#4:憑依……これがわたくしの愛
「……行ったな。あの人が真犯人かもしれない」
馬場園さんが声をかけたのは、普段から彼女と特に仲の良い斉藤さんだった。確かに彼女から暴言を吐かれたことはあるし、こちらを嫌っているだろうなとは薄々感じていた。まさか殺そうとするほどだとは思っていなかったが……まだ真犯人と確定したわけではないので、今は二人の動向をうかがうのみだ。
「二人が屋上に行った瞬間、あたしも突入する。熊井さんは教室に残ってて」
「いや、私も行きま……分かりました」
――言い切れなかった。私が残される理由なんて、私が一番分かっているから。無能力者の私には事態を良化させる術がないし、もう話し合いでどうにかなる問題でもない。
ストライクさんと馬場園さんが解決してくれるのを、ただ待つことしかできない。
「そんな悲しい顔しないで。熊井さんにも大事な役目があるから」
そう言ってストライクさんは、私のバッグの中に魔女能力である金色の手を一つ忍ばせる。既に魔女であるストライクさんは、学校内でも特別に魔女能力の使用が認められているらしい。
「この手はあたしの感覚と共有してる。もし熊井さんが襲われた時は、思い切りこの手を握って教えてほしい。それが大事な役目」
斉藤さんが戦力を屋上に集めて、その隙に憑依した生徒で丸腰の私を襲ってきた場合。無能力者の私は当然ながら一切の抵抗手段がない。よくて大声で助けを求めるくらいだ。
それを解決してくれるのがこの『手』というわけか。また襲われた際に助けを求めたのが彼女に悟られないよう、手をバッグの中に隠すのも見事としかいいようがない。これが魔女の仕事か……。
「行ってくる。熊井さんも気をつけて」
「……はい!」
屋上へと向かうストライクさんを見送り、私は一人教室に取り残される。誰かが憑依されていないかとさりげなく周囲を見渡してみても、特に変化はなし。やはり真犯人は斉藤さんなのだろうか?
五分ほどしたのち、ストライクさんがいたって冷静な面持ちで戻ってきて……いきなり私に殴りかかってきた。
「痛っ……! なんでですか!?」
マジか、真犯人がストライクさんに憑依したのか! こんなのどう対処すればいいんだ……!?
フィジカルの暴力をなんとか受け止めながら、私は真犯人と対峙する。
「「「「きゃあああ〜っ!」」」」
教室中が声にならない悲鳴に包まれ、みんな続々と現場から逃げていく。やがて私と真犯人の二人だけとなり、もう誰の助けも借りられなくなった。馬場園さんも倒されてしまったのか、一向に戻ってくる気配がない。
「さて熊井さん、昨日の続きといきましょうか」
「誰か分かんないけど、本当に私のことが嫌いなんだね……悪いことしたなら謝るから、正体を教えてくんない? 他に誰もいないからいいでしょ?」
せめて真犯人が誰かだけでも吐かせる。誰にも頼れないからこそ、誰かがいたらできないことで少しでも抗うんだ!
「冥土の土産というやつですわね。とはいっても、貴女方の予想通りでございますわ。だからこの身体も使えているわけで」
「やっぱり斉藤さんか……言い方的に、憑依する条件も何かありそうだね。他人の魔力に反応する、とかね!」
「ご名答! 死なすなら身体を乗っ取って飛び降りでもすればいいのに、貴女ったら本当に面倒くさい女でしてよ!」
私だって好きでこの身体に生まれたわけじゃないってのに、それで『面倒くさい』なんて言われようはさすがに理不尽すぎる。せめて無能力者としての生活を体験してから言え……ああ、私には憑依できないからそれすら叶わないじゃないか!
「そりゃごめんなさいね! ああそうだ、もう一つ冥土の土産くれる? 斉藤さんはなんで私を殺そうとしてるの? 理由を教えてくれなきゃ、幽霊になって一生呪うよ?」
「――貴女はわたくしから大切なものを奪った。貴女をあの子の意識の外に向けるつもりが、かえって意識させてしまいましたの。しかも今日の光景はなんですの!? どうして貴女と才佳が、地に足付けて登校しているんですの!?」
才佳……というのは馬場園さんの下の名前だ。どうやら斉藤さんは、馬場園さんが私を意識するのが気に食わないらしい。だから私を殺してしまおうと? 考えが極端すぎない?
