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✉️No.005 おさらい

 夕闇に漂う摩天楼……とでも言えば、君なら想像がつくかね?

 何分、私には詩的な文才も無ければ、状況を効率的に説明する為の語彙も持ち合わせていないものでね。

 とは言え、此処が地上六十階に設けられた展望台――という事だけは伝えておくとしよう。

 

 大阪府(おおさかふ)大阪市(おおさかし)阿倍野区(あべのく)

 嘗て、この街はそんなふうに呼ばれていた。今となっては、その呼称も意味を成さなくなってしまったが、遠く離れた量子の彼方とはいえ、我々が住むこの現実世界と近しい時空に生きる君ならば、あべのに佇む巨大なビルと聞けば、心当たりがあるのではないかね?

 

 なぁに、別に無くたって構わないさ。これから君が”彼等”を観測する上では、私達や現実世界の事柄についても知る事になるだろう。何も焦る必要は無い。

 

 改めて、名乗っておく事にしよう。

 ピカニア・ピレネーだ。君とは、祐杜(ひろと)君の精神回復治療で顔を合わせているはずだが、覚えているかね?

 天才且つジーニアスな神であり、α(アルファ)でありΩ(オメガ)であり……と、こんな事ばかり話していては、一向に本題へ入れないではないか。祐杜君のように、適度にツッコミを入れてくれたまえ?

 

 ……フフッ、冗談だ。

 画面の向こうで綴られた文字へ向かって声をかけていては、それこそ不審者にでも間違えられてしまうだろう。従って、君はそのまま、文字を目で追いかけてくれればいい。そんなに身構えずに、楽にしてくれたまえ。

 


 さて、まずは――祐杜君の人生エミュレーション治療に付き合ってくれてありがとう。君の”観測した事象を確定させる力”によって、彼の身体は予定通り回復を遂げた。

 これまでの旅はどうだったかね? 私からすれば、君が普段からどういう心境で、他人の人生を追体験しているのか気になる所だが、まぁ、それについて質問攻めにするのは次の機会にしておく事にしよう。

 

 話は変わるが……君は、ホログラフィック原理という物を知っているかね?

 勤勉な君の事だ。言われなくともそうするとは思うが、もし聞いた事が無いのであれば、後で調べてみるといい。

 簡単に説明をするならば、三次元世界は二次元としても存在する事が出来るのではないか……という、量子重力や弦理論の性質に基づいた仮説だよ。

 

 何故こんな質問をしたか、察しの良い君ならもう気付いているかもしれないが、強いて言うならば、今君が私の姿を想像し、私の居る場所を想像し、私の声や、動きを想像している行為こそが、この原理の裏付けになっているのではないか……などと、根拠の無い妄想を膨らませてしまったというだけだ。

 

 しかしながら……ならば、何故”文字”である必要があるのか。

 映像や写真といった媒体のほうが、周囲の状況を鮮明に描けるのではないか――と考えるのが普通だろう。その思考が間違っている訳ではない……が、深界を観測してきた君ならば、何となく思い当たる節があるのではないかね?

 

 映像に、”体感覚”は含まれない。

 写真に、”精神の状態”は含まれない。

 

 そう、それら”視覚”へ頼った観測方法では、どうしても元の情報量を保てないのだよ。しかし、文字であれば――文字としてであれば、その限りではない。

 

 例えば、”彩”という字がある。

 この漢字には、”アヤ”という読みと、”サイ”という読みが存在するが、その他にも”イロドリ”などと読む事もできる。

 

 このように、文字というのは一見静的な情報に見えるが、そこから頭の中に得られる情報は多種多様であり、受け取った個人の心理状態や、生い立ちによっても変化するという不思議な性質を持つ。

 

 (ゼロ)(イチ)かという二択ではなく、それら情報は非常に動的なのだ。そういった性質が、時に……映像や写真を通してでは決して得られない”リアル”を脳裏に描く。

 

 ホログラフィックなどと名前が付けられているせいで、平面上へ投影された映像のようなイメージを持たれがちだが……私は、この世界の全てを記述した”アカシックレコード”などといった媒体がもし実在するのであれば、それは文字によって綴られていてもいいのではないか――などと考えたのだ。

 

 その結果、深界が生まれた。

 

 深界の基盤は、ある神話を元にしてデザインされている。

 トリムールティという言葉があるが、神と呼ばれる三つの存在が一つのサイクルを産む……という仕組みを美しく思った私は、自らが創造する世界にそれを取り入れたという訳だ。

 

 君という存在を私が設計した訳では無いが、深界からしてみれば……さしずめ、キミは”ブラフマー”といった所だろう。

 ただの例え話だ。あまり真面目な顔をしないでくれたまえ。君はただ文字を読み、脳裏で彼等を創造し、その中で彼等は生を受ける。それは幻でも何でもなく、現実に行われている奇跡のような物なのだ。

 

 素敵だとは思わんかね?

 これは深界への観測に限った話ではない。君が触れてきた物語も、これから触れるであろう物語も、例外なく君の中で生きているのだよ。そして、それは君にしか出来ない特別な事なのだ。

 君がイロハ君を救うに至ったのもまた、そういった力があってこそ――。

 

 

 ……っと、客人が来たようだ。今回はこれくらいにしておくとしよう。

 

 君には少しの間、現実世界にて観測を行ってもらう事となる。

 最初は慣れないだろうが、まぁ、精々”彼女”とも仲良くしてくれたまえ。

 

 では、また会おう。

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