特別研究員ウラニア
その大きな街は若い才能が集まる学園街で、学問の国の中でもかなり有名で人気な地区だ。
優秀なものを集めているってわけでもなく、ただ大型建設しやすい開けた広大な土地ゆえに公共の学習設備や教育機関などが集められていただけだったのだが、その周囲に民間の教育機関が増えたり研究所や図書館などの資料設備が増えていくにつれて、なんか凄い奴らも勝手に集まってくる凄い街になっていた。
ある意味では学問の国が学問を名乗る所以である。学問しやすい土地には学問適正の高い人間が集まり、加護や知識が同じ場所の次世代に強く引き継がれていくから地域性が高まっていくわけよ。
「魔法学校とかあるならもっと早く南の国に来たかったよ俺。こういうの。こういうのが見たかった。なんか普通の学校も逆にそれはそれでいい。両方あるってのがいい。」
そしてヤマトはかなりこの街が気に入ったらしく、ずっと一人でブツブツ早口で喋っていた。
マリウス王子が居れば丁寧に解説とかするんだろうが、私達三人は夕暮れの空を恐怖の人力高速フライトで来たので、奴は事務仕事を山程片付けてから部下と一緒に数日後合流する感じになっている。
勇者の様子を見る限りではこれもまたとても正解なんだろうなと思うが、私は行きにもここを通って結界とか色々チェックしてあるので、本当はさっさと研究所に戻ったり家の備品持ち出したり中枢で使えそうな国宝漁ったりしたい気もしている。
あ、でも最先端の科学展とか歴史資料館とかあるので、民間からはダメだけど国のやつはいざという時に盗めば役立つかもしれん。国のモノはつまり未来の王たる私のモノだし、邪竜に潰されるより私が有意義に使った方が結果的に保存されるわけだし全然使っていいだろ。やっぱ正解かも。
「うわー謎バスケしてる!フットボールとかじゃなくてこっちに出会うとは!へー!なあタリアあれって学生?部活?」
「学生のチームじゃないか?町とか地区とか学校とかで、子供らの所属別の対抗大会があるんだよこの時期。私あんま興味ないから詳しくないけど。」
時折こいつ私達の世界のことを舐め腐ってるよな。単純なスポーツがあるだけで大はしゃぎするが、無いわけ無いだろ。どんだけ初期の文明扱いしてるんだ。
「でももっと魔法っぽいスポーツが観たい。箒で空飛んで欲しい。」
「私、人って生身で空を飛ぶべきじゃないと思う。乗り物とかに乗ったほうが良いと思う。本当に怖いからやだ。」
「空飛ぶ魔物が居る世界で繊細な飛行機に乗れるかよ。だから無いんだろ。」
既に日も落ちて暗くなろうと言うのに遠くから子供達の演奏が聞こえる。
そういえば前の街で勇者と聖女が助けた子達も演奏の練習とか言ってたので、あの子達も大会に出て頑張りたいのだろう。邪竜騒ぎでそれが無理そうなのは多分皆分かってるだろうに、諦められないんだろうな。ちょっと切ない。
########################
今回は宿ではなく、勝手に色々私物化してる私の系列の研究所へ辿り着く。これもまた勇者が思ったより興味津々で色々食いついてくる。
「俺みたいな完全な余所者まで研究所に泊まっていいのか?」
「ここは私の息がかかった素敵な高額巨大研究所だから、私や客人が泊まれる豪華な部屋も沢山あって、食事の用意もかなり豪華で、寝食を惜しんででも仕事したい研究者たちにも大人気なんだ」
「寝れてないじゃん」
戦闘以外だとなぜか研究職みたいなタイプの勇者がキラキラした目で施設を観察している。どうやら魔法絡みの技術や研究の中でも特に理屈が不安定な魔法っぽい魔法が好きらしい。
こいつの性癖の尖り方怖いよな。常に危ないものを求めすぎだろ。ヘンタイ。思考は常識的なのが余計に怖い。悪人と一緒で狂人も狂人っぽくない方が怖いよな。
とりあえず荷物を置いたりなんだり一旦落ち着きたかったので私がよく使う部屋に行こうとすると、近くの魔法石の研究室からひょいと日焼けした元気そうな女の子が現れて荷運びを手伝いに来てくれる。
「待ってましたよタリアさま!ゆっくり休憩したらお話聞かせてください!」