「ちょっと待って、そんなので巻き込まないでよ! 大体、馬場園さんが一緒に登校してくれたのは私が襲われたからだし!」
「じゃあなんですの? 全部わたくしが悪いとでも言うんですの?」
「そうだよ!」
なにを当たり前のことを言っているんだこの人は。昨日からあんたの逆恨みのせいで三回も死にかけてるんだよ!
「わたくしは才佳と愛し合いたいだけですのに、どうして無能力者なんて特徴的な体質なんですの! ずるいですわよ!」
「だからって殺そうとしないで! それに……そんなに馬場園さんが好きなら、どうして馬場園さんの身体で私を殺させるの!? 好きな人の人生をめちゃくちゃにしていいわけ!?」
「そりゃよくないですわよ。だけどね……わたくしはそんな何もかも失った才佳の唯一の味方になれる。才佳はわたくしだけを意識してくれる。二人だけで生を終えられる。特異な存在を潰せて、それでわたくしを見てくれる。やるしかないでしょう? これがわたくしの愛でしてよ?」
あまりに自分勝手で、相手のことなど考えていない破綻した思想。斉藤さんは『愛』と形容する。上手く言葉にできないくらい、歪んでる……。
「長話しすぎましたわね。そろそろ終わらせましょう」
斉藤さんは手を伸ばして窓を開き、私を座っている席ごと押し出していく。フィジカルはストライクさんのものなので、いとも簡単に追い詰められてしまう。
このまま両手で抱え込まれたら終わる……待てよ、両手?
「こうなったら、一か八かやるしかない!」
私はバッグの中に隠されたもう一つの手に、思い切りシャーペンを突き刺す。ストライクさん曰く身体と手は感覚を共有しているので、怯ませることくらいはできるはずだ!
「くっ……何をしましたの!? いきなり鋭い痛みが襲ってくるなんて! 貴女は魔女能力を使えないはずなのに!」
どうやら斉藤さんはストライクさんの『手』についてあまり理解していないようだ。せっかく憑依しても、憑依先の魔女能力を使いこなせないのであれば……私にだって分はある!
今度はバッグの中にある手を握り、それを目いっぱい外へぶん投げる。手と身体が連動するなら、手を引っ込めない限り身体も飛んでいく!
「どうしてわたくしが! こんな無能力者なんかにぃぃぃぃっ!」
「ストライクさんの魔女能力を使えばいいんだよ……使えるならね」
窓から落ちていくストライクさんの身体は一度だらんと脱力していったのち、すぐに上空へと浮かび上がる。どうやら憑依が解けて、魔女能力の使い方を知り得る本人が戻ってきたようだ。
「まさか熊井さんが事件を解決するとは思わなかった。本当にありがとう」
「ほんとや。中等部ナンバーワンの呼び声高いストライクより、無能力者の方が強いなんて誰も思わんわな」
「面目ない……」
事件は解決し、私たちと斉藤さんは事情聴取のためヨンジョへ。憑依の使用条件は『相手と目を合わせること』のようで、斉藤さんは終始目隠しをされて取り調べを受けていた。
「才佳のことが好きで好きでたまらなくて……独り占めしたかったんですの……」
「はいはいそれはもういいから。とりあえずえりかちゃんには、魔女能力を使わんようにこれをつけさしてもらうわ。人と目が合ったら身体から魔力を奪うでー」
「うぅっ、申し訳ありませんの……」
ストライクさんの兄は斉藤さんにゴーグルを被せ、むやみに憑依ができないように対処する。彼女の魔女能力についてある程度把握できたからか、一気に興味が失せたらしい。
「あ、そういや舞乃ちゃん。進路って決まっとる?」
「一応公立のところを受ける予定ですけど、それがどうかしたんですか?」
「あーそれ受けんでくれん? 舞乃ちゃんは『実験材料』やから、ヨンジョに入ってもらいたいんよ!」
……はい? 私がヨンジョに?
いやいや! 私、魔法使えないんですけど!?