#2:結界……魔法を扱えないゆえに
涼しい風とストライクさんの長い白髪が頬を撫でていく。これが『空を飛ぶ』ということかと物思いにふけっていると、雲の切れ間からある建物がちらりと見えた。かなりの高層だが吹き抜けとなっており、空から飛んで来ることを前提とした造りとなっている。
「これが魔女学園……」
「正解、福岡県立第四魔女学園。あたしたち生徒は『ヨンジョ』って呼んでる」
ストライクさんは自身の魔女能力を巧みに扱い、手を生やす位置を少しずつ床へと近づけていく。階段を下りるかのようなスムーズさに、さすが魔女学園に通う生徒だなと感心してしまう。
「はい到着……って、降りられない!? なぜ?」
見ると、ストライクさんの右腕がぴんと伸びきっており、その先にいる馬場園さんは気を失ったまま宙に浮かんでいる。
「ああそっか、ヨンジョ生じゃないから結界で弾かれているんだった……おい待て。じゃあなぜ君はヨンジョへ入れている!? 魔女能力の反応もあたしのもの以外なし……一体どんなカラクリで侵入した!? 答えろ!」
ストライクさんの目つきが一瞬にして鋭くなり、握っていた手に一気に圧がかかる。私を敵とみなし魔女能力を使ったかとも思ったが、彼女のそれは既に足場の確保で二本とも使用済みだ。一人が複数の魔女能力を扱えるという話も聞いたことがない。
つまりこの人は今の今まで、私と馬場園さんを純粋な腕力だけで持ち上げていたということになる。
さっきも絶体絶命だったというのに、今度の相手は常日頃から高度な魔法を取り扱う魔女で、しかもフィジカルも化け物じみているときた。これ、マジで殺されるやつだ……。
「早くカラクリを吐け! 貴様の生死はあたしが握っている、死にたくなければ相応の行いをとれと言っているんだ!」
カラクリなんて何一つないし、なぜヨンジョの結界とやらを突破できたかも分からない。心当たりがあるとすれば、結界が魔法の源である『魔力』に反応して機能を発揮しているということだ。
理科の授業で『魔力は血管を通して常に全身に行き渡っている』と習った。もしこの結界がヨンジョ生徒以外の魔力を遮断しているとしたら、そもそも魔力を持たない私は、結果的に結界を無視して校舎へと入れることになる……。
「それは……」
「んん、いつの間にか寝てた……ってなにこれ!? なんでウチ浮いてんの!?」
意識を取り戻した馬場園さんが上空で慌てふためく。急に腕を引っ張られたことでストライクさんはバランスを崩してしまい、あれほど私を掴んでいた手もするりとほどけてしまう。
「あれ、なんで熊井もいんの? というかこっから落ちたん!? 死ぬって!」
「おい暴れるな! 原因は不明だが、あの女はヨンジョ生しか入れない結界をなぜか破って侵入した。危険因子は生かしておけん!」
「はぁ? 熊井が危険なわけないでしょ。あいつは無能力者なんだから!」
あの二人、なんか上で言い合ってるな……。まあ馬場園さんからすれば、起きたらいきなり空にいるんだ。ストライクさんを責めるのも仕方ないだろう。
あと数秒もすれば死ぬというのに、いつもより心が落ち着く。さっきも死にかけたから? とにかく不思議な感覚だ。
最期の瞬間までが異常に遠く感じる。やはり空は青くて透き通っていて……天国ってこんな所なんだろうなって……。
「――事情聴取どころではないな。まさか魔法の使えない女性が存在するとは」
景色はいつの間にか青空から白い天井に変わっていて、私はふかふかのソファに横たわっていた。声のした方へ視線を移すと、申し訳なさそうに手を合わせるストライクさんと、それをなだめる馬場園さん……そして、半笑いでパソコンを操作する白髪の男がそこにはいた。
――とりあえず、死んではいないみたいだな。寿命は確実に縮まっただろうけど。
「おいおいおいおい……。熊井舞乃、まさかこんなおもしれー女がいるとはなぁ……」
男はなにやら巨大なモニターと向き合いながら呟いている。髪色も相まってストライクさんの男バージョンに見えなくもないが、肝心の内容が非常に気持ち悪い。
そんな危険人物の気分を逆なでさせないよう、私はおそるおそる質問してみる。
「あの……私がどうかしたんですか?」
「おお、おはよー! 超レア物の無能力者ちゃん! 人生マジで生きづらいっしょ?」
確かに無能力者が超レア物なのは事実だが、いきなり失礼すぎない? 魔法が扱えない気持ちはあんたも十分に理解できるでしょうに。
「ええ、あなたの言う通り生きづらいですよ。一日で二回も死にかけるし、今もこうして謎に面白がられてますし」
モニターには私の名前や住所などの個人情報や、全身のレントゲンや血液検査の結果までもが表示されていた。どうやら気を失っている間に色々と調べられていたようだ……普通に怖すぎない?
「ちょっと兄さん。熊井さんの体質が面白いのは分かるけど、今は馬場園さんを操ったやつについてでしょ」
見かねたストライクさんが話の軌道修正をする。やはり二人は兄妹だったのか……というか、私今さらっとバカにされなかった? その面白い体質とやらに長年悩まされてきたというのに。
「学園じゃ兄さんやなくて先生やろがい、ちっとは敬えや。まあ緊急で対処すべきはそっちやね。そっちのギャルちゃんを乗っ取ったやつがおるってハナシよねぇ……」
あの時の馬場園さんは誰かに乗っ取られていたのか。確かにいつもとは違うお嬢様口調だったし、日頃から男子と話していた私に対する嫉妬心だけで殺しにかかるとは考えづらいからな。
「――というわけで、真犯人をシメるまでキミらの学校にコイツを転校させるわ!」
「はぁっ!? 何言ってんのバカ兄さん! 頭おかしいんじゃない?」
ストライクさんも初耳だったらしく、自身の兄に向かって容赦ない悪口を浴びせている。不思議と『かわいそう』という感情は一切湧いてこない。むしろ当然とすら思える。
「おま、その態度はなんやその態度は! 二人は危険から逃れられて、お前は高等部行くまでに実戦経験を積める。いいことずくめやん!」
「確かに……今後を見据えるのであればやらない手はないか。それでいこう」
彼女は上手く言いくるめられ、割とあっさりとこの案を了承。まさかストライクさんがうちの学校に転校することになるとは……。