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第九話 『ダイアローグ』

「ち――血の繋がりの無い、義理の妹だぁ!?」

 金髪のサングラス男は声を荒げ、手に持っていたメモ帳とボールペンを足元へぽとりと落とした。

 彼の大声が車内に響き、つりかわがゆらりと微かに揺れ、奥の車両から再び静寂がやってくる。


「――っくりした……。いきなり大声出すなよ」

 俺は悪態を吐きながら、両耳を押さえていた手をロングシートの上へと戻した。

 

 怪訝な表情のまま静止した男の顔は、そこからピクリとも動かずに口だけがむにゃりと開かれた。

 

「他人同士の中学生男女が……?」

「……そうだ」と、俺は彼の言葉に渋々ながら返事をした。


「一つ屋根の下で二人きり……?」

「……そうだ」と、此方からも怪訝な表情を作って再び同じように返す。


 すると、彼は床に落ちたメモ帳とボールペンをひょいと拾い上げ、軽やかに筆を走らせながら呟くように言った。

 

「何も起こらないはずもなく――と」

「お――おい……!! 適当な事書くな!!」


 俺は咄嗟に立ち上がって、オーバーアクションで腕を左右へ振りながら必死に否定した。

 しかし、金髪はそれには反応を示さず、メモ帳を傍らに置いた後で再び指を組み合わせ、次に顔を顰めてから口だけを動かした。

 

「君……それでも本当に男かね? 実際、言い寄られたのだろう?」

「そ――それは……。てか、その後すぐデブリスに襲われて――」


 なんとか口答えするも……段々とそれも続かなくなっていき、ついには腰を下ろして、手を――今度は膝の上へ乗せて縮こまった。


「でも、彩音とは……本当にそういうんじゃ――」

 依然として認めないで居る俺の言葉を、金髪は「違う――」と遮った。


「何故、手を出さなかったのかと私は聞いているのだよ。日百合君」

「は――はぁ!?」


 動揺のあまり声を上げた俺へ、男は一つ嘆息してから続けた。


「義理の兄妹なら、結婚だって出来たはずだ。大事な人だったのだろう? なら、君が守ってやればよかったのではないのかね?」

「無茶苦茶言うなよ……!! 妹だぞ!? そんな(よこしま)な目で見れる訳――」


 そこで言い淀んだ俺の言葉を、金髪は尚も表情を崩さずに「だから?」と再び遮って、重ね重ね――重苦しく嘆息した後でトドメの一撃を放った。


「だから、何だと言うのだね? さっきから妹だから――家族だからと……そんなのは、形式上の理由に過ぎん。君はそうやって、ただ理由を並べて『仕方がなかった』と、逃げていただけなんじゃないのかね?」


 何も、言い返せなかった。

 そんな俺へ、男は更に畳み掛ける。


「抱きしめて、唇を奪って、押し倒すくらいの事が、何故出来なかったのかね?」

「わ――分かった分かった!! 逃げてたよ……あんたの言う通りだ」

 観念して俺が認めると、金髪は唇の片側をグイッと持ち上げて笑みを浮かべた。


 俺は一つ溜め息を吐きながら、そういえば、イロハさんにも同じような事を言われたっけな……と思い出した。


――魔法が使えないからといって、全てを失ったふうに仕立て上げているのは、恐らく貴方自身だと思います


「相変わらず、言い訳ばっかだな……」

 俺がなんとなくそう漏らすと、男はまたメモ帳に何かを走り書きした後で此方へ語りかけた。


「別に、気を落とす必要はない。人間という生き物は、元来その程度のものなのだよ。ただ……今この瞬間においては、嘘偽り無く正直に答えてくれたほうが、この治療も格段に進みが良くなる。精々、協力してくれたまえ」


「……悪かったよ」と、(しゃく)ではあったがここは素直に謝っておく事にした。


 それから少しの間、サングラス男はペンを走らせ続け……途端にパタンとメモ帳を閉じた後で質問を再開した。

 

