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✉️No.004 大好きな貴方へ

 感度良好、波形も安定してます。橋本さん、ありがとうございました。

 

――んやぁ全然! ただ、そろそろこっちと波長がズレ始める頃合いだから、次にそちらからのメッセージに返事が返せるまでには、かなりのラグが生じるはずだ。くれぐれも……不測の事態が起こった時は、なるべく早めの連絡を心がけてね

 

 はーい、分かってます。それじゃ、また――。

 

 

 ……これでよし――と。

 

 …………――。

 

 えっと、あの、その……。お久しぶり……です。

 ……じゃなかった。初めまして、ですよね?

 正確には、”さっきぶり”と言えば、お分かり頂けますか……?


 先程、日百合(ひゆり)(らん)さんの中にいらっしゃいましたよね? デブリスに襲われているところを助けた、赤髪で青い瞳の女が私です。

 

 名前は、”イロハ”って言います。

 観測者さん、また会えて……本当に――本当に嬉しいです。

 

 さっきから”また”って、何の事だかさっぱりって感じですよね……? ごめんなさい……。

 ただ、色々とご説明する前に、観測者さんとお話する時は、まず”アレ”をやっておかないとですね。

 

 簡単なゲームをしましょう。連想ゲームです。

 今から私が口頭で説明する内容から、私が居る場所の情景や、身なりや表情を頭の中で思い描いてみてください。

 

 これから貴方がこの世界の観測を行う為の、ちょっとした”チュートリアル”みたいなものです。物は試し、早速やってみましょう。

 

 では……いきますよ?

 

 病院の屋上からは、藍色のキャンバスに散らばった黒い雨雲がよく見えます。

 雨はすっかり止みました。代わりに寒色の月明かりが街を照らしあげていて、まばらに残った水たまりなんかに反射して、街灯みたいにキラキラと輝いています。

 

 実は此処、この国のシンボルである大きな大きな(ふう)の大樹のすぐそばなんです。私の目測ですけど、樹の高さは恐らく三百メートルくらいはあるんじゃないかな……?

 

 そんな大きな樹に見守られる国――楓宮(ふうぐう)――の街並みは、さながら”日本(にほん)”の東京か、あるいは大阪の都市部に近い様相で、けれど……所々に和風な住宅や、公園なんかも見受けられます。

 割と夜も遅めなんですけど、まだ皆さん活発に活動してらっしゃいますね。自動車の交通量もかなり多いですし、歩道を歩く人々も沢山いらっしゃいます。

 

 ……観測者さん、さっき「ん?」って思いましたか? そうです。実は私、日本の事も少しですが知ってるんですよ? 実際に行ったことは一度も無いんですけどね……。

 

 何時か、日本の街を貴方と一緒に歩くのが、私の密かな夢だったんですけど……。

 

 …………――。


 ……話が逸れちゃいましたね。続きに戻ります。

 

 今は私一人しか居ないようですけど、この屋上は普段から一般の方にも開放されているようです。広さは大体……テニスコート三つ分くらいはあるかな? かなり広めに見えます。

 近くには自販機が三台と、所々に木製のベンチが置かれてます。ですが、さっき座ろうとしたんですけど、雨で濡れちゃってて諦めました……。

 そんな私は今、屋上の隅っこからフェンス越しに街並みを眺めながら、貴方に語りかけてるという訳です。

 

 私の身なりは、先程蘭さんを通して何となく把握されてる事と思いますけど、今一度私の口からお伝えさせていただきますね。


 赤い髪はだいぶ伸びました。貴方と旅をしていた頃は、まだ肩に付くかどうかくらいでしたけど、今では髪を降ろせば背中が隠れるくらい長いです。

 瞳の空色は、髪色との対比でよく栄えるので、自分でも気に入ってます。小顔で色白なのは母親譲りで、二重で目がパッチリしてるのは父親似なんだそうです。自分ではあまり分からないんですけど、「お父さんと目がそっくりだ」と、よく褒められます。

 

 黒地に赤い(ふう)の葉があしらわれたこの羽織は、お父さんから頂いた大切な物なんです。ただ、この世界に来る少し前に、訳あって左腕を肩下あたりから失くしてしまってまして……。今ではきちんと羽織れないので、髪飾りを使って胸元で留めてあります。


 二部式の袖の無い着物にショートパンツの組み合わせは、和モダン……? というやつらしくて、昔の友人に教えてもらってから気に入ってよく身に着けています。動きやすくて、結構いいんですよ?


 ……と、こんなところでしょうか。いかがでしょう? イメージできましたか?

 

 付け加えて言うなら、久しぶりに貴方とお話できて嬉しい反面、ちょっとこそばゆくもあって……少しだけ、頬が赤くなってると思います。

 えへへ……見られてるって思うと、なんかちょっとドキドキしちゃいますね。


 うぅ……。

 ゲ――ゲームはこれで終わりです! あんまり……その……ジロジロ見ないでください。恥ずかしいので……。


 そんな事より、何故こんな連想ゲームをやったかというと――私の事を愛でて欲しかったのもありますけど――貴方にご自身の力を自覚してもらいたかったからです。

 貴方が今、私の言葉通りにこの世界の情景を思い描いた”その力”こそが、貴方にしかない特別な力――”事象を確定させる力”です。


 試しに――。


 今、私は右腕を背中へ回しました。今から私が手で何本か指を立てますので、その姿をイメージしてみてください。

 ……と言っても、恐らく今貴方の頭の中では、手が握られているのか、開かれているのか、それとも中途半端な形をしているのか、ハッキリしないんじゃないでしょうか?