「あれ、なんでここに居るの?頼んでおいた研究は?」
「ボクの頼まれた研究してる最先端施設がここだからですけど!まーた何も理解せず力に頼ってますね!」
じゃれつく短い茶髪の白衣少女。犬みたいで可愛い。ふと振り返ると勇者が驚愕した顔でそれを見ている。
「ば…ばかな…」
「多分だけどバカはお前だぞヤマト」
「元気な低身長日焼けボクっこスポーティ茶髪メガネ白衣研究者だと…!?そんな特盛が許されるのか…!?」
「多分とか付ける必要が無かったわ。ウラニア、こいつにあまり近づかないでね、ヘンタイだから。」
何に驚いてるんだこいつは。
「あのー、タリアさま、この方々がもしかして勇者と聖女なんですか」
「そうだけど秘密ね」「あっ」「えっ」
なんでバラしたのと驚愕した顔の聖女と勇者。そしてとっくに分かってたけどあえて触れず遠巻きに見ていた研究所内の野次馬たちのスッキリした顔。
「いや、まぁほら。私が連れて来るって言ったら連れてくるんだよ。ここの人達はそれをよく知ってるし。それで豪華な部屋とか用意してたら普通気づくだろ。」
盲点だったみたいな顔をして呻いているが、あえて言ってないだけで君ら有名人なのに身を隠すフードとかも全然着けてないからね。もともと隠し事が下手すぎるからか、私にバレて以降どんどん油断してグダグダになっていってるからね。
「勇者さま聖女さま初めましてウラニアです!タリア王女直属特別研究員の一人です!タリア様がお世話になっています!」
「あれ?なんで私が世話されてる側扱いなの?」
「初めまして、一応隠してるんでヤマトと呼んで欲しい。」
「初めまして。アネモネでお願いします。」
「…まさか身分隠すのに本名を名乗ってないっすよね?随分珍しい名前と随分聞いたことある聖女さまの名前ですけど。」
「!!!!」「!!?」
また衝撃をうけている。無理だよ、君らに隠し事は。本当に無理だよ。ちなみに最初に名乗らせたのは私なので私が悪い。私に名前をバラしてから慣れてしまったのだろうゴメンね。
遅れてくる馬車の受け入れ手配や手荷物を部屋に置いたり休憩したりして、夕食の時間も含めて一旦疲れを癒やすのに専念する。
研究員ウラニアの話も聞きたかったので一緒に食堂でやたら高額な料理を頂きつつ近況の報告をしあうと、どうやら私は私が知らない間に色々準備していたようで、食後にちょっとでいいから成果を確かめて欲しいとせがまれる。
「タリアさまはどうせベストタイミングで来るので連絡とかは別にいいんですけど、何を頼んだかくらいは把握しといて下さいよ!」
食後、最初にウラニアが出てきた研究室に向かうと、奥の広い空間に分厚いマットや武道鍛錬用の木人がいくつも置かれていた。
「あれ……私って武術の研究でもしてたんだっけ?」
「知的天才プリンセス戦士になるとは言ってました!多分、それで戦士になるための装備をボクに頼んだんじゃないすかね。すごいっすよね、完成する前にビキニアーマーだけ着て戦士名乗ってどっか行くあたりがタリアさまって感じ。」
「ちょっと待って私ってまだ知的天才プリンセス戦士じゃないの?」
「逆に何をもって戦士だと思ってるんすか?戦闘力もスキルも加護も何も無いのに。」
振り返ると今度はヤマトもアネモネも目を逸らしている。どうやら誰も私の事を戦士だと認めていなかったらしい。うそ…気づかなかった…。
「まぁ後衛が強すぎる近年の戦士に適した加護と言えばやっぱり本人の強さじゃなく後衛を守る防衛術なので、意味がわかった時は天才だなぁと思ったんすけどね。タリアさまじゃなくタリアさまの能力が。」
「私の能力だって私の一部なんだから素直に私褒めても良くない?」
私の訴えを完全に無視して準備を進める私の直属研究員ウラニア。頼りになるやら無礼やら。
彼女はプロテクターを着けて分厚いマットの前に立つと、他の職員に木人を数人で同時に突き飛ばすようにお願いし始めるのだが、女性職員がもう定時退社してしまっていて残業の男性職員にはセクハラだから辞めてくれと断られている。前も似たようなの見たがお前らがセクハラされる側みたいなの本当になんなの。
