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6.雲外に蒼天あり

 グガァァアアアア

 下手から繰り出された剣で頭部を切り落とされた『フラガン』は、支える物の無くなった首を左右に振り、緑の血を撒き散らす。

 魔物の血は『穢れ』だ。強い瘴気を帯びたその血に触れた生き物は、触れた場所から壊死してしまう。実際、血が滴った大地は、雨にも関わらずシュウシュウと不気味な煙を上げている。

 しかし、『フラガン』と対峙する隻腕の剣士は、追撃の手を緩める事は無かった。むしろ最初の攻撃の遠心力を利用し、大剣の勢いを強める。

 2撃目は脇腹から左翼部に深い亀裂を刻んだ。これで『フラガン』が空に逃れる術は奪った。

 藍色の視線の先にあるのは、痛みにのた打ち回る魔獣と、その向こうの豪奢な邸宅。己の欲を優先し、人々の生活を荒廃させた領主の住居。

 過ぎた欲を持つ者を滅ぼすために、神はこの剣を大地に下ろした。

 神剣『ベルテシャザル』を上段に構え、ヒューは言った。


「お前()()の敗因は、過剰な欲を欲した事だ」


 青年の言葉が合図のように、剣の上身に眩い白光が宿る。炎のように揺らめいたそれは、次の瞬間、一際強く発光した。

 キイィンと音にならない振動が町全体を覆った。

 続いて響いたのは魔獣の断末魔と、建物が倒壊する音だった。





 誰もが無言だった。

 目の前で起こった出来事が、にわかには信じられなかったのだ。

 しかし、暴風『フラカン』の絶命と共に風雨が収まり、上空を覆っていた雲の隙間から太陽の光が差し込んでくると、やがて人々の目にじわじわと現実が浸み込んでくる。

「……ヒュー!」

 最初に緊迫の糸を解いたのはノアだ。

 茶色の髪の少年は、胸に沸き上がる何かに押されるように、広場へと駆け寄る。

「大丈夫!? 怪我は…怪我は無い?」

「ノア、こっちにはあまり近づくな――瘴気か強い」

 剣先を地面に付きたて佇んでいた金茶色の髪の青年は、飛びつこうとしたノアを穏やかな声で制した。

 広場の至る所に、『フラガン』が流した緑色の血が飛び散っている。グロテスクなそれに気付き慌てて後ずさったノアへ、ヒューはそれでいいと藍色の目を細め、自分から彼らの方へ歩み寄る。

「魔物の血を吸った大地は瘴気が残るんだ。当分は近付かない方がいい」

「えっ! ヒューは大丈夫なの!?」

「ああ。オレには『こいつ』がいるからな」

 ヒューは柄を握る左手に視線を流す。その瞳には心からの信頼が宿っている。

 この世界の人間は、全て彼にとって『庇護者』である。ただ1人、シャザルだけが、戦友として傍らに立つのだ。




「さて、こっちの用事は片付いた。次はそっちの番だな」


 ふ、と口元に薄い笑いを浮かべ、ヒューはノアの背後を見やる。そこには瓦礫と化した壁の向こうから這い出してきた、バクスターたちの姿があった。彼らはヒューがこちらに気付いたと知ると、一斉にすくみ上る。

