無限の有限
無数に人間の手の生えた気持ち悪いワーム。
大量に蠢く巨大ヤモリ。
あの日突然襲ってきた、異世界の魔法生物。
その姿や、周囲の様子を、必死に探る。
緊急対応でアネモネを出し抜きながら敵に反撃した勇者ヤマトは、事前にウラニアに相談して偵察出来る魔法生物まで用意していた。
どうやら姿がお気に入りらしい、フクロウ型の偵察魔法生物。それに蓄積された感覚を魔力で共有し、追体験する。
痛撃の魔法石と似ていて、視覚を脳に直接届ける感じだ。
そしてそこに問題がある。
暗くて全然なんも見えん。
世界の穴の向こう、本当に真っ暗だね。情報を得る気満々で張り切ってたんだけどちょっと焦ってる。賢者の力を持ってしても、この穴は…光が当たってなくて暗い!って感想になるよ。だって暗いもん。
「俺ちょっと勘違いしてたわ。フクロウが優秀でも人間の知覚範囲より見えるわけじゃないのか」
「いや合ってるよ、私が事前に色々気づいてたら調整してもっと見れてた。撮ってくれただけで有り難すぎるからホントにちょっと待ってろって。」
ヤマトが失態みたいに言うがさすがにこれは何一つ落ち度がない。もし私にも相手の情報を探る意識が足りていれば、賢者の力で色々なんとかなったと思う。
皆を守るのに必死過ぎたというか、それしか考えていなかった。
というか有り難さしか無い時に細々とした反省点出されるとこっちが辛いからやめろ。
「くそでかヤモリもキモいワームも何かに接地して這ってるのは確認した。あいつらが見えて地面が暗闇って事は、何も無いんじゃなくて光を反射しないとか感知できないとかそういう事の筈なんだ。」
このままだと埒が明かなそうなので、思ったことをダラダラ口に出すようにする。
ずっと昔にウラニアからアドバイスされたんだが、私が知った事と私が理解した事は違うのでなんでもいいから喋ったほうが良いらしい。
実際、全知と全理解が違うのは何度か痛い目に遭って分かっている。私は何でも知れるとんでもない知的天才美少女だけど、何でも出来るわけじゃない。
早速勇者が反応する。
「……人間の手が無数に生えているワームは、どう考えても人間と関係があったはずだ。魔法生物という話からも、人間かそれに近い種族に作られた存在なのは間違い無いよな。だって人間の手だし。」
確かに。それはそうだ。
「状況に応じて行動も変えていたし、指揮官的な何かが居るのも間違いないんだ。だけどやっぱり何度見ても見つからないし、タリアでもわからない。となると、あまり考えたくはないがこちら側にも敵が紛れてるんじゃないか?」
「多分そういう用心も必要だけど、私の前でそういう暗躍が成功するの見たこと無いんだよな。」
「ああー、うーん。謎のRTA使い相手にスパイとかはきついのか?いまいち凄さの度合いがよく分かんないんだよなタリアの力。チートだけど本人がアホだからか?」
「おい」
殴ろうとしたが避けられる。うぜー。
再びウンウン唸りながら思考の海に沈んでいくヤマト。
「……あと、俺の世界の俺の時代の知識で言うと、ヤモリの特徴といえば足だ。爪とか粘液じゃなく物質が物質と引き合う力そのものの応用だから、ガラスだろうとなんだろうとどこにでも貼り付ける。力の角度もバランスも完璧だから張り付きすぎて動きが遅くなるなんて事もほぼ無い。」
へー。
あれだよね、調べれば分かる事でも、疑問を感じない限り知ることは無い。雑学ってそういう感じで、難しさよりも着眼点の違いなとこあるよね。面白い。
「じゃあ巨大になっちゃダメなんじゃないか?バランスが崩れちゃうだろ。」
「そうだ。ヤモリも人間の手も本来のメリットは恐らく繊細さにある。あのサイズはおかしい。最初から巨大化させる想定なら、元々巨大な生物をモデルにしたほうが良いはずなんだ。違うかウラニア博士?」
「確かに、でかいのを作りたいならでかい生物の骨格を参考にすべきっすね。」
珍しくアネモネも「なるほど」って顔で頷いている。
