を召喚して操れる存在なんだ。
いざ分かって見ればそうじゃなきゃ成り立たないよなとは思うが、本当にそうだと分かるとやっぱり本当に酷いとしか言いようが無い。
……問題はなぜ私が今までアネモネの能力を全然鑑定出来ていなかったのかだが、ここに来て物凄く単純な構図に気がついた。
アネモネは、魔力と魔法に於いて、私より遥か高みに居る。
私の能力自体は全世界でもトップクラスだと思うが、私はそれを制御出来ていない。魔力の理解では誰にも負けないつもりだけど、それを思い通りには扱えない。
アネモネには私の能力が通らない。
アネモネの能力は全てに通る。
冗談めかした強さだとは思っていたけど、分かっていなかった。強すぎる。
そういえばマリウス王子が、アネモネは加護とかじゃなくて魔力そのもので体を動かせるみたいな事を報告してくれていたのだが、何言ってんだコイツと思って聞き流してたのを思いだす。すまん、またマニアックな格闘ネタか何かだと思ってた。
映像内では、アネモネが儀式を無理やり力ずくで停止させて結界を破壊している。
恐らくここで覚醒したんだろう。というよりパニックと必死さで余分な常識の蓋が外れたという感じか。自分がもっとなんでも出来ることを体が知ったのだ。
映像のアネモネには鑑定が通るのに、今のアネモネは鑑定出来ないというか、出来ないという事に気付く事すら許されないのを思うと、この過去のアネモネより更に色々パワーアップしているのだろう。
『い、い、異世界、か?俺は、喚ばれた、のか?』
『は、はい!勇者様!!ごめんなさい!ごめんなさい!』
『勇…者!俺が!!』
凄い、何本もの剣がズブズブと体に入っている最中なのに、ヤマトが激痛に耐えながら体を起こして喋り出す。言葉が分かるようになっているので、どれかの聖剣がやっぱり翻訳機能を体内にインストールしたようだ。
単純な翻訳というか、呪文もまた世界に言葉を通す翻訳のようなものだと考えると、生活にも応用できるくらいの魔法発動能力が備わったという事なのかも知れない。
『だ、大丈夫なのか!?勇者様は普通の人間じゃないのか!?』
『わ、悪い、普通の人間だ。痛すぎる。あんた、ありがとな!』
この常識外の状況でも普通の心配をする良いやつなイケメン王子と、真っ先に駆けつけてくれた事に感謝を述べる異世界の被害者。隣でウラニアが泣きながら何かメモをしている。まぁ分かる。さすがに運命の相手だねこれは。イケメンが少し粗野な男と結ばれるのは基本中の基本だけど、こんなん結ばれない訳が無いじゃん。
『で、どういう、感じ?魔王、か?何か緊急事態か?』
『え、あ、あの、邪竜が……。それで、私達……!ごめんなさい、ごめんなさい……』
『なる、ほど。ドラゴンのほうか。ありそうで少ないかも』
全ての聖剣がヤマトの中に埋め込まれ終わると、血まみれの勇者が立ち上がる。
『悪いが、俺は特別な勇者とかじゃないんだ。でも、出来ることがあればやるよ』
右手に紋章が光り輝き、赤いオーラのようなものがヤマトから吹き上がる。感覚的に理解できるようになっているのか、既に力を操り始めている。
『ど、どういうことなんだ?勇者じゃない?でもその紋章は……!』
『まぁ詳しい話は後で教えてくれ。多分緊急事態なんだろ?』
遠くからギュオオオオという獣の唸り声のようなものが聞こえる。ヤモリってもっとゲコゲコ鳴くんじゃ無かったっけ。体がでかすぎるからかな。
映像では分からないが恐らく膨大な魔力が放たれまくっていたはずで、それにあの羽つき巨大ヤモリが反応して近づいてきているようだ。そういえば先に空割りドラゴンが落ちてきて、それで緊急召喚となった流れだと聞いていた。
すごいなこいつ。この酷い儀式の直後に何も分からないまま戦ったんだ。
勇者の紋章が更に強く光り輝き、見覚えのあるバフが王子や兵に輝く。というかアネモネ以外には皆発動している。前も見たが、今なら意味が分かる。
一見するとアネモネが一人だけ勇者と認められていない感じで本当に可哀想だけど、実際には勇者のバフですら簡単には通せないだけなんだ。
私の能力も通らないし、勇者の力も通らない。実際操る想定だったなら勇者の力が操者に通っちゃ駄目だけども……ここまで来ると聖女が戦えばいいのではという話になる。
もしかして本来の聖女は自力で動けないくらいの状態とかで、代わりに最強のゴーレムを人間を素材にして作ったとかなのかな……?
『やれる事はやってみるから、もし活躍出来たら衣食住は保証してくれ』
そういって空に飛び上がったヤマトの体が一度強く輝くと、空にあの光の巨人が現れ、飛び去っていく。既に敵や人の危機も感知出来ているんだ。
勇者作成儀式魔法も凄いが、やっぱりヤマトもだいぶおかしいでしょ。魔力が無い世界から来て唐突に未知の力を得たのに、いくらなんでも順応が早すぎないか?