「しょうがない、良く分からんが私とアネモネが押すよ。強く押していいのウラニア?」
「あんまり弱すぎると意味分からんと思うんで、そこそこ強めにお願いします!同時に、違う方向に押して下さい!」
「じゃあアネモネ、一緒にね。…ちょっと手加減してねアネモネは。なんかオチが見えたから。」
「分かったわ。手加減して強くね。」
木人の前に立ち、少し離れた場所で構えているウラニアに準備が出来たと合図を送る。
「じゃあ一緒に合わせてお願いします!掛け声で、せーのに合わせt」
パァァァアアン!!という空気が破裂するような音が二回した。
分厚いマットの奥深くに、目にも止まらぬ速度で吹き飛ばされたウラニアがめり込んでいる。
「……痛ぁああああああああああいいい!!!」
「まだだよアネモネ!まだ!いや違う!強すぎ!」
「うわああああごめんなさい!ごめんなさいいい!!!」
分かっていたのに防げなかった。そして見た。アネモネの音速の掌底は空気の壁を破って凄まじい衝撃音を放ったものの、木人には届いていなかった。今の二回の音は空気とマットの破裂音で、木人には傷一つついていない。
なるほど、盾構えた戦士がよくやってる『庇う』スキルだこれ。まぁ見たままそういう感じだと思ったからちゃんと手加減するようにも伝えたわけだけど、やっぱりヤマトに持たせればよかった。
「わ、悪い、俺が引き受ければよかったかも」
慌てて皆で助けに行くが一応王女直属の研究員なので使っているプロテクターもマットなどの設備も超高級品であり、本人が痛くてびっくりした程度で大丈夫なようだった。
「だ、大丈夫っす、それにこれはまだ一般ユーザーを想定していない試作品なんでボクかタリアさまくらいしか使えないですよ。意外とめちゃくちゃ難しいので。」
よろよろと立ち上がり無事をアピールしたあと、いくつもの魔法石と特殊な基盤を埋め込んだ腕輪を私に渡してくる。カバーを開けるとジェル状の防護素材の中にぐねぐねと曲げられるやわらかい基盤が複数あって、多重階層に無数の配線が走っている。
確かにこれを見ただけでどこにどういうタイミングで順番に魔力を流してうまく発動させるのか理解できるとしたら、相当な鑑定力か天才の私くらいだ。まだ機能を実現してるだけで操作面では全く整理されていないので、ややこしい手順が洒落にならないほど多い。
魔力の使い方ならアネモネのほうが圧倒的に凄いけど、これはどちらかというと配線を見ただけで理解する能力の世界なので、賢者の私とか設計者本人じゃないと確かに使うのは無理だろう。この立体的で複雑な設計は口頭で説明して伝えられるような単純なものでも無い。
「う、うわ、ジェル防護のフレキシブルプリント基盤だと!?魔法陣ってプリント配線していいの!?」
「お?やりますねぇヤマトさん。でもまだ国家機密レベルなんで内緒ですよ」
「えっ何?なんの話?このパターンっていっつも私とアネモネ疎外されるからちゃんと説明して」
申し訳ないやら分からないやらで縮こまっていたアネモネを慰めつつ会話に混ざる。どうやらヤマトの世界でも精密な機械に使われているらしいが、衝撃吸収の方法が未知の魔法素材でずるいらしい。
「こういうのの防護に使う強い素材は硬くても柔らかくてもダメなんだよ。なんか宝石には詳しかったからタリアも分かるだろ。」
「ああー、チョットワカル」
「お願いタリア、私だけ置いていかないで。本当に助けて。」
絶望するアネモネに色々教えながらマニアックな話をしてる勇者と研究員は本当に楽しそうだったが、私ってなんでこんなの頼んだんだっけ。
「いや本当に天才ですけどねタリアさま。ほら発動して下さい。」
コンコンと木人と軽くつつくウラニア。それに対して庇うスキルを発動するが……何も起こらない。
「あれ?」
まだ木人をつつき続けているウラニアが、ほらぁ!とドヤ顔で見ている。木人からは音が鳴らなくなったが私にも別に何も……?