 この状態が、”未確定”な状態というわけです。

 ただ、私が「指を二本立てています」と明言した瞬間、貴方のイメージ上で”観測”が行われて、此方の状態が”確定”します。


 ……実は、一本しか立ててないんですけどね。えへへ……。


 このように、仮に”実際の状態”と”提示されている情報”に差異があったとしても、この世界では”観測されている情報こそが全て”なので、私が正直に喋らない限りは”二本が正解”という事になります。


 同じ例でいくと、私は貴方に”髪の長さ”はお伝えしましたけど、”髪型”までは言ってませんでしたよね?


 どうでしょう? 貴方のイメージの中で、私はどんな髪型をしていますか?

 この場合、今は未確定なので、私が髪を束ねているのか、束ねているのだとしたらどのように結いつけているのかをお伝えするまでは”確定”しません。


 ちなみに、髪は束ねずにだらりと下げています。左腕が無いので、もう長いこと髪を結ったり出来てないんです……。


 ……と、こうやって情報が出揃うと、貴方の観測の精度もどんどん向上していって、より一層私達の存在は安定した物になります。

 何となく、ご理解いただけましたか?


 ……私はこれまで、貴方のその不思議な力に何度も助けられてきました。

 突然こんな事言ったって、今の貴方には信じてもらえないかもしれませんけど……私と貴方は、今までに沢山の世界を一緒に渡り歩いてきたんですよ?

 二人で色んな場所へ行って、色んな物を見て、聞いて、感じて、確かめてきたんです。


 そして――今、またこうやって再会できた事を、心から嬉しく思ってます。


 なんか、ごめんなさい。急に感慨深くなっちゃって……。


 積もる話は沢山ありますけど、あえて私からは何も明かさない事にします。

 ちょっとメタ的な発言になっちゃいますけど、”ネタバレ”を心底嫌う観測者さんの事ですから、私の口から全てをお伝えするよりも、ご自身の目で観測して、確かめて頂くほうがいいかなと思うので。

 

 そうしているうちに、もしかすると……私と一緒に過ごした日々の記憶にも、触れる機会があるかもしれません。

 もっと言えば、この世界に生きる”私”とも”出逢う”かもしれませんね。

 

 ちなみに、”であう”って漢字は間違ってませんからね?

 これは、私からのちょっとした独占欲みたいなものです。貴方は何時までも、私だけの観測者さんですから。なんちゃって……。


 そんな貴方が、私がこれからやろうとしてる事を知ったら、きっと怒るんだろうな……。

 でも――それでも、私はこの世界が好きです。貴方と出逢えたこの世界が、大好きなんです。


 だから、諦めるつもりはありません。

 貴方からのお説教は、全てが終わった後に沢山受けるつもりなので、どうか許してください。


 元はと言えば、貴方がいけないんですよ? 私をこんなふうにしたのは、少なからず貴方のせいでもあるんですから。

 ……なんて、今思えば、そんな観測者さんの無口で優しいところに甘えてばっかりだったな……。


 いくつになってもお転婆娘で、本当にごめんなさい。

 それでも、いつも傍に居てくれて、ありがとうございます。

 

 本当は、今まで通り私の中からこの世界を観測してもらえたらよかったんですけど、この世界へ来る為に、外部からの干渉を完全に遮断する必要があったので、貴方からの観測すら受け付けない体になってしまってて――。

 

 ……ハッ、そうだ。 いい事思いつきました。突然ですけど、私達二人だけが分かる”サイン”を作っておく、なんてどうですか?

 

 例えば、そうだな……。

 

 コンッ。コンコンッ。

 手で狐さんを作る、とか――。


 人差し指と小指をピンッと立てて、残りの指でお口を作るアレです。

 

 貴方が観測中、私が貴方を見つけたら、手でコレを作って合図をします。朗読補助プログラムが、コレをきちんと”狐”だと判別してくれるかは怪しいですけど……。

 手をこうやってした時は、貴方に向かって挨拶をしてると思ってください。私、特別目がいいので、貴方が誰の中に居たとしても一瞬で見分けられるんです。


 所謂ところの、”秘密の共有”ってやつです。女の子と仲良くなる為の常套手段なので、覚えておいてくださいね?

 ……と言っても、あんまり他の子とこういう事をされると、焼き餅焼いちゃうかも……。

 

 これもちょっとした独占欲……ですね。

 残念ですけど、無口な貴方に拒否する術はないので、諦めて付き合ってくださいっ。

 

 …………――。

 

 それじゃあ、そろそろ……ですね。

 貴方と二人きりでゆっくり話せるのも、これが最後になるかもしれません。

 

 ……なんか……ごめんなさい。急に淋しくなっちゃって、私――。

 苦手なんです。お別れって……。

 

 ……ううん、違いますよね。訂正します。

 お別れなんかじゃありません。貴方にとっては、これから始まるんです。この世界に生きる人達と、貴方との物語が。

 

 ページをめくって、観測を始めてください。この世界を有るべき姿に戻すために、どうか、また力を貸してください。観測者さん!

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