絶対予想も出来ない衝撃的な初体験の筈なのに、なんで『今回はこういうパターンかー』みたいなノリで動けるんだろう異世界人。もしかしてそういう人間の居る世界を選んでいる?
やがて遠くでとんでもない炸裂音が鳴り響き、映像が終わる。
「……」「……」「……」
無言である。全員無言。一緒に見ていた歴史の調査員なんかずっと無言を貫き通してメモを取り続けていた。賢明すぎる。
私達が異世界の人間にとんでもない事をしでかしたのをきっちり自覚出来てしまったので気まずさが尋常ではないし、余計になんでこいつがこんな飄々と人助けに行けたのか本当にわからない。
「という感じで、力の与え方以外は結構テンプレだったんだよな勇者召喚」
「別世界からの誘拐がテンプレ!?」「そんなわけないだろヤマトくん!」「無理に気を使わせて本当にごめんなさい死にますね」
とんでもない感想が本人から飛び出てきた。まぁ場を和ましてくれたんだろうけど。もう普通に聞いてみる。
「普通これ恨まないか?なんでもう戦いに行ってんだよ」
「いや映像見ただろ?皆パニック状態で俺を助けようとしてたじゃん」
もしあれで誰も助けてくれず冷たく命令されてたら逆にブチギレてたよと気軽に言うヤマト。どうなんだろう、もし私がアレをされたらまず何はともあれ一旦キレると思うけどな。というか多分だけど誰も何もしなかったら一旦死んでる。
「もう何度も言ってきたけど、皆の想像以上に俺の世界では異世界で活躍するのが本当に人類共通の夢なんだ。さすがに儀式がクソ痛いのは想定外だったけど、魔法が使えるようになって異世界で活躍なんてもう本当に誰だってやりたいんだよ。はいこの話は一旦終わり」
ヤマトが空気を変えるようにパンパンと手を叩き、話を切り替えていく。
「で、どうだったタリア?何か情報はあったか?」
「思ったより無い。肝心なとこは光りすぎてただの白だったし、召喚魔法も現地に行って地下を調べないと。祭壇部分はただの操作部だ」
「操作部?いや十分重要な情報じゃないか!地下に装置本体があるのか?」
「だからそこらへんが見に行かないとちゃんとわからない」
「よーし、じゃあ南の国の襲撃が片付いたら中央も頼むよ」
「国の皆を完全に助けられたらなんでもしてやるって」
「なんでもって言ったな!?うおおおおお!」
気まずい映像の後だったからいつもより甘い対応しか出来ず、話の切り替えにも乗って空気を変えたいもんだから、微妙に不利な対応を押し付けられている。こいつ……!
「あ、あと召喚の仕組みは一部だけ分かった。検索する範囲や方法はさっぱり分からなかったが、一つ明確な条件検索が入っていて、それがヤマトに合致してる」
「俺?」「条件検索?」
ヤマトとウラニアが今度は素で驚いた反応をする。ふふん。こればっかりは知的天才美少女の私じゃないとなかなか分からないだろうからな。
「普通に名前だよ。ヤマトの名前。ちょっとお前の国の文字で紙に書いてみてくれないか」
「名前……」
なんだかちょっと嫌そうに未知の言語を紙に書く。私達には文字というかむしろ絵に見える。
「ヤマトくんって本当はこう書くのか。ウロボロスの時は変な絵だと思ったけどそういう文字だったんだね」
「あれは絵だし変でも無い」
マリウス王子の素直な感想を流しつつ、妙にしぶしぶっぽく紙を持って皆に自分の名前の文字を見せてくれる。
「ちょっとからかわれやすい名前だったから説明したくねーんだよね。富士山っていう有名な山があって、俺の名前とだいぶ似てたからさ」
「この世界にその山は無いから遠慮せず見せて説明してくれ」
「遠慮じゃねーよ」
白い紙に記されている文字は『不二 山斗』という奇抜な絵。これでフジヤマトと読む。
「この左側の二つがフジだ。二つと無いって意味の文字な。で右二つがヤマト。こっちはなんていうか、音に合わせてちょっとオシャレにした文字で、あんまり深い意味は無い」
「こら嘘を付くな。ヤマトって音が自分の国の呼び名だったり、泰山北斗を意図していたりするんだろうが」
「ぐっ!こいつ…!」
絶対自分でも何度も調べたりしてる癖に隠そうとしたぞこいつ。野郎どもはなんで微妙に思春期が抜けきって無いんだ。
「泰山は凄い山、北斗七星はヤマトの世界の目立つ星座。どちらも人々が遠く見上げるものだ。要は偉大な山や星のように皆に仰がれ尊ばれる存在という意味になる」
「国の名でありながら仰ぎ見られるものって名前なのか?凄いなヤマトくん」
「ヤメロぉ!恥ずかしい!!そこまで考えて付けられた名前じゃないんだって!」
