#7:入学……"ストライク"を超えられるように
「新入生挨拶。代表、熊井舞乃」
「はい」
体育館内にいる全員からの視線を肌で感じながら、私はゆっくりとステージへ向かう。やれ『無能力者とかいるんだ~』だの『首席、ストライクじゃないの?』だのひそひそ声が聞こえるが、そんなものは知ったこっちゃない。
所定の位置に着くと、前方には同じ白の制服を纏ったヨンジョの先輩たち。揃いも揃ってダルそうな顔をしながら、パイプ椅子に背を預けている。なんというか、視線での威圧感がすごいな……。
そんな先輩方から逃げるように一度目をつむり、大きく息を吸って自分のペースを取り戻す。なんてことのないただの挨拶だ、変に気負わず台本通りやればいい。
「桜の花びらが舞う、暖かな季節となりました。本日は雲一つない晴天に恵まれ……」
式辞用紙の文字を読みつつ、時折前方に目線をやる。その先にいる先輩方はというと、断定こそできないものの、ほぼ確実に私をバカにしているように見えた。『なんでこいつが一年の代表面してんだよ』的な眼差しが一斉に向けられている。まあ予想通りの反応なのだが、だからといって傷つかないわけではない。
こいつらが当たり前に使える魔法が私には使えない。つまりどうあがいても魔女として見返すことは叶わない。
「この良き日に、私たち第六十二期生は魔女学園へと入学いたします。これからは一人ひとりが魔女として責任を持ち、各々の魔法を人々のために役立てることを誓います!」
……と、魔法を扱えない人間が言っても説得力がないか。私はあくまで六十二期生の代表なだけであって、真に役立てるべきなのは残りの百九十九人だ。
だからせめて『魔女として生きる責任』だけは人一倍持たければと、この挨拶を通して自分も奮い立たせる。
「――新入生代表。一年一組、熊井舞乃」
頭に詰めていた言葉を全て吐き終え、先輩たちに向かって深々と礼をする。途端に緊張の糸がぷつりと切れて、礼をしたまま身体の力が抜けてしまった。
これにて私の出番は終了。なんとか頭を持ち上げてふらふらと席に戻り、あとは式の流れに身を任せる。来賓の皆様のありがた~いお言葉に耳を傾けつつ、今後の立ち回りをどうするか脳内でシミュレーションでもしておこう。無能力なことを一生ネタにされるか、はたまた腫れ物扱いされるか……どちらにせよ居心地が悪いことに変わりはない。
「新入生、退場」
とりあえず、ストライクさんや馬場園さんと固まっておけば安全かな?
「熊井さんおつかれ!」
「ずっとあなたとお話したかったの、気になることだらけで……」
「無能力で不便だったことや、逆に良かったことはあるかしら?」
――しかし魔女学園に安全な場所など存在しなかった。
体育館を出るやいなや魔女の大群が押し寄せてきたのだ。クラスや学年は一切関係なく、誰もが目をキラキラと輝かせ、その視線たちは容赦なく私の輪郭をなぞってくる。そうか、代表挨拶で感じた圧の正体はこれだったのか。紛らわしいって。
「ちょっと待ってください、そんな一気に来られても困りますって!」
こちらからは言葉によるささやかな抵抗しかできない。だからこうして囲まれているわけだが。かといって、このままもみくちゃにされ続けては身がもたない。一体どうすれば逃げられるんだ……?
魔女たちの探求心に頭を悩ませていると、聞き慣れた声が人の海を割り、やがて声の主がゆっくりと私のもとまでやってきた。
「ちょいちょい、貴重なサンプルに傷がついたらどうすんのよ。最初に実験すんのはボクなんやからねー?」
「り、龍谷先生! なんで男の龍谷先生が熊井さんの実験を!?」
今さらだけど、こいつってそんな名前だったんだな……教師に対して下の名前で呼ぶとは思えないので、必然的にストライクさんの苗字もほぼ確定、龍谷なんとかさんってわけだ。
「なんでっていうか、だからこそやね。魔力がないボクだからこそ、この子の体質の謎を解き明かせるかもしれんなーって思ってな……ま、今んとこはただの直感やけども」
ただの直感でここまで振り回さないでほしい。まあ私も魔女にはなりたかったので、そのチャンスをくれた龍谷先生のことを強くは言えないのだが。
「そんなこと言って、兄さんは合法的にセクハラしたいだけでしょ?」
「はぁっ!? そんなこと考えてたんですか!?」
前言撤回。ヨンジョ入学のきっかけを差し引いても最低でしかない。いくらでも強く言っていいだろこれ。
そもそもの話、実験を主導するのは他の先生でも問題ないはずだ。この暫定エロ男の『魔法の扱えない者からの視点』は確かに重要だが、なにもセクハラと誤解されるような方法をとる必要はない。というかとるな。
「そ、そんなわけないやろ! 大体女だらけのヨンジョで教師やっとるんやから、その辺のラインはちゃんと分かっとるし、それにコイツの貧相な身体じゃなーんとも思わんわ!」
「はぁぁぁぁっ!? 何が『ラインはちゃんと分かってる』ですか! 思いっきりライン越えてますからね!」
セクハラを回避しようとするあまり、別のセクハラに一直線に突っ込んでしまっている。こいつはもうダメだ、何を言ってもどこかしらの地雷を踏み抜く。
「――仕方ない。このバカ兄はあたしが後でシバいておくので、皆さんもう教室に戻りましょう。これ以上身内の醜態を見せたくないので」
「ちょ、髪引っ張るのはダメ! 痛い痛い痛い!」
ストライクさんは四つの手で実兄の白髪を容赦なく鷲掴みにし、そのまま引きずっていく。先生も全てを諦めたようで、抵抗一つせず現場を後にするのだった。
「えー、はい。そんじゃ軽ーい自己紹介と魔女としての名前を言ってこうな。一番の子から……」
何事もなかったかのようにホームルームの進行をする龍谷先生。なんだかんだでシバかれてはいないのか、それともこの後に食らうのだろうか。不穏な空気が教室に流れる中、その詳細は兄妹のみぞ知る。
というか私って自己紹介で何を言えばいいんだろう? 高等部からの入学だから魔女としての名前なんて持ってないし、体質について特に言えることもない。とりあえず前の人たちに合わせておけば無難かな? あ、みんな趣味とか言ってる。
「そんじゃ次はお待ちかね、舞乃ちゃんの番やね。みんな気になることようけあるやろうから、ちゃんと聞いとけな?」
二列目の最前列だから薄々感づいてはいたが、もう私の番か。『く』は意外と出席番号が早いなぁ。
入学式で感じたあの視線をより間近で受けつつ起立し、自己紹介の前に先生に一つだけ質問をする。
「龍谷先生。『魔女としての名前』って、自分で決めるものなんですか?」
「せやね。なに、前々から心の中で決めとった感じー?」
私は小さく頷き、思い切り後ろを振り返る。一組の全員に向けて宣言する。
「熊井舞乃です。趣味は展望台巡りとスニーカー集め……」
そして、たった一人の生徒に宣言する。
私の命の恩人で憧れの存在でもあるストライクさんを愛し、そしていつか超えられるように。
ストライクさんは私の『魔女になる』という夢を再燃させてくれた。だから『ライク』を超えた『ラブ』で応えたい。
「――魔女としての名前は『ストラブ』です。一年間よろしくお願いします」
今はただの言葉遊びに過ぎない。しかし絶対に成し遂げてみせる。
同じ魔女になれた以上、彼女を超えられない道理はないのだから。