#5:面談……不可能"で"可能に
白の制服に身を包んだ転校生はたった一日で白の群れへと戻り、同時にうちのクラスにも日常が戻ってくる。とはいっても全てが元通りになったわけではなく、クラスメイトからの私への対応と、斉藤さんの目元が大幅に変化した。
それともう一つ、私の人生を左右するできごとが進路指導室で起ころうとしている。
「――話は大体分かった。しかし正気なのか?」
それもそのはず。私の進路希望調査票には『福岡県立第四魔女学園』と書かれているのだから。魔法を扱えない人間が、魔法を専門的に扱う学校を目指すというのだ。正気を疑われるのも当然の話である。
そして、なぜか同席しているストライクさんの兄がすかさず割って入る。先生が私のことを案じてくれているのと同じ熱量で、この男も実験材料を手放すまいと必死なのだ。
「正気だろうがそうでなかろうが、彼女はヨンジョで責任を持って面倒見ますんで。その辺はお構いなくー」
「勝手なことを言わないでください、熊井の将来がかかっているんですよ! それにしれっといますけど、そもそもあなたは誰なんですか!?」
「そんくらい分かっとりますって。でもね、無能力者の舞乃ちゃんはヨンジョにとって……いや、魔女たち全員にとって大変貴重で重要な存在なんです。ある意味将来は安泰ですよ。あ、ボクはヨンジョで先生やってる者ですー」
実験のために生かされることを『安泰』と呼ぶのはどうかと思う。だがそれこそが、憧れの魔女学園に入学できる望みでもある。魔法を扱えないからこそ、魔法のエキスパートである魔女たちと同じ……そこそこ同じ学園生活が送れるのだ。乗らない手はない。
私は続けて、魔女やヨンジョに対する思いを全て先生にぶつける。これは進路へ向かうための第一歩なんだ。
「――確かに私は魔法が扱えません。だから魔女には人一倍なりたくて、だけど絶対になれなくて。そりゃ、ヨンジョに入ったら魔法をモノにできるなんて思ってないですけど……それでも! それでも、可能性が一パーセントでもあるなら、私はこの先の将来を全てかけてでもヨンジョに行きます! それが私の夢だから!」
生まれた一瞬の静寂。その間私は自分の行動を今一度振り返り、なんてバカなことをしたのかと後悔の念を募らせる。いくら魔女になりたいとはいえ、先生相手にあんな言い方はまずいよなぁ……。
「熊井の思いは十分伝わったし、先生もお前の夢を応援したい気持ちでいっぱいだ。だが魔女学園の入試には当然ながら実技がある。詳しい内容こそ分からないが、熊井の体質では試験を受けられるかどうかも怪しいんだ……」
「あーそういうことですね、魔女学園は筆記と実技と両方あるんで、今から勉強すれば結構イケますよー。まあ舞乃ちゃんなら多分なんとかなります」
私をヨンジョに誘った張本人は、これまた随分と軽い口調で言い切ってみせる。どうして魔法の扱えない私が『なんとかなる』んだろう? こいつは学園側の人間とはいえ、入試の内容や結果を好き勝手イジれるわけでもないだろうに。それとも筆記で実技の分まで補えるのか?
「なるほど……では熊井の第一志望はひとまずヨンジョということで。来週までには筆記の過去問を用意しておくが、一応普通の勉強も並行して行うように。面談は以上だ」
「……ありがとうございます、失礼します!」
ぼやけていた夢の輪郭が、少しだけくっきりと映った感覚がする。私は今、確実に『魔女』という存在へと近づいたんだ。あの時命を救ってくれた、ストライクさんのような……。
「ふぃー……とりあえず入試は受けられそうやね」
進路指導室を後にし、私たちはその足でストライクさんと馬場園さんが待つヨンジョへと向かう。というのも、私を含めた三人は既に筆記試験の対策を始めており、放課後に勉強会を開催しているのだ。
まさか馬場園さんまでヨンジョ志望だとは思わなかったが、改めて斉藤さんと直接向き合えるようになるべく、魔法の精度を高めたいのだそうだ。彼女を受け入れるために彼女の魔女能力を遮断できるようにする……随分と皮肉な話だ。
「ここまでくればこっちのもんよ、舞乃ちゃんはとりあえず筆記だけガチっときゃいいよん」
「なんで私より自信満々なんですか。というか、なに面談中に普通にいるんですか」
何事もないかのように部外者が学校に侵入しているのはさすがにヤバいでしょ。その辺の中学校とはいえ、いくらなんでもセキュリティがザルすぎる。
「細かいハナシは別にええやろがい。それこそ魔法でちょちょいのちょいや。まあボクが使ってるわけやなくて、この紙が、やけどな」
そう言って彼は白衣の胸ポケットから一枚の紙を取り出す。そこには黒の油性ペンで星型の魔法陣が描かれていた。
「……なんですかこれ。お守り的なやつですか?」
「なわけないやろ。こいつは教え子の魔女能力で作ったモンでな……これを持っとけばあら不思議、周りから認識されなくなるんよ。ま、あんたには全く効かんのやけどな」
要は相手の魔力に干渉して認識を阻害しているわけだな。しかし魔力を持たない、阻害すべき要素をそもそも持たない私にはなんの意味もない、と。むしろ私の方が魔法に認識されていないのでは?
「いうて魔法の使用を見張っとる監視カメラもザルやったし、普通に乗り込んでも大丈夫そうやったわ。見た感じ女の先生が多かったから、いざという時は魔女能力でなんとかするつもりなんやろねー」
実際、それが一番確実な気もする。昔のゲームでよくある、炎や風を操れる人がその辺にいるのだから。一人ひとりが強大な力を持っているからこそ、問題を起こさない抑止力にもなっている。
だけど、私のような『魔力を持たない女性』が他にもいるのだとしたら?
力を持たざる者だからこそ、抑止力を完全に無視した行動が可能となる。私のような無能力者を徹底的に調べ上げ、具体的な対策法を確立する。そうすれば魔女業界はさらなる発展を遂げるはずだ。逆に、無能力者の体質を技術として転用することも……。
「なーんか難しい顔しとるな。どーせ自分以外にも無能力者がいたらヤバくね、とか考えとるんやろ? 結論から言えばヤバい。超ヤバい!」
「なんで分かったんですか!? そして超ヤバいんですね!」
「そりゃな。そもそも舞乃ちゃんがついこの前まで『無能力なんやねー』程度の印象しかなかった時点で危ないからな。魔法を使えば抑え込めるから弱い、じゃないんよ。その頼みの綱が効かんから、敵を敵と認識した時にはもう殺られとるんよ」
斉藤さんに憑依されなかったのも、ヨンジョの結界を貫通したのも、そしてあの魔法陣の効果すら効かなかったのも。誰かの頼みの綱を無視して、そのままの勢いで好き勝手動かれる……よって超ヤバい!
「――ちゅうわけや。だから絶対ヨンジョに受かること! したらばしっかりと実験させてもらうで、超超超危険人物の無能力者ちゃん……!」