アネモネを見る。どうやら全く何もピンと来ていないようだ。というか話が長くなると基本的に耳が勝手に聞き流している。
聞こうという努力は常に頑張っているが、頑張れば何でも出来るなら人生に苦労は無い。慣れてくると得手不得手があまりにも分かりやすい。長文に途中からついていけないのだ。絶対詐欺に弱いから守ってあげたい。
「不二は二つと無い。つまり無双。山斗は誰もが仰ぎ見るもの。本当に何の捻りも無い話だぞヤマト。最初のアネモネの呪文を思い出せ」
誰もが仰ぎ尊ぶ救世主、無二無双の勇猛なる強者。勇者の正しい定義なんて無いのだろうけど、その盛りに盛られた勇者を表す呪文は、完全に今の勇者の名前と一致している。
「……え!?俺って名前で喚ばれたの!?」
「名前まで凄いなヤマトくん!」「えっ何の話!?」「そうっぽいっすね」
どうやら自分の名前の事なのにすぐ分からなかったらしい勇者と、素直に褒める王子と、普通に話に着いてこれてない聖女、もう色々慣れきってて手元で何か作業しながら雑な相槌を打つウラニア。
「いやいやいや!それはアホ過ぎるだろ!そこまで深い意味なんて無いよ俺の名前!」
「意味のない名前なんて存在しないわ」
「するって!本当にただの当て字の名前とかいっぱい居るんだぞ!」
うーむ。どうやら魔力が無いからなのか、ヤマトは『名前』を軽んじているようだ。
「当て字だろうがなんだろうが、名前とは意味そのものだ。ヤマトという名前を呼ぶ時、それはヤマトという人間そのものを表す意味で使うだろ。意味を相手に伝えるのが言葉であり、呪文だ。名前が皆の共有知識になった時点で、それは世界への定義に他ならない。私は特にそれが視える」
ちょっと情報共有も兼ねて、自分フィルタを薄めた賢者知識そのままの出力を試みる。私も完全に理解出来ているわけじゃないけど、ここのメンバーにはなるべく共有出来る時に共有したほうがいいと学習しつつある。
「……タリア、あのね、もしかしてだけど」
アネモネがおずおずと尋ねてくる。
「偶然ではなくって、私がヤマトさんの名前っぽい呪文で呼んだからって話をしてる?」
「あ」
「事故じゃなくって、明確にヤマトさんのような良い人を狙った誘拐犯罪だったって話をしてる?」
「あ」
まずい。
「あ、あ、あの、あれ。そういうことじゃなくて、勇者召喚の仕組みを解き明かす為に重要な情報を共有しようってことで」
「…………」
すごい。室内なのに空気が重く冷たくなってくのを肌ではっきり感じる。すごい怖い。
「ま、まぁまぁアネモネ。あれだよ、例え自分に対してだろうと、俺が怒ってない事を勝手に怒られ過ぎるのも困る。俺はあくまで俺の世界の他の人に同じことをされたくないんだ。だからその方法をちゃんと理解しておこうぜって流れでいいよな?」
「困る。勝手に自分に怒っても困らせる。はい……ごめんなさい……そうですよね私……はい……」
「うっ……!た、タリア、大体分かった!肝心のウラニアにも見せれたし、一旦解散しよっか!いやー俺喉乾いたかもな!休憩したーい!!」
さすがの勇気だ。お前は勇者だよ。この重さを前にしてよく立ち向かった。
王族と勇者と聖女という組み合わせと一緒に凄惨な映像を見せられた挙げ句、闇に堕ちる深淵のダークナイト聖女に初遭遇した調査員達なんか、もう胃の辺りを抑えて倒れそうになってるぞ。お前が救った。偉い。
ヤマトの勇気で地獄の密室は救われた。
理屈では、絶対にアネモネだけの責任じゃない。なんなら勇者の力に救われた南の国の民や、連れてきた私だって一緒に罪を背負うのが当然だ。
でもそういう理屈を言われたらそっかぁって納得して気持ちが救われるほど単純には生きられないじゃん。そもそも『自分だけのせいじゃない』ってのは結局『自分の責任でもある』という意味だ。救われはしない。
むしろそういう理屈に一切揺るがず自分を許さないのがアネモネの良さでもあるから、ここは気分転換一択だよ。多分そう。一旦そういうことにして欲しい。あいつへの謝罪と感謝は私も一緒に後で背負うわけだから、一旦流して欲しい。
逃げるように外に出ると、こういう空気になることをある程度把握していたのであろう元聖女候補のマッスルニンジャ達がわざと明るく飲み物や軽食の準備をしてくれていて、今度は普通に喋ってもてなしてくれた。
じゃあなんで最初喋らず紙に書いてたんだと聞くと、格好良いからだと言っていた。和む。バカに救われる世界ってあるわ、本当に。