「えい」
おもむろに立ち上がった勇者が木人の尻を平手で勢いよく叩く。
「おおい!?なんかセクハラじゃないか!?」
「いや何も起きないじゃん。すごいな、触れるのに攻撃は何やっても数センチ届かないような感じ。空間が不自然だ。」
不意にアネモネが顔をあげる。
「……もしかして、タリアのそのビキニアーマー?」
「え?…ああー」
そうだった。私ってば遠距離攻撃無効の無敵戦士なんだった。
「そうですアネモネさま!タリアさまが希少な国宝盗んだって聞いた時に天才じゃんって思いました!」
「やった私も話分かってきたわ!」
「ちなみに天才じゃん以外にもっと持つべき感想があるぞ」
三人が私を褒め称えて盛り上がっているので気持ちが良い。
ようやく分かったぞ。なんて天才なんだ私は。
「私って本当に凄いな。庇うスキルは遠距離攻撃を受けている扱いなのか」
「だって元は近接だろうと遠距離に届いてますからね!」
「なんだその成立が怪しい異世界コンボ!俺そういうの好き!」
ドヤ顔で楽しそうなウラニアと、カードゲームのジャッジが怪しいコンボみたいだと喜んでいる勇者。なんか人聞き悪いな。
アネモネも何かが気になるのか必死に話を聞いている。
「凄いわ。衛兵さんとかがたまに持っている戦士の加護を擬似的に再現してるって事なのね?」
「擬似的と言うか、本物の加護とスキルを外付けしてるような感じっすね!」
「…………え?」
そして話が進むほどアネモネの顔が青ざめていく。
……あ。まずい。まずいわこれ。
楽しい気分は一転して非常にまずいシリアスな問題を察知する。まずいよ、私も分かっちゃったよアネモネ。
詳しく説明を聞くほど、アネモネは冷や汗と青ざめた顔で具合が悪そうになっていき、時折心配されながらも必死に話の続きをせがむ。
「だ、大丈夫っすか……?そんな大げさな新技術とかでは無いんですよ?昔の儀式魔法陣とか儀式剣にも似たようなのがよくあるので。ただ簡単な車輪の再発明を近代化しただけです。小型化とか安定化とかはボク得意なんで。」
そして研究員ウラニアがそれを言い放った瞬間、アネモネは気絶して倒れた。
にわかに騒然とする研究所。
何かとんでもない失言をしてしまったのかと怯えるウラニアを落ち着かせつつ、客室へと運び込む途中ヤマトと何度か目が合う。おそらくヤマトは突然呼ばれて儀式されただけだから、詳しい内容は分からないんだろう。それでも自分の力の理屈を理解したようだ。
魔法を使えない世界から呼ばれた勇者が、とんでもなく強力な魔法を体を痛めながら使える理屈。
ごめんアネモネ。私はある程度分かっていたのに言わなかった。何度かアネモネ自身も言っていたが、伝説の儀式なんて所詮は古い技術。いくら内緒にしたところで、倫理観やコストを度外視して似たことをするだけなら別にゼロからの再発明だろうとそこまで難しくないんだ。
アネモネが全てを捨てて使命に選んだ、勇者召喚封印の願いは多分もう叶わない。
いま私がトドメをさしてしまった。
########################
ベッドの中で、両手で顔を覆いアネモネが泣いている。
倒れて数時間後に目覚めたあと、呆然と辺りを見回し、友達として看病についていた私の顔を見て何か言おうとして言葉に詰まった後、突然涙が溢れて止まらなくなったようだ。
薄々勇者召喚封印の問題に気づいていたけど後回しにしていた私は、何を言うべきか迷いただ黙って近くに居た。何度か謝ってみたが逆に追い詰めてしまうのだ。
自分の申し訳ない気持ちの解消の為、苦しんでる相手に自分を許させようとするのは多分良くないことだ。少なくとも今じゃない。
