#1:邂逅……死に際に見たのは
各話2500字を目安に書いていきます。
今日は月曜日ということで、学校へ向かう足取りはいつもより重い。もっとも、そんな私の思い込みに共感してくれる友達はいないので、真偽は定かではない。
「あれさ、無能力者の熊井さんじゃない?」
「うわ、本当に歩いて登校してるんだ~。かわいそ~」
箒に乗った二人組の女子が、私の真上を優雅に駆け抜けていく。同情とは似て非なる煽りをかましながら、ギリギリ聞こえる声量で。いくら手を伸ばしても、目一杯ジャンプしても、私は絶対に彼女たちを捕えられない。
――私、熊井舞乃は数少ない『魔法が扱えない女』だからだ。
世間一般の女とやらは、どうやら物心ついた頃には箒に乗って空が飛べるようになるらしい。
私だって何回も、何百回も、そして中三になった今でもチャレンジしている。しかし体質と重力は残酷なもので、私は宙に浮かぶことすらままならない。浮かべないのに浮いた存在なのだ。
やっとの思いで自分の席に着き、まずは机の落書きを常備しているウェットティッシュで拭いていく。この体質ゆえにいじめの標的にされているが、正直小学生の間に慣れきっている。子どもは『いじめている』という自覚なく心をえぐりにくるので、知恵というフィルターがかかった中学生の言動は逆にそこまで効かない。
「ようオトコオンナ! 今日も脚パンパンだろ?」
「俺たちがマッサージしてやろうか?」
「うっさいなぁ、そんなこと言って脚を触りたいだけでしょ」
「「バレたか~」」
バレるわ。だって視線が脚にしか向いてないもん。もはやふくらはぎと話してるもん。
友達……といっていいか微妙な絡み方だが、魔法の扱えない存在である男子たちとは比較的コミュニケーションをとれている。空中から煽られる敗北感を知っているからだろうか、あるいは単純に脚フェチなだけか。
「はいはい、私のことはいいから席戻りな。朝の会始まるよ?」
さっきから女子たちの視線が怖いので、こいつらにはさっさと解散してもらう。この体質だから話が合うだけで、決してモテているわけではない。
むしろ嫉妬しているのは私の方で、できることなら『そっち側』に行きたい……。今日も悔しさを押し殺し、退屈で面倒な学園生活を暮らすのだった。
「ねえ熊井さん。お話があるのだけど、ちょっとついて来てくださる?」
放課後、女子のリーダー格である馬場園さんからの呼び出し。しかも謎のお嬢様口調でだ。この時点で嫌な予感しかしない。どうせ『これ以上男子をたぶらかすな~』などと詰められるのだろう。無能力者の私が抵抗しても意味がないので、ここは素直に従うのが正解だ。
「……分かった」
「話が早いですわね。では行きましょうか」
馬場園さんは柄にもなく私の肩に腕を回し、まるでもともと仲が良かったかのような笑顔を浮かべてくる。その姿はあまりにも不気味だったが、私は何も言わず、彼女のぎこちない早歩きに合わせて屋上へと向かうのだった。
「さて、本題に入りましょうか」
「その前にさ、そろそろ肩組むのやめない? これじゃ馬場園さんも話しづらいでしょ」
「何を言っていますの? そちらから離れればよいではないですか……ああ、貴女は魔法が扱えないのでしたね」
同時に、馬場園さんの腕が私の首元を締め始める。必死に振りほどこうとするも、逆に掴んだ手のひらが腕から離れなくなった。張り付いてくるその腕の異常さに、私はある結論にたどりつく。
「まさか……魔女能力を使ってるの!?」
「その通り! これが貴女が持ち合わせていない魔女能力というやつですわ!」
――魔女能力。『箒で空を飛ぶ』などの基本的な魔法とは違い、その人のみが扱える特殊な魔法を指す。馬場園さんの魔女能力はおそらく『吸盤』。腕に発現させた無数のそれらが私の首筋や両手にぴったりと吸いつき、じわじわと圧力を強めて体の自由を奪ってくる。
しかし魔女能力の使用は校則違反であり、学校内には無数の監視カメラが取り付けられている。当然屋上にもあるはずだが……。
「カメラを探しても無駄ですわ。こちらで前もって破壊しておきましたの、全ては貴女を葬るために!」
用意周到な……そうまでして私を死なせたい理由はなんなの?
