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リーンハルトの想起①

「この花······私の好きな花なんです」


 嬉しそうにそう言う彼女に、古い記憶の中にある彼女の面影が重なった。もう、十年以上も前の記憶。




『この花······私の好きな花なの』


 白くて小さな手が、深い青色の花弁を撫でる。彼女の微笑んだ顔を見たのは、あのときが初めてだった。


『――――って言うの』




「デルフィニウムって言うんですよ」


 高すぎず、低すぎない落ち着いた声が花の名前を告げる。長年思い出せなかったその花の名前を今になってようやく知ることができた。


「――これか」


 彼女の手元にある花を凝視した。もうだいぶおぼろげな記憶だったが、こうして見ると確かに、あのときの花のように思える。


 青い花だったのは覚えていたが、肝心の名前や特徴をまるで覚えていなかったので、ずっと見つけることができないでいた。それが、こんなにもあっさりと見つかるなんて、何だか滑稽だ。それに、彼女が青い花を好きだと言っていたからと、彼女は青色が好きなんだと勝手に決めつけて、確認もせずに突っ走ってしまった。


 ·········自分が彼女の話をよく聞いておけばよかっただけの話か。




 僕があのときから彼女のことを知ろうとしていれば()()()()()にはならなかった。



 

「リーンハルト様?」


 彼女が僕の名を呼ぶ声で過去に浸っていた意識が現実に引き戻される。


 明るい茶色の目が自分を見上げている。昔から、そのまっさらな目で見つめられる度に僕は落ち着かない気分にさせられたものだ。


 穢れを知らない無垢な子供のように澄んだ目だ。そして、その目の美しさは本当に穢れを知らなかったために奪われなかったものではなく、人の悪意と愚かさを目の当たりにしながらも、彼女の高潔さと強さによって奪われなかったものだと、僕は知っている。


 この澄んだ目がいつか僕の醜悪さを暴く日が来るのかもしれない。

 あるいは、彼女が全てを思い出してしまうかもしれない。


 そうなったら、彼女は絶対に僕を赦さないだろう。当然だ。それだけのことをした。

 それでも――そのときが来るまでは、彼女の側にいたいと願ってしまう。


「この花が好きなんだな。覚えておく。お前の誕生日にはこれを飾ろう」

「······私の誕生日は一月八日ですので、この花は咲いていないかと······確か春から夏にかけて開花する花なので」


 僕の態度に、違和感を覚えてはいるのだろう。でも、彼女は僕を(おもんばか)って僕の事情に踏み込まないようにしてくれている。


 そのことに、罪悪感を感じながらも安堵してしまっている僕は、本当に救いようがないんだろう。


 でも、お前は、僕とは違う。


 お前は、救われるべき存在だから。


「じゃあ、結婚記念日に飾ろう。その時期ならきっと咲いているだろうから」


 僕は、僕の全てを懸けて、お前を幸せにする。


 ()()()の後悔を繰り返さないために。

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