そして多分このモヤモヤした許されたい気持ちと、それが自分が救われたいだけのエゴだと分かっている苦しみこそアネモネが内心ヤマトに抱いているものなのだろう。それも比べ物にならないほどの重さで。
そして、その罪悪感から解放される事はなくなってしまった。もう無かったことには出来ない。
……ちょっと辛さに共感してしまった。こういうのは相手が良い人で自分を責める気も無いほど辛い。
どうしようもない、やるせない気持ちを共有しているのがお互い微かに伝わり、切ない時間が流れていく。
微かな泣き声だけが広い部屋にしばらく響いていた後、コンコンと遠慮がちなノック音がする。
「あのーーー、ウラニアです。差し入れをお持ちしましたよ。」
扉を開けると、こちらもまた申し訳なさそうな表情の研究員ウラニアがなにやら豪勢なスイーツを色々とワゴンに乗せて運んできていた。どう見ても多すぎる。
「あのー、えっと、まぁまぁ。まずは。まずはちょっと食べて下さいよ。」
ぐすんぐすんと少女みたいに泣いているアネモネをベッドから引きずり出し、私と共にテーブルに着かせて温かいお茶と色とりどりの甘そうなスイーツを半ば強引に食べさせるウラニア。
「ほら、アネモネさま。これ凄くないですか。」
「すごく、あまい、です~~」
食べながらボロボロと泣いている。完全に子供に戻ってしまった。
「タリアさまも。はい。共犯になりましょう。」
「共犯…?」
促されてあまり見覚えのないスイーツを食べさせられる。…うわ。脳が痺れるほど甘い。薄いパン生地?で果物とクリームを包んでいるシンプルなお菓子だけど尋常じゃなく甘い。
たっぷりのバターとたっぷりの凶悪なクリームが思考を強制的に味の快楽へと向けさせてくる。
「な、なにこれ?美味しいけど大丈夫なの?」
「なんだったっけな。あのー、あれ、どっかの地方のクレープの亜種です。絹?クレープ?のようなパンケーキ?だっけな。大丈夫では無いです」
「えっ?」「えっ?」
驚愕の二人。それはもう驚愕である。
どうしよううちの直属特別研究員、大丈夫では無いものを雇用主の王女と聖女に出したけど。思わずアネモネの涙だって引っ込む。
「ボクははじめて罪の味を知りました。罪は美味しい。材料を見ただけで沢山食べちゃダメだと分かっているのに。だからこそ暴力的なまでに美味しい。」
「お、おい、そんな危ないもの王女と聖女に食わすなよ!?」
「勇者さまからの正式な依頼なのでクレームは依頼主にお願いします。」
「なにやってんだアイツ!?」
改めて並べられたスイーツを見る。基本的には一般的なお菓子や料理ではあるが、ヤマトが絡んでいると意識した上で見ると確かに見覚えのないアレンジや異質なものが混ざっている。
アレンジというか……ふわふわのクリームとかバターとか強烈なものが容赦なく追加されすぎている。味の濃さに意味のある保存食とかなら意図も分かるが、これは一瞬の快楽の為に常識を破壊した不健康な味だろ。さっきまで気分が沈んでたのでちゃんと意識していなかったが、確かに大丈夫ではないぞこれは。
「ボクたちは健康的で常識的な正しい味に囚われていた。ヤマトさまは狂っている。あんなに入れて良い訳が無いんです。砂糖や脂質を。でも、でも、これは美味しすぎる……。」
あ、あ、あいつ、なんてことを!ウラニアのこの口ぶり、味で想像してるバターや砂糖の量ですら足りないやつだろ!まさか異世界のやばい不健康スイーツを広める気なのか?強力な外来種による生態系破壊と一緒だぞ!?