私が無能力者だから? 私だけが男子たちと仲良くできてるから? だからって手にかけていいわけじゃないでしょ!
「ねえ、なんで私を殺そうとするの!? 話せば分かり合えるかもだからさ、とにかくこの腕を離してよ!」
「本当に離してもよろしくて?」
「なっ……!?」
馬場園さんは腕を勢いよく振り回し、私を空中へと追いやる。彼女が吸盤を一つずつ外していく度に、確実に死へのカウントダウンは進行していく。
私、こんなところで死ぬんだ……。
みんなのように魔法が使えず、小学生時代からいじめられて。そして今、わけも分からないままクラスメイトに殺されようとしている。
何もかもこの体質が悪い……でも、それを言い訳にして、このまま生きるのを諦めたくない。
「だったら、こっちから離れてやんない!」
私は馬場園さんの腕に思い切り頭突きし、顔面を吸盤に張り付けた。たとえこれで皮膚がめくれ上がろうとも、命を落とすよりは何倍もマシだ。嫉妬心で殺されるほど私の命は安くない!
「まったく……少々遊び過ぎましたわ。これで終わりにしましょう」
馬場園さんは無情にも吸盤を全て外し、私は空中へと振り落とされる。
ああ、みんなはいつもこの景色を見ていたんだ……空は百五十センチそこらから眺めるよりもくっきりとした青色で、雲とのコントラストについ見とれてしまう。最後の思い出としては悪くないかな……。
「――来世では空を飛べるといいですわね、無能力者さん」
馬場園さんが吐き捨てた言葉がなんとか聞こえて、そのまま地面に打ちつけられ……。
「魔女能力の反応は二つ。しかしどちらも突き落とした方から確認。となるとこの子は無抵抗なので、一瞬のできごと?」
「……えっ?」
私が背中を預けていたのは固いグラウンドの土ではなく、金色の手のひらだった。そして目の前では、白の制服に身を包んだ一人の少女がぼそぼそと何か呟いている。
「もしかして……魔女学園の人!?」
――私の昔からの憧れであり、同時に絶対になれない存在がそこにはいた。
「あ、やっと起きた。君を守りながらだと、あの人を倒しづらいから助かる。とにかくあたしの後ろにいて。どこかに逃げるのはダメ」
「なんかよく分かんないですけど……わかりました!」
何一つ状況が理解できないまま、私は物陰に隠れつつ様子をうかがう。
おそらく気を失っている間に、あの魔女学園の生徒に助けられたんだろう。私を避難させたことで自由に戦えるようになった彼女は、そのまま馬場園さんを気絶させた。あまりにも一瞬かつ、目視できない一撃を確かに食らわせたのだった。
「ひとまずこれで終わり。大丈夫だった?」
「何があったかさっぱりなんですけど、とにかくありがとうございます。ところであなたは一体……?」
「りゅう……おっと、本名は言っちゃダメ。あたしはストライク。事情聴取するからついてきて」
「ついてくるってどこに……待って、ここから飛ぶんですかああああっ!?」
なぜか自身を『ストライク』と名乗る彼女はおもむろに私と気絶した馬場園さんの手を取り、そのまま屋上から空へと飛んでいく。箒など一切使わず、まるで地面を駆けるかのように。
なぜ落ちないのかと視線を下にやると、さっき私を助けた手のひらが突然空中に姿を現し、彼女の足を受け止めていくのが見えた。
「て、手が生えてきた……!?」
「びっくりした? これがあたしの魔女能力。視界のどこでも、自由自在に手を生やせられる。ただし一度に二本まで」
「なるほど、だから箒がいらないんですね……ってそうじゃなくて! 私たちをどこに連れていくつもりなんですか!?」
「魔女学園。今回の事件について、聞きたいことがいくつかある。拒否権はない」
「そう、ですか……」
まさか憧れの魔女学園に足を踏み入れることになるとは。さっきから驚きの連続で、もうどうにかなってしまいそうだ……。