「恐らくだが、穴の向こうは重力や分子間の力が違う。巨大さが意図的なのか偶発的なのかは分からないけど、ヤモリをモデルにするとしたら爪や吸盤、粘液ではなく力そのもので張り付いて移動できる特性を無駄にはしないはずで、逆に巨大化しないとそれが活かせないような状況下なんじゃないのかなと思うんだ。」
「ちょっと利点に囚われすぎて逆にヤモリの足過激派みたいになってる意見の気もするが、魔法道具の開発者としてはある程度納得しなくもない。」
生物は効率や利点の塊だけど、そこだけで考えすぎると意味不明な行動で詰まるのもよくあるんだよな。生物的な理屈で考えるなら女の子が触手にエッチな事されてるとこを見たい歪んだ性癖持ちの勇者とか意味分からんもん。逆に自分が襲われてるし。
「あとはまぁ、他にこういう理屈的な部分と別の理由で考えるなら、ヤモリって名前そのものだな。俺の世界の名詞がどうやって皆に伝わってるのか自体よく分かんないけど、イモリ、ヤモリはそれぞれ井戸と家を守るって意味の名前なんだ。井守、家守。」
本来なら気付かない程度の一瞬のタイムラグと、ヤマトの国の字らしきジェスチャー。なるほど、やはりヤマトの言葉に翻訳が入っているのは間違いない。
そしてヤモリの意味が家守なのもこの世界と同じ……だったっけ。やばい、色々知りすぎたのか最近本当にヤマトの世界と自分の世界が区別つかない。
「俺の世界でも別の国では鳴き声そのままでゲコーって分かりやすく呼んでたから世界単位の共通認識では無いんだが、人に危害を与えず害虫を捕食する身近な生物だから、別世界だろうと他国だろうとヤモリに家の守り神的な思想が生まれるのも自然だと思うんだよな。」
ヤマト自身も何か違和感があるのか、自分に納得させるように理屈を並べている。
なんだろう、今は襲撃相手のことを考えなきゃいけない時間なのでそれどころでは無いんだけど、もしかして勇者召喚って異世界の人間を移動させただけみたいな甘い認識じゃダメなんじゃないか?
「私が異世界まで何でも分かる天才王女だから逆に疑問に感じられていなかったけど、翻訳はやっぱりなんか変だな。異世界と一度世界を重ねて人間みたいな巨大な物質をやりとりするんだから、処理中に何かとんでもない部分まで書き換えてしまってるかも知れない。」
映像の鑑定作業に戻りながら呟く。
うーんと唸ってヤマトが黙り込んでしまったのでやはり余計な話をしている場合ではなかったかも知れない。
でも化け物と暗い穴を何度見ても、化け物と暗い穴としか分からないよぉ。
太古のゴミ処理標準書が出てきたせいで別世界とか世界の狭間にポイ捨てしてるカスの末裔の疑いも生まれているのだが、幸いと言って良いのか本当に何も見えない。無だ。
「ねぇタリア、穴の向こう側って別世界なの?それとも別世界に繋がるトンネル部分なの?」
「トンネル部分だね。」
「おい分かってる事あるならどんどん言えって!」
アネモネの質問に答えたらヤマトに突っ込まれる。いや質問されたから答えが浮かんだだけで、私にもよく分かってなかったんだよ。
「あの空にあった魔法陣だけで異世界侵略出来るの?」
「いや多層なんだよ。前も言ったけど異世界から召喚する魔法を多層で反転してるんだ。」
「私には一層にしか見えないの。どういう多層なの?」
「あー、えっと、難しいな。一応実際に異世界からの来訪者が居るからそれを基点にすると想像しやすいかもだけど、そもそも世界とか宇宙って一層じゃないんだよね。」
凄い。私は今映像に集中してるのでアネモネを見てないし何も聞こえてないけど、「???」っていう音のない疑問が聞こえた気がした。
「多元宇宙とか波動関数がどうとか色々それぞれ推論や理屈があるんだけど、今回の事象に限って言うなら、この穴は重なりあった宇宙を貫通してるんだよ。本来なら存在しない世界の輪郭線を重ね合わせて、穴を開けているんだ。」
一旦映像との感覚共有から目を離して、紙にペンで丸と点と線で出来た簡単な顔を描く。
(・_・)