「売られた喧嘩だ。言い値で買ってやるから、そこに雁首を並べろ」

「ご、ご冗談を……そんな、オレらはただの賭博師で」

「そ、そうです! 神剣持ちと勝負だなんて」

「冗談? 悔いた所で今更遅いと言ったのは誰だ?」

 すっと剣先を男たちに向ける。

 ヒューと彼らとの距離は10メートル以上あったが、広場から遠く離れた領主邸を粉砕する破壊力を持つ剣の前では、何の障害にもならない事は明白だ。

 怯えて震える男たちに、ヒューが更に口を開こうとした時だった。

「お待ちください…!」

 北側の通りから走ってきた男がヒューの声を遮った。肩を上下し、息を切らした男はデニスと名乗った――『ミークス』の領主だ。




「これまでの経緯は、そこのバクスターに凡そ聞いております。剣士様への数のご無礼、全て私の監督不行き届きでございます。誠に申し訳ありませんでした」

 跪き頭を地面に擦り付ける男へ、ヒューは無表情のまま藍色の瞳を向けた。

「お前が理解している『無礼』は、オレに対しての事か?」

「は――」

「大通りで昼間から酔っ払いがたむろしているのは、高台からもよく見えていただろう。若い男はともかく、年寄りや女子供は外を歩くだけでも怯えていたはずだ」

 ちらりと、遠巻きにこちらを窺っている住民と思しき集団を見遣る。不安を滲ませて固まっている彼らは、魔物の襲来という危機に遭遇したというのに誰も領主であるデニスに声をかける事は無かった。

 それはこの男が「自分たちのために何かしてくれる」という発想が浮かばないからだ。声が届かないと知っている相手に、誰が言葉をかけるものか。

「それは、その…そう、何か起こすかもしれないという憶測で、住人の自由を奪うのは過剰だと思いまして」

「お前はその男の個人的な怨恨を晴らすために、城壁の門を閉ざさせただろう。それは住民の自由を奪っている事にはならないのか?」

 瞳を眇めたヒューは、剣先を目の前の男に向ける。

 分厚い皮に覆われた『フラガン』の身体を一刀両断したばかりとは思えぬほど、その刃はわずかな濁りもなく輝いている――禍々しい程に。

 ヒィッと引きつった声を上げ顔面蒼白となる領主に、神剣の使い手は更に言葉を続けた。

「どうやら外とここでは法律が異なっているようだ。その理屈なら、オレがお前をここで害しても罰されないよな?」

 口角を上げるだけの冷たい笑みに、デニスは泣き声に近い悲鳴を上げる。

「…おっ、お待ちください! それは――そんな、そんな事はありません。我が『ミークス』でも外と同じ法が整備されております!」

「それなら速やかにこの連中を拘束しろ。オレが知っているのはイカサマ賭博と子供に対する暴力だが、それ以外にも叩けば埃が山のように出てくるはずだ。ああ、イカサマ賭博で巻き上げた金銭や借金の証文は、当然被害者に返済するよな?」

 ヒューの言葉に、後ろにいるノアたち親子が息を飲むのが聞こえた。

「は、はい、もちろん! おい、お前らさっさとこいつらを連行しろ!!」

 デニスが焦りながら周囲に指示を飛ばすのを確認してから剣をおろしたヒューは、彼らの方へ身体を向ける。

「ヒュー!」

 彼が近付くのが待ちきれなかったのだろう、弾けるように駆け寄ったノアが青年の身体に抱き着いた。

「ありがとう、本当に…本当にありがとう」

 衝撃を辛うじて受け止めたヒューは、泣きながら縋りつく少年に苦笑いを浮かべる。

「約束通り、親父さんの登録証は取り返してやったぞ――良かったな、見習いからやり直さなくて」

「有難うございます、ヒューバート様。本当に、何とお礼を申し上げればいいか……」

 ノアから少し遅れてやってきたトーラスが、ヒューへ向けて深々と頭を下げた。

「礼なら、いつかこいつが錆びついた時、打ち直してくれればいいさ。なぁ、シャザル」

 そう言って、ヒューは傍らを振り返る。いつの間にかそこには長身の男が佇んでいた。

 カーキ色のマントに身を包んだその男は、黒色の髪とコバルトブルーの瞳を持っている。それが鋼と青銅、どちらも剣の素材となる金属の色であることに初見で気付く者がいるだろうか。

 ヒューの軽口に、シャザルはちらりとノア親子を見たが、すぐに視線を城壁の方へと向けた。

 どうやら城壁の門が開いたらしく、商隊の馬車が慌ただしく出立しようとしている。あの中にはノアがここまで乗ってきた商隊も含まれているかもしれない。ノアの目的地は『ミークス』だったが、彼らは更に砂漠の向こうへ行く。