「しかし、何故気付いたのかね? 自分がご両親の”本当の息子”ではない――と」


 俺は少しだけ沈黙を作った後で、言われた通り正直に答えた。


「あんたが本当に世界を作ったんなら……大体分かるだろ? 心臓移植だよ」

 俺の返答に、「なるほど――」と納得しながら、片腕で膝に頬杖をついて彼は続けた。


「魔法が使えない理由として真っ先に疑うべきは、”プラーナ”の動作不全だ。恐らく、君を診察した医師も同じ事を考えたのだろう」


 男の推察に、俺は黙って頷いた。


「プラーナとは、体内に円環型の波長を生むための”核”みたいな物だ。呼吸器から取り入れた”アーキ”が血流と共に心臓を通り、その個体独自の波長帯域へとチューニングされ――魔法を顕現(けんげん)させるための”(もと)”として扱えるようになる。個体識別用途に加え、発現する能力にオリジナリティを生み出すという観点では完璧な仕組みだと自負しているが……心不全によるプラーナの機能障害か。なるほど……」


 長々といつもの蘊蓄(うんちく)を垂れながら、男は頬に添えられたのとは逆の手で膝をトントンと叩いて、次に首を軽く傾げ、考え事をしているように黙り込む。


「まぁ、結局移植もしなかったし、なんなら……そもそもの原因はそこじゃなかったんだけどな」と、俺は肩を落としながら男に聞こえるように呟いた。


「もちろん分かっているよ。君のケースは、私からしても想定外だ。プラーナが”存在しない”にも関わらず、あのディメンションに産み落とされたのだからね。君がいつか口にしていた、『生まれる場所を間違えた』というのは、存外(まと)を得ていたのだよ」


 俺は再び嘆息した後で、ふと胸中に浮かんだ疑問を男へ投げかけてみる事にした。


「その、あんたらが言う……”ディメンション”ってのは、一体何なんだ?」


 男は一度姿勢を正し、盛大な咳払いをした後で、また胡散臭い笑みを浮かべながら説明し始めた。

 

「アーカイブログの中で、君も世界の事を”箱”だと言っていなかったかね? そのままの意味だよ。ディメンションというのは、それすなわち世界を格納する為の入れ物だ。君がよく知る”ソラ”もその一つに過ぎん」


 何となく意味は分かったが、いつもの堅苦しい説明に少しうんざりしながら、俺は「はぁ……」と簡素な相槌を打った。


「話を戻すが――なるほど……。して、君のドナーとなるために、ご両親は臓器の適合検査を受けた。心臓移植だけなら魔術を使えば造作もないが、同時にプラーナの適合ともなると……まずは近親から候補を探すのが妥当だ――が、そこで真実を知る事となった」

 

 俺はまた一つ頷いた。

 

「皮肉な物だね……。君に真実を隠していた事にせよ、心臓移植にせよ、ご両親が君を愛するが故の事だったろうに」

「別にいいんだ。今でも両親には感謝してる。まだ赤ん坊だった俺を、父さんと母さんが拾ってくれてなければ、今頃どうなってたか……」


 言いながら、俺は両手の拳を握りしめた。

 男はそんな俺に構わず、表情も無しにまたメモ帳へかじりついていた。ペンの先が紙の表面を擦る音だけが車内に響き、そこへ車輪が奏でる小刻みな振動が合いの手を入れ続ける。


 また少しそんな時間が続いた後で、男はメモ帳を再び閉じ――唐突に”ある名前”を口ずさんだ。


「……魔獣カルラ」


 彼が言い放ったその悍ましい響きに、俺の身体は独りでに身震いを起こした。


「君には因縁浅からぬ名前だろう。ましてや、君は先刻――」


「やめろ……」

 俺は細い声で言って、背中を丸めながら震える膝を両手で必死に押さえつけた。


「……まぁよかろう。今は、ご両親が亡くなった当時の話が聞きたいのだよ」

 言いながら、金髪はサングラスを一度外し、ポケットから取り出したメガネ拭きでレンズを磨きながら続けた。


「ギルドの合同演習中に突如現れ、楓宮(ふうぐう)近郊の大きな山が一つ吹き飛ぶ程の大災害を引き起こした不死鳥の化身――カルラ。君のご両親はその魔獣へ立ち向かい、亡くなった。しかし、近くに住んでいたはずの君達は、何故助かったのかね?」