「これは顔に見えるだろうけど、実際には人間に黒い輪郭線なんて無いでしょ?この絵の人間の輪郭には線の太さっていう面積があるけれど、人間の端っこには線も面積も無い。人間を構成する端っこと世界との境界には本来何も無いわけ。でもこうやって存在しない輪郭線で人間を図示する事は出来る。」
「人間の端っこって皮か毛じゃないの?」
「その先が人間の端だね。で、輪郭線はその何も無い境界に有る。」
再び頭を抱えて唸るウラニアとヤマトに挟まれてアネモネが一生懸命頷いている。マリウス王子はどうやら書記という地味に大事なポジションを見つけたらしく無言で必死にメモしまくっている。
「この存在しない線を定義して、存在しない線の体積にトンネルを開けるのは、同じ次元からだけじゃ不可能なんだ。だから複数の次元宇宙に跨った多層の魔法陣で点を打ち、その点を結んで輪郭線を生み出すわけ。」
「なるほど。何を言ってるのか全然分からないわ。」
「私もよく分かってない。」
すごいな、まさかアネモネが一番私の賢者の力に正しく問えて、難解な答えを引き出せるキャラだったとは。何を答えてるのかよく分からないがスラスラと口は動く。
映像の鑑定作業に戻りながら話を続ける。私一人じゃ質問の仕方自体分からなくても、対話しながらだと検索経路が増えて賢者の能力の調子が良いような気がする。
「ああでも喋ってたら脳内が整理されてきたかも。宇宙の外は光じゃ観測できない。暗くて見えないんじゃなくて、この穴は本来なら人間の目では観測できるものが無いんだ。」
お互いに本来存在しない世界の端をトレス台で透かすように重ねて、強引に共通の輪郭線を引かれている。
ややこしい雑談をする度にウラニアやヤマトがしばらく悩み込んでいて、なぜかアネモネが逐一メモを見せられている。私がアネモネに難しいことをペラペラ答えるからか謎に間に挟まれてしまい、本当はどっちの話も聞き流したそうな美少女が困っている。
「タリア、本当に全然わからないわ。誰かがここからここまでが世界の端っこねって勝手に決めて線を引いたってこと?」
「そう。勝手に引いてる。ただ線と言っても円なんだよ。丸で囲ったら一本で内側と外側が出来るでしょ?輪郭線っていうのは必ず閉じられているんだ。体積もあるからドーナツって言ったほうがいいのかな?」
「……???」
「ごめん私もスラスラ答えてるけどよく分かってない。むしろ意図的に何も考えず作業しながら返答してるから、私というフィルタをいつもより薄めた、賢者由来の成分が濃い話だと思って。」
なんかこうなると私の意志が足手まといみたいで若干腹立つな。いやプライドとか気にしてる場合じゃない。私が映像から引き出せる情報には限度があるけど、この穴を見て私の力が答えるやたら難しい話はきっとウラニア達の役に立つ。
どんどん適当に話そう。
「なんだっけ。どっちの世界だ?なんか知ってるぞ、無限の世界を囲って有限にする無限の円環。ヤマト、何か心当たりは?」
「……俺の世界ならウロボロスかな。自分の尻尾を飲んでいる蛇だ。派生にもよるけど、幾つかの神話で世界の果てをウロボロスが囲んでいる。蛇自体が脱皮の神秘性で永遠とか死と再生のモチーフにされがちだから、確かに言われてみれば無限の象徴で世界を有限にする面白い図示だ。」
まだ頭を抱えたままだけど、恐らく雑学好き故に聞かれるとスラスラ語ってしまう勇者が、不意に右手の甲をこちらに見せてくる。
「……多重円の輪郭を、不等号『>』みたいな楔で何箇所も区切った紋章。ちょっとリサイクルマークに似てるけどシンプルで面白いモチーフだと思っていたんだが、もしウロボロスという言葉がこの世界で通じるならこのシンボルの意味も気になってくる。」
ベルトを何やら操作して魔法を発動させる勇者。バフを受けた私の右手にもそれが強く光り輝く。
確かに言われてみれば、丸のどこかに口っぽいものを描き加えるとそれだけでウロボロスではある。