 それはヒューたちも同様だ。自分たちの目的地は、おそらくどの商隊より遠い。


「そろそろ、オレたちも行くか」


 その言葉に、それまでヒューにしがみついていたノアが顔を上げる。驚愕に茶色の瞳を大きく開く少年に、ヒューはわざとらしいほどの明るい笑顔を向けた。

「長居していると、懲りもせず報奨金目当ての人間が出て来そうだからな」

「ヒュー、良かったらオレたちと一緒に『イルミナ』に行こうよ。『イルミナ』には親父の仕事場があるし、母さんもきっと会いたがるよ。ヒューはオレたちが、オレが匿うから――」

「ノア」

 背後から窘める声と共に両肩を掴まれた。

 声の主はトーラスだ。トーラスは普段は頼りない風体だが、仕事やいざという時は迷わず適切な判断を下す。父のそういう所がノアの自慢だった――でも今は。

少しぐらい、迷ってくれてもいいと思った。


 両肩から伝わる父の諭しに、ノアはゆっくりと両手をヒューの上着から離した。

 俯く少年のつむじにヒューは笑みを零す。

 感情豊かで、正義感が強くて、親思いの素直な少年。


「ノア、お前はきっといい鍛冶師になるよ」


 左手で少年の髪をくしゃりと撫でる。

「何時か何処かで、凄腕の鍛冶師になったお前の噂を聞いたら、その時は自慢させてくれ。『オレはその男の恩人なんだ』ってな」

「……何だよ、それ」

 朗らかな声で告げられた内容の下らなさにつられ、笑うノア。ヒューは少年の頭を、先程より強く撫でた。

 旅立ちに暗い顔は似合わない。どんな別れも新たな出会いへの一歩なのだから。





「じゃあまたな。トーラス、ノア」

「ヒュー、気を付けて――シャザルも!」

 門の手前まで見送りに来た親子に、ヒューは左手を振る。シャザルは付け足された自分の名前にピクリと眉を上げたが、それだけだった。


 見上げれば、『フラガン』に伴っていた雨雲はすでに消え去り、青い空が広がっている。

「これぞ『雲外に蒼天あり』だな」

「どういう意味だ、それは」

 思わず呟いた言葉に、珍しくシャザルが反応を返す。背の高い相手を見上げながら、ヒューは言った。

「雨雲の向こう側には青空がある――困難を乗り越えた先には明るい未来があるって例えさ」

「相変わらず人間はこじつけが好きだな。雲も空もそこに在るだけだ。互いに何の関係性も無ければ興味も無い」

 フンと鼻で笑うその様があまりにもこの男らしくて、ヒューは笑った。

「そうかもな」

 全てが片付いた訳では無い。

 町を牛耳っていた顔役の男が捕まったとはいえ、1度張った腐敗の根は簡単に消える事はないだろう。長年『ミークス』に染みこんだ怠惰と荒廃の気質は、それこそ魔物の『穢れ』のごとく、あの町に侵食している。

 今回の事が切っ掛けとなり『ミークス』が健全な街として生まれ変わるのか、滅びの速度を速めるか。それは誰も分かりはしない。

 明るい未来を期待したのではない。




「オレたちは、目の前のものを薙ぎ払っただけだ」






■ END ■

「モン〇ン ワイルズ」のデモ動画を見て「大剣を振り回す話が書きたい!」という気持ちだけで書いた話でした。

過去に考えた話に主人公が剣を持っているものがあったなぁという事で、ネタ帳から安易にヒューとシャザルのコンビを召喚し、自分の首を絞める結果となりましたよ。

教訓:ちゃんと話に合ったキャラクターを考えよう


何はともあれ、初めての連載でしたが色々勉強になりました。

今後ものんびり小説を書いていくつもりですので、よろしければお付き合いください。


ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。


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