 俺は波立つ感情をなんとか撫でつけて、息を整えながらゆっくりと顔を上げてその質問に答えた。

 

「王都まで、剣道の大会に出るために遠征してたんだ。彩音も一緒だった」

「なるほど……」と、男はサングラスをかけなおして再びペンをスラスラと走らせた。


 思えば、あの大会が終わるまでは何もかもが順調だった。

 あれからゆっくりと歪み始めたんだ。身の回りの色んな事が……。


「だとすれば……そこに”彼女”も居たはずだ。違うかね? 日百合君」

「……彼女?」


 訊き返しておきながら、俺は”彼女”というのが誰の事を指しているのか分かっていた。けれど、無愛想でデリカシーの欠片も感じないこの男にだけは、どうしてもアルと俺の関係に踏み入ってほしくなかった。

 ……と、そこまで思ったところで、俺はまた同じ過ちを繰り返そうとしている事に気が付いてしまった。


 男は口を(つぐ)んだまま、無表情に俺の言葉を待っていた。

 

「……悪い、その通りだ。アルも――アルマ・ルフレットもそこに居た」

「よろしい。段々分かってきたようだね。感心感心」と、金髪は笑顔を顔面にペタリと貼り付けて軽く拍手をしてみせた。


 男が顔にシワを寄せてくしゃりと笑うと、左の頬に笑窪(えくぼ)がポツンと現れる。まるでピエロのようなそのしたり顔に、俺は苛立ちを覚えずには居られなかった。

 コイツは事あるごとに自分を天才だと豪語するが、実際にそうなのかもしれないと俺は思い始めている。

 最もそれは、”頭が良い”とかそういうのではなく、”他人を苛つかせる天才”という意味だけれど……。

 

「君、何か失礼な事を考えてないかね?」と、笑顔のまま男は訊ねる。

「……いや? 気のせいだろ」と、俺は何時も通り適当に返事をした。


 こんなやり取りがいつまで続くんだろうか……。そんなふうに途方に暮れながら、頭上の照明をぼんやりと眺めていると、金髪の男が再び質問を始めた。

 

「では、そろそろ君の根幹に触れるとしよう。アルマ・ルフレット――彼女は……」

 男がそう言いかけた後、「ま――待ってくれ」と俺は慌てて言葉を遮った。

 

「どうしても……答えなきゃダメなのか?」

「もちろんだ。君の損傷した精神体を再構築するためには、君自身が自分の記憶と向き合う必要がある」と、男はいつもながらに淡々と説明した。


 俺は俯いて、両手の指を組み合わせながら何とか感情を押し殺す。

 そんな俺を見兼ねたのか、今度は金髪男のほうから口を開いた。


「……いい加減、腹をくくりたまえよ」

 その言葉は、何時になくずっしりと重く頭に響いた。

 

 そんな時だった。男のポケットの中で、ブーッと何かが震えた音がした。

 彼はポケットからおもむろにスマートフォンを取り出すと、慣れた手つきでそれを操作する。

 

 そして――。

 

「日百合君、予定変更だ」と、男は端末の画面に目をやったまま言った。


「変更……? 一体何を――」

 訊ねると、金髪はポケットへ端末をしまってから、再びニヤリと不適な笑みを作り、俺の質問に飄々と答えて見せた。


「彼女――アルマ・ルフレットについては、君ではなく”本人”に訊ねる事にした……というだけの事だよ」


 男が放った信じられない言葉に、俺は思わず耳を疑った。

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