ごくりと喉が鳴った。やばい、ウロボロスってこの世界にもある知識だっけ、私が混乱してるのかどうか咄嗟にわからない。
でも、ヤマトと関係ないもっと昔に尻尾を飲み込んだ蛇のモチーフは絶対に見た事がある。無限がどうこうみたいな細かい意味はともかくとして、ウロボロスとは実際の蛇が実際に行う行動なんだ。私達の世界に無いってことは無い。絶対にある。
「まさか、これ、蛇のマークなんすか……?ウロボロスの魔法陣……?」
ウラニアも否定しづらいが肯定とも違う感じで反応している。やはりウロボロスという概念自体は多世界共通知識であってるようだ。
「俺の世界のウロボロスの紋章はもっと明らかに蛇だったり、俺の世界特有の無限記号を活かしたものが多い。だからこれの判断は恐らくこっちの世界のセンス次第になる。どうなんだ?矢印みたいな区切りのある円はウロボロスをイメージするのか?」
「わからないっす。そうと言われたらそうも見えるし、単にエネルギーの循環回路を簡易的に記号化して図示してみただけにも見えるっす。」
童話にもあり、簡単に書けて、そこらへんの教会にもよく飾られてる馴染みある形だ。生まれた時からそこにある勇者の形に疑問を持った事がない。
多重円を描いて、『く』の字を円周に追加して矢印みたいにしていくだけだ。誰でも描ける。
「俺達の世界と違って本当に機能のある魔法陣が無数にあるから、逆にこういう簡易モチーフの意味が薄くって、意図を含んだシンボルがあっても『そういう回路』扱いで意図をいちいち気にしないのかもな。」
ヤマトが魔法を停止して立ち上がり、紙とペンを受け取って絵を描き始める。
かなり深刻な顔なので、ウロボロスは多分ヤマトから見ると重要情報なのかもしれない。
喋っている内に大当たりを引いたのでは。
実際紋章のモチーフなんて考えた事も無かったが、ヤマトの国は確か言葉自体が絵文字に近い。音による言葉も勿論あるが、絵が重要な国なのだ。
だからフジヤマトという名前も実は音ではなく文字の方に意味がある。文字の一つ一つが精密な絵であり、意味を成す言葉なんだ。
「よしできた」
異世界の勇者が紙を見せてくる。絵の国、日本人が描きあげた絵を。
(・>・)~~ミミ~~~~n~~~~~~~n~~~~~~~~
……?
「…………!??」
なに……!?なんだこれ……!?
今まで大体なんでも器用だったじゃん!なんでこの大真面目な雰囲気でそうなる!?笑って良いのかも分からないじゃんこんなの!
なんかシリアスな空気を纏いながら、あまりにも簡素でファンタスティックな何かが生まれていた。下手とか以前に、これが『絵』だとすぐに認識できず一瞬何かの暗号文字かと思った。
……いや、いける。私は知的天才美少女賢者。まだ頑張れる。
落ち着いて見れば言わんとする事は伝わるぞ。話の流れが無かったら絶対に意味が分からないけど、多分これがヤマトの中のウロボロスなんだ。うなぎでは無い筈。顔らしき何かはもう目を瞑るとして、すぐ後ろの異物はエラじゃない。直感では羽だ。羽の生えた蛇なんだ。……足…も生えてる……?蛇に……?
「さて、ちょっと分かりづらいかも知れないが、俺の世界のウロボロスってのは派生によってこんな感じにもなるから、重要な意味があるんだ。」
「どんな感じ!?」「ちょっとでは無いっすね!?」「蛇にくちばしは無いよヤマトくん!?」
良かった、ウラニアどころかマリウス王子からも非難轟々だから私だけ冷たいわけじゃなかった。アネモネは無表情と無言を貫いて耐えている。基本的に下らないスケベ話への反応以外では勇者に失礼な事をしないようだアネモネは。凄い。
「見てもらいたいのはここだ」
皆が「どこ!?」という言葉を飲み込んだ。指さした部分に何も見いだせない。首?いや蛇って全身首みたいに見えるけど確か実際に首に該当する部分はすんごい短いんだよな。羽、なのか?蛇の羽ってなんだ?
「──この絵を見て分かる通り、ウロボロスっていうのは俺達の世界における最大最強のドラゴンでもあるんだ。」




