②屋台の従業員
敵国の国境を越えて我が部隊は進軍を続けた。ボスを殺られたお返しの総力戦だった。
国境から10kmと離れていない所に敵軍事基地がある。とは言ってもこちらと同じであっちも穴ぐら暮らしだ。特にスパイが居るわけではない我が軍なので地上に歩兵と戦車をおびき出し打撃を与える作戦だ。
実質的な戦車砲の有効射程はこの時代でも3km程度だ。その位置まで着いたら歩兵と狙撃部隊は徐々に進行させる。戦車を降り事前に予測された敵狙部隊を探しに行った。隊長がこんなことをしてたら本来はダメだが他の狙撃手と俺では命中率に格段に差があった。
「早く終わらせてアカリの飯が食いたい」
置いてきた彼女のことばかり考えていた。前の誘拐は味方によるものだったから敵はどっちにも居る。戻るまで部屋から一歩も出ないようきつく言っておいた。
ビームライフルにはすぐ慣れ敵殲滅率はかなり上がっていた。だが我が軍には三丁しかない。他の狙撃部隊には持ち主が死んでもライフルだけは回収するよう命じていた。
ペース良く敵のライフル部隊を倒していった。無線で他部隊と連携を取りさらに深く攻め入るサインを出した。
敵戦車を倒すには300mまで近づかないと出力の問題で無理だ。後方から戦車砲で援護をしてもらい俺だけ射程内に到着した。敵歩兵も居るので気付かれないようにしなくてはならなかった。
「生きて帰らなくては」とずっと考えていた。
アカリは一人で俺の部屋で待っている。だから絶対に死ぬわけにはいかなかった。戦場で抱いた初めての感情だった。敵戦車五両を打ち抜いたところで彼らはが撤退し始めた。味方戦車部隊が突っ込んで来て残存戦車を破壊した。地下基地へ逃げ込む敵兵の位置を正確に記憶して置く。地下道戦もいずれあるかも知れないからだ。
ほぼ無傷で敵に大打撃を与えた我が軍の大勝利だった。ビームライフルを五丁奪取できたのも大きい。アカリやその隣で屋台をしているおばちゃんたちが戦勝祝いに豪勢な飯をふるまってくれた。
「お疲れ様」と言ってアカリが寿司を持って来てくれた。
俺もアカリも日系人なのでこういうのはありがたい。シャリがいまいちなのはこの国では仕方がなかった。他の兵も寿司を喜んで食べていた。
部屋に帰ってシャワーを浴びるとパジャマ姿のアカリがベッドに座っていた。左手の薬指を大事そうに眺めていた。おもちゃだからそんなに大事にしなくていいぞというとふくれっ面をした。アカリの感情が豊かになって来ているのを感じた。
滅多に飲まない酒を飲んだので珈琲で醒ましていた。実は不在中も屋台を出していたと聞いて俺は頭を抱えた。こういう言うことを聞かないところもあるアカリだった。守ると言ってくれた退役軍人の爺さんに今度ビームライフル一丁与えて置こうと思った。
ベッドに入るとアカリが抱きついて来た。俺は初めてアカリにキスをした。
俺はシェルターの前で返事を待っていた。ここらで一番の金持ちの家のシェルターだった。地上にも伸びていてその建屋は戦車砲でも砕けない。硬すぎるのだ。
私兵が二名散弾銃を持って構えている。丸腰で来いと言われた俺は不安だったが仕方がない。我々は元々ボスが作った私兵の集まりだったが今は軍の一部なっている。しかし国の支援がまったく足りていなかった。ここの家長は通信事業で成功し、この地下にも上下水道を通してくれた。
「入れ」
無機質な声が命令したので開いたドアの向こうに歩いて行った。
応接に通されたのだが随分と高そうなソファがあり、造花を綺麗に並べていた。灰皿があったので煙草を吸いながら待った。
「君が新しい隊長か。随分と若いな」男は握手を求めてきた。男は俺の人となりを見極めるためかあまり喋らず珈琲を飲んでいた。
「今地上で暮らして者たちは常に命の危機に晒されています。我々の部隊がもっと強くなればより安全に暮らせるはず」
俺はそう言い先日の敵国への侵攻戦果の資料を渡した。
男は真剣にそれを眺めてから資料を置いて言った。
「死神タケル、それが君へ人々が抱く感想だったと思うのだが、実際は随分情に厚いように見える」
俺のこと知ってるじゃないかと思いながら、彼の話を更に聞くことにした。
「要求は分かったので出来る限りの支援はしよう。だが代わりに娘の花嫁修業を手伝ってくれまいか。年を取ってからの子で箱入りに育て過ぎてしまいアレはまだ何もできない。君のフィアンセは確か料理屋をやっていると聞いた。そこで雇って欲しい」そう言って男は娘を応接に呼んだ。
娘のケイだと言われ頭を下げた。彼女は俺を無視して煙草臭いと言いながらソファーに腰掛けた。見掛けはアカリと同じくらいに見えた。
「娘さんが望むならいつでもいらしてください。アカリには伝えて置きます」
アカリは仕事を終えシャワーを浴びている。昨日キスをしたので意識をしてしまう。余計なこと考えないよう煙草をふかした。
「明日から一人料理人見習いが来るかもしれないからその時は頼む」と言うとアカリは頷いた。