結局なんやかんやで全ての栄養は適量が健康を生み、不足や過剰が不健康を生む。そんなの皆分かってて、だから砂糖も塩も油も目的に合わせて適量使っている。何々が健康に良いとか悪いとかって実はあんまり無いが、それゆえに量が大事なんだ。それがルールだろ。あいつ違反者すぎる。
しかも似たものはあるのが余計にやばい。警戒すべき違和感が足らない。
なんでこんなタイミングで。学問の国の民はあまり栄養的に無茶で冒険的な料理をしないタイプが多いけど新しいものには興味津々だ。冒険しないけど新しい味に飢えている。こんなのが出回ったら国民の健康が破壊されてしまうぞ。
「これは、ボクたちだけの秘密です。ボクたちは罪の味を知る共犯で仲間です。協力のお礼を問われて珍しい知識を望んだら、ちょうどお腹が空いていたのも相まって話の流れでこうなってしまった。」
「……協力?お礼?」
どうやら無差別に危ないものを広めるつもりではないらしい。それには安心したがすぐさま次の不安が訪れる。私とアネモネがシリアスしてるほんのひと時の間に何があったんだ。
「あー、あの。ごめんなさいボクこういうの下手なんで上手く言えるかな……」
不安げなウラニアと、もっと不安な私と、ずっともぐもぐ食べているアネモネ。いかんアネモネが既に罪に堕ちてる。絶対そんなに沢山食べてよい代物じゃないよこのスイーツ達。
「えっと、言い方が失敗しても許して下さいね?」
「いいから早く。引っ張られると余計怖い」
妙におどおどしはじめるウラニア。おいヤマト何を言ったんだこれ。
「タリアさまはバカでアネモネさまは激重感情に飲まれてるだけだから、強烈に甘いもので心と脳を強制的に落ち着かせて無駄な悲劇ごっこ中断させられたら協力内容を説明してきて欲しいって」
「よしちょっと探して殴ってくる」
「いやいやいや!違うんすよ!全然悪口じゃないんすよ!やっぱ上手く言えないなー!」
それが悪口にならない場面は存在しないわ。
「いやーほら、ボクもちょっと分かると言うか、勘違いで感情的に泣いて悲しんでる人に正しい理屈を冷静に説明しても理不尽にキレられるだけじゃないすか。」
「確かに今キレそう。理屈って何。」
「ほらー!だからヤマトさんは逃げました。でも言ってることは正しかったです。」
勇者が逃げるなよ。勇気はどうした。
「待ってウラニアさん……勘違い……正しい理屈……?」
そしてようやくスイーツから口を放したアネモネが話題についてくる。
「まぁ軽く事情聞いちゃったっすけど、アネモネさまは勇者召喚が悪いことだと思ってて封印したくて、タリアさまはその為の正解に事前にボクを選んでるわけじゃないですか。ぶっちゃけヤマトさまが正しいです。逆になんで嘆いてるのって話で。」
思わず目を見合わせる私とアネモネ。
この話の流れだと、まるで私達の今のなんかシリアスなしんみりした時間ってまるで理解力不足による無駄な時間だったみたいな……。
「ご安心下さい。タリアさまの能力と、勇者さまの依頼により、ウラニアが勇者召喚の完全上位互換になる魔法道具の開発を承りました!」
「え!?」「!?」
トンと自分の胸を拳で叩き誇らしげにとんでもない約束するウラニアと、完全に呆気にとられて言葉が出ない二人。
「ボクが近い技術を近代化開発できちゃってて封印が難しくなったって嘆いていたんすよね二人共?逆なんですよー。」
ニコニコと朗らかな笑顔で別の危険なスイーツを勧めながら、ゆるい感じの割に言葉が鋭い。やっぱりヤマトも含めて研究系のやつらはデリカシーの鈍さの代わりに思考が鋭利だ。そしてイメージとは裏腹に結構好戦的。
「危険で問題のある火起こしの技術を本当に封印したいなら、安全で便利な火起こし道具を流通させるんすよ。隠すんじゃなくって、殺すんです。」