シャワー室の横に設置した目隠し用仕切りを見ながら、アカリにもっといい生活をさせてやりたいと思った。自分の部屋も持たせてあげたかった。
「タケルが居るからここはシェルターより安全。だからここでいいよアカリは」考えてることを見透かしているかのように彼女はそう言った。
それでもアカリの店の食材を置くとかなり狭くなっている部屋を見てこのままではいけないと思った。
元隊長の部屋が空いているからそこに移ればいいじゃないか。考えても居ないことだったが確かにあそこは広い。俺が新隊長だから使うのは当然のことでもあった。
アカリはいつものように店の仕事をしていたが一人手伝いが増えている。昨日の屋敷に言った時に紹介されたケイだった。
「なんであたしがこんな汚いところで働かなきゃならないの。あんたが悪いのよ」
いきなりケイに悪態を付かれたが、アカリがいろいろ命令するので文句を言う暇はあまり無さそうだった。
「ところで今まで聞いたことなかったんだがアカリは今いくつなんだ」と聞いたら14才だと言った。あと4年かと思ったが、あちらのお嬢さんは確か15才だったなと思い出した。
「金持ちなんだから一生働かなくて済むだろう。お父上にそう言って辞めさせてもらえばいい」
俺はさっきの反撃をした。食材を冷蔵庫から取り出しながらケイは俺を睨んで来た。
「
そういうあんたはいくつなのよ。あたしと見た目変わらないじゃない」
と聞かれ正直に17才と答えた。アカリは手が止まっているとケイを叱っていた。ケイは二人の左手薬指に同じような指輪があることに気が付いた。
「その年でもう結婚してるとか馬鹿なんじゃないの。不潔」ケイがそう言ったので、まだ結婚してないしアカリはまだ処女だときちんと伝えた。アカリの顔がゆでだこのように赤くなったのでケイは信じたようだ。その後は黙々と仕事に戻ったのでケイは根性はかなりあるんだなと思った。
数日間この間の敵が攻めて来たが、戦力ダウンしてる彼らを撃退するのは楽だった。ケイの家の私兵も参加してくれた。皆を労った後有志で飯に行くことにした。もちろんアカリの店だ。
夜だと言うのにケイも働いていた。アカリに言わせると昼寝を我が家で取らせたので問題ないと言う。アカリは相当にスパルタだった。この間の戦闘からお酒のメニューが増えていた。バーでも始める気なのかアカリは。
「はい、タケルお疲れ様」と言ってケイはオムライスを俺に出してくれた。
まかないで覚えたという。食ってみたらかなり美味かったというとケイの顔が少し赤くなった。彼女はかなりちょろそうで悪い男に騙されやしないかと心配した。
「アカリとケイは何か欲しい物ないか。奢るよ」と言ったら二人ともオレンジジュースを頼んだ。けっこう遅くまで俺たちは飲んでいたが店を閉店させた。私兵が二人付いているからケイを安全に送るよう伝えたら、あんたが送りなさいと指名され仕方なく送ってやることにした。
仕事はきついかと聞いたら、初めて肩こりを経験したとケイは言った。アカリにもう少し仕事量減らす量言っておく、と言ったら余計なことしないでと怒られた。
「そんなことよりタケルはアカリと結婚するの」とケイが聞いてきた。
そのつもりでアカリに指輪を渡したが、正直彼女が結婚できる年になるまで生きているか分からない。だから指輪を渡したことを若干後悔してると言ってしまった。
「今のこと絶対にアカリには言わないでくれ、頼む」俺はケイに懇願した。
「タケルはパパに相当気に入られてるから、その気になれば普通の仕事を紹介もできるわ。だけどそうなったらアカリに指輪を返すこと」仕事の斡旋と指輪を返すという部分が繋がらなかったが、ありがとうと感謝した。
ケイを送った帰り道猛然と走って行く男がいた。フリーズという日本人以外には通じる言葉で銃を向け男を止めた。
「ここには警察がいないので軍が代わりをする。深夜に走ってる理由を言え」
男は恋人が別の男の家に入って行ったから追いかけてる最中だ、と言ったので銃を下ろし行っていいと言った。その女の顔に一発喰らわせてやれと言って。
後日入隊希望者がいると言うので面接した。この間の浮気された男だった。名はホーランドだと自己紹介された。
「あんたがここの隊長だったのか。死神タケルって話だが普通だな」
責任ある立場を任されたら死神ではダメなんだと俺は言った。
彼女とは別れたと言う。そんな当たり前のことをいちいち言うなと言い、ここは激戦区だから死ぬこともあるがいいのかと質問した。
「守る女もいねえし構わない。隊長は女がいるのになんで軍人やってるんだ」と逆質問された。
「幼い頃からずっとここに居て敵を殺してきた。他の世界はわからないんだ」
本当だった。会社員や労働者になった自分の姿は想像できない。両親が四才で亡くなってるので、いろいろな常識がないとは自分で感じていた。装備は今日中に用意するから明日から来